労働紛争処理の「オンライン化」で連携強化
―人民法院と人社部
最高人民法院と人的資源・社会保障部(人社部)は2022年1月19日、「労働紛争に関する訴訟と調停のオンライン接続メカニズムの設立に関する通知(以下「通知」)」を発表した。調停組織や調停人に関する情報の共有やオンライン・システムの共同利用などで司法と行政の両部門が連携し、労働紛争処理手続きにおける調停制度の整備、効率化をはかる。
労働紛争処理システムと調停
中国の労働紛争処理システムは、まず紛争当事者間で協議を行ない、それでも解決しない場合、企業内の労働紛争調停委員会等で調停(中国語で「調解」)を実施する。不調に終われば、仲裁委員会による仲裁に進む。これに不服の場合は、人民法院(裁判所)で審理(二審制)を行う(注1)(図表1)。
図表1:労働紛争処理の基本的な流れ
2008年5月施行の労働紛争調停・仲裁法は、(1)労働報酬、労災医療費、経済補償金(会社都合で労働者が退職する際に企業が支払う補償金)あるいは賠償金の請求に関する労働紛争で、その金額が当該地域の最低賃金の12カ月分を超えない場合、(2)勤務時間、休憩・休暇、社会保険等に関する紛争、は仲裁の裁決で終局すると規定している。裁決に不服の場合、原則として、労働者側だけが提訴できる。
調停は(1)企業内に設ける調停委員会、(2)法律に基づき設立された人民調停組織、(3)末端レベルの行政区(郷鎮、街道)の調停機能がある組織、のいずれかで行なう。(1)の企業内調停委員会は従業員代表と企業代表で構成する。従業員代表は労働組合のメンバーか全従業員の投票で選出された者、企業代表は企業の責任者により指名された者とする。
(2)の「人民調停組織」については2011年1月施行の人民調停法により、①村民・住民委員会(末端レベルの大衆自治組織)、企業・公益法人等、郷鎮・街道、その他社会団体等が設置する、②3~9人の委員で調停委員会を構成する。③委員には女性を含む。多民族の居住地域では少数派の民族の者を含む、④委員会の委員や委員会の任命した者が調停人となる。個々の案件につき、1人以上の調停人が担当する、⑤調停人は「公正かつ正直で、大衆と連携し、調停に熱意があり、一定の法律の知識、政策と文化の水準を備える者」とすることなどを規定している。このほか、各地の司法部門が人民調停業務を指導することや、人民法院が調停組織に専門的な助言を与えることなども定めている。調停合意書は当事者双方の署名または押印、調停人の署名、調停組織の押印により発効し、当事者双方に対して拘束力をもつ。
「調停委託」と「調停の司法確認」
調停は仲裁や訴訟の段階で行なわれることもあり、それぞれ仲裁調停、司法(法院)調停といわれる(注2)。人民法院が当事者双方の同意を得て、訴訟前(調停等のプロセスを経ずに案件が持ち込まれた場合など)又は訴訟中に地方の調停組織等に調停を委託する「調停委託」という仕組みもある。
また、人民法院が調停組織による調停合意書を「司法確認」する制度がある。当事者双方が必要だと認める場合、人民法院は調停合意の有効性を確認する。これにより、いずれかの当事者が合意内容の履行を拒否、または実施しない場合、他方の当事者は強制執行を人民法院に申し立てることができる。なお、労働紛争調停・仲裁法では、こうした「司法確認」とは別に、労働報酬、労災医療費、経済補償金又は賠償金の支払い遅延に関する調停合意を雇用主側が期間内に履行しない場合、労働者側は人民法院に支払い命令をを申し立てることができることを定めている。
なお、調停の次のプロセスとして仲裁を行なう「労働紛争仲裁委員会」は、省や自治区が市や県(直轄市の場合は区や県)に設置する。各地の労働行政、労働組合、企業の代表で構成する。
システムの接続・連携、情報共有を推進
今回の「通知」では、調停による紛争解決手続きの整備、効率化をはかるため、司法部門(人民法院)と行政部門(人的資源・社会保障部門、人社部門)の連携を強化する方針をあらためて打ち出した。中国では労働紛争処理システムのオンライン化が普及している(注3)。今後は、司法と行政の両部門がそれぞれ管理・運営するシステムの接続・連携、所有・管理する情報の共有化を進め、紛争処理プロセス(本「通知」では調停)の利便性向上をはかる。
具体的には、(1)「法院調停プラットフォーム」と「人的資源・社会保障(人社)調停プラットフォーム」を接続し、「労働紛争オンライン接続メカニズム」を設立する、(2)地方レベルの人民法院と調停組織が協力し、オンライン委託調停、ビデオ通話調停、調停合意の司法確認のオンライン申請を行う、ことなどをあげ、両部門の役割を示している(図表2)。
分担内容 | |
最高人民法院 | 「法院調停プラットフォーム」の開発、運営、広報 |
地方レベルの人民法院 |
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人的資源・社会保障部 |
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地方レベルの人的資源・社会保障部門 |
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出所:最高人民法院、人的資源・社会保障部「労働紛争に関する訴訟と調停のオンライン接続メカニズムの設立に関する通知」より作成
「オンライン調停委託」の流れ
「通知」に基づく訴訟前の「オンライン調停委託」の流れは次のとおりである。まず、当事者が人民法院に紛争調停申請書を提出する。人民法院は当事者双方の同意を得て、「法院調停プラットフォーム」や「人社調停プラットフォーム」を通じて該当する地方等の調停組織と調停人に案件を割り当て、調停を委託する。
調停組織および調停人は、「法院調停プラットフォーム」のビデオ通話機能を活用し、オンライン調停を実施する。調停に成功した場合、当事者は人民法院に「オンライン司法確認申請」を行うか、「法院調停書」の発行を求める。調停組織は調停後に「人社調停プラットフォーム」を通じて、「法院調停プラットフォーム」に案件処理情報を提供する。
地方の実例
重慶市では人的資源・社会保障局の提供する調停組織、調停人の情報に基づき、同市人民法院が「重慶法院調停プラットフォーム」を設置した(注4)。このプラットフォームを通じて調停組織や調停人の確認から調停委託、ビデオ通話調停、司法確認に至るオンライン調停の全プロセスを実現させることとした。調停人の評価・奨励制度や訓練制度も設けている。
浙江省杭州市西湖区では、調停などによる訴訟前の紛争解決を増やすため、「労働人事紛争仲裁院」と人民法院が連携して「労働紛争共有法廷」を設置し、調停・仲裁の利用を促している(注5)。
注
- 労働政策研究・研修機構「「一裁終局」による紛争解決システムの現状」JILPT海外労働情報2016年10月参照(本文へ)
- 労働政策研究・研修機構(2017)『中国進出日系企業の研究』JILPT資料シリーズNo.185. pp.85-87参照(本文へ)
- 労働政策研究・研修機構「オンライン司法サービスの展開」JILPT海外労働情報2020年1月参照(本文へ)
- 最高人民法院ウェブサイト参照(本文へ)
- 浙江省人的資源・社会保障庁ウェブサイト参照
なお、訴訟と仲裁の連携についても、最高人民法院と人的資源・社会保障部が2022年2月21日に「労働紛争の仲裁・訴訟に関する意見(1)(关于劳动人事争议仲裁与诉讼衔接有关问题的意见(一)」を発表している(中国中央人民政府ウェブサイト参照)。(本文へ)
参考資料
- 最高人民法院、人的資源・社会保障部「労働紛争に関する訴訟と調停のオンライン接続メカニズムの設立に関する通知(关于建立劳动人事争议“总对总”在线诉调对接机制的通知)」
- 最高人民法院「法院調停プラットフォーム」
- 住田尚之(2011)「中国における ADR 制度の研究(PDF:665KB)」法務省法務総合研究所
- 労働紛争調停・仲裁法(中国中央人民政府ウェブサイト)
- 人民調停法(中国中央人民政府ウェブサイト)
2022年8月 中国の記事一覧
- 労働紛争処理の「オンライン化」で連携強化 ―人民法院と人社部
- 個人年金の発展促進に関する意見書を公表 ―国務院弁公庁
関連情報
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