前政権制定の「雇用・個人請負分類基準」規則を一時停止
―連邦労働省
連邦労働省賃金時間部は5月1日、スマホアプリなどを介して輸送や配達などの職務に従事する「ギグ・ワーカー」らが、公正労働基準法(FLSA)上の「雇用労働者(Employees)」として保護対象になるかどうかを判断するための行政官向けガイダンスを発表した(注1)。それによると、各地の労働行政の検査官(Inspecter)に対して、バイデン前政権が2024年3月に施行した規則を一時停止し、かつて長らく適用していた、個人請負事業主(Independent Contractor)に分類しやすい基準に従って判断するよう指示している。
「雇用労働者」か「個人請負」か
連邦公正労働基準法(FLSA)は、雇用労働者に対する残業代や最低賃金の支払い等を雇用主に義務づけている。第一次トランプ政権の任期が終了する直前の2021年1月7日、連邦労働省はFLSAの適用対象となる雇用労働者か否かを「仕事における管理の性質と程度」と「自らの手腕による損益の機会」という2つの要素(図表1)(注2)を中心に判断する規則(以下、「2021年規則」)を制定し、ギグ・ワーカーらをFLSA適用対象外の個人請負事業主に分類しやすいようにした(図表2)。「2021年規則」は同年3月8日に発効する予定であった。
だが、同年1月20日に発足したバイデン政権は同規則の施行日を延期したうえで、撤回した。これに対して、ウーバー・テクノロジー社(以下「ウーバー社」)などの企業連合が撤回の無効を求めて、テキサス州東部地区連邦地方裁判所に提訴。翌2022年3月21日、連邦地裁は企業側の主張を認め、同規則が前年の2021年3月8日から有効であるとの判断を示した。
バイデン政権は2024年1月9日、同規則をあらためて取り消し、労働者が使用者に経済的に依存しているか否かを、6つの要素(①管理の性質と程度、②自らの手腕による損益の機会、③仕事に必要な設備や資材への投資、④仕事上の関係の永続性、⑤従事する仕事が雇用主のビジネスの不可欠な一部か、⑥スキルと自発性)で総合的に判断する「最終規則案」を発表し、同年3月11日に施行した(注3)(以下、「2024年規則」)。これにより「雇用労働者」として分類される可能性が広がったたため、反発する企業などから、同規則を違法だとして差し止めや無効を求める訴訟が相次いでいた。
2008年ファクトシート | 2021年規則 | 2024年規則 |
①管理の性質と程度 | ①仕事における管理の性質と程度 | ①管理の性質と程度 |
②損益の機会 | ②自らの手腕による損益の機会 | ②自らの手腕による損益の機会 |
③施設および設備への投資額 | ※上記2要素を中心に判断 | ③仕事に必要な設備や資材への投資 |
④関係の永続性 | ④仕事上の関係の永続性 | |
⑤提供するサービスが委託者の事業の不可欠な一部となっている程度 | ⑤従事する仕事が雇用主のビジネスの不可欠な一部か | |
⑥成功するために必要な、自由競争における主導性、判断力、または先見性 | ⑥スキルと自発性 | |
⑦独立した事業組織および運営の程度 |
注:「2008年ファクトシート」の掲載順は、右2列の各規則と同様または類似した要素と横並びで合わせるため、変更した。
出所:連邦労働省ウェブサイト等より作成
年月 | 内容 | 大統領(政党) |
2008.7 | 連邦労働省が「ファクトシート#13」(7つの要素を用いて総合的に判断)発表 | ブッシュ・子(共和) |
2019.4.29 | 連邦労働省がバーチャル・マーケットプレイス企業(VMC)就労者を個人請負とする「意見書」を発表 | トランプ(共和) |
2021.1.7 | 連邦労働省が「2021年規則」(2つの要素を中心に判断)の最終規則案を発表 | |
2021.3.4 | 連邦労働省が「2021年規則」の2021.3.8施行を延期 | バイデン(民主) |
2021.5.6 | 連邦労働省が「2021年規則」を撤回 | |
2022.3.21 | 連邦地方裁判所が「2021年規則」の有効性(2021.3.8施行)を認める。 | |
2024.1.9 | 連邦労働省が「2021年規則」を取り消す「2024年規則」(6つの要素を用いて総合的に判断)の最終規則案を発表 | |
2024.3.11 | 「2024年規則」施行 | |
2025.5.1 | 連邦労働省が「行政官向けガイダンス」を発表、「2024年規則」を一時停止 | トランプ(共和) |
出所:連邦労働省ウェブサイト等より作成
「個人請負事業主」に分類しやすい内容への転換
今回発表された行政官向けガイダンスによると、上述のように「2024年規則」の合法性を争う複数の訴訟が係争中であり、連邦労働省はその廃止を含めた再検討を行っている。具体的には、同省賃金時間部が、FLSAに基づく雇用労働者と個人請負事業主の地位を決定するための適切な基準の見直しと策定に取り組んでいる。
こうした状況の下、同省賃金時間部は2025年5月1日時点で、個人または連邦労働省に未払い賃金や民事罰金が支払われていない案件について、ブッシュ(子)政権時代の2008年7月に示した「ファクトシート#13」(以下、「2008年ファクトシート」)及び第一次トランプ政権時の2019年4月に示した意見書(以下、「2019年意見書」)に基づき、過去に長らく用いていた分類基準を適用するとの判断を示した。
「2008年ファクトシート」は、雇用労働者か個人請負事業主かどうかを、①管理の性質と程度、②損益の機会、③施設および設備への投資額、④関係の永続性、⑤提供するサービスが委託者の事業の不可欠な一部となっている程度、⑥ 成功するために必要な、自由競争における主導性、判断力、または先見性、⑦独立した事業組織および運営の程度、という7つの要素(注4)を用いて、総合的に判断する見解を提示したものである。
一時停止扱いにした「2024年規則」と比べると、どちらも「経済的実態」に基づき複数の要素から総合的に判断することでは共通している。しかし、「2008年ファクトシート」には「⑦独立した事業組織および運営の程度」が、判断要素に加わっているなどの違いがある。一方、「2024年規則」には、各要素の適用に関する詳細な事例が掲載されている。全体として、「2008年ファクトシート」のほうが、個人請負事業主に柔軟に分類しやすい内容とみられている。
また、「2019年意見書」は、オンラインやスマートフォンベースで、サービスプロバイダーと消費者をつなぎ、輸送や配達などさまざまなサービスを提供する「バーチャル・マーケットプレイス企業(Virtual Marketplace Company、VMC)」で働く者(サービスプロバイダー)が、クライアント(VMC)との間の労働関係(Working relationship)において、経済的依存関係になく、経済的独立性があると指摘し、雇用労働者でなく、個人請負事業主に分類されると結論づけている。
なお、連邦労働省は今回の行政官向けガイダンスについて、「2024年規則」を廃止・置き換えるものではなく、民事訴訟の目的においては引き続き有効であるとの見解を示している。
経営者団体や企業は「歓迎」
経営者団体の米国商工会議所(U.S. Chamber of Commerce)は5月5日、今回の連邦労働省による「2024年規則」を一時停止する判断を歓迎するとのコメントを発表した。同商工会議所やウーバー社などの企業連合は、「2024年規則」を「何百万人もの米国人から個人請負事業主として働くことを選択する自由を奪う」と批判し、規則の一時停止などを求めて連邦裁判所に提訴していた。
ブルームバーグ通信など現地報道によると、多くのギグ・ワーカーを就労させているウーバー社やリフト社、一部のフリーランサーなども、同様に連邦労働省の判断を評価。さらに、第一次トランプ政権末期に定めた「2021年規則」の復活を求めている。
なお、州によっては、上述した一連の連邦規則が採用している「経済的実態による総合判断」ではなく、ABCテスト(注5)という、より雇用労働者に分類しやすい判断基準を用いている。
注
- 連邦労働省ウェブサイト(US Department of Labor issues guidance on independent contractor misclassification enforcement
)参照。(本文へ)
- 「仕事における管理の性質と程度」はNature and degree of the worker's control over the work、「自らの手腕による損益の機会」はWorker's opportunity for profit or lossをそれぞれ訳したもの。
なお、「2021年規則」は、①仕事に求められるスキルの程度(Amount of skill required for the work)、②個人と潜在的雇用主との仕事関係の永続性(Degree of permanence of the working relationship between the individual and the potential employer)、③労働が統合された生産単位の一部であるか(Whether the work is part of an integrated unit of production)、という三つの要素も判断に用いるが、証明力において上述の2要素を上回ることはまれであるとした。(本文へ) - 労働政策研究・研修機構(2024)「雇用・個人請負分類基準の新規則を発表―連邦労働省、6要素で判断」(アメリカ・国別労働トピック:2024年1月)
なお、「2024年規則」にあげられた各要素の英語原文は次のとおりである。①仕事における管理の性質と程度(Nature and degree of control)、②自らの手腕による損益の機会(Opportunity for profit or loss depending on managerial skill)、③仕事に必要な設備や資材への投資(Investments by the worker and the potential employer)、④仕事上の関係の永続性(Degree of permanence of the work relationship)、⑤従事する仕事が雇用主のビジネスの不可欠な一部か(Extent to which the work performed is an integral part of the potential employer's business)、⑥スキルと自発性(Skill and initiative)。(本文へ) - 「2008年ファクトシート」にあげられた各要素の英語原文は次のとおりである。①管理の性質と程度(Nature and degree of control by the principal)、②損益の機会(Alleged contractor's opportunities for profit and loss)、③施設および設備への投資額(Amount of the alleged contractor's investment in facilities and equipment)、④関係の永続性(Permanency of the relationship)、⑤提供するサービスが委託者の事業の不可欠な一部となっている程度(Extent to which the services rendered are an integral part of the principal's business)、⑥ 成功するために必要な、自由競争における主導性、判断力、または先見性(Amount of initiative, judgment, or foresight in open market competition with others required for the success of the claimed independent contractor)、⑦独立した事業組織および運営の程度(Degree of independent business organization and operation)。(本文へ)
- 個人請負事業主に分類するには、①契約上も実際も、業務手法について使用主体から管理や指示を受けていない、②使用主体の通常業務の範囲外の職務に従事している、③雇用主体のために遂行する業務と同じ性質の独立、確立した仕事に、慣習的に従事している、という3つの条件を満たさなければならないというもの。カリフォルニア州では2020年1月にABCテストを「AB5法」として法制化したが、ウーバー社などの要求運動により、輸送や配達等の業務に従事するギグ・ワーカーの適用除外を定めた州法(Prop22)が、同年11月の住民投票で可決された。州最高裁判所は2024年7月、Prop22を合憲とする判決を出している。労働政策研究・研修機構(2024)「ギグ・ワーカーを個人請負労働者とする州法を合憲と判断 ―加州最高裁」JILPT海外労働情報2024年8月参照。(本文へ)
参考資料
- 中川かおり(2024)「【アメリカ】ギグワーカー等の被用者該当性の判断基準に関する連邦規則」国立国会図書館『外国の立法』No.301-1
- 全国雇用法プロジェクト、ブルームバーグ通信、米国商工会議所、連邦労働省、各ウェブサイト
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