シェアリングエコノミー(分享経済)と労働

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中国におけるシェアリングエコノミー(中国語:分享(共有)経済)の発展は著しい。2017年2月に国家情報センター・シェアリングエコノミー研究センターが発表した「中国シェアリングエコノミー発展報告2017(以下:「発展報告」)」によると、シェアリングエコノミーのサービスを利用または提供する者は6億人で前年より1億人増加。このうち、プラットフォーム(サービスを提供する基盤となる仕組み)の開発・管理などの業務に就いている者は585万人、そのプラットフォームのもとで実際に顧客へサービスを提供している者は6000万人に達している(注1)。シェアリングサービスに従事する者の多くは労働契約を結ばずに働いており、労働法で保護される対象になっていない。また、社会保険でカバーする仕組みも整っていない。このため、こうして働く人たちが権利の保護を求めて裁判で争うケースが生じている。国務院(政府)の国家発展改革委員会など8部門(注2)は2017年7月に発表した「シェアリングエコノミーの発展の促進に関する指導意見」(以下、「意見」)で、シェアリングエコノミーの特徴に合った、就業者の「柔軟な社会保険加入・給付措置」を検討し、その権利保護を強化することを盛り込んだ。保護の具体的な内容は今後、各地方などで検討されていくものとみられる。

事業発展への期待

「発展報告」によると、2016年のシェアリングエコノミーの総取引額は約3兆4520億元(約59兆292億円)、融資額は約1710億元(約2兆9241億円)にのぼった。それぞれ前年に比べて103%、130%増加している。

シェアリングエコノミーの成長を政府も後押しする。李克強(リー・クーチアン)首相は2017年3月、中国の国会に相当する全国人民代表大会での「政府活動報告」で、シェアリングエコノミーの発展を支援する方針を明確化した。

また、10月の中国共産党大会における習近平(シー・チンピン)総書記の「政治報告」でも、「ビッグデータやインターネット、環境、シェアリングエコノミー、人的資本サービスなどの分野で新たな成長の原動力を作り出す」ことが盛り込まれた。

中国で盛んなシェアリングエコノミーには、乗用車による人員輸送(タクシー運転)、自家用車の運転代行(注3)、調理、宅配、宿泊などのサービスなどがある。企業がプラットフォームを開発・提供して、サービスを提供したい者と、利用したい者がそれぞれ登録し、スマートフォンのアプリケーション(プログラム)を通してマッチングする方法が主にとられている。

「自転車のシェアリング」(注4)も浸透している。中国共産党機関紙「人民日報」のウェブサイト人民網(日本語版)によると、自転車のシェアリングによって約10万人の雇用が新たに創出されたという(プラットフォームの担当者が約8000人、シェアリング用自転車向けスマートロック(施錠)システム製造の従業員が約1万人、自転車製造の従業員が約4万2500人、物流配送の従業員が約5000人、運営メンテナンス担当者が約3万5000人)。

政府はこうした事業の発展が経済成長を促すとともに、イノベーションや創業により、新たな職種、職場が生まれることを期待している。

労働契約なしの「就業」

シェアリングエコノミーが普及するなかで、労働契約を結ばずに、報酬を得て利用者にサービスを提供する就業者が増加している。こうした人たちが労働者としての権利の保護を裁判で争う事件が起きている。

表1(1)~(4)は、配車サービス会社を通して「運転代行」を行なっていたドライバーが、会社側に協定(中国語:協議)を解除されたのは、労働契約の解除に相当するとして、労使関係の認定、(労働契約解除に伴う)経済補償金の支払いなどを求めて会社を訴えた事件である。

表1:シェアリングサービスでの労使関係の認定をめぐる裁判
事件名 裁判所 判決日 判定
(1)庄燕生と北京億心宜自動車技術開発サービス有限会社の労働争議事件 北京市第一中級人民法院 2014年9月4日 労使関係なし
(2)王哲拴と北京億心宜自動車技術開発サービス有限会社の労働争議事件 北京市第一中級人民法院 2015年2月11日 労使関係なし
(3)孫有良と北京億心宜自動車技術開発サービス有限会社の労働争議事件 北京市第一中級人民法院 2015年2月12日 労使関係なし
(4)張勇と北京億心宜自動車技術開発サービス有限会社の労働争議事件 北京市石景山人民法院 2016年7月28日 労使関係なし
(5)調理師7名と上海楽快情報技術有限会社の労働争議事件 北京市朝陽区人民法院 2017年7月3日(報道日) 労使関係認定

2005年5月に当時の労働・社会保障部が公布した「労働関係の確立に関する事項についての通知」(以下:「通知」)は、使用者が労働者を採用する際に、書面による労働契約を締結しなくても、以下にあげる状況に同時に該当する場合は労働関係(労使関係)(注5)が成立すると規定している。

  1. 使用者および労働者が法律、法規に定められた主体となる資格を有する。
  2. 使用者の設定した内部規定が労働者に適用され、労働者が使用者の労働管理を受け、使用者の手配した報酬のある労働に従事している。
  3. 労働者の提供する労働が、使用者の業務の構成部分である。

また、使用者と労働者が労働契約を締結していなくても、当事者間に労使関係が存在することを認定するためには、以下の証拠を参照することができるとしている。

  1. 賃金支払いの証拠又は記録(従業員賃金支給名簿)、各種社会保険料の納付記録。
  2. 使用者が労働者に配布した「従業員証」「服務証」などの身分を証明できる証明書。
  3. 労働者が記入した従業員募集時の「登録表」「応募表」などの記録。
  4. 出勤記録。
  5. 他の労働者の証言等。

上記の事件で原告のドライバーは、会社の提供したユニフォーム、作業証、委託代行の「協定」、代行サービスをした証書などの証拠を提示し、仕事に自主性や柔軟性はあるが、会社に管理されている関係が存在するので、労使関係を認定すべきだと主張した。

これに対して裁判所は「通知」に基づき、働く場所が固定されていないこと、労働時間を自分でコントロール(中国語:掌握)できること、会社から月ぎめの報酬を受け取っていないこと、「作業証」とユニフォームの提示は証拠として不十分なことを指摘し、労使関係の存在を認定しないとの判断を相次いで示した。

(5)の調理師らに対する判断は、シェアリングサービスのネット予約システムで働く者の労使関係を認定した。この事件の当事者である会社は、登録した調理師らが一般家庭を訪問して調理を行うサービスを提供している。原告は同社と「提携契約書」を取り交わし、月5000元(約8万5500円)の報酬を得て、10時から18時まで一般家庭を訪問して働いていた。書面による労働契約は結ばず、社会保険料は支払っていない。残業代も支払わず、有給休暇は付与していない。

会社がこの調理師らとの「提携契約」を解除したのに対し、調理師らは会社との間に労使関係が存在すると主張し、労使関係の解除に対する経済補償金(注6)や、残業代、社会保険料の支払いなどを求めた。会社側は、調理師らとの間に労使関係は存在しないと反論した。

裁判所は、会社がネットプラットホームを提供し、調理師らが技能を提供するという両者の関係は労使関係の特徴と一致しており、そこには労使関係が存在するとの見解を示し、1万元(17万1000円)の賠償金の支払いを会社に命じた。

シェアリングサービスの運転者が交通事故を起こしたときの、会社側の賠償責任をめぐる裁判も争われている。

表2(6)および(8)の事件で裁判所は代行運転を「職務行為」と認定し、会社側の責任を認めた。一方、(7)の事件で裁判所は、代行運転者と会社の「協定」で、交通事故の際の責任は代行運転者個人に属するものとの取り決めがなされていたことから、第三者である会社は責任を負わないとの判断を示している。

表2:シェアリングエコノミーでの事故賠償責任をめぐる裁判
事件名 争議内容 裁判所 判決日 結果
(6)趙宝春らと北京億心宜自動車技術開発サービス有限会社との自動車交通事故責任紛争処理事件 交通事故責任認定 北京市第二中級人民法院 2015年2月11日 運転者の代行行為は職務行為であり、会社は賠償責任を負う。
(7)李永忠と北京億心宜自動車技術開発サービス有限会社とのサービス契約トラブル処理事件 事故車両の修理費用の請求 広州市海珠区人民法院 2014年10月15日 会社は代行サービス情報を提供するものであり、運転者は個人として事故責任を負う。
(8)陶新国と魯能集団有限会社上海子会社、北京億心宜自動車技術開発サービス有限会社などとの自動車交通事故責任紛争処理事件 交通事故責任認定 上海市浦東新区人民法院 2015年3月9日 運転者の代行行為は職務行為であり、会社は雇用主としての責任を負う。

政府の対応

シェアリングエコノミーのネット配車(タクシー)サービスは、2016年7月に交通運輸部など(注7) が「インターネット予約タクシー経営サービス管理暫定弁法」(以下:「弁法」)を公布したことで、一定の条件のもとで合法化された。具体的な運用方法は地方政府が定めている。

弁法はネット配車サービスを「インターネット技術を利用してサービスシステムを構築し、需給情報を統合し、条件に合致する車両及び運転者を使用して、流しではない予約タクシーのサービスを提供する経営行為」と定義。こうしたサービスを提供する会社に「経営許可証」の取得を義務づけることとした。

また、会社は「サービスを行う運転者が合法的な従業資格を有することを保証しなければならず、関連の法律法規の規定に従い、業務時間の長さやサービス頻度等の特徴に基づいて、運転者との間で様々な形式の労働契約または協定(協議、合意書)を締結して、双方の権利と義務を明確にしなければならない」との原則を示した。

運転者に対しては「3年以上の運転経験がある」「交通事故や危険運転の犯罪歴がない」などの条件を設定。各地の行政部門が企業からの申請を通して審査し、合格者に「ネット運転タクシー運転者証」を発行する。

弁法は労働契約を結ばすに「協定」のもとで働くシェアリングエコノミーの就業形態を追認したものといえる。こうした就業者の権利保護については、国家発展改革委員会などが2017年7月に公布した「意見」に言及されている。それによると、シェアリングエコノミーの特徴に合った、就業者の「柔軟な社会保険加入・給付措置」を検討し、その権利保護を強化する。保護の具体的な内容は今後、各地方などで検討されていくものとみられる。

参考資料

  • 国家情報センター・シェアリングエコノミー研究センター 人力資源・社会保障部 中華全国総工会 中国政府網 人民網 法制日報 法制網 法宝Case Share

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