フォーカス:ビジネスと人権 ―アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの取り組みの状況
イギリス:他国に先がけ2013年に国別行動計画、2015年に現代奴隷法を制定

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1. 国別行動計画(アクションプラン)に関する状況

 ビジネスと人権に関する国連指導原則を受けて、イギリス政府は他国に先がけて、2013年9月に国別行動計画(アクションプラン)(注1)を公表した。政府は、企業の間で人権尊重のビジネス上の利益に関して理解が広がりつつあるとともに、これに関する政策の一貫性や明確化が求められているとして、アクションプランの目的についておよそ以下のように説明している。

  • イギリスの法的管轄内における企業に関連した政府の人権保護に関する義務の実施。
  • イギリスの企業が国内外での事業運営の全般にわたって人権を尊重することを支援し、動機づけ、インセンティブを付与。
  • イギリスの法的管轄内において、企業が関連した人権侵害の被害者に対する効果的な法的救済へのアクセスの支援。
  • 人権リスクやその影響に対応することがいかに企業の成功に役立つかに関する理解の促進。
  • 各国が人権保護に関する責務を十分に引き受け、法的管轄内において法的確保救済を保証することを含む、国連のビジネスと人権に関する指導原則の国際的な順守の促進。
  • 国連指導原則に関する各種施策の一貫性の確保。

アクションプランは、国連指導原則の3つの柱(人権保護に関する政府の責任、企業に求められる人権尊重、救済措置)を受けて、多様な分野における人権保護に関連した既存の法制度や国内外の取り組みなどを確認し、さらに推進するといった内容であった。しかし、国内の外国人労働者の搾取に対する取り締まり強化を目的に、別途法制化が進められていた「現代奴隷法」の内容の拡充(後述)により、結果的に対応する法律が制定されることとなった。

指導原則の実施状況に関する2020年5月の報告(注2)は、政府がアクションプランに沿って実施してきた取り組みについて、およそ以下の通り整理している。

(1)人権保護に関する国の責任

  1. 現代奴隷法(Modern Slavery Act 2015)(注3)の施行:既存の関連法の更新に加え、収入が3600万ポンド以上の企業に「ステートメント」の公表を義務化。ステートメントには、自社および下請け会社における奴隷労働の防止のために講じた措置に関する内容を含まれなければならない。
  2. 奴隷労働に関する評価ツール(Modern Slavery Assessment Tool)(注4)の導入:公的機関が自らのサプライヤーにおける奴隷労働リスクの有無の確認や、個々のサプライヤーに合わせた奴隷労働予防プロセスの改善に関する助言を行うことを支援。
  3. 公的調達ポリシー指針(Procurement Policy Note)(注5)やガイダンスの公表:リスクに基づくアプローチにより政府のサプライチェーンにおける奴隷労働の削減をはかり、商業的ライフサイクルの各段階で施策を実施。
  4. OECDの環境・社会的デューデリジェンスに関する共通アプローチの実施:輸出信用の申請に関する意思決定の一環として、環境および社会的影響とリスクを考慮。
  5. 安全と人権に関する自主原則についてのイニシアチブ(Voluntary Principles Initiative)の実施:高リスクで紛争の影響を受けやすい地域において事業を実施する石油・ガス・採掘業企業に、責任あるビジネス慣行に関するガイダンスを提供することを通じて、意識啓発と影響の増大を推進。
  6. 海外で活動するイギリスの民間軍事企業の産業標準の強化に関して、民間軍事部門と継続的に密に協力。
  7. 外務省による人権・民主主義プログラムの一環として150万ポンドを提供し、指導原則とビジネスと人権の実施を促進。
  8. 指導原則の実施をはかる他国とのパートナーシップの発展を促進。
  9. デジタル監視に関する国際ルールの強化。

(2)企業への人権尊重の期待

  1. 会社法を改正し、上場企業が作成する年次報告において、事業に関連した人権に関する実体的影響がある場合、これを報告に含めることを要求。ビジネス・エネルギー・産業戦略省は、これに関する影響評価を実施中であり、関連して非財務報告に関するステークホルダーの意識についての報告書を2019年10月に公表。
  2. 現代奴隷法が義務づけるサプライチェーンの透明性(奴隷労働に関するステートメントの公表)に関して、企業向けガイダンスを提供し、また同法に関連 した効果的な報告の支援をはかるため、連絡先データベースを導入。
  3. サイバーセキュリティの輸出に関連した人権リスクについて、サイバー成長パートナーシップ(サイバーセキュリティ振興に関する産官学のパートナーシップ)のガイダンスと協調。
  4. 企業の人権ベンチマークイニシアチブ(注6)(大規模企業を人権保護に関する実績により評価)に資金を補助。
  5. 人権尊重に関する企業の報告に関する非営利のガイダンス提供活動を支援。
  6. 外務省と貿易省による海外ビジネスリスクサービス(注7)(他国のビジネス環境に関する情報を提供)を継続。
  7. 国連のグローバルコンパクトに資金拠出を継続。企業が人権や労働、環境へ配慮し、汚職などに関して普遍的な原則に基づいて事業を実施することを支援・促進。

(3)人権侵害に対する救済措置へのアクセス

  1. 各市場における政府の貿易促進チームが、イギリス企業に苦情申し立て制度の設置または参加、現地の行政当局との協力を助言
  2. 企業が海外における事業活動に際して、国内で実施している申し立て制度を適用することを奨励。
  3. 外務省の人権・民主主義プログラム基金を通じて他国における救済手続きの資金を支援。
  4. 救済措置へのアクセスに関して調査を委託。

2.現代奴隷法の制定

アクションプランの公表と前後して、内務相は2013年8月、イギリス国内における奴隷労働の取り締まりに関する新たな法律を制定するとの意向を示した(注8)。人身取引により、国内で外国人に奴隷労働を強制する者を取り締まることが目的に掲げられ、特にいわゆる「ギャングマスター」(農林漁業、食品加工業などで、当局の許可に基づき労働者供給事業を行う者)に関する規制強化が主眼とされた。

これに対して、議員やキャンペーン団体などからは、企業の取り組みに関するより強力な施策の必要性が主張された。その一つ、内相の諮問により議員グループが行った法案のレビュー(注9)は、企業に対して、サプライチェーンにおける人身取引や奴隷労働の撲滅に関する取り組み状況の公表を義務づけるカリフォルニア州の法律(注10)に範をとった法制度の導入を求めた。政府が2014年6月に議会に提出した「現代奴隷法案」は、これに関する内容を欠いていたが、審議の過程で、関連する内容が条文として追加された(注11)

2015年に成立した現代奴隷法は、奴隷労働や人身取引に関する既存の法規制を統合、明確化するとともに、罰則強化や新たな予防措置、政府から独立した反奴隷コミッショナー(Independent Anti-slavery Commissioner)の設置や、人権侵害の被害者の支援・保護に関する規定などを盛り込んでいる。

(1)奴隷労働と人身取引に関するステートメント

現代奴隷法は、イギリス国内で商品やサービスを提供する企業などのうち、売上高が一定規模以上の企業に対して、毎年度、奴隷労働と人身取引に関するステートメントを作成することを義務づけている(54条)。2021年時点の売上高の基準は、年3600万ポンド(注12)。ステートメントは、サプライチェーンおよび自らの事業において、奴隷労働や人身取引が発生しないために当該年度に講じた方策(または何らかの方策を講じなかったこと)に関するものである。ステートメントの内容として、以下の内容を含むことが推奨されている。

  1. 組織構成、事業およびサプライチェーン
  2. 奴隷労働と人身取引に関するポリシー。
  3. 自らの事業とサプライチェーンにおける奴隷労働と人身取引に関するデューデリジェンスのプロセス。
  4. 奴隷労働や人身取引が生じるリスクのある事業部分およびサプライチェーンと、実施されたリスク評価・管理。
  5. 自らの事業やサプライチェーンにおける奴隷労働や人身取引の発生を予防する効果(適切と考える指標により計測)。
  6. 従業員が受講可能な奴隷労働や人身取引に関する訓練。

ステートメントは、取締役会など(注13)の承認を受け、取締役または同等の者の署名を得なければならない。公表にあたっては、自社のウェブサイトを有する場合にはそのウェブサイトに掲載し、かつステートメントへのリンクをウェブサイト上の目立つ場所に置くことが求められる。また、ウェブサイトがない場合は、書面による請求に対して30日以内に写しを提供しなければならない。ステートメント公表の義務に反する場合、国務大臣の民事手続きにより、高等法院が強制命令を発効することができる。これに従わない場合は、法廷侮辱罪として無制限の罰金の対象となりうる。

なお2021年3月には、ステートメント登録システムが導入されている(注14)。個別企業における取り組みを閲覧可能とするもので、現在のところ、登録は義務づけられていないものの、政府は登録を強く推奨している。

(2)現代奴隷評価ツールの提供

公的調達に際して、参加企業に人権への配慮を求めるとの方針は従前から掲げられてきたところだが、これに関連して、自主的なリスク評価が可能なツール(Modern Slavery Assessment Tool)が政府により提供されている。公的調達のプラットフォーム(注15)に購入者として登録した公的機関は、調達先またはその候補となる事業者に、ツールによる評価を受けることを促す。ツールは、サプライチェーンに関する把握の状況や、奴隷労働の防止に関するポリシーの有無・内容、サプライチェーンへの効果に関する評価、奴隷労働が発生するリスクに関する評価の有無や結果、労働者への支援等の状況(申し立て制度や労組・従業員代表制度などの有無を含む)など、多岐にわたる設問に回答する形式(注16)。事業者が設問に答えると、評価結果ならびに改善策が提示され、評価結果は事業者が許可した場合にのみ、購入者(公的機関)に開示が可能となる。

公的調達におけるサプライチェーンのリスク評価・管理に関する2019年の指針(注17)は、中央省庁、執行機関、非省庁公的機関に対して、既存ならびに新規の調達先となる事業者についてのリスク評価・管理の実施を要請している。併せて示されているガイダンス(注18)によれば、リスク評価の結果が芳しくない事業者については、公的調達への参加を排除することが可能とされる。

3.実施状況、施策の見直しと拡充

奴隷労働や人身取引の被害者の発見・保護に関する枠組みとして、National Referral Mechanismが設けられている。警察や入国管理当局、犯罪対策庁、あるいは自治体や非営利団体などが、奴隷労働や人身取引の被害者の可能性がある国内居住者について、内務省のSingle Competent Authorityに紹介、判断を付託するもの(注19)。対象者には判断が決定するまでの最長45日間、保護や住居、法的アドバイスなどが提供される。2020年には四半期ベースで2000~3000件、年間では1万613件が紹介されており、18歳以上の成人が5087人、18歳未満が4946人とほぼ同数だ。このうち、労働搾取に関する件数は3851件(36%)、性搾取が2053件(19%)、など。国籍別には、アルバニア、イギリス、スーダン、ベトナム、エリトリアの出身者が多くを占める。

これに対して、被害者として認定が確定した件数は四半期ごとに600~900件、2020年通年では3084件となっている()。

図:National Referral Mechanism への紹介に対する判断確定件数の推移
画像:図

現代奴隷法に基づく施策やその実施状況については、政府の年次レポートのほか、議会検討会による検証や、政府の諮問によるレビューなどが行われ、施策の見直しが逐次実施されている。直近では、2019年に実施された議員らによるサプライチェーンの透明性に関するレビュー(注20)の提言内容を受けて、パブリックコンサルテーション(一般向け意見聴取)が行われ、結果として、上記の登録システムの導入のほか、公的機関に新たにステートメントを義務付ける制度改正が行われた。後者は、年間の予算額が3600万ポンド以上となる公的機関(自治体を含む)に、サプライチェーンにおける奴隷労働や人身取引の予防のために講じた措置について定期的に報告することを義務付けるもの。さらに、現在は推奨にとどまっているステートメントの内容についても、義務化が図られる見込みだ。

参考資料

参考レート

2021年7月 フォーカス:ビジネスと人権 ―アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの取り組みの状況国

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