ショルツ新政権発足
 ―連立協定書に基づく今後の労働政策骨子

2021年12月8日、オラフ・ショルツ政権が正式に発足した。前日の7日には、ショルツ氏が率いる中道左派の「社会民主党(SPD)」と連立パートナーの環境政党「緑の党(Grünen)」、中道リベラル派「自由民主党(FDP)」による3党の連立協定が成立。今後はこの協定に基づき、様々な政策が実施される。労働分野では、訓練施策の強化や労働時間法および最低賃金法の改定等が示唆されている。

3党大連立と労働政策のロードマップ

2021年9月28日にドイツで総選挙が行われ、社会民主党(SPD)が第1党になった。それまで第1党であった「キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)」が他党と連立政権を樹立する可能性もあったが、最終的にSPD、緑の党、FDPによる3党の大連立政権が誕生した。

政権発足に先立ち、3党合意により成立した連立協定書には、今後4年間で実施される政策のロードマップが記されている。労働分野の骨子を以下に紹介する。

(1)訓練施策の強化・拡充

初期訓練と継続訓練の強化や拡充を図る。全ての若年者の初期訓練への参加を可能にする『初期訓練の保証』の実現を目指す。訓練ポストの提供が著しく低い地域では、当該地域の労使関係者と綿密に協議の上、地域のニーズに応じた事業所外の初期訓練の提供を整備する。

既存の支援プログラムを拡充し、優秀な学生支援のための連邦の学術奨学金を職業訓練分野の若者にも開放する。また、学術資格と職業資格の同等性をより現実的に担保するため、まず公務部門において職業資格保有者の上位へのキャリアパスを確保する(注1)

デジタル化や少子高齢化など時代の変化に応じた適切な継続訓練戦略を策定し、訓練参加を促進する。「自由裁量口座(Freiraumkonto)(注2)」を創設し、教育訓練費を積み立てる。低所得者は、毎年口座を通じて補助金を受け取る。

オーストリアモデル(職業訓練のための就労免除に助成する制度)のように、働きながらフルタイムやパートタイムの訓練参加を容易にし、労働市場のスキルニーズに応じた訓練参加への助成を行う。これにより、資格の取り直しや職業転換を促進する。その際の助成要件は労使合意であり、連邦雇用エージェンシー(BA)が要件審査をする。BAは資格取得支援やその関連相談サービスを拡充し、地域と関係者のネットワークを構築し、一元的な相談窓口を開設した上で、構造変革期の訓練確保や参加促進を図る。

失業手当や求職者基礎保障(注3)の受給者に対しては専用の基礎的知識・技能の支援を拡大する。

(2)労働の時間・場所の柔軟化

労働環境の変化や労使の希望に応じた柔軟な労働時間モデルを実現できるよう支援する。労働時間法の1日8時間労働の原則は堅持するが、2022年に予定される時限的な評価条項(Evaluationsklausel)(注4)付きの規定において、労働協約の範囲内で労働者が一定の要件下で限定的に柔軟な労働時間を選択できるようにする。1日の最長労働時間について、労働協約や事業所協定により、例外的に労働時間法の規定から逸脱することを認める。また、近年の欧州司法裁判所の労働時間法に関する判例(注5)に照らして、今後、どのような調整が必要か検討する。その際、信頼労働時間(Vertrauensarbeitszeit)(注6)のような柔軟な労働時間モデルを引き続き利用可能としなければならない。

モバイル労働の可能性の1つとして「ホームオフィス」の健全な形成のために全ての関係者と対話し、現実的で柔軟な解決策を見出す。使用者は事業上の利益に反する場合のみ、ホームオフィスを希望する労働者に異議を唱えることができる(使用者による恣意的な拒否はしてはならない)。

(3)自営業者の保護

自営業者の地位確認手続に関する改革後、関連手続を改善し、自営業者の法的安定性を確立するため自営業者関連団体との対話を進める。また、自営業者の失業保険任意加入を容易にすることで自営業者や起業者を支援する。その際には保険料の納付期間なしでの加入が可能か、またどのようにしたら可能となるかを検討する。有限会社等の取締役として活動し、保険料を納めてきた人は、失業手当の請求権を有することが望ましい。失業保険における不安定な労働者、特に芸術家に対する特別規定の期限を撤廃し、簡素化とさらなる改善を検討する。新型コロナウイルスの感染拡大が長引く中、1人自営業者を支援するために「中小企業向け給付型つなぎ資金プラス(Überbrückungshilfe III Plus)(注7)」は必要となる期間中、継続する。将来、自営業者本人の責任ではなく、収入減に陥るような深刻な危機が発生した場合、生計費の工面など迅速かつ十分な支援ができるよう、税金を財源とする経済支援の準備を進める。新型コロナウイルスの感染拡大期間中、芸術家や文化人の社会保障のために、「芸術家社会保障(注8)」が特に重要となることが実証された。これを将来的にも確保する。

(4)最低賃金の引上げ

法定最低賃金を1回の調整で時給12ユーロ(注9)に引上げる。その後、最低賃金委員会が、さらなる引上げについて判断する。貧困から労働者を確実に守る最低賃金と労働協約制度の強化に関する欧州委員会の提言を支持し、今後は決議を経て、新たな最低賃金法による最低基準の実現に尽力する。

(5)ミニジョブの改善

ミニジョブ(僅少労働)とミディジョブの改善を行う(注10)。社会保険加入義務のある就業の開始を困難にする障壁を取り払う。ミディジョブの上限額は月1600ユーロに引上げる。将来的にミニジョブの上限額は、最低賃金に則した10時間の週労働時間を基礎とする。従って、最低賃金の引上げによって上限額は月520ユーロに引上げられる。同時に、ミニジョブが正規労働関係の代替として濫用されたり、女性がパートタイムの罠に陥ることを阻止する。特にミニジョブ労働者に対して労働法が遵守されているかに関する取り締まりをより強化する。

(6)有期契約の濫用防止

公共部門が使用者として良い手本を示すために、公共における「予算法を理由とする有期労働契約」を撤廃し、公共部門における客観的理由のない有期契約を徐々に減らす。

有期契約の連鎖を防ぐため、客観的理由のある有期労働契約も、それが同一の使用者である場合には6年間に制限する。この上限を超えることができるのは、極めて限定的な例外事例に限られる。

(7)派遣労働、労働移動、操短評価

労働者派遣法が欧州で裁判になる場合、法律評価(Gesetzesevaluierung)(注11)を考慮した上で法改正を行うべきか、またどのように改正すべきかを確認する。また、国境を越えて派遣される労働者の保護も改善する。季節労働者に対しては、初日から完全な医療保険の保護を受けられるよう尽力する。「公正な移動」を強化し、労働者に自らの権利についてより良く理解してもらう。国際労働機関(ILO)の「農業における労働保護に関する第184号条約」を批准する。このほか呼び出し労働(オンコール・ワーク)の安定を高めることにも尽力する。請負契約と労働者派遣は必要だが、その構造的・組織的な法律違反を阻止する。

関連する操短手当の特例措置については、新型コロナウイルス感染拡大の収束後に、特に低所得者に着目して評価する。

(8)協約自治の強化

ドイツで公正な賃金が支払われるために、「協約自治」「協約パートナー」「協約の適用(Tarifbindung)」を強化する。これは東西ドイツの賃金格差の是正も促すことになる。協約の適用を高めるために、公共調達の際は、代表的な労働協約の遵守を条件とする。協約逃れ(Tarifflucht)を目的に、使用者が事業の分離設立によって、従来の会社で適用されていた労働協約が新会社では適用されなくなるケースを阻止するため、現行の労働協約の効力継続を確保する。民法典(BGB)613a条「事業移転における権利と義務」の規定(注12)はこれによる影響を受けない。労働協約当事者(労使)との対話において、協約の適用を強化するためのさらなる措置を検討する。

(9)共同決定制度の発展に向けて

共同決定制度(注13)をさらに発展させる。従業員代表委員会はアナログで活動するかデジタルで活動するかを決定できる。従業員代表委員会のオンライン選挙を、憲法が求める基準の範囲内で、パイロットプロジェクトとして試験的に実施する。労働組合に対して時宜を得た、事業所へのデジタルアクセスの権利を、アナログの権利に相応する形で付与する。職場におけるAIやデジタル技術の導入による変革は、従業員の参加がなければ有効に進めることはできない。この問題に関して、従業員代表委員会現代化法(2021年施行)(Betriebsrätemodernisierungsgesetz)を評価する。民主的な共同決定の妨害は、将来的に非親告罪と判断する。ドイツは企業の共同決定において世界的に重要な地位を占めている。既存の国内規制を維持し、現行の共同決定法が不正に回避されることを阻止する。連邦政府は、欧州会社(SE)(注14)の伸張に伴い、共同決定の完全回避が今後、可能とならないように、企業の共同決定制度のさらなる発展に尽力する。そのため、事実上の支配が存在する限り、別会社であっても同じグループであると見なし(コンツェルンの合算)、「3分の1参加法(Drittelbeteiligungsgesetz)(注15)」を適用する。

(10)デジタルプラットフォーム

デジタルプラットフォームは「良い公正な労働条件」が重要となる。そのため、既存の法律を見直す。プラットフォームの事業者と労働者、自営業者、労働協約当事者と対話を行う。プラットフォームにおける労働条件の改善に関する欧州委員会のイニシアチブを支援する。労働環境におけるAIの導入に当たっては、人間中心のアプローチ、社会的・経済的な改革、公益の重視に焦点を置く。デジタルサービス法案に関する欧州のリスクベースアプローチ(注16)を支援する。

(11)安全衛生、健康確保の維持

変化の大きい労働環境における労働者の安全や健康確保を維持し、新たな課題に適応する。メンタルヘルスに力を入れて取り組み、モビング(いじめ)報告書を作成する。特に中小企業に対し、その予防と取り組みを支援する。

このほか連立協定書では、求職者基礎保障の受給者に対する手当の減額・停止措置(注17)が厳しすぎるとして、制度見直しの議論が行われている「求職者基礎保障制度(失業手当Ⅱ・社会手当)(通称ハルツ4)」について、名称を「市民手当(Bürgergeld)」に改名して仕組みを刷新することや、第3国(EU域外)出身の外国人労働者の受け入れに際して、ポイント制度「チャンスカード(Chancenkarte)」を導入することなどが盛り込まれている。

参考資料

  • 連立協定書「さらなる進化へ ―自由・正義・持続可能性のための連立(Mehr Fortschritt wagen― Bündnis für Freiheit, Gerechtigkeit und Nachhaltigkeit)」ほか

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