EU憲法批准否決の波紋:EU
統合にブレーキ
—欧州社会モデルの模索は続く

  1. 欧州憲法条約否決に対するEU機関、EU労使団体の反応
  2. 欧州憲法条約否決の背景
  3. 欧州憲法条約の概要および批准手続き
  4. EUの歴史
  5. EUの機構

欧州では、「欧州のための憲法を制定する条約」(欧州憲法条約)の批准に関する国民投票が、フランスで5月29日、オランダで6月1日に行われ、両国ともに否決された。その背景には、雇用への悪影響に対する恐れ、現在の経済や労働市場に対する不満、国家主権喪失への恐れなどの理由があったと指摘されている。6月6日には、イギリスが2006年春に予定していた国民投票の実施を凍結する方針を表明した。欧州憲法条約や欧州統合の行方が非常に危惧されるなか、欧州理事会(EU首脳会議)が6月16日、17日に開催され、2006年11月を期限としていた憲法条約批准手続きを2007年半ばまで延期することを決定した。それを受けてデンマーク、チェコやアイルランドなどが国民投票の延期を表明した。

フォンテジェス欧州議会議長とバローゾ欧州委員会委員長は、5月29日のフランスの欧州憲法条約批准否決を受けて、「欧州の建設は、必然的に複雑な作業である」「今日欧州は存続しており、諸機関も完全に機能している。我々は困難について認識してはいるが、EUを前進させていくための手段を再び見出すことができると確信している」との共同声明を発表した。また、6月1日のオランダの批准否決後には、「我々は、依然として欧州憲法条約がEUをより民主的で効率的かつ強力なものとすると信じており、すべての加盟国に憲法条約に関する意思を表明する機会が与えられなければならない」「欧州の諸機関は欧州市民の関心事に耳を傾け、それに対応していく」と表明した。

欧州労連(ETUC)は、「決定は、EUの拒絶だけでなく、新自由主義への拒否反応を示している」「社会的欧州を無視する加盟国によって新自由主義と関係のない憲法条約が犠牲となった」と主張した。欧州理事会に対しては、「欧州の政策において社会的側面に配慮し、その問題に関する労使協議を進展させることにより、再び欧州市民の信頼を得るよう」促している。

欧州産業経営者連盟(UNICE)は、「フランスの国民投票における否決は、EUを市民に近づける努力が足りなかったことを示している」と強調し、「現在の困難が欧州統合を妨げ、企業にとってより困難な状況を作り出すことは、なんとしても避けねばならない」と表明した。オランダの投票の後には、ストローブUNICE会長が、「欧州市民の不満の1つの理由は、時代遅れの政策による脆弱な経済実績である。我々は、欧州議会、欧州委員会および加盟国に対し、グローバル化した世界においてEUの経済を成功に導くよう促していかなければならない」と述べた。

6月16日に開催された欧州理事会では、憲法条約の批准手続きに関する討議が行われ、1)憲法条約条文の修正は行わない、2)加盟国の批准手続きの期限を2007年半ばまで延期する、3)オーストリアが議長国を務める2006年前半に加盟国の議論の動向や批准手続きの進め方について検討を行う――ことで合意した。議長国ルクセンブルグのユンケル首相は、「批准手続きは継続される」「欧州理事会は、憲法条約批准の国民投票を延期せざるを得ない加盟国は、議会承認により批准手続きを行う加盟国よりも、反省、説明、討議のためのより長い集中的期間が必要であることを全面的に理解する」との声明を発表した。

7月からEU議長国を務めるイギリスのブレア首相は、6月23日の欧州議会における演説で、「フランスとオランダの国民投票では、憲法条約が欧州の国内問題に関して広く深い不満を抱く人々が抗議するための乗り物となってしまった」と述べ、「今は、我々が現実を見据える時である。人々が我々の政治的指導力を問題ではなく、解決の一部と見なしてくれるよう、人々の声に耳を傾けなければならない」と主張した。また、7月1日のバローゾ欧州委員会委員長との共同記者会見でブレア首相は、今秋に欧州の将来について議論するための非公式EU首脳会議を開催する考えを明らかにした。同会議では、「21世紀の欧州を取り巻く環境の変化に対応した欧州社会モデルの持続可能性と挑戦」について討議を行うとしている。

欧州憲法条約制定の目的は、統合の進展、東欧への拡大により、肥大化、複雑化したEUの組織・制度・法体系を簡素化・効率化することにあった。憲法条約が発効しなくとも、EUの運営は、憲法条約の基礎となったニース条約(2003年発効)に基づき、当面は支障なく行われる。

フランスとオランダにおいて憲法条約が否決された背景には、さらなる国家主権喪失への恐怖、無制限な門戸開放への恐れ、グローバル化への反発などの理由があったと見られている(ツェプター駐日欧州委員会代表部大使、6月11日付朝日新聞)。欧州委員会が発表したフランス、オランダの国民投票後の世論調査結果(表1)によると、フランスの否決理由は、「雇用、企業移転、失業への悪影響」(31%)、「経済状況の弱さ、失業の多さ」(26%)、「憲法条約が自由主義に傾斜しすぎているとの印象」(19%)、「政府や特定政党への不満」(18%)、「社会的側面への配慮が十分でない」(16%)などが上位を占めた。オランダの否決理由では、「憲法条約に関する情報の不足」(32%)、「国家主権喪失への恐れ」(19%)、「政府や特定政党への不満」(14%)、「欧州は費用がかかりすぎる」(13%)などが上位に挙げられた。それらの背景について、EUを取り巻く状況を紹介する。

(1)EU拡大

EUは、1951年のベルギー、ドイツ連邦共和国、フランス、イタリア、ルクセンブルグ、オランダの6カ国による欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の設立以来、順次加盟国を増やしてきた(表2)。EUに新規加盟するためには、1993年のコペンハーゲン欧州理事会で定められた、1)民主主義、法の支配、人権および少数民族の尊重と保護、2)EU域内での競争力と市場力に対応するだけの能力、3)政治目標、経済通貨同盟を含む加盟国としての義務の履行――などの基準を満たす必要がある。

2004年5月1日、EUは新規加盟10カ国(キプロス、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトヴィア、リトアニア、マルタ、ポーランド、スロヴァキア、スロヴェニア)を迎え、25カ国に拡大した。2007年には、ブルガリアとルーマニアの加盟が予定されており、実現に向けた交渉が進められている。トルコについては、1999年に加盟候補国に決定し、2004年12月の欧州理事会において、2005年10月3日から加盟交渉を開始することで合意した。また、クロアチアが、2004年6月18日、加盟候補国に決定している。

トルコは、1987年に加盟申請を行って以来、ずっと加盟基準を満たしていないと判断されてきた。その背景には、キプロスの一部を占領し樹立したキプロス・トルコ共和国の問題、水準の低い司法・人権保護制度、脆弱な経済力、宗教の違いに基づく生活習慣や考え方の相違、地理的に欧州でなく中近東に属していること――などの要因があった。従来加盟交渉を行った国はすべてが加盟を果たしているが、初のイスラム教国の加盟や安い労働力の流入への恐れなどから、EU市民の間にはトルコの加盟に対する強い懸念が存在する。欧州委員会は、2005年6月29日、トルコとの加盟交渉の原則や手続きを示した厳格な交渉枠組みを発表した。また、EU加盟国と加盟候補国の間で、相互理解を促進し、EU市民の心配に応え、EU拡大に関する討議を推進するための市民社会対話を実施することを決定した。欧州委員会のレーンEU拡大担当委員は、「トルコの加盟交渉は、長く厳しい道のりとなるだろう。我々は、EU市民の懸念を考慮しなければならない」と述べた。

(2)人の移動の自由

EUは、単一市場の理念に基づき、域内での人、物、サービス、資本の移動の自由化を進めている。

人の移動の自由に関しては、EU加盟国の国民はすべて自動的にEU市民となり、すべての加盟国の領域内で自由に旅行し、滞在し、居住する権利を有する。この権利には、職業資格の相互認証、市民権、労働者の自由な移動、社会保障制度の協調が含まれる。

労働者の自由な移動に関しては、経済力に劣る新規加盟国の労働者が旧加盟国の労働者の職を奪ってしまうことが懸念された。そのため、2004年5月のEU拡大後、雇用者として働くことを目的とした新規加盟国(マルタ、キプロスを除く8カ国)から旧加盟国(15カ国)への移動を、最長7年間制限することができることとした(イギリス、アイルランド、スウェーデンは制限措置を採用していない)。

最初の2年間、旧加盟国は自国の法律や政策に基づいて制限措置を実施できる。2年経過後、旧加盟国は、所要の手続きを経た上で、この制限措置をさらに3年間継続することができる。制限措置は基本的に5年間を限度としているが、労働市場に深刻な混乱が生じている場合にのみ、さらに2年間の延長が認められている。

EU加盟国の国民は、職業または職探しのために、他の加盟国に入り、またそこで生活する権利が認められており、労働者本人に限らずその家族も労働者とともに自由に移動することができる。また、雇用、労働条件、その他労働者の社会統合を促進する利益に関して均等待遇を受ける権利が保証されている。

フランス、オランダで欧州憲法条約が否決された要因には、こうした人の移動の自由化を背景とした、イスラム教国トルコのEU加盟、労働者の職を奪う東欧移民の増大などの事態への恐れがあったことが指摘されている。

(3)EU予算の不均衡

EUの諸機関が執行する予算は、2005年(暦年)で1166億ユーロ(表3)となっており、EUのGNPの1.27%の上限が定められている。財源は、1)賦課金(農業課徴金、砂糖課徴金)、2)共通関税(域外からの輸入物品に賦課)、3)付加価値税(加盟国の付加価値税ベースの約1%)、4)加盟国の分担金(国民総所得比に基づく)――の4つである。

2005年のEUの収入予算の加盟国分担割合は、ドイツ、フランス、イタリア、イギリス、スペイン、オランダが上位を占め、この6カ国だけで全体の8割弱を負担している(表4)。同年の分野別支出予算は、農業が42.6%を占め、続いて構造政策(地域政策)、域内政策、域外活動などの分野に割当られている(表3)。

2003年予算の加盟国の対国民総所得(GNI)比の純受取割合(受取GNI比-拠出GNI比)は、オランダ、ドイツ、スウェーデン、ベルギー、ルクセンブルグなどの受取割合が拠出割合を大きく下回っている(表5)。1人当たり純受取額に関しても、ルクセンブルグ、オランダ、スウェーデン、ドイツ、ベルギーなどは、大幅なマイナスとなっている(表5)。

オランダの欧州憲法条約批准の国民投票においては、「EUへの分担金の払いすぎ」が否決理由の上位に挙げられた。また、EUは、1984年から農業補助金の受取額が少ないイギリスに配慮し、イギリスだけに予算の払戻金(リベート)制度を実施してきた(ネット分担金負担額の66%の払い戻し)。2005年予算でも、加盟国の拠出に基づく51億ユーロのリベートが認められている(表4)。EUの農業予算の規模や加盟国の状況は、制度導入時とはかなり変わってきており、現在進められている次期財政計画(2008~2013年)の策定において、このリベート制度の扱いが大きな問題となった。6月16日、17日の欧州理事会においては、リベートを一定額に抑えることを主張する仏独やルクセンブルグなどと、農業予算がEU予算の4割を占める現状を批判しリベート制度の変更に反対するイギリスが激しく対立し、次期財政計画の策定交渉は決裂した。

資料出所:欧州委員会ウェブサイト

注:イギリスへのリベートの割当額は、各加盟国の予算割当額に含まれる。
出所:欧州委員会ウェブサイト、欧州統計局(EUROSTAT)ウェブサイト

注:純受取割合=受取GNI比-拠出GNI比
出所:欧州委員会ウェブサイト

2004年5月、EUは、新規加盟10カ国を迎え入れ、25カ国に拡大した。これに先立ち、拡大EUが機能不全に陥ることが懸念されたため、2002年2月に各層の代表者約100名で構成される「欧州の将来に関するコンベンション(協議会)」が設置された。コンベンションは、EUの機構改革を含む将来像について幅広い議論を行い、欧州憲法条約草案を2003年6月の欧州理事会に提出した。草案は、EU加盟国政府の代表からなる政府間会議で検討され、2004年6月の欧州理事会において「欧州のための憲法を制定する条約」(欧州憲法条約)(表6)が採択された(10月29日に加盟国が署名)。

欧州憲法条約の発効には加盟25カ国の批准承認が必要である。批准の方法には、議会採決、国民投票、議会採決と国民投票の3種類がある。EUは、2006年11月1日の発効を目指し、加盟国の批准手続きを進めてきた。7月10日現在スペインが国民投票と議会採決、ドイツなど11カ国が議会採決で批准を終えている(表7)。

フランス、オランダの国民投票での否決、イギリスの批准手続き凍結表明後の6月16日に開催された欧州理事会は、憲法条約批准手続きの期限を2007年半ばまで延期することを決定した。この決定を受けて、デンマーク、チェコ、アイルランドが国民投票の延期を、フィンランド、スウェーデンなどが議会承認手続きの延期を表明した。7月10日のルクセンブルグの国民投票では、憲法条約批准を可決した。

参考:外務省ウェブサイト、駐日欧州委員会代表部『europe2005年春号』

資料出所:欧州委員会ウェブサイト(2005年7月10日現在)

欧州統合の歴史は、1951年にベルギー、ドイツ(連邦共和国)、フランス、イタリア、ルクセンブルグ、オランダの6カ国が、石炭と鉄鋼の共通市場を創設する欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)を設立したことに始まる。

続いてECSCの6加盟国は、さまざまな物やサービスの共同市場を基礎とした欧州経済共同体(EEC)を1958年に設立した。EECは、1960年代に通商と農業の分野における共通政策を確立し、1968年7月1日には6カ国間の関税が完全に撤廃された。

1967年には、ECSC、EECと欧州原子力共同体(Euratom)の理事会および執行機関が統合され、以後3共同体は欧州共同体(EC)と総称されるようになった。

1973年には、デンマーク、アイルランド、イギリスがECに加盟し、6カ国から9カ国に拡大した。ECは、1975年に社会・地域開発・環境分野の共通政策を導入し、地域開発政策を遂行するための欧州地域開発基金が設立された。

1979年の欧州通貨制度(EMS)導入は、為替相場の安定化に貢献すると同時に、EC加盟国が相互の連帯を維持し、経済に規律をもたらす厳しい政策を実施するよう促した。
1981年のギリシャの加盟に続いて、1986年にはスペインとポルトガルがECに加盟した。その結果、加盟12カ国間の経済発展格差を埋めることを目的とした「構造」プログラムが導入された。

1985年、ジャック・ドロール欧州委員長率いる欧州委員会は、1993年1月1日までに欧州単一市場を完成させる計画を示した「ドロール白書」を発表した。1986年2月、この目標を正式に定めた単一欧州議定書が調印され、1987年7月1日に発効した。

1991年12月、マーストリヒトで開かれた欧州理事会において「欧州連合条約」が採択され、1993年11月1日、欧州連合(EU)が誕生した。欧州連合条約(マーストリヒト条約)は、1999年までの通貨統合、欧州市民権、共通外交・安全保障政策(CFSP)を含む新たな共通政策、域内の治安に関する取り決めなど、さまざまな野心的な目標を掲げた。

1995年1月1日、オーストリア、フィンランド、スウェーデンの3カ国が加盟し、EUは15カ国となった。2002年1月1日には、EU加盟国のうち12カ国(ユーロ圏)で、ユーロ紙幣と硬貨の流通が始まった。

2000年3月、リスボンで開かれた欧州理事会は、グローバル化がもたらす課題に対抗するため、EUの経済を近代化する包括的戦略を盛り込んだ「リスボン戦略」を採択した。同戦略には、経済のあらゆる分野を競争に開放し、革新と事業投資を奨励し、情報社会のニーズに応えられるよう欧州の教育制度を改革することなどが含まれていた。

2004年5月1日、チェコ、ハンガリー、ポーランド、スロヴァキア、エストニア、ラトヴィア、リトアニア、スロヴェニア、キプロス、マルタの10カ国が新たに加盟し、EUは25カ国となった。2004年10月29日には、欧州憲法制定条約が調印された。

参考:駐日欧州委員会代表部『EUを知るための12章』

資料出所:欧州委員会駐日代表部ウェブサイトより抜粋

(1)欧州連合とは

欧州連合(EU:European Union)は、欧州25カ国が加盟する国家連合体・統合体で、「欧州連合を設立する条約(マーストリヒト条約:1993年11月1日発効)」など、加盟国間で締結された基本条約に基づき、設立・形成されている。

(2)EUが目指す3つの統合

1)経済・通貨統合、2)共通外交安全保障政策、3)司法・内務協力

(3)EUの機関

  1. 欧州理事会(European Council)

    加盟国首脳によるEUの最高政策方針決定機関(EU首脳会議またはEUサミットと呼ばれる)。年4回(前半2回、後半2回)開催され、6カ月任期の輪番制で議長国が議長を務める。EUの基本的方針を定め、その決定は、法的拘束力を持たないが、政治的に権威のあるものとして尊重される。欧州委員会委員長、欧州連合理事会事務総長なども出席。

  2. 欧州連合(EU)理事会(Council of European Union)

    総務・対外関係を含む9政策分野の加盟国担当閣僚による立法・政策決定機関。会議の議題の分野を担当する各加盟国閣僚級代表1名が出席する。EU理事会は、欧州議会と立法権および予算に関する責任を共有しており、欧州委員会から提案のあった法案や政策を検討し、採択する。理事会の決定は、基本条約に基づく全会一致または単純多数決、もしくは特定多数決による。

  3. 欧州委員会(European Commission)

    欧州委員会は、欧州全体の利益を代表する政治的に独立した機関であり、1加盟国から1人ずつ任命される計25人の委員で構成されている。「基本条約の守護者」として、EU理事会や欧州議会で採択された規則や指令が適切に適用されているかを監督する。また、EUの行政執行機関として共通農業政策などに関するEU理事会の決定を実行する。欧州委員会は、EU内で唯一、法案の発議権を持つ機関となっている。

  4. 欧州議会(European Council)

    欧州議会は、各加盟国の直接選挙によって選出された議員(732名、任期5年)で構成され、EU市民を代表し、欧州議会と共同で法案の制定にあたる。EU予算の採択に関しても、欧州議会とEU理事会が同等の権限を有している。欧州議会は、EUの諸活動に対し、民主的なコントロールを行う機関であり、欧州議会を総辞職させる権限を有している。

2005年7月 フォーカス: EU憲法批准否決の波紋

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