最賃委が新手続規則を公表
 ―EU最賃指令に対応

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  • 国別労働トピック:2025年4月

最低賃金委員会は1月22日、EU最低賃金指令に対応する新たな手続規則を公表した。同規則においては、これまで最低賃金の改定額を決定する際に考慮されてきた指標に加え、新たに「フルタイム雇用労働者の総中央賃金の60%」という参照指標等が導入された。

EU最低賃金指令と新手続規則の概要

EU最低賃金指令(EU における十分な最低賃金に関する欧州議会及び理事会指令)は2022年10月19日に成立し、同年11月14日に施行された。同指令は、EU域内労働者の生活および労働条件の向上を目的としており、法定最低賃金を定める加盟国に対しては、明確な基準に基づいてその額を設定することを義務づけている。他方、最低賃金を労使協約により定めている加盟国に対しては、団体交渉の促進や、最低賃金による労働者保護の強化を求めている。加盟国には、2024年11月15日までに当該指令を国内法に適合させることが求められていた。

以上の背景を踏まえ、ドイツの最低賃金委員会(Mindestlohnkommission)は、1月22日に新たな手続規則(Geschäftsordnung, GO)を公表した。同規則では、特に以下のEU最低賃金指令第5条第2項および第4項に基づく指標を考慮することが新たに規定されている。

EU最低賃金指令 第5条 十分な法定最低賃金を設定するための手続

  1. 法定最低賃金を定めている加盟国は、法定最低賃金を設定し、及び改定するために必要な手続を確立しなければならない。当該設定及び改定は、人間らしく生きられる生活水準に到達すること、ワーキングプアを減少させること並びに社会的結束と高い水準に向けた社会的収斂を促進すること及び男女間の賃金格差を縮小することを目的として、その十分性に寄与するように設定された基準に従うものとする。加盟国は、関連する国内法、所轄機関の決定又は三者[tripartite]合意における自国の慣行に従って、それらの基準を定義しなければならない。当該基準は、明確に定義されるものとする。加盟国は、自国の社会経済的条件を考慮して、第2項に規定する要素を含む当該基準の相対的な重要性を決定することができる。
  2. 第1項に規定する国内基準は、少なくとも次に掲げる要素を含むものとする。(a) 生活費を考慮した法定最低賃金の購買力(b) 賃金の一般的な水準及びその分布(c) 賃金の上昇率(d) 長期的な国の生産性の水準及び動向
  3. この条に定める義務に影響を及ぼすことなく、加盟国は、適切な基準に基づき、及び国内法及び国内慣行に従って、法定最低賃金の自動物価スライド[調整]メカニズムを、当該メカニズムの適用が法定最低賃金の引下げにつながらないことを条件として、追加的に使用することができる。
  4. 加盟国は、法定最低賃金の十分性を査定する指針とするために、指標となる参照値を使用しなければならない。この目的のために、加盟国は、賃金総額の中央値の60%及び賃金総額の平均値の50%等、国際レベルで通常使用される指標となる参照値及び、又は国レベルで使用される指標となる参照値を使用することができる。
  5. 加盟国は、法定最低賃金の定期的かつ時宜を得た改定が、少なくとも2年ごとに、又は第3 項に規定する自動物価スライド[調整]メカニズムを用いる加盟国については、少なくとも4年ごとに確実に行われるようにしなければならない。
  6. 各加盟国は、法定最低賃金に関連する問題について所轄当局に助言を行うための一以上の諮問機関を指定又は設置しなければならず、及びそれらの機関が有効に活動できるようにしなければならない。

(以上、https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info:ndljp/pid/12986277 (PDF:543.26KB)新しいウィンドウより)

ドイツでは、従来より最低賃金の改定を検討する際、最低賃金法(MiLoG)第9条に基づき、以下の4点を考慮した総合的な評価を行うことが定められている。すなわち、①労働者の必要最低限の生活を保障する額であること、②公正かつ機能的な条件のもとで競争力を維持できる額であること、③雇用危機を招かない額であること(雇用確保)、④協約賃金の動向に従うこと、の4点である。

このうち、最も重視されてきたのは「④協約賃金の動向(上昇率)」である。最低賃金委員会は、これを重視する理由として、「労働協約当事者(労使)は、協約締結時において、労働者の利益、企業の競争力の維持、さらには雇用確保なども含む包括的な判断を行っているためである」と説明している。

今回公表された手続規則(GO)は、以下の通り、第2条において、新たにEU最低賃金指令第5条第4項に基づき、「フルタイム雇用労働者の総中央値賃金の60%」という指標を加えるとともに、同指令第5条第2項の内容も改めて考慮することが盛り込まれている。なお、同条には、特別な経済状況においてはこの指標を満たさなくてもよいという逸脱条項が設けられている。

ドイツ最低賃金委員会 手続規則 第2条 最低賃金法(MiLoG)第9条に基づく最低賃金の調整に関する決定

1.法定最低賃金の調整に関する基準:

a)最低賃金委員会は、最低賃金法第9条第2項に基づき最低賃金を定めるにあたり、全体的な衡量(さまざまな要素を考慮すること)の枠組みにおいて、賃金協約の動向およびフルタイム雇用者労働者の総中央値賃金の60%という参照値(第5条第4項)、ならびに欧州連合における適正な最低賃金に関するEU指令(EU最低賃金指令)の第5条第2項に定められた基準を後追い的に考慮することにより、最低賃金法第9条第2項第1文およびEU最低賃金指令第5条第1項に記載された目的の達成を図るものである。
最低賃金の調整にあたっては、最低賃金委員会は、前々年および前年の時給を基にしたドイツ連邦統計局の賃金指数、並びに同局が直近で算出した総中央値賃金を考慮する。これに際しては、決議を行う会議の時点までの賃金動向のデータが考慮されるものとする。

b)最低賃金委員会は、特別な経済的状況が存在し、全体的な衡量の結果、上記a項に示された基準が当該状況において最低賃金法第9条第2.項第1文およびEU最低賃金指令第5条第1項の目的を達成するうえで適切でないと判断される場合には、当該基準から逸脱することができるものとする。

(以上、Geschäftsordnung (GO) der Mindestlohnkommission新しいウィンドウから仮訳)

ドイツの最低賃金の現状と推移

ドイツの法定最低賃金は、2015年1月1日に時給8.50ユーロで導入された。その後、7回の引き上げを経て、2022年7月1日には時給10.45ユーロに達した。この時点において、インフレ調整後の実質最低賃金は、導入当初の水準に戻ったにすぎなかった。

実質的な最低賃金の大幅な上昇が見られたのは、2022年10月1日に連邦議会が12ユーロへの引き上げを決定したときである。この14.8%の増額は、2021年秋の総選挙後に発足したショルツ政権が締結した連立協定(公約)における主要政策の一つとして実施されたものである。

それ以降の最低賃金の改定は、従来どおり最低賃金委員会によって決定されている。しかし、2023年6月26日に示された改定額(2024年1月及び25年1月に引き上げ)は、それまでの慣例とは異なり、全委員一致ではなく、労働組合代表の反対を押し切る形での勧告となった。

図表1:ドイツにおける最低賃金時給の引上げ推移(2015年~2025年)
画像:図表1

注:22年10月の引上げのみ、最低賃金委員会の勧告を経ずに政府主導による法案審議によって引上げられた。

出所:政府広報をもとに作成。

欧州では、相対的に低い水準

ハンス・ベックラー財団経済社会研究所(WSI)がこのほど発表した最低賃金に関する分析資料(注1)によれば、法定最低賃金制度を採用しているEU加盟22カ国の中で、ドイツの最低賃金は2025年1月1日時点において第4位に位置していた(図表2)。しかし、2月1日にベルギーの最低賃金が時給12.83ユーロに引き上げられたことにより、5位に後退している。さらに、労働協約により最低賃金が定められている北欧諸国などを加味すれば、欧州全体におけるドイツの最低賃金水準は、相対的に低い部類に属する。

WSIの分析担当者は、EU最低賃金指令の実施を、ドイツにとって最低賃金をより適正な水準へ引き上げる好機と捉えている。また、新たな手続規則(GO)に基づき、「フルタイム雇用労働者の総中央値賃金の60%」という基準を満たすためには、最低賃金を時給約15ユーロに引き上げる必要があると指摘している。そのうえで、分析担当者は「最低賃金の適切な設定とその実施は、労働者の生活水準の向上に寄与するとともに、経済の持続的な成長を支える重要な要素である」と結論づけている。

図表2:2025年1月1日現在の法定最低賃金(時給、ユーロ)
画像:図表2
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出所:WSI-Mindestlohnbericht 2025.

参考資料

参考レート

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