「減税・歳出削減法」が成立
 ―低所得者向け医療保険・食料支援の支給厳格化も

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  • 国別労働トピック:2025年7月

トランプ大統領は7月4日、大型減税や歳出削減策などを盛り込んだ「ひとつの大きく美しい法案」に署名し、成立させた。連邦議会上院は1日に、下院は3日にそれぞれ同法案を可決していた。同法は、①メディケイド(低所得者向け医療保険制度)の支給厳格化、②補足栄養支援プログラム(SNAP、旧フードスタンプ)の支給厳格化、③残業代や飲食店従業員らが受け取るチップに対する課税の免除(高額所得者除く)、④児童税額控除の引き上げ、⑤有給家族・医療休暇への税額控除の拡大、⑥不法移民の取り締まり強化、などの内容を含んでいる。

「ひとつの大きく美しい法案」

このたび成立した大型減税や歳出削減策を内容とする法案は「ひとつの大きく美しい法案(One, Big, Beautiful Bill、以下「OBBB」)」(注1)と名付けられた。第一次トランプ政権(2017~21)が始め、2025年末に期限切れを迎える所得減税を恒久化するとともに、大統領選の政権公約で掲げた一連の減税・歳出削減策などを盛り込んでいる。

超党派の議会予算局(CBO)はOBBBにより今後10年間で約3.4兆ドルの財政赤字の悪化が見込まれると試算している(注2)。こうしたことから、連邦議会の審議では、野党民主党の全議員が反対したほか、与党共和党からも上院で3名、下院で2名が採決で反対にまわり、僅差での可決となった。トランプ大統領は7月4日の独立記念日に合わせ、同法の成立を目指していた。同大統領は「これまでで最大の勝利だ」と成立を評価した。

「メディケイド」「食料購入援助」の支給を厳格化

OBBBは、メディケイド(低所得者向け医療保険制度)について、子ども(14歳以下)のいない健常な65歳未満の成人に対して、「就労等要件」の受給資格を設けることとした。具体的には、「コミュニティ参加要件」として、月80時間以上の就労またはボランティア活動、あるいは教育・訓練参加を受給資格とする(月80時間以上の要件は、就労、ボランティア、教育・訓練の組み合わせによるものでも可能)。19歳未満の若者や妊娠中・産後ケアを受けている女性、障害者らに対しては、同要件を免除する。なお、これまで年1回だった州当局による受給者の資格確認義務を、年2回に増やす。

2025年1月におけるメディケイドの対象者数は約7,880万人である。複数の現地報道によると、上述の要件創設等に伴い、今後10年間で約1,700万人がメディケイドの支給を受けられなくなり、医療保険資格を失う。これに伴うメディケイドの縮減により、連邦予算への依存度が高い地方の医療機関の経営が困難になることを危惧する声も報じられている。ホワイトハウスは制度厳格化の趣旨について、「無駄、詐欺、乱用を排除し、不法移民がメディケイドを受けるのを阻止する」ことをあげている。

「補足栄養支援プログラム(SNAP、旧フードスタンプ)」についても、支給要件を厳格化する。SNAPは、所得水準が連邦基準を下回る世帯等に対して、食料費を支給する制度である。支給額は所得や家族構成等により異なる。2023年度平均の被保護者数は約4,110万人だった。

OBBBは、(1)「支払いエラー率」(過払い、未払い、支払い不足を考慮した、給付に対する誤支給の割合)が高い州は、SNAP経費の一部を負担する(エラー率6~7.99%の州は5%、8~9.99%は10%、10%以上は15%をそれぞれ負担。現在は、連邦政府が全額負担している)、(2)扶養家族がいない健常な成人に対する支給制限(上限3カ月)について、就労等要件(月80時間(週20時間)以上の就労またはボランティア活動、あるいは就学・訓練のいずれかを行い、当局に報告する)を設ける者の範囲を拡大する(現状の18~54歳(段階的引き上げ中)を18~64歳に拡大)、(3)親の就労等を支給要件とする子どもの年齢を18歳から15歳に引き下げる、(4)退役軍人、ホームレス、里親家庭で育った若者に対する就労等要件の免除を廃止する、などの内容を盛り込んでいる。CBOは今後10年間で約3,000億ドルの削減を予測している。

残業代とチップに対する課税免除

連邦公正労働基準法(FLSA)は、原則として週40時間を超す労働に対して、残業(時間外労働)代として、通常の賃金率の1.5倍の割増賃金を支払うよう事業主に義務づけている。OBBBは残業代に対する課税について、2025~28年は免除することを定めた。ただし、控除額は1万2,500ドルを上限とし、年収15万ドルを超す場合は減額する(所得が1,000ドル増えるごとに、控除額を100ドル減額する。夫婦の場合、控除額は2万5,000ドルを上限とし、年収30万ドルを超す場合は減額)。

飲食店の従業員らが受け取るチップに対する課税も2025~28年の期間、免除する。控除額は2万5,000ドルを上限とし、年収15万ドル以上(夫婦の場合は年収30ドル以上)は減額する(所得が1,000ドル増えるごとに、控除額を100ドル減額)。

税額控除の拡大

児童税額控除(CTC)は、現在16歳以下の子ども一人につき、最大2,000ドルである。2025年はこれを最大2,200ドルに引き上げ、それ以降は物価に連動させる。

米連邦政府は事業主に有給休暇の付与を義務づけていない。ただし、民間企業が独自に有給家族・医療休暇を設ける場合、2025年末まで税額控除する時限措置を設定していたが、恒久化する。対象となる従業員はこれまで少なくとも1年間勤務している者と定めていたが、6カ月間に短縮する。また、有給家族・医療休暇の財源として、雇用主が支払う保険料の一部についても控除する仕組みを設ける。

不法移民対策の強化

不法移民対策としては、少なくとも年間100万人を強制退去させるための資金を提供する。

移民関税執行局(ICE)の職員を1万人、税関職員を5,000人、国境警備隊員を3,000人、それぞれ増員する。また、ICE職員と国境警備隊員に対して、今後4年間、毎年1万ドルのボーナスを支給する。

さらに、140万人の不法移民が給付金を受給しているとして、これを阻止する(現地報道等によると、不法移民のメディケイド受給阻止を意味するとみられる)。このほか、メキシコとの南部国境地帯に建設している「国境の壁」を完成させるための予算も計上している。

労使団体の評価

OBBBの成立に対して、経営者団体の全米商工会議所(U.S. Chamer of Commerce)は、「経済成長、労働者、そして全国の地域社会にとっての勝利だ。競争力があり、成長を促進する税制は、経済を強化し、労働者の賃金を引き上げる上で不可欠である」と評価するコメントを発表した(注3)

一方、米労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)のリズ・シューラー会長は、「富裕層への減税のために、働く世帯に高額な医療費負担を強い、1,700万人の医療保険を奪い、医療、建設、エネルギーなど幅広い分野で数百万人の雇用を奪う」と批判する声明を出した(注4)。リベラル系シンクタンクの経済政策研究所(EPI)は、OBBBに盛り込まれた移民の強制送還が、働き手や事業の縮小などの形で全米の経済に悪影響を及ぼし、約600万の雇用削減につながると警鐘を鳴らしている(注5)

参考資料

  • 議会予算局、全米商工会議所、日本貿易振興機構、米労働総同盟・産別会議、ホワイトハウス、連邦議会、CBS、CNBC、各ウェブサイト

参考レート

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