新政権発足に向けた連立協定合意
―労働政策の骨子
フリードリヒ・メルツ氏率いる中道右派の「キリスト教民主同盟(CDU)」と、その姉妹政党である「キリスト教社会同盟(CSU)」、および中道左派の「社会民主党(SPD)」の3党は4月9日、連立政権の政策協定に合意したと発表した。今後は各党内での承認を経て、5月初旬の首相選挙でCDUのメルツ党首が選出され、新政権が正式に発足する見通しである。以下に、連立協定における労働政策の骨子を紹介する。
前倒し総選挙
本来であれば2025年夏に連邦議会議員の4年間の任期が満了し、秋に総選挙が実施される予定であった。しかし、次年度予算案をめぐる連立与党内の対立によりショルツ政権が崩壊し、20年ぶりに議会が解散された(注1)。これを受けて、前倒しの総選挙が2月23日に実施され、CDU/CSUが第1党の座を獲得した。ただし、CDU/CSU単独では過半数に達しなかったため、新政権発足に向けてSPDとの連立協議が行われた。その結果、今後4年間で実施する政策のロードマップとなる「連立協定書(Koalitionsvertrag)」の合意が4月9日に発表された。労働分野においては、最低賃金を時給15ユーロに引き上げること、最長労働時間の基準を現行の「1日単位」から「1週間単位」に変更すること、さらに超過勤務手当を非課税とすることなどが盛り込まれている。
最低賃金を時給15ユーロに引上げ
法定最低賃金の適切な引き上げに向けて、連立政権は、強力かつ独立した最低賃金委員会の維持を掲げている。そのうえで委員会が改定額を検討する際には、「団体協約の動向(賃金上昇率)」および「フルタイム労働者の中央値賃金(Bruttomedianlohns)の60%」の双方を特に重視する方針を示している。この方針のもとで、2026年までに最低賃金を時給15ユーロに引き上げることを目指している。
より柔軟な労働時間
変化する労働環境に対応するため、最長労働時間の規制については、従来の「1日単位」ではなく、「1週間単位」での設定を目指している。具体的な制度設計については、社会パートナー(労使)による対話を通じて進められる予定である。
また、始業・終業時刻を厳密に定めず、労働者の裁量に委ねるテレワーク中心の「信頼労働時間(Vertrauenszeit)」制度は、引き続き維持される。この制度を念頭に、電子的な労働時間の記録が義務化される見通しである。
加えて、労働時間の延長に対する新たな税制優遇措置が創設される予定である。これにより、団体協約等に基づき所定のフルタイム労働時間(注2)を超えて働いた場合の超過勤務手当については、非課税とする方針が盛り込まれている。
市民手当を廃止し、新制度へ
市民手当(Bürgergeld)は廃止され、求職者向けの新たな基礎保障制度が導入される。今後は、求職者の労働市場への統合を一層促進するため、就職支援の強化が図られる。また、各種支援や行政手続きを、より簡素で非官僚的な方法によって行う方針を示している。
就労能力があるにもかかわらず、適切な就労を繰り返し拒否する求職者に対しては、制裁措置を強化し、場合によっては給付金を全額停止することも可能とする(その際には裁判所の判例等を考慮)。
さらに、社会福祉制度の利用を目的とした移民へのインセンティブを大幅に削減し、国内外における大規模な社会福祉給付の詐欺行為を防止する措置を講じる。また、不法就労や闇労働に従事する者に対しては、より厳格な措置を講じる方針で、その一環として、デジタルネットワークの強化により、簡便かつ効果的な管理体制を構築する。
加えて、連邦雇用エージェンシーの既存の雇用促進制度や、職業訓練、教育機関、認定制度の見直しと効率化を推進し、職業教育訓練の強化と労働市場への円滑な移行を目指す。すべての若年者が学校教育および職業訓練を修了できるよう、州政府と連携しながら支援を強化し、学校教育における早期段階での職業指導の拡充を図る。
定年退職後の就労促進
2031年までは、法定年金の給付水準(注3)を法律により現役世代の所得の48%以上に維持し、これに伴う追加的な財政負担を税収によって補填する方針である。
また、今後は法定年金の受給開始年齢をさらに引き上げるのではなく、退職に至るまでの移行過程に柔軟性を持たせることを重視する。高齢期においても意欲的に働く人々を支援するため、定年退職年齢に達した後に自発的に就労を継続する場合、月額2,000ユーロまでの給与については非課税とする措置が講じられる予定である。
サプライチェーン・デューデリジェンス法の廃止
サプライチェーンにおける「人権」および「環境」に関するデューデリジェンス(注意義務)の適切な遵守を企業に義務付けるため、2023年1月1日に全面施行された「サプライチェーン・デューデリジェンス法(Lieferkettensorgfaltspflichtengesetz, LkSG)」は、廃止する。今後は、企業の負担軽減を図りつつ、国際的な枠組みに整合する形で、欧州サプライチェーン指令(CSDDD)を実施するための新たな「国際企業責任に関する法律(Gesetz über die internationale Unternehmensverantwortung)」を制定する予定である。
外国人労働者等の受入れ
スキルを有する熟練外国人労働者の受け入れを強化するため、ワンストップのデジタル窓口として「就労・滞在エージェンシー(Work-and-Stay-Agentur)」を新設する。このエージェンシーは、外国人労働者、特に熟練労働者に関する職業資格や教育資格の認定手続きを一元化・迅速化する役割を担う。外国教育機関情報センター(ZAB)(注4)の構造や機能を再編し、州政府や雇用主と連携しつつ、原則として8週間以内での認定手続きの完了を目指す。
注
- 当時の政権は、ショルツ氏が率いる中道左派の「社会民主党(SPD)」と連立パートナーの環境政党「緑の党(Grünen)」、中道リベラル派「自由民主党(FDP)」による3党連立。ショルツ首相(SPD)が経済危機を乗り切るために特別の財政措置を求めたが、リントナー財務相(FDP)が拒否して2024年11月に更迭され、連立政権が崩壊した。その結果、同年12月27日にシュタインマイヤー大統領が連邦議会を解散し、翌年2月23日に総選挙が実施された。(本文へ)
- ここで言うフルタイム労働とは、協約で定められた時間については週34時間以上、協約で定められていない時間については週40時間以上の労働時間を指す。(本文へ)
- 年金水準とは、受給し始める時の年金額が、その時点の現役世代の所得に対してどの程度の割合かを示すものである。(本文へ)
- Zentralstelle für Ausländisches Bildungswesen (ZAB)は、外国の職業資格や教育資格を審査、評価・認定する公式機関で、各州(Länder)の教育省の下で運営されている。(本文へ)
参考文献
- Verantwortung für Deutschland Koalitionsvertrag zwischen CDU, CSU und SPD(21. Legislaturperiode)
https://www.spd.de/fileadmin/Dokumente/Koalitionsvertrag2025_bf.pdf (PDF:2.07MB)
ほか
参考レート
- 1ユーロ(EUR)=161.96円(2025年5月1日現在 みずほ銀行ウェブサイト
)
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