EU憲法批准否決の波紋:イギリス
否決のドミノ現象回避、英国は国民投票の実施を凍結

英国政府は2005年6月6日、フランス と オランダ の国民投票でEU憲法条約の批准が否決されたことを受け、翌年に予定していた憲法批准手続(国民投票)を一時凍結すると発表した。

いちばん得をしたのは英国?

保守派を中心に、仏独主導のEUに対して懐疑的な世論が根強い英国。2004年6月に実施された欧州議会選挙では移民規制強化、EU憲法反対を主張する極右の英国独立党が躍進するなど、憲法採択の先行きは決して明るいものではなかった。

このためブレア首相自身も当初は、批准の可否をドイツ同様、議会での審議で決める意向であった。しかしその後は方針転換し、「英国が欧州の政策決定の中心にいると決意するかどうかの時だ」として国民投票、政権3期目の大きな柱として「欧州拡大の完成およびその核となる英国」を掲げるに至った。だが最近の世論調査では欧州憲法反対派の優勢はゆるがず、ブレア政権にとっては楽観をゆるさない情勢にあった。そのような状況の下フランスとオランダで相次いで憲法批准が否決されたことで、国民投票凍結という問題先送りの妙案を産むに至った。

英国『エコノミスト』誌が今回のEU憲法採択をめぐる動向について「いちばん得をしたのは英国」と評したように、国民投票の実施自体が凍結という結果になったブレア政権は政治リスクを回避することができたうえに、EUにおける英国の存在感を高める結果にもつながった。EU統合の主導役であった仏独のシラク、シュレーダー政権が痛手を被ったのと対照的だ。一般市民にとってEU憲法は非常に長い条文からなる難解なものに映る。フランスやオランダの否決は憲法自体の内容ではなく高失業や移民といった国内問題を審議する場になったといえる。

経済界は7月からの議長国就任を歓迎

英国は欧州随一の良好な経済パフォーマンスを挙げており、失業率も低い水準で推移している。それ故に欧州統合が深化することによるマイナスの影響を受けたくないと考えるのも当然だろう。

とりわけ使用者側は、脱退自体を考えてはいないもののEUが課す様々な規則が経済活動に多大な損害を与えると考えている。英国産業連盟(CBI)は憲法草案採択の段階から英国企業の自主権への制約になるとして、反対のためのロビー活動を活発化。否決を期待して国民投票歓迎の姿勢を示していた。また、英国商工会議所(BCC)は、この7月から英国がEU議長国となることで、「EU規則が少なくなることを期待する」とのコメントを出している。

一方、TUCをはじめとする労組は、EU憲法の内容を基本的に評価しながらも、政府の使用者寄りの姿勢を批判、2004年9月には「Vote Yes」キャンペーンへの協力を断わるなど、政府とは一線を画する姿勢を鮮明にしていた。

EU予算案における払戻金(リベート)をめぐり独仏と対立

2005年6月の欧州理事会では、予算案(2007-13年)をめぐり独仏との対立が表面化した。EUはこれまで、農業関連補助金の受取額が少ない英国に対し、予算の払戻金(リベート)制度を実施している。このリベートをめぐり、制度導入時とは状況が悪化していることを理由に引き下げを主張する独仏を中心に議論が噴出した。これに対しブレア首相は「拡大EU全体の農業人口は約2%に過ぎないのに対し共通農業政策(CAP)が総予算の4割を占めている(うち4分の1が仏向け)ことが問題」として反論。CAPを削減し、削減分を雇用促進などに充てるべきと主張した。今後の交渉についても英国の主張を譲らない姿勢を示し、欧州憲法を「現状では各国民の支持を得られない」と指摘し、その原因を各国の指導力のなさと批判した。

国民投票の凍結は欧州統合の遅れを意味し、欧州経済全体が今以上に停滞する危険性をはらんでいる。これは英国にとっても決して望ましいことではない。今後のブレア政権にとって他国のコンセンサスを得ながら、EUの主導権を英国のものにできるかどうかが大きな課題といえよう。

図 英独仏失業率およびイングランド銀行(BOE)、欧州中央銀行(ECB)政策金利の推移

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2005年7月 フォーカス: EU憲法批准否決の波紋

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