AIが人材育成にもたらす影響
 ―IAB事例分析

カテゴリー:雇用・失業問題労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2025年6月

ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)はこのほど、人工知能(AI)が労働に与える影響を多角的に調査する社会科学プロジェクト「ai:conomics」を通じて得られた成果として、企業におけるAI導入と人材育成に関する事例分析を公表した。以下にその概要を紹介する。

「ai:conomics」とは

「ai:conomics」は2021年から2024年にかけて実施されたプロジェクトで、AIが労働に与える影響—業務内容、必要とされるスキル、生産性、ウェルビーイング(注1)などの変化—を明らかにすることを目的としている(注2)。連邦労働社会省(BMAS)の助成を受け、「ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)」、「マーストリヒト大学 教育・労働市場研究センター(ROA)」、「未来2(Zukunft zwei GmbH)」の3機関によって共同で実施された。

AIを社員の育成に活用

IABは本プロジェクトの一環として、大手金融企業の顧客サービス部門におけるAI導入と人材育成の事例を分析した。対象部門には152名の社員が在籍し、月間約2万4000件の顧客からの問合わせに対応している。

従来は、指導者(コーチ)が通話記録からランダムに数件を抽出して内容を分析し、社員に対して個別に指導を行っていた。しかし、この方法では部門全体のパフォーマンスの把握や改善の効果に限界があった。そこで、同社は2023年より、すべての通話内容を自動で文字起こし・分析するAIシステムを段階的に導入した。

AIは「通話時間」「保留・沈黙の長さ」「顧客の理解不足を示す質問の頻度」「サービス担当者のフィラー(例:えーと、まあ、などのつなぎ言葉)の頻度」「顧客の発言を遮る頻度」といった指標を可視化した。その結果、コーチは短時間で通話全体を把握できるようになり、より的確な個別指導が可能となった。

導入の効果

AI導入前後を比較したところ、導入後は「顧客との通話時間」が全体的に短縮されたほか、「保留時間」が平均25秒、「沈黙時間」が平均6秒短縮された。

特に「経験の浅い社員」に対しては顕著な効果が見られ、通話時間が平均で73秒短縮した。一方、「ベテラン社員」では43秒の短縮にとどまった。ベテラン社員においては、説明が明瞭になったり、顧客の発言を遮る場面が減ったりするなど、通話の質の向上が確認された。

また、AIの導入初期と数か月後の2回にわたって実施されたインタビュー調査では、当初は技術的な不具合や表示遅延などへの不満の声があったが、数か月後には「AIの精度が上がり、より明確で視覚的に説得力があるフィードバックが得られた」との高評価が多数寄せられた。例えば、従前にフィラーを頻発していた社員は、AIの数値化(可視化)によって明確な改善が見られた。

社員の反応と今後の展望

一部には「監視されているように感じる」との声もあったが、多くの社員は自身の成長を実感し、モチベーション向上につながったと評価している。さらに、AIによって定型的な顧客対応が自動化されたことで、社員はより複雑で価値の高い業務に集中できるようになったとの声もあった。

IABはこの事例から、AI活用は業務効率化や生産性向上にとどまらず、社員の納得感や成長意欲の向上にもつながる可能性があると結論づけている。ただし、技術的課題やプライバシーへの配慮も重要であり、AI導入には「透明性」と「目的の明確化」が不可欠だと指摘している。そのうえで、企業は今後、AIを効果的に活用するためのガイドラインや研修プログラムを整備し、社員がAIと協働できるスキルやマインドセットを育成していく必要があるという見解を示している。

参考文献

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