適正な最低賃金に関する指令が成立

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  • 国別労働トピック:2022年10月

域内における最低賃金の適正化をはかるEU指令が成立した。最低賃金制度や労働協約を通じて設定される賃金の最低基準について、各加盟国の慣行を尊重しつつ、適正な水準の目安となる指標の設定や、水準の決定などにおける労使の参加、また労働協約や法定最低賃金による保護の状況に関するデータの収集・報告などを求めることで、水準の引き上げや適用拡大に向けた取り組みの促進をはかる内容だ。

各国の慣行を尊重

適正な最低賃金に関する指令(注1)は、欧州委員会が2020年に案を公表していたものだ。欧州委は、域内の多くの労働者が最低賃金制度による保護を受けていないか、制度があっても設定額が低い傾向にある(図表)として、適切な水準の最低賃金額の設定と、労働者が労働協約や法定最低賃金による保護を受け易くするための枠組みの構築を、指令案の目的に掲げていた。複数の加盟国においては、最低賃金制度ではなく労働協約によって最低基準の設定が行われており(注2)、高い協約適用率を背景に、低賃金労働者が少なく、最低基準の水準も高い傾向にあるとされる。欧州委は、各国で構築された制度や慣行に反して法定最低賃金の導入や労働協約の全般的な適用を義務付けるものではない、としている。

図表:各国の最低賃金月額の水準(2022年下期、ユーロ)
画像:図表

出所:Eurostat新しいウィンドウ

労使交渉を通じた賃金決定を重視

指令はまず、労使交渉(注3)を通じた賃金決定を重視する方針を明確に示している(4条)。各国に対して、業種別または業種横断的な労使交渉による賃金決定に関する労使の交渉能力の構築と強化とともに、建設的で意義のある、情報に基づいた労使間の賃金交渉を促すことを求めている。また、労働協約の適用率が労働者の80%(注4)を下回る加盟国については、労使団体と協議の上、労使交渉の実施に関する環境整備を法的あるいは労使協定により行うこと、またこのためのアクションプランを作成することが併せて求められる。アクションプランには明確なスケジュールを盛り込むことのほか、最低でも5年ごとの定期的な見直しの実施が義務付けられ、また作成・改定の都度、これを公表するとともに欧州委に通知しなければならない。

賃金の中央値の60%などを目安に

指令における「最低賃金」(minimum wage)は、法定最低賃金と、労働協約により設定される最低基準の双方を指す(3条)が、主な内容は法定最低賃金に関するものだ。法定最低賃金制度を有する加盟国は、最低賃金額の設定・改定手続きの確立とともに、適切な水準への設定・改定のための基準を設定しなければならない(5条)。基準は、各国の慣行(法定、専門機関による決定あるいは三者合意など)に基づいて設定することができるが、少なくとも、a)最賃額の購買力(生活費を考慮)、b)一般的な賃金水準や分配の状況、c)賃金上昇率、d)長期的な生産性の水準・動向、の各要素を含まなければならない。このほか、物価による自動調整メカニズムを併用することも可能だ(適用すると額が減少する場合を除く)。また、各国には適正さを評価するための目安となる額を設定することが求められる。指令は、使用可能な指標として、統計上の税引き前賃金の中央値の60%、平均値の50%、その他各国で使用している目安となる額などを挙げている(注5)。各国は、少なくとも2年に1度(物価連動型を採用している場合は4年に1度)の最低賃金額の改定のほか、制度を所管する組織に対して各種の提言を行う専門機関を設置することが求められる。加えて、異なるグループ毎の最低賃金額の設定や、一部の労働者に減額を適用する場合、それらが差別的でないことや、目的に照らして相応でなければならない(6条)。

労使の参加

法定最低賃金の設定・改定に際しては、上述の協議組織などを通じて、意思決定プロセス全般で労使参加を得るための措置を講じなければならない(7条)。参加を得るべき事柄として、a)最賃額の設定・改訂に関する基準の選択と適用、物価による自動調整式の設定・改定、b)最賃額の適切さを評価するための目安の設定・改訂、c)最賃額の改定、c)グループ別の最賃額や減額の設定、d)最賃額の設定機関や関係者に提供するデータの収集や調査研究・分析の実施、が挙げられている。また、労働者が法定最低賃金の保護を受けやすくするための方策として、労使の協力を得て、(1)労働基準監督官または最低賃金制度の執行機関による管理・検査、(2)違反事業者の積極的な捕捉に関する、訓練やガイダンスを通じた執行機関の能力の向上、に取り組むことを求めている(8条)。

保護状況に関するデータ収集・報告

また、各国には最低賃金(法定最低賃金及び労働協約による最低基準)による保護状況に関するデータ収集のための措置を講じ、収集したデータや情報を、2年毎に欧州委に報告することが義務付けられる(10条)。報告すべき内容は、(a)労使交渉の適用率と進展、(b)最賃額と適用率、(収集可能な範囲で)最賃の種類や減額措置の状況や導入理由及び適用対象となる労働者の比率、(c)労働協約のみにより保護が提供されている場合は、低賃金層に適用される最低額(正確なデータの収集が不可能な場合は推計値)、適用対象者の比率(または推計値)、また労働協約の適用外となる労働者の賃金額と、適用対象者の賃金額との関係――とされる。一連のデータは、可能な範囲で性(ジェンダー)別や年齢階層別、障害の有無、企業規模や業種の別に区分したものであることが求められる。

指令はこのほか、公的調達における最低賃金順守の要件化(9条)や、必要に応じた紛争解決や法的救済の提供(12条)、違反に対する罰則のルール化(13条)、情報提供に関する措置(11条)などを求めている。

加盟各国は、指令の施行から2年以内に国内の法制度の整備を行わなければならない。

参考資料

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