シェアリングエコノミーの広がりと政策対話を通じた解決の模索

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ドイツでは、デジタル・プラットフォームを活用したシェアリングエコノミーが急速に拡大しつつある。現地紙(Handelsblatt)によると、すでに2人に1人が「ウーバー(Uber)」や「エアビーアンドビー(Airbnb)」といった、個人が持つ遊休資産(スキル等の無形資産も含む)を提供するシェアリングエコノミー・サービスを利用している。しかし、このようなサービスは手軽に利用できるメリットがある反面、短期間のうちに市場の寡占化が進んだり、不安定で低賃金な仕事が発生しやすくなる等のデメリットが指摘されている。

2015年、政策対話の開始

労働社会省(BMAS)は2015年4月、デジタル化や第4次産業革命(インダストリー4.0)に適応した政策を模索するため、「労働4.0」という対話プロジェクトに着手した。1年半の期間中、関係団体への意見聴取、専門会議・ワークショップ、220以上の科学的調査、1.2万人の市民との直接対話、オンラインアンケート(1.5万人が回答)が実施された。BMASは2016年11月にその対話から得られた知見をまとめた「白書 労働4.0(Weißbuch Arbeiten 4.0)」を発表し、その中には、シェアリングエコノミーに関する分析や新たな政策的アイデアも紹介されている。

本稿は、同書を主な参考としつつ、ドイツにおけるシェアリングエコノミーの現状を、労働政策の観点から見ていく。

UberAirbnbに対する規制状況

アメリカのサンフランシスコで2009年に設立された「ウーバー(Uber)」は、スマートフォン・アプリ等のデジタル・プラットフォームを通じて、タクシーや乗合サービスを提供する会社である。

ドイツでは2014年にサービスを開始したが、直後から既存のタクシー会社による訴訟が相次いだ。その後、旅客運送事業法(BOKraft)に基づく許可がない個人運転手による移動を仲介する “ウーバーポップ(Uberpop)”は違法とする判決が各地で出た。現在は、有資格運転手の車を手配する“ウーバーブラック(UberBLACK)”というサービスのみを提供している。

しかし、このサービスについても「ウーバー自体が、ドイツの競争制限禁止法(GWB)に違反している」との訴えがあり、国内利用そのものを阻止しようとする動きがある。ドイツ連邦裁判所は2017年5月に、「ウーバー自体をドイツで禁止した場合、欧州連合(EU)の関連法令に抵触するか否か」の法解釈を欧州司法裁判所(ECJ)へ照会しており、1年以内に結論が出る予定である。

また、宿泊施設として自宅の貸し借り等のマッチング・サービスを行う「エアビーアンドビー(Airbnb)」は、ウーバーと同じく2009年にサンフランシスコで設立された。

ドイツでは、2011年からサービスを開始したが、利用者の増加とともに、大都市圏の物件不足や賃貸価格の上昇が続いた。そのため、首都ベルリンでは、行政当局の許可を得ずに個人が自宅等を短期間貸し出して料金を徴収する行為を2016年5月1日から禁止する規制(Zweckentfremdungsverbot,事前に2年の移行期間あり)を設けている。違反が判明した場合、最大10万ユーロの罰金が科される。こうした民泊に対する規制は、ドイツ各地(特に大都市圏で)で設けられている。

メリット:利用・アクセスがしやすい

シェアリングエコノミーについて労働社会省は、利用者の観点から、手頃な価格でアクセスしやすく、多彩なサービスの品揃えがあり、マッチング効率が良い点を評価している。

また、提供者の観点からは、自身が持つ遊休資産(例えばウーバーの場合は、運転スキルや車両、空き時間等)の活用によって潜在的な雇用の掘り起こしにつながっている点を評価している。

今後は、少子高齢化の進展で人手不足になると労働社会省が見込む「教育」「医療」「介護」「福祉」の産業分野で、デジタル・プラットフォームが適切に活用されれば、効率的な人材マッチングの可能性もあると考えている。

デメリット:不安定・低賃金になりやすい

一方でシェアリングエコノミーは、不安定で低賃金な仕事が発生しやすく、寡占市場が短期に形成されやすい点が指摘されている。特に労働者保護の観点からは、シェアリングエコノミーのサービスに従事することが必ずしも“良き労働(Gute Arbeit)(注1)”に結びつかない点で改善が必要だとしている。利用者にとっては利用しやすい反面、サービスを利用すればするほど、労働条件の悪化や賃金搾取に加担しかねない点が「顧客のジレンマ(Kundendilemma)」という言葉でよく表現される。

こうした課題について、「労働4.0」の対話プロジェクトでは様々な政策的アイデアが示された。

社会的基準の策定、協同組合の活用も視野に

上述の課題について「白書 労働4.0」は、労働組合、使用者団体、消費者団体、政府等の関係機関で、「社会的基準」に関する合意形成が必要だと提言している。その上で、シェアリングエコノミーのサービス利用者に対して、「そのサービスがどのような労働条件設定のもとで斡旋されているのかを知るべきだ」として、消費者リテラシーを強化する仕組みの重要性に言及している。

また、シェアリングエコノミーのデジタル・プラットフォームを作る起業家の多くは、ベンチャーキャピタル(注2)から融資を受け、相応の収益を支払うが、代わりに従来からある「協同組合」を活用してはどうか、という提案もされている。協同組合は、個人や中小企業事業者が、共通する目的のために事業母体を設立して、自身も組合員になって共同で所有しながら民主的な管理運営を行う非営利の互助組織である。いわば起業家や中小企業の「クラウドファンディング(注3)」であり、価値共同体/経済的利益共同体だ。白書では、シェアリングエコノミーの分野における「協同組合」の活用可能性を探るため、政府と産業界や社会との対話を一層強化する必要があるとしている。

このほか、労働社会省(BMAS)は、経済エネルギー省(BMWi)や司法消費者保護省(BMJV)などの他省庁と連携しながら、シェアリングエコノミーの分野における課税制度の見直しや、同じ産業内で複数の企業が利用できる共通のデジタル・プラットフォームの構築も今後検討していくとしている。

シェアリングエコノミーと密接に関係するクラウドワーク

対話プロジェクトでは、シェアリングエコノミーの諸課題とともに、デジタル・プラットフォームを利用した「クラウドワーク(注4)」の従事者に対する保護の在り方も大きく議論された。

伝統的な手工業を支えるマイスターのような従来型の「自営」に加えて、複雑なプログラミングコードの開発者から、オンデマンドで働く清掃人まで、現在は多種多様な自営業者が存在する。

白書によると、実際にデジタル・プラットフォームを介して斡旋されている作業内容、報酬、労働条件は、高技能労働者が応じるような高賃金の業務がある一方で、単純で低賃金の業務も多く、クラウドワーク間の賃金格差が非常に大きい。

また、コンペティション形式で勝者のみが報酬を独占したり、プラットフォームの委託者から理由なく成果物の受け取りを拒否される事案の多さも批判的に議論された。

さらに、このような「オンデマンド」式のプラットフォームを介した就業者は、果たして「自営」なのか「労働者」なのか、個々に分析しなければ判断が困難な点についても議論された。

クラウドワーカーの労働者性

クラウドワークに対する法学的な見地は分かれる。多数意見は、「通常の雇用関係はない」というものである。その契約を受けるかどうかは、クラウドワーカーが自由に決定できるため、「個人の従属性はない」と通常は判断される。しかし、場合により、提供するサービスに関して絶え間ないチェックや指示、評価が行われ、個人への従属性が存在するケースもある。その場合は、「雇用関係がある」とされるが、その判断は非常に難しい。

これまでドイツでは、「自営業者は、あまり保護を必要としない」と考えられてきた。そのため労働法や社会法の多くの規定で意図的に除外され、社会保障に関する義務的の対象外となってきた。

近年、出現したデジタル・プラットフォームが、自営業者の急激な増加につながるかどうかは、ドイツでは未だ明確にはなっていない。しかし、デジタル・プラットフォームを介したクラウドワークの出現によって、従属的な仕事と自営的な仕事の境界線が一層曖昧になりつつあることは確かである。

対話プロジェクトの期間中に、労働社会省が主催した自営業者(起業家や小規模企業の創業者らも含む)との座談会では、例えば老齢年金について、高技能・高収入の者から「加入は不要」という意見が出された一方で、収入が少ない者から「年金よりも、全国民のための無条件のベーシックインカムを導入して欲しい」という希望が出るなど、各々の立場から幅広い主張・要望が出た。

傾向として、収入の少ない自営業者ほど、報酬や謝礼が少なすぎて社会保障制度にも入れないという不満が出された。しかし、同時に、年金制度への加入が義務化されると、社会保障費の支払い負担が増える点を懸念する者も低収入層に多かった。

必要度に応じた社会的セーフティーネットを

対話プロジェクトでは、全ての就業者(自営業者から従属的な雇用関係にある労働者まで)を同様に扱う原則の可能性も話し合われた。つまり雇用労働者だけでなく自営業者も含む全員が、法定年金制度に加入する制度設計が検討された(注5)

前述の自営業者らとの対話を通じて「一括の保護政策は、全ての自営業者のニーズに適合しないため、保護の必要度合いをそれぞれの状況に応じて確認し、労働法と社会法で保護する形が最も適切だ」との結論が出された。具体的には、「クラウドワーク法」の導入や、従来の家内労働法(Heimarbeit)の規定を準用する手法が、可能性として示された。

さらに、自営業者の社会的利益を代弁するための組織化も検討された。これは、自営業者全体を何らかの集団組織構造に束ねるような政策支援を行い、雇用労働者に近い働き方をしている請負業者や自営業者を、労働協約の保護規定の一部に盛り込もうとするものである。この点について労働社会省は、「拘束的労働協約(Tarifbindung)の手法(注6)が少なからぬ役割を果たすのではないか」という見解を示している。

併せて、デジタル・プラットフォームとクラウドワークの就業実態を把握し、分析するため、データ収集や統計発表の改善の必要性にも白書は言及している。

デジタル化時代の専門教育

ドイツ政府は、デジタル化の発展とともに、今後は学校教育と職業教育の場において、デジタル専門教育の強化が欠かせないと考えている。広範囲なITスキルの習得が重要で、全ての教育段階でスキルアップの必要性が生じる。

MINT教育(注7)に基づく専門能力も、全ての教育段階でより集中的かつ全体的に教え、発展させる必要がある。

こうした学校教育や職業教育の内容を規定するのは、主に州政府、学校、商工会議所、労使団体等である。当該の分野は、日々進歩しており、職業訓練は継続的かつ労使の要請に添う実用的なものでなければならない。

また、今後は、デジタルやMINTに関する専門能力に加えて、「コミュニケーション能力」、「異文化適応力」、「体系的かつ創造的な思考論理能力」、「抽象化能力と迅速な情報処理・データ選択能力」等のスキルが、仕事で成功するための必須要件になる。白書では、このような教育訓練の重点分野への取り組みを推奨している。

社会福祉国家の実現に向けて

シェアリングエコノミーの分野で労働社会省が管轄する範囲は、限定される。当該分野の多くは、経済政策の観点から、経済・エネルギー省(BMWi)や州政府が主導することが多い。

しかしながら、そこに潜在的な雇用の可能性があり、保護すべき労働者が存在し、労働者に対する適正な訓練の必要性があるなら、同省の取り組むべき政策が出てくる。

政策が目指すのは、当該分野における「良き労働」をもたらすビジネスモデルの構築と労働条件の最適化である。重要なのは、デジタル化の流れを阻害したり、敵視するのではなく、デジタル化時代においても、国民に対して十分な社会保障制度を提供し、安定した将来性のある解決策を見つけることである、と白書は結論付けている。

そのため労働社会省を含むドイツ政府全体は、今後も「デジタル化に適した持続可能な財政制度」「課税・税控除制度への改正」「不平等や格差を最小にするための制度改正」「各人の就労能力を生涯にわたり発展・安定させるための教育・訓練支援」等の諸政策を適切に実施し、社会福祉国家の実現を目指し続けるとしている。

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