欧米諸国のLGBTの就労をめぐる状況:アメリカ
法的保護の地域格差と大企業の取り組みの進展

大統領選挙中に差別的な発言で注目されたトランプ氏率いる共和党政権が発足し、アメリカのLGBTが近年獲得してきた権利が後退するのではないかという懸念が高まっている。LGBTの人々は、長年の活動を通して社会的な理解と日常生活に関わる諸権利を少しずつ拡大してきたが、とりわけオバマ政権期には政府の大きな後押しもあり、勢いを見せていた。それだけに、LGBTコミュニティの間では、今回の逆風に対してより大きなショックが広がっている。こうした不安の背景には、そもそもアメリカにおいてLGBTの人々の権利が確立されていないという事実がある。今日でも、「土曜に結婚し、日曜に写真を(インターネット上のコミュニティサイト)フェースブックにアップしたら、月曜に解雇された」(注1)ということが、多くの州で法に触れずに起こり得る。婚姻という重要な権利は獲得されたが、その生活を支える雇用における平等な権利は達成されていない(注2)

連邦法による差別禁止を求める動き

連邦法においては、性的指向およびジェンダー・アイデンティティに基づく雇用上の差別禁止が明文化されていない。性的指向とは、恋愛感情や性的魅力を感じる対象がどちらに向いているか(「異性愛」「同性愛」「両性愛」など)、ジェンダー・アイデンティティとは、自らをどのように自覚・認識しているか(男性、女性、双方、いずれでもないなど)を表す概念である。1974年には、公民権法に性的指向を追加するための均等法案が議会に提出され、連邦法による差別禁止を求める運動が始まった。一時(1994年以降)、雇用の権利に限定した法案(Employment Non-Discrimination Act:ENDA)に形を変えていたが、現在は、より広い権利と差別禁止を求める「均等法案(Equality Act)」(2015年に提出され、公民権法およびその他既存の連邦法における差別禁止条文に性的指向およびジェンダー・アイデンティティを含める改正に向けた法案)を通して、連邦レベルの差別禁止を求める働きかけが続けられている。オバマ大統領も同法案への支持を表明していた(注3)

連邦裁判所や連邦政府機関による救済

明確にLGBT差別禁止をうたう連邦法が存在しない中、複数の連邦控訴裁判所や連邦地方裁判所においては、ジェンダー・アイデンティティや性的指向に基づく解雇やハラスメントが、公民権法第7編における雇用差別禁止条項の「性に基づく差別」にあたると解釈され、LGBTの原告を支持する判決も出されている(注4)。これらの流れを反映し、近年では、雇用機会均等委員会(EEOC)がLGBT差別に対する訴訟や斡旋を行い、また、労働省が福利厚生に関してLGBTの人々に有利な法解釈を行うなどの変化がみられる。

大統領令による連邦機関におけるLGBT雇用差別規制の拡大

オバマ大統領は、2014年にLGBTの権利保護にかかる大統領令に署名した。連邦政府機関と契約する請負企業が求職者や従業員について性的指向またはジェンダー・アイデンティティに基づく差別を行うことを禁じるものである。それ以前にも、クリントン大統領が署名した大統領令(1998年)によって、連邦政府で働く職員の性的指向に対する差別が禁止されている。なお、EEOC他、連邦諸機関(米人事院、米国特殊検察官局、能力主義任用制度保護委員会)では、ジェン ダー・アイデンティティも差別禁止の対象に含めており、連邦職員の性的指向およびジェンダー・アイデンティティの双方について、実質的には差別が禁止されていると考えられる。

州法と自治体法による保護

現状では、(上述のケースを除き)LGBT労働者は、雇用差別を禁ずる法律を定めている州または自治体においてのみ法的に守られる。図表1のとおり、性的指向に基づく差別は、合わせて22州とワシントン特別区で禁止されており、そこから2州を除いた20州とワシントン特別区では、ジェンダー・アイデンティティに基づく 差別も同様に禁止されている。他方、雇用上のLGBT差別禁止条項を持たない州は28州あり、そのうち3州は、近年、性的指向もしくはジェンダー・アイデン ティティに基づく差別を禁止するための法律を自治体で作らせないような立法措置を行った。これら3州の例外を除けば、10年前まではLGBTを視野に入れた差別禁止を定める州がほとんどなかった10年前と比べ、大きな進展があったと評価できる(図表1)。

図1:雇用上のLGBT差別禁止条項の州別状況

性的指向とジェンダー・アイデンティティに基づく差別の禁止(20州+D.C.)
カリフォルニア、コロラド、コネチカット、デラウェア、ハワイ、イリノイ、アイオワ、メーン、メリーランド、マサチューセツ、ミネソタ、ネバダ、ニュージャージー、ニューメキシコ、オレゴン、ロードアイランド、ユタ、バーモント、ワシントン、ワシントンD.C. 、ニューヨーク
性的指向に基づく差別のみ禁止(2州)
ニューハンプシャー、ウィスコンシン
雇用上のLGBT差別禁止条項はない(28州)(*は公務員のみある)
アラバマ、アラスカ、アリゾナ*、アーカンソー、フロリダ、ジョージア、アイダホ、インディアナ*、カンザス*、ケンタッキー*、ルイジアナ、ミシガン*、ミシシッピ、ミズーリ*、モンタナ*、ネブラスカ、ノースカロライナ、ノースダコタ、オクラホマ、オハイオ*、ペンシルバニア*、サウスカロライナ、サウスダコタ、テネシー、テキサス、バージニア*、ウェストバージニア、ワイオミング
州が自治体における差別禁止法の通過・施行を阻止する法を有する
アーカンソー、テネシー、ノースカロライナ

出所:Movement Advancement Project, Equality Maps, Non-Discrimination Laws新しいウィンドウ (2016年12月8日閲覧).

性的指向およびジェンダー・アイデンティティに基づく雇用上の差別を禁じていない28の州においても、LGBT差別の禁止を立法化し、その権利擁護を進めようとしている地方自治体も多い。特にフロリダ州は顕著で(他の南部州と比べると特異である)、州法によってLGBTへの差別禁止が定められていないにもかかわらず、州内の市や郡などの地方自治体の条例が州人口の50%を超える人々を性的指向に基づく雇用差別から守っている。州法による保護とこれら自治体法による保護を合わせると、米国の約半数の人々が性的指向(より少ない割合でジェンダー・アイデンティティ) に基づく雇用上の差別から守られている(注5)

州や自治体には、雇用差別申し立ての受付および調整役を担う省や部署が設置されている。LGBT差別禁止を立法化している場合は、こうした機関がLGBT労働者の問題も対応している。

企業における取り組み状況

LGBT労働者を雇用差別から守る取り組みは、民間企業においても行われている。米国の非営利組織(NPO)ヒューマン・ライツ・キャンペーン(Human Rights Campaign: HRC)は、従業員500人以上の大企業におけるLGBTの職場環境について、毎年、企業均等指標(Corporate Equality Index: CEI)としてとりまとめている。CEI調査には、2002年の開始以降、年々多くの企業が参加するようになっている。2016年には、フォーチュン500企業のうちの327社、アメリカン・ロイヤー誌が選ぶ200法律事務所のうち  の156社など、合計で887社にのぼった。2016年に満点評価を得た企業等の数は517社に達したが、これはこれまでで最も多い数であり、企業における取り組みが進展していることを示している。

CEIでは、次の五つの項目に対して評価が行われる。
①企業の「雇用機会均等方針」における、性的指向およびジェンダー・アイデンティティに基づく差別禁止の明示、②福利厚生におけるLGBTの平等な待遇、③教育・設備・組織体制を通じたLGBT包摂へ向けた努力、④公式な形でのLGBTへの支持、⑤反、LGBT行為、である。企業側の回答の他、納税申告、 訴訟・申立て、個人または非公式のLGBT従業員グループからの情報、HRCで蓄積された情報を用いて採点し、各企業のLGBTに対する対応を指標化する。最新のCEI2017によれば(図表2)、法律によって義務付けられている雇用機会均等を企業内で具体化するためのガイドラインである「雇用機会均等方針(Equal Employment Opportunity Policy)」に性的指向を明記している企業は99%、ジェンダー・アイデンティティを含んでいる企業は96%だった。2002年の同項目の結果はそれぞれ92%と5%であり、雇用機会均等方針におけるジェンダー・アイデンティティの明記はこの十数年に大きく前進したことがわかる。その他の項目に対する企業の達成割合についても、この間に確実に上昇している(注6)

図表2:企業均等指標の評価内容
取り組み 配点 具体的な内容 達成企業
雇用機会均等方針 35 15 性的指向の明記 99%
15 ジェンダー・アイデンティティの明記 96%
5 取引基準に性的指向およびジェンダー・アイデンティティを含む 93%
福利厚生 30 10 医療給付における同性配偶者・パートナーに対する平等な取り扱い ―*
10 その他福利厚生における同性配偶者・パートナーに対する平等な取り扱い ―*
10 トランスジェンダーを含む医療保険を有する 73%
組織上の能力 20 10 人材教育・設備等での対応 80%
10 従業員グループまたはダイバーシティ委員会の有無 88%
公的な姿勢・表明 15 10 採用、取引先の選出、マーケティング・広告等、寄付 66%
5 性的指向またはジェンダー・アイデンティティに基づく差別方針を有する非宗教組織への寄付行為を禁ずるガイドラインを有する
反LGBT行為 -25    

資料出所:Human Rights Campaign (2016), CEI 2017
*は、注7を参照

ダイバーシティ委員会と従業員グループ

LGBT労働者に対する雇用上の権利の撤廃に向けた取り組みに積極的な企業の多くが、ダイバーシティ委員会と従業員グループを有している。ダイバーシティ委員会とは、一般に、幹部レベルの人材から構成され、多様性を高める取り組みを推進する。一方の従業員グループは、女性や人種(黒人、ヒスパニック、アジア系)など特定の関心や問題を共有する従業員からなるグループを指す(注8)。企業の取り組みを支援する。NPOアウト&イコール(Out & Equal)によれば、会社の公式支援を受ける従業員グループの存在は、LGBTを包摂する職場の形成に向けた最初のステップである。これは、雇用機会均等方針や福利厚生に並ぶ。 次のゼロックス社の事例においても、これら二つの組織が企業内の取り組みにおいて主要な推進役となっている(注9)

ゼロックス社の取組み事例

ゼロックス社(Xerox Corporation)は、米国コネチカット州に本社を置き、印刷機器等の製造・販売および関連のアウトソーシングサービスを提供している。長年、ダイバーシティに関する多くの取り組みを行ってきた。中心的課題は人種的マイノリティや女性の機会均等であるが、LGBT従業員のための取り組みも継続的に行われている。CEIで毎年満点を獲得しているほか、近年では、LGBTの権利擁護を行うNPOから表彰を受けるなど、LGBT労働者に対する雇用上の差別撤廃に向けた取り組みに積極的な姿勢をもつ。

同社は、90年代に機会均等/アファーマティブ・アクションおよび差別禁止ポリシーの中に性的指向を加え、97年からLGBT従業員のパートナーに対する福利厚生の適用を開始した。トランスジェンダーを包摂した福利である「コーポレート・チャンピオン」および「従業員グループ」の活動成果として、2011年頃に導入された。

社内のダイバーシティを推進する仕組み

同社における取り組みの主体は、ダイバーシティ委員会(Executive Diversity Council)と従業員グループ(Caucus Group)である(図表3)。ダイバーシティ委員会のメンバーは、シニア・リーダーから選ばれる。委員会では、ダイバーシティに関する複数のテーマについて年に数回の会合をもち、話し合いを行う。また、ここで「コーポレート・チャンピオン(以下チャンピオン) 」の選出を行う。担当する従業員グループの職場環境に関する特有の視点やコミュニティの新たな取組みについて、上級管理職らを教育する任を負うものである。チャンピオンは、全6グループある従業員グループ-アフリカ系アメリカ人、ヒスパニック、アジア人、女性、アフリカ系アメリカ人女性、LGBT-のいずれかと組み、リーダーシップを発揮することが求められる。他方、従業員グループは、ビジネス目標の達成や自らの権利擁護 活動、包摂的な職場環境の創設のための活動を行う。ダイバーシティ委員会と従業員グループがチームを組むことで、従業員マイノリティの声は上層部に上がり、提案された取り組みの実施のために上層部から従業員全体に影響を及ぼすような仕組みが作られている。

図表3:ゼロックスの多様性と包摂のための取り組み主体
画像:図表3

ギャラクシー・プライド・アット・ワーク

ゼロックス社のLGBT従業員グループは、「ギャラクシー・プライド・アット・ワーク(以下、ギャラクシー)」として1992年に発足した。2014年11月時点で会員数が500人を超え、うち25%は(自身が)非LGBTの、LGBTを支援する従業員と役員である。組織体制としては、執行委員会と地域支部をもつ。

ギャラクシーの目的は次の五つである。①ゼロックスのLGBTの人々のための支援ネットワークを提供する。②ギャラクシーメンバーとゼロックス、社外のLGBT組織間の連絡係となる。③LGBT従業員のニーズや心配事を認識し取り組むため、そして多様な 職場に関連するゼロックスのポリシーおよび手続きの導入・発展を支援するため、ゼロックスと協働する。④ゼロックスのLGBT社員および偏見と差別に苦しむコミュニティ内のLGBTの人々へ、支援を提供する。⑤よりよい社会のためにゼロックス社外のLGBTの人々に対し、教育訓練、財政支援および社内カウンセリングを提供する。

チャンピオンとの協働による実践と成果

従業員グループ・ギャラクシーとダイバーシティ委員会で選出された「チャンピオン」との協働活動は、2009年に始められた。チャンピオンに任命されたゼロックス最高技術責任者兼ゼロックス・イノベーショ ン・グループ社長であるソフィ・バンデブルク氏は当初、公私ともにカミングアウトしたゲイやバイセクシャル・ジェンダー移行をしている人が周囲にいなかったため、彼らについてほとんど何も知らなかった、と述べている。コーポレート・チャンピオン制度を通じて、LGBT社員から-しばし痛みを伴った-自分らしくあるための経験を直接聞く機会を得て、どうしたら彼らを助けることができるのかと考えるきっかけとなったという(注10)

こうした個人的な深いかかわりの中で、バンデブルク氏とギャラクシーの協働は進められ、数年の間に多くの功績をあげた。主要な実績は、先に述べたトランスジェンダーを含めた福利厚生の導入、講習会やウェ ブセミナーを通じたLGBT教育、15名の役員をLGBTサポーター(非LGBTのLGBT理解者)としたこと、社内調査における自己規定(Self-ID)(注11)の導入と普及―などが挙げられる。これらの功績により、 2011年、LGBT支援組織のアウト&イコールから「職場における擁護者に対するチャンピオン・アワード」を受賞した。

以上のゼロックスの事例からは、LGBT従業員が安心して職場で働けるための規則や取り組みの導入において、従業員グループおよびダイバーシティ委員会が重要な推進力となり、かつ継続的な取り組みの実施において不可欠な存在であると確認することができる。

NPOによる支援

LGBT労働者の職場における権利擁護には、企業とNPOの協力が欠かせない。NPOの企業向けの支援として、企業とのパートナーシップの締結や、基準作成・表彰を通じた取り組みの評価、企業内外での講習、企業間交流の機会提供などの事例がある。上述した企業内のLGBT従業員グループで活動する個人が、企業外ではLGBT支援のNPOで活動するケースもある。そのような人的つながりは、両者の協力関係の構築の一助となり、また、それぞれの活動に相乗効果をもたらすものと考えられる。

多くのNPOは、LGBT労働者が問題を抱えたときに手を差し伸べる、個人向けの支援も行っている。具体的には、悩み相談ホットライン、求人情報・就活サイト・就活イベントの運営、法的アドバイスや裁判における弁護などが挙げられる。

図表4には、いくつかのNPOを例に挙げ、その活動内容をまとめた。ヒューマン・ライツ・キャンペーンおよびアウト&イコールは、主に企業向けの支援を行う、活動規模の大きな代表的NPOである。ラムダ・リーガル(Lambda Legal)は、裁判を通じたLGBTの権利拡大を目指すNPOである。主に、限られた裁判への支援を行うが、一般的な個人向けの支援として、ホットラインや弁護士紹介のサービスをもつ。他に、サン・フランシスコLGBTコミュニティ・センターは、全米で200ほどあるLGBT向けのコミュニティ・センターの中では珍しく、雇用問題に特化した取り組みを行っている。低所得層向けの法的支援を行う法的支援社会雇用法律センター(Legal Aid Society-Employment Law Center)は、障害者や移民の他、LGBTも対象とした活動を行っている。これらは本来的に支援が届きにくい人々(若者や貧困者)への支援として重要な役割を担っている

(和田佳浦 早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程)

参考資料

  • 脚注の出典で示した他、政府機関、NPO、企業の公式ウェブサイトを参照。

2017年4月 フォーカス: 欧米諸国のLGBTの就労をめぐる状況

関連情報