カナダにおけるLGBTの就労をめぐる状況

斎藤 文栄(ジェンダー・コンサルタント)

  1. LGBTの就労をめぐる状況
  2. 企業における取り組み状況
  3. 行政・NPOによる支援

1. LGBTの就労をめぐる状況

(1)背景

カナダは世界で4番目に同性婚を合法化した国であり、最大の都市トロントは、2014年にはLGBTの世界の祭典であるワールド・パレードをホストし、近年では世界でLGBTが住みやすい都市の3番目に選ばれてもいる(注1)。一見、LGBTの権利が進んでいるように見えるカナダでも、職場においてはまだまだLGBTに対する差別は根強いようだ。2014年の調査によれば、LGBT労働者の81%がカナダの産業界はもっとLGBT労働者を歓迎し、職場での価値を認めるべきだと答え、半数以上(59%)が自らの雇用主がもっとLGBTが職場で居心地よく過ごせるようにすべきだと答えている(注2)

別の雇用調査(2015年)によれば、LGBTのうち約30%が職場で差別を経験していると回答しているのに比べ、LGBTではない者は3%しか差別を経験していないという結果が出ている(注3)。LGBTであることによって実に10倍も職場で差別を受ける機会が増えるということになる。

LGBTの中でも、トランス・ジェンダーはゲイ・レズビアン・バイに比べ、外見等で差別されやすく、職場でより差別的な扱いを受けることが多い。Trans PULSEが2009年から2010年にかけて行った調査では、オンタリオ州に住む16歳以上のトランス・ジェンダー433人のうち、フルタイムの仕事についているのは3分の1だけだということが明らかになった(注4)。この調査によれば、職場にトランスに寛容な環境がないとして自ら辞退したケースが17%、トランスのために仕事を断られた経験を持つ人が13%、トランスのために解雇、もしくは退職強要(constructive dismissal)された人が13%という驚くべき数字が出ている(注5)

(2)国内法の整備状況

①LGBTに対する法整備の概要

カナダでは当初、同性間の性行為は犯罪であったが、1969年に同性間の性行為が非犯罪化した。1977年には、カナダで初めてケベック州が性的指向を差別禁止事項の1つとして制定した。

1982に制定されたカナダ憲法(Canadian Charter of Rights and Freedom)は、15条で、全ての個人は、宗教、人種、出身国もしくは民族、皮膚の色、性別、年齢、精神的・身体的障害に関わらず平等に考慮されなければならないと規定している。この平等条項には性的指向が含まれていなかったが、1995年のEgan v. Canada(注6)において、 最高裁が、性的指向がカナダ憲法の平等権条項の下で列挙されている差別禁止事由に類似した事由に当たると判断(注7)。続く1998年のVriend v. Alberta(注8)において最高裁は、性的指向を禁止事由に含めない州の人権法は憲法に反するとし、性的指向を州の人権法の差別禁止事由に読み込むべきと示した。

1996年、カナダ人権憲章(Canadian Human Rights Act)が改正され、性的指向が差別禁止事項のひとつに加えられた(3条1項)。これにより連邦の管轄機関では 性的指向を根拠にした差別を受けることのない平等で公正な取り扱いを受ける権利が保障されることになった。また州レベルでは、上記、1998年のVriend V. Albertaの判決を受け、最後に残っていたアルバータ州で性的指向が含まれることになったことから、 カナダ全域で性的指向が人権法の下で保護されることとなった。

画像

写真:2014年のワールド・プライド・
パレードの様子(トロント)

性的指向に比べ、同性婚カップルへの法的保護は遅れたものの、まずはブリティッシュ・コロンビア州が1998年に社会的な手当や義務を異性カップルだけではなく同性カップルにも適用する法改正を実現(注9)。1999年のM. v. H事件(注10)において、最高裁が、オンタリオ家族法で規定されている「配偶者(spouse)」には異性だけでなく同性カップルも含まれると判示したのを受け、各州で法の改正が行われ、同性カップルが異性カップルと同様の手当てが受けられるようになっていった。2000年には、連邦政府においても、同性カップルにも異性カップルと同様の社会、税制の手当てを与える法案が成立した。

さらに2005年には、Civil Marriage Act により、それまで大部分の州で既に認められるようになっていた同性婚を、連邦レベルでも合法化し、カナダ全域において同性婚が認められるようになり、ゲイ・レズビアンにとって法の下の平等が完全に認められるようになった(注11)

これに対し、トランス・ジェンダーを含める性自認(gender identity)が法律の差別禁止事由に加えられたのは、つい最近のことである。2005年に最初の法律案が提出されて以来、連邦政府ではカナダ人権憲章と刑法を改正するための法律案が何度も上程されたものの、宗教観に基づく根強い反対派議員や議会の解散などを理由に、法律案はその都度廃案になってきた。2017年6月、ようやくカナダ人権憲章と刑法の改正が行われ、性自認(注12)とジェンダー表現(gender expression)(注13)が差別禁止条項として追加されただけでなく、刑法で禁止されているヘイト・クライム及びヘイト・スピーチの保護の対象となることとなった。

②雇用上の差別禁止規制

カナダは連邦国家であるため、外交、国防や、市民権などカナダ全体に関わることについては連邦政府の管轄となるが、雇用や人権問題などは、一部の連邦管轄にかかる職業(銀行業や運送業等)を除き、州政府の管轄となる。

そのため、LGBTに対する雇用上の差別については、一般的に各州・準州の人権法(注14)が適用される。本稿では、カナダ最大の人口を抱えるオンタリオ州を例に、LGBTに対する法制度を概観する。

オンタリオ州は、雇用分野、人権分野において常に連邦法をリードしてきた(注15)。1962年にはカナダのどの州にも先駆けて人権法典(Ontario Human Rights Code)が制定され、1986年には人権法典の差別禁止事由に性的指向が加えられた。性自認及びジェンダー表現に関しても、2012年に差別禁止事由として加えられている(注16)

オンタリオ州人権法典は雇用、住宅、政府や商業上のサービス、その他、契約など5つの分野における17の根拠事由に基づく差別及びハラスメントを禁止しているが、性的指向及び性自認も、宗教や出自、年齢などとともに差別禁止の根拠事由に含まれる。

雇用については第5条で、性的指向、性自認、ジェンダー表現を理由とした差別のない雇用上の平等取り扱い(第1項)及び職場におけるハラスメントから免れる権利(第2項)が規定されている。

雇用上の平等取り扱いについては、応募、雇用、研修、転勤、昇進、研修期間、解雇、退職を含む職場環境における全ての側面、雇用関係をカバーする。さらには、給与、残業、勤務時間、休日、福利厚生、シフト、懲罰、勤務評価なども対象となる(注17)

どのような行為が法で禁止される差別にあたるかについては、法律では細部まで規定していないが、判例法により確立されており、州政府の発行するポリシー・ペーパーに該当例が細かく記載されている(注18)。それによれば、差別の形態としては、1.直接的、間接的、もしくは微妙な差別、2.複合的差別(intersecting grounds)、3.交友関係、4.ジェンダーに基づくハラスメント及びセクシュアル・ハラスメント、5.有害な環境、6.組織的差別が挙げられている(注19)

直接的・間接的差別の例として挙げられているのは、以下の例である。

  • 企業が人材派遣会社と契約し、人を派遣してもらったところ、トランス・ジェンダーだということが分かった。その企業はエージェンシーにトランス、もしくは「普通」の男性・女性に見えない人はもう送ってこないように依頼した場合、そのような差別的状況を作り出した企業及び担当者は人権侵害の申し立ての対象となり、共同責任を負う。

その他、実際に起きた以下のケースが例としてあげられている。

  • 労働者がレズビアンであることを職場でカミングアウトしようとしたことに対し雇用主が解雇したケース(注20)
  • 労働者がゲイであると上司に明かした後、その上司が彼には、もはや昇進・配置・キャリアのための研修を受けることはできないと告げたケース(注21)

微妙な差別(subtle discrimination)が問題となる場合には、一つの事象を見て判断できないため、全ての状況が考慮される。

  • 女性が自分の同性パートナーが働く企業の同部署で短期契約で働いていたところ、マネジメントから同性愛を嫌悪する言質を受け続けた。上司は彼女にフルタイムの仕事を申し出たが、企業の安全を守るため彼女のパートナーは他の部門に異動になるとした。上司は、彼女がレズビアンでなくとも同様の措置を取ると主張した。彼女は企業がこの規則が同性愛者以外の労働者に適用されるのか質問した上で、代替案を提案した。しかし企業はさらなる話し合いをせず彼女を解雇した(注22)。この件につき、人権審判所は、労働者を差別し、特に 彼女の性的指向及び彼女が自らの性的指向を隠さないことに対する雇用主の不快感が解雇の要因になっていると判断した。
  • カナダ人権審判所の審判によれば、トランス女性が銀行のカスタマー・サービスの仕事に応募したところ、三段階の面接を経て採用がほぼ決まったと思ったにも関わらず、不採用となった。銀行は不採用の理由を説明しなかった。銀行はその後も別の人を雇うことはなく、トランス女性と同じ経歴をもつ人材を募集し続けた。審判において、銀行はトランス女性を採用しなかったのは、彼女の経験がありすぎること、最終面接で「公共に仕えようと思う人とは思えない」態度を示したこと、そして彼女が「このポジションをトランス・ジェンダーの権利を促進するために使おう」思っていたことだと主張した(注23)。カナダ人権審判所は、このような理由は不誠実で、彼女がトランスだという先入観や偏見に対する言い訳に過ぎないとし、差別があったと判断した(注24)

職場におけるハラスメントについては、人権法典第5条(雇用)2項及び第7条(セクシュアル・ハラスメント)2項で規定されている。ハラスメントの定義につき人権法典は、「歓迎されないと知っているか又は知っているべき煩わしい一連の言動に従事すること」(10 条1項)と定めている。

性的指向に対するハラスメントとしては具体的には以下の例が挙がっている。

  • 同性愛を嫌悪した悪口や中傷、ジョーク
  • 性的指向や同性パートナー/配偶者を理由に個人をからかう言質
  • 同性愛嫌悪的な名前を呼ぶことや「あだな」、意見
  • 性的指向に関する「からかい」やジョークの対象として個人を指摘すること
  • 人の性的指向に関するほのめかし
  • 同性愛嫌悪や、軽蔑的、攻撃的なサインや風刺画、落書き、絵、その他のものを流通またはポスティングすること

また、性的指向に関する落書きが雇用主により放置された場合なども有害環境としてハラスメントになり得るとする。性自認及びジェンダー表現にかかるハラスメントに関しては、性的指向よりもより詳細な例が挙げられている。

ジェンダーに基づくハラスメントの例

  • トランス・ジェンダー及びトランス・コミュニティに向けた軽蔑的な言語
  • 性自認又はジェンダー表現に基づき人々をからかい、屈辱を与え、面目を潰すような侮辱や言質
  • “伝統的ヘテロセクシュアルな規範の秩序を守りかつ強化する”行動
  • 人を、その人が望む名前や適切な代名詞で呼ぶことを拒否すること
  • 人がジェンダーに基づく固定的役割概念に合わないとする認識に基づく言動
  • 文章やEメール、ソーシャル・メディア(注25)などで流通しているものも含む、人の性自認又はジェンダー表現に関するジョーク
  • インターネットを介したものを含む、人の性自認又はジェンダー表現に関する噂を広めること
  • 特定の人がトランスであることを“暴露すること(outing)“又は”暴露すると脅すこと”
  • 人の身体的特徴、ジェンダーに関する医療的措置、服装、癖、その他、ジェンダー表現形式についての立ち入った言質や質問、侮辱
  • その他、脅迫、歓迎されない接触、暴力及び身体的暴行

セクシュアル・ハラスメントの例

  • トランス・ジェンダーの性的特徴、性自認、恋愛関係、性行動、もしくは性的指向についての立ち入った又は攻撃的な質問や言質
  • Eメールやソーシャル・メディアで流通しているものを含む、トランスやジェンダー規範に当てはまらない人を性的な方法で対象にするジョーク
  • トランス・ジェンダーに対するインターネットを含み展示・流通しているポルノや、性的写真や漫画、性的に露骨な落書き、又はその他の性的なイメージ
  • いやらしい目つきまたは不適切に凝視すること
  • 脅迫、歓迎されない接触、暴力及び身体的暴行

トランス労働者は、得てして雇用主にトランスであることが知られた場合に限らず性転換の過程でもハラスメントを受けることが多い。

  • オンタリオ人権審判所のケースでは、男性として名乗り振る舞っていた工場労働者が、女性として名乗り振る舞うようになった。この転換の間及びその後、彼女は性的な会話やポルノに曝されたと訴えた。同僚の労働者は彼女の胸やお尻、性器を触ったり掴んだりし、彼女の名前を「おとこ女(he-she)」と呼んだ。労働者が女性に性転換する過程で、更衣室や職場全体で同僚から、からかいや嫌がらせの言動を受けた。彼女は雇用主にこの件を申し立て、更衣室を別に用意して欲しいと訴えた。これに対し、雇用主は嫌がらせがあったことを認めず、のちに彼女を解雇した。オンタリオ人権審判所は、この雇用主が、彼女が女性として生活し同僚からの嫌がらせに直面しているにも関わらず、男性の更衣室を使い続けるように指示したことが差別にあたり、嫌がらせ及び有害な職場環境に貢献したと判断。また、雇用主は調査もせず、労働者のハラスメントの苦情に適切に対応することを怠ったとした(注26)

③差別規定以外の法整備

労働安全衛生法における雇用主の職場環境配慮義務

連邦(注27)や各州の労働安全衛生法は、労働者の健康や衛生に関する事項の他、職場における暴力に対する雇用主の配慮義務を規定している(注28)。オンタリオ州の労働安全衛生法(Occupational Health and Safety Act: OHSA)は、暴力に加え、ハラスメントに関しても雇用主の配慮義務を規定する。雇用主は、職場における暴力 及びハラスメントに関する方針を策定し、毎年見直す必要がある。またこの方針を実施するためのプログラムも策定、実行しなければならない。またこれらの情報は従業員に開示、周知されなければならない(注29)。職場によっては、暴力及びハラスメントに関するトレーニングの受講を労働者に義務付けるという形で、この周知を徹底するところがある(注30)

身分証における性別・名前の変更

トランス・ジェンダーにとって、就職に障害となるのは、応募に必要な書類上の名前及び性別と現在の名前及び性別の不一致である。実に58%のトランスの人々が現在使用している名前で成績証明書を取ることができなかったというオンタリオ州における調査結果がある。また、31%の人が変更後の性に一致するIDを持っていないという(注31)。トランスを理由に出生証明書の性別、また名前が変えられるかどうかについては、各州で取り扱いが異なる。例えば、オンタリオ州やBC州、ケベック州など大都市を抱えるところではどちらの変更も可能なところが多いが、ニューブロンズウィック州、プリンス・エドワード島州、ノース・ウェスト、ヌナブト、ユーコンの3準州では出生証明書の性別変更はまだ認められていない。またヌナブト準州では名前の変更も認められていない(注32)

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2. 企業における取り組み状況

Mediacorp Canada Inc.が毎年発表しているカナダのダイバーシティに優れた雇用主として、2017年には65に及ぶ機関の名前が発表された(注33)。この評価には、LGBTだけではなく、女性、人種、障害、先住民など様々な側面からの多様性が含まれるが、ここに名を連ねる雇用主にはLGBTフレンドリーと評価されているところが多い。リストにも複数の名が挙がっているが、銀行、大学、自治体は、社会的公正性や多様性及び包摂性を示すことを重視しているためであろうか、概ねLGBTフレンドリーな雇用先として知られている。

Mediacorpのリストとは別に、 毎年行われているLGBTの祭典であるプライド・パレードのスポンサーに名を連ねているかどうかによっても、企業のLGBTに対する姿勢を窺い知ることができる(注34)。トロントのプライド・パレードには毎年様々な企業がスポンサーに連なっているが、その中でもプレミアム・スポンサーであるトロント・ドミニオン銀行(TDバンク)は、行内においても、比較的早い段階からLGBT従業員のために積極的な取り組みを行って来た企業のひとつである。

TDバンクは、1994年、北米企業で初めて、同性婚カップルにも他のカップルと同様の手当て(注35)を給付することを決定(注36)。以来、リソース・グループやイベントやオンライン・コミュニティへの支援を通じLGBT従業員を支援している。現在、銀行内にはLGBTだけで21ものリソース・グループが立ち上がっているという。

TDバンクはまた、職場に限らず社会全体におけるLGBTの抱える差別やいじめ、自殺などの課題に焦点を当てることで、LGBTに対する職場全体の意識を変えることにも取り組んでいる。もともと、同性カップルへの手当の支給を決めた当時のCEOが、この制度に対し予想される数を大きく下回る従業員の0.1%にあたる55人しか登録しなかったことから、時間のかかる企業文化の変革の必要性を感じ、本格的に取り組み始めたという(注37)

対外的にも、バンクーバー、トロント、モントリオールなどのカナダ主要都市だけでなく、ニューヨークなどを含め、北米で50以上のプライド・フェスティバルを後援するなど、金融機関として次々と先進的な取り組みを打ち出してきた。TDバンクは、このように外部に向けても積極的に広報をし、LGBT支援をしているという企業イメージを作り出すことに成功し、それが結果的に銀行内の雰囲気を変えていくことにも貢献しているという。こうした銀行の姿勢は、従業員にとって銀行内でカミングアウトしやすい環境を作っている。

Canadian Centre for Diversity and Inclusionは、TDバンクにおけるLGBT従業員に対する取り組みの成功の要素として以下の3つを挙げている。1.最初に課題に取り組む際に、企業戦略としてトップダウンで決定するのではなく、従業員リソース・グループ等を通じ、従業員からどのような課題があるのかを引き出し、その課題を基に計画立案をすること。2.銀行のビジネス・プランに多様性、包摂性を組み込み、進捗状況を測定できるようにすること。3.多様性イニシアティブを支える強いリーダーシップの存在があることである(注38)

図表1:TDバンクにおける多様性(ダイバーシティ)及び包摂性(インクルージョン)に対する取り組み体制(注39)

図表1:画像

トランス・ジェンダーに関しては、近年、公共機関で対応が進みつつある。オンタリオ州では、いち早くトロント教育委員会が、トランス従業員及び学生に対応するためのガイドラインを策定(注40)。連邦レベルでは、公共事業・調達省が、トランス従業員に対し働きやすい職場を提供するための手引きを発表している(注41)

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3. 行政・NPOによる支援

(1)オンタリオ州の人権擁護システム

オンタリオ人権法典で規制されている事項に基づく差別を受けた場合、まず雇用主や組合などに苦情を申し立てるのが一般的であるが、その選択がむずかしい場合、あるいはそれでも解決しない場合には、オンタリオ政府の独立機関である人権法律支援センター(the Human Rights Legal Support Centre) (注42)からアドバイス、あるいは人権審判所(the Human Rights Tribunal of Ontario)への申し立て等の法的支援を受けることができる。

人権審判所への申し立ては、最後の差別事案から1年以内に行わなければならない。人権審判所は、まず調停を通じた紛争の解決を提示することになっているが、調停に応じない場合もしくは調停による解決ができない場合には審判を行う。審判の結果、当該行為が人権法典に違反することが認定されれば、審判所は申立人に対する金銭的補償、復職や昇進、雇用機会、職場におけるハラスメントの撤廃などの救済措置、その他、公益に資する措置として当該雇用者に対し、雇用慣行の変更や差別撤廃のための政策や手続きの設置など更なる差別事案を防ぐための様々な措置を命じることができる(注43)

人権委員会(the Ontario Human Rights Commission)は、政策の立案、一般の人権教育や啓発、人権状況の監視、リサーチと分析、人権問題の調査などを手がける。公共の利益に資すると考えられる問題については、人権委員会自らが人権審判所に申し立て、または審判前に申し立て事案に介入することもあり得る。

人権法律センター、人権審判所、人権委員会の3者はいずれもオンタリオ人権法典で定められた機関であり、オンタリオ州の人権擁護システムを構成している。 ただしこのシステムは労力も時間もかかり、実際の問題の解決には遅すぎるとの批判がある(注44)

他の各州とも、同様の人権システムを持つところが多い(注45)。連邦レベルでは、カナダ人権法の下、連邦政府の職員や連邦管轄の企業などに属する労働者が、人権委員会に申し立てを行うことができる。人権委員会が調査した結果、差別が認められれば、人権委員会の判断により調停もしくは審判に移行する。審判となり差別が認められた場合、審判所は雇用主に方針もしくは雇用慣行の是正措置、失われた賃金の補償、復職、啓発研修などを命じることができる(注46)

(2)非営利組織による支援

雇用主向けの支援としては、下記にも紹介するいくつかの団体が研修や啓発活動を行なっている。企業の取り組みを研究し好事例として紹介する所もあるなど、多岐に渡る取り組みが行われている。また、上記「企業の取り組み」で触れたように、毎年、ダイバーシティに優れた雇用主名が発表されている。LGBTに限った表彰ではないものの、リストに挙がっている企業、自治体、大学などはLGBT労働者に対した取り組みが進んでいるところが多い。

これに対し、LGBT従業員または求職者に向けた個々の支援を専門的に行なっている団体は少なく、カウンセリングを行っているところも、一部で雇用問題を扱っているに過ぎないのが現状のようである。

LGBTの雇用に関わっている非営利組織

  • Canadian Centre for Diversity and Inclusion (CCDI)新しいウィンドウ

    2013年にCCDIの前身であるCanadian Institute for Diversity and Inclusionが、職場における包括性を高めるため、雇用主、ビジネス・リーダー、人事などを助けることを目的として、設立された。2014年には、カナダの高校における差別やいじめを根絶するために古くから活動してきたCanadian Centre for Diversityと協同して活動しはじめ、2015年に完全に合併し現在の団体となった。主な活動としては、1.パートナーとなった企業のサポート、2.学習機会の提供、3.オンラインを通じた情報の提供、4.多様性・包摂性についての研究、5. 法的支援、6.コンサルティングなどを行っている。CCDIのパートナーとして署名している企業数は70を超え、分野もメディア、銀行、教育機関、航空会社など多岐にわたっている。

  • Pride at Work Canada新しいウィンドウ

    2008年に設立されたLGBTのための組織。主に雇用主である企業に対するアドバイスや研修、リサーチ、その他、ネットワーキングなどのイベントなどを行っている。雇用主に向けた出版物として「Beyond Diversity: An LGBT Best Practice Guide for Employers」がある(注47)

  • Egale Canada Human Rights Trust新しいウィンドウ

    LGBTの人権の促進を目的とする全国的なチャリティ組織。雇用主に対しては研修や戦略の相談、個人に対しては、ホームレス、自殺、若者、高齢者、社会福祉サービスなどの申し立て、雇用等に関するカウンセリング・サービスを提供している。また訴訟支援やLGBTに関する法律に対するアドボカシー活動も行っている。

プロフィール

写真:斎藤文栄氏

斎藤 文栄(さいとう・ふみえ)

ジェンダー・コンサルタント。国会議員政策秘書、内閣府企画調整官を経て、国内外の様々なNGOや国連などの事務所で働いた経験を持つ。お茶の水女子大などで「ジェンダーと政策」や「政策立案過程」の授業も担当。米国ジョージ・ワシントン大学MA(女性学)、英国エセックス大学LLM(国際人権法)、早稲田大学法務博士。

2017年11月 フォーカス: カナダとデンマークのLGBTの就労をめぐる状況

2017年4月 フォーカス: 欧米諸国のLGBTの就労をめぐる状況

関連情報

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