フォーカス:ビジネスと人権 ―アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの取り組みの状況
ドイツ:「サプライチェーン・デューデリジェンス法」2023年施行へ

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はじめに

連邦参議院(上院)は6月25日、「サプライチェーン・デューデリジェンス法(Lieferkettensorgfaltspflicht engesetz, LkSG)」(注1)」を承認した。「デューデリジェンス(注意義務)」とは、調達元の企業が自社や取引先を含めた供給網(サプライチェーン)において人権侵害や環境汚染のリスクを特定し、責任を持って予防策や是正策をとることを意味する。同法は、2023年1月から施行され、国内外のサプライチェーンにおける人権や環境を尊重するための企業の取り組みが、ドイツで初めて義務化されることになる。

1.法制化の前段

(1)国別行動計画による企業の自主的取り組み

2011年に国連人権理事会が承認した「ビジネスと人権に関する指導原則(指導原則)(注2)」に基づき、ドイツでは2016年12月に「国別行動計画(Nationalen Aktionsplan, NAP)」が策定された。

国別行動計画では、従業員500人超のドイツ企業(約6000社)の半数(50%)以上が、2020年までにデューデリジェンスを導入し、その実施と報告を自主的に行うことが目標とされた。そのうえで、目標未達の場合は、国内法による義務化の可能性を予告していた。

この計画策定の2年前には、「2014年EU非財務情報開示指令(NFRD:Nonfinancial Reporting Directive, 2014/95/EU)」がEUにおいて採択されている。同指令は、従業員500人超の企業に対して、サプライチェーンを含む非財務情報を年次報告書で開示することを求めている。具体的には、環境、社会、雇用、人権の尊重、汚職・贈収賄の防止などに関連する5つの事項(①ビジネスモデル、②デューデリジェンス・プロセスを含む方針、③方針実施の結果、④主要なリスクとその管理方法、⑤非財務重要業績評価指標(KPI))である。

同指令に基づき、EU加盟国は2016年12月までに国内法整備を行うこととされたが、ドイツでは「CSR指令実施法(CSR-Richtlinien-Umsetzungsgesetz)」として、2017年に商法等の改正が行われた。これにより、従業員500人超のドイツ企業は「ESG(環境・社会・ガバナンス)分野(注3)」の情報を開示することとされた(注4)

国別行動計画は、こうした動きと連動しながら、企業の自主的な取り組み支援に向けて、相談窓口やポータルサイトの開設、サプライチェーンにおけるハイリスク分野・地域の特定、関連の調査研究、ベストプラクティスの収集・提供などを、政府が実施することが定められた(注5)

(2)評価に基づく法制化の動き

国別行動計画の最終年度は、2020年と設定されていた。前年の2019年12月には、ファウデなどのドイツ企業40社超が、国際人権NPO「ビジネスと人権リソースセンター(Business & Human Rights Resouce Centre, BHRRC(注6))」と共同で、人権・環境デューデリジェンスを義務化する法制定を求める声明を発表した。これを受けて、フベルトゥース・ハイル労働社会相(SPD)とゲルト・ミュラー経済協力開発相(CSU)は、草案作成にとりかかり、2020年3月10日に提示する計画であった。しかし、新型コロナウイルスの感染が急拡大するなかで、最終的には、メルケル首相と経済エネルギー相の反対もあり、計画は一旦中断された(注7)

その後、2020年10月に公表された国別行動計画の最終モニタリング報告書において、最終年の標本調査では調査対象2250社(従業員500人超)のうち、有効な回答を提出したのは455社にすぎず、さらに計画の要求事項を満たした企業は13~17%のみであったことが判明した(注8)。そこで、関係する3省庁(労働社会省、経済協力開発省、経済エネルギー省)は、再度協議を行い、2020年12月中の法案閣議決定を目指した。しかし、ペーター・アルトマイヤー経済エネルギー相(CDU)の強い反対があり、再び協議は翌年に持ち越された。

法案は最終的に、2021年2月12日に合意に達し、利害関係者協議(Verbändeanhörung)を経て、3月3日に閣議決定された。その後、6月11日に連邦議会で可決され、6月25日に連邦参議院で承認された。

2.法律の概要(注9)

既述の通り、サプライチェーン・デューデリジェンス法案は、連邦参議院(上院)において承認され、2023年1月1日からの施行が決まっている。

同法は、閣議決定から成立までの間、対象企業が遵守すべき環境基準に「バーゼル条約(有害廃棄物の国境を越える移動およびその処分の規制に関するバーゼル条約)」が追加されたほか、外国企業が対象企業に含められたり、一定要件下で国外支店は取引先でなく“企業本体の一部とみなす”などの解釈確認が行われるなど、細かい修正が加えられた。

以下に現時点の概要を紹介する。

(1)企業に求められる人権と環境分野の責任

同法は全24条で構成され、関連国際条約の一覧が附属している。

【企業の責任】

ドイツ国内にある大企業を対象に、国内外のサプライチェーンにおける人権と環境に関するデューデリジェンスの実施を求めている。

「人権デューデリジェンス」では、強制労働や児童労働、ハラスメント等の「人権侵害リスク」を企業が特定して、予防・軽減策を取ることが求められる。

また、「環境デューデリジェンス」では、水質汚濁や大気汚染等の「環境汚染リスク」を企業が特定して、予防軽減策を採ることが求められる。

このほか、企業に求められる主な取り組みは以下の通りである。

  • リスク管理体制の確立(リスクの特定、責任の明確化、使用者への年1回以上の報告等)。
    ※ 連邦議会の法案修正により、事業所委員会(Betriebsrat)も報告対象に含まれた。
  • 社内の責任者の明確化。
  • 定期的なリスク分析の実施、優先順位付け。
  • 人権尊重や環境汚染防止に関する方針の策定(特定したリスクや自社と直接取引先に対する人権・環境要件を含むデューデリジェンスの手続・手法等)。
  • 自社と直接取引先における予防措置(人事戦略、調達方針、慣行に関する研修や遵守状況の確認)の実施と、その有効性の評価。
    ※ 間接取引先については、潜在的な人権リスクなどについて、内部告発、あるいは労組やNGOなどからの指摘を受けるなどして、実質的に企業が認識していた場合に限り、監査対象となる。なお、連邦議会の法案修正により、製品の製造国が国際協定を批准していない場合でも、その事実のみで当該国との取引関係を絶つ理由にはならないことが明確化された。同時に「ドイツ企業の子会社が国外にある場合、その子会社の経営が本社の経営管理下にある場合は、直接取引先でなく、「企業本体の一部」として取り扱うことが明確化された。
  • 人権侵害や環境汚染を起こした場合の是正措置とその有効性の評価。
  • 苦情処理制度の確立(苦情処理手続きを明確かつ分かりやすく開示すること)。
  • デューデリジェンスの実施に関する報告書の作成と開示(7年以上保存すること)。

【対象企業・規模】

主たる管理部門や本店、定款上の所在地がドイツ国内にある企業(外国企業も対象となる)。

  • 従業員3000人以上の企業(2023年1月1日から適用)
  • 従業員1000人以上の企業(2024年1月1日から適用)
    ※ 閣議決定時の政府試算では、従業員3000人以上の企業は約600社、同1000人以上は2900社であったが、連邦議会における法案修正により、対象企業が増え、従業員3000人以上の企業は約900社、同1000人以上は4800社となった(注10)

【罰則】

デューデリジェンスの遵守義務に反した場合、原則として最大80万ユーロの罰金が科される。ただし、平均年間売上高が4億ユーロ以上の企業の場合、違反内容によっては、平均年間売上高の2%が科される可能性がある。17.5万ユーロ以上の罰金が科された場合、3年を上限として公共入札から除外される可能性がある。
※ 連邦議会における法案修正により、同法に基づく義務違反があった場合でも、企業は民法上の責任は問われないことが明確化された。

【管轄当局】

管轄当局は、「経済輸出管理庁(Bundesamt für Wirtschaft und Ausfuhrkontrolle,BAFA)」である。対象企業は、BAFAへ年次報告書を提出する必要があり、BAFAは法律の執行・管理・評価を行う。BAFAが得た情報に基づく達成状況等の評価は、2026年6月30日までに行われる。また、後述のEU指令が採択された場合、6カ月以内に「サプライチェーン・デューデリジェンス法」の見直しを行う。

(2)法案に対する関係者の反応(注11)

サプライチェーン・デューデリジェンス法は、労働社会省(BMAS)、経済協力開発省(BMZ)、経済エネルギー省(BMWi)の三省が所管している。

法案の発表に際して、フベルトゥース・ハイル労働社会相(SPD)は、企業は“予見可能で予防可能な違反に対してのみ”責任を問われる点を強調したうえで「グローバルな利益をあげるのであれば、グローバルな人権等にも責任を負わなければならない」と説明した。また、ゲルト・ミュラー経済協力開発相(CSU)は、先進国が途上国へ生産を外注することで、裕福な社会が成り立っている現状の問題点を指摘したうえで、途上国における人権や環境保護の重要性を改めて訴えた。そのうえで、ペーター・アルトマイヤー経済エネルギー相(CDU)は、対象は大企業のみで中小企業は除外されていることを改めて強調した。

同法については、経済界や人権環境保護団体からもさまざまな声があがっている。ドイツ使用者団体連盟(BDA)のシュテフェン・カンペーター会長は、サプライチェーンにおける人権侵害や環境汚染の責任をドイツ企業が取ることについて、「同法はあまりにも多くのことを企業に期待しすぎている」との見解を示している。経済界からはこのほか、「サプライチェーンに関する企業の責任については、ドイツ単独ではなくEU全体で歩調を合わせて取り組んでいくべきだ」との主張も多くあがっている。他方、NGOや労働組合からは、ドイツ企業が責任を負うのは「原則として直接取引先まで」という点について、「問題の多くはその先の間接取引先で起きており、企業はサプライチェーン全体に責任を持つべきだ」との主張が出されている。

(3)EU指令による国内法改正の可能性(注12)

2021年3月10日、欧州議会において「EUデューデリジェンス法」が採択された(賛成504票、反対79票、棄権112票)。これにより、欧州委員会は今後、企業のデューデリジェンスに関するEU指令案を提出し、その成立が見込まれている。成立すれば、加盟国は同指令に基づく国内法整備を行うことになるが、現時点で、詳細はまだ確定していない。具体的にどのような規模の企業が対象となり、直接の取引相手のみならず間接的な取引相手まで企業の責任として含めるのか、被害者の救済方法や罰則などについてもまだ明らかにされていない。

そのため、指令の内容次第では、整合性確保のためにドイツ国内法の改正が行われる可能性がある。

おわりに

ドイツでは、国連人権理事会が2011年に承認した「ビジネスと人権に関する指導原則(指導原則)」に基づき、2016年に国別行動計画を策定し、企業の自主的な取り組みに委ねた。

同計画は達成目標を50%以上の企業としたが、計画最終年の2020年の標本調査では、調査対象2250社(従業員500人超)のうち、有効回答を提出したのは455社にすぎず、このうち行動計画の要求事項を満たした企業は13~17%のみであった。この結果を踏まえて企業のデューデリジェンスを義務づける法律を制定することになった。2023年1月1日から施行されれば、ドイツ国内に管理部門や本店がある対象規模の日本企業や、対象のドイツ企業の直接取引先となっている日本企業も、同法の影響を受けることが予想される。

さらに今後、EUでも同様の内容を盛り込んだ指令の成立が見込まれており、ドイツ以外の加盟国の法制度にも影響を与えることが予想されている。

参考レート

2021年7月 フォーカス:ビジネスと人権 ―アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの取り組みの状況国

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