「一裁終局」による紛争解決システムの現状
近年、賃金などをめぐる労働紛争が増えている。紛争解決を簡易、迅速に行えるよう、中国政府は2008年5月に「労働紛争調停仲裁法」(以下「調停仲裁法」)を施行し、金額が少ない場合などについては、裁判所(人民法院)で争う前の段階である各地の「労働紛争仲裁委員会」(以下「仲裁委員会 」)(注1)の裁決を最終(終局)判断にすることとした。これを「一裁終局」という。しかし、終局にする判断基準の解釈が各地の仲裁委員会や人民法院で異なっていたことから、最高人民法院は2010年9月に、統一的な基準を示した。また、地方では、北京市が2016年2月に詳細な基準を独自に示すなど、紛争の早期解決システムの整備が進んでいる。
紛争の長期化が問題に
中国の労働紛争処理の手続きは、「一調一裁二審」といわれる仕組みで行われている。まず企業内の労働紛争調停委員会(注2)で調停が行われ(一調)、不調に終われば、仲裁委員会による仲裁に進む(一裁)。これに不服の場合は、人民法院による審理(二審制)となる。
仲裁は受理から45日以内に行うものとされ、60日まで延長が認められる。人民法院へ提訴してから結審までの期限は、第一審が6カ月(簡易な事案の場合は3カ月)、第二審が3カ月で、第二審まで審理が続くと、仲裁申立から解決まで、7~9カ月の期間を要するため、解決までの期間の長さが問題となっていた。
このため、調停仲裁法は、仲裁委員会の裁決で終局になるという原則を定めたのである(第47条)。これを「一裁終局」という。労働者側が裁決に不服の場合は、15日以内に人民法院に提訴できるが、使用者側は不服でも基本的に提訴できない(注3)。
また、仲裁にかかる費用を無料化し、紛争当事者が制度を利用しやすい環境を整えた。
「仲裁」採決を終局にする基準
調停仲裁法は第47条第1項に「労働報酬、労災医療費、経済補償金(注4)あるいは賠償金の請求に関する労働紛争で、その金額が当該地域の最低賃金の12カ月分を超えない場合、仲裁裁決が終局となる」とする規定を設けた。また、「勤務時間、休憩・休暇、社会保険等に関する紛争」も同様に仲裁裁決で終局になるとした(同第2項)。
しかし、例えば労働報酬と経済補償金をめぐる紛争の場合、「当該地域の最低賃金の12カ月を超えない」とされた係争金額が労働報酬と経済補償金を合計した額を指すのか、それとも労働報酬、経済補償金それぞれの金額を指すのか、といったことなどが明確ではなく、終局とする基準の解釈は各地の仲裁委員会や人民法院で異なっていた。
このため、最高人民法院は2010年9月に「労働紛争事案の審理に適用する法律の若干問題に関する解釈(三)」を施行し、「労働報酬、労働災害医療費、経済補償又は賠償金を請求するもので、仲裁判断が複数の項目に係わり、各項目について確定した金額がいずれも当該地の月間最低賃金基準の12カ月分を超えない金額の紛争は、終局判断として処理する」(第13条)との基準を示した。つまり、係争金額の各項目(労働報酬、労災医療費、経済補償金、賠償金)の合計では最低賃金の12カ月分を超えても、各項目の係争金額がそれぞれ該当地域の月額最低賃金の12カ月分を超えない案件は、仲裁委員会の裁決で終局になるとされたわけである。
また、同第14条では、仲裁委員会の裁決の内容に「終局判断事項」と「非終局判断事項」が同時に含まれ、紛争当事者が裁決に不服で人民法院に提訴する場合は「非終局判断」、つまり仲裁委員会の裁決が終局にならないことも定めた。
北京市で通知
北京市は2016年2月に「労働紛争事件の仲裁の終局判断をより一層適切にすることに関する通知」を出し、仲裁委員会で終局となる事案をさらに細かく定めた。
例えば係争金額の各項目については、以下のように定義した。
(1)労働報酬
- ①賃金(病気休暇中の賃金、労災による有給休職期間中の賃金、(労働者本人の原因ではない生産停止や休業時に支給される)基本生活費など特殊の状況下に支払う賃金を含む)及びそれに関連する経済補償金あるいは賠償金。
- ②一時金及びそれに関連する経済補償金あるいは賠償金。
- ③手当及びそれに関連する経済補償金あるいは賠償金。
- ④時間外勤務手当及びそれに関連する経済補償金あるいは賠償金。
(2)労災医療費
初診料、診断費、治療費、検査費、手術費、入院費、医薬費、入院中の食費補助、地域をまたいで受診するための宿泊費、交通費あるいは労災職業病の治療に関する費用などを含む。
(3)経済補償金
- ①労働契約の解除・終了時における補償金。
- ②使用者が30日前に、労働契約解除の書面通知を出さずに解雇した時の補償金。
- ③年次有給休暇を取得しない場合に支払う補償金。
- ④同業他社に転職する場合の「競業避止期間」(2年を超えない期間)に支払う補償金。
(4)賠償金
- ①労働契約の違法解除・終了時の賠償金。
- ②労働契約終了の30日前に、労働者に書面通知を出さなかった場合の賠償金。
- ③労働契約を締結しないで働かせた場合の賠償金。
- ④法律で定められた期間を超える試用期間を設けて働かせた場合の賠償金。また、終局にする判断の原則を次のように規定した。
また、終局にする判断の原則を次のように規定した。
- ①調停仲裁法第47条第1項に規定される労働紛争で、各項目の金額が、裁決の時点で北京市の最低賃金基準月額の12カ月分を超えない場合。
- ②調停仲裁法第47条第1項に規定される労働紛争で、仲裁裁決の後、人民法院に却下される場合。
- ③労災医療費は、各項目(診断費、治療費など)の合計で北京市の最低賃金基準月額の12カ月分を超えない場合。
- ④終局判断は申立者が労働者である案件に限る。
- ⑤集団紛争(注5)の案件では、個々の労働者の請求事項が調停仲裁法第47条の終局判断の条件に合う場合。
終局にしないのは、以下の二つの場合である。
- ①裁決中に「終局判断事項」と「非終局判断事項」の両者を含む場合。
- ②労働関係に疑惑を持つ案件(注6)
労働紛争の増加と効果的な解決システムの構築
中国国家統計局によると、全国の仲裁委員会による労働紛争案件の受理件数と処理件数は、それぞれ2007年の35万182件と34万30件から、調停仲裁法や労働契約法が施行された2008年に69万3,465件と62万2,719件へと倍増した(2014年は71万5,163件、71万1,044件)(表1)。
2007年 | 2008年 | 2009年 | 2010年 | 2011年 | 2012年 | 2013年 | 2014年 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
受理件数 | 350,182 | 693,465 | 684,379 | 600,862 | 589,244 | 641,202 | 665,760 | 715,163 |
処理件数 | 340,030 | 622,719 | 689,714 | 634,041 | 592,823 | 643,292 | 669,062 | 711,044 |
- 資料出所:国家統計局『中国労働統計年鑑』『中国統計年鑑』
また、中国最高人民法院(裁判所)によると、2015年に全国の人民法院で受理した労働争議に関する案件は48.3万件で、前年の38.7万件から増加している。
このように労働紛争は増加の一途をたどっている。2016年3月の全国人民代表大会(中国の国会にあたる)で決まった「第13次5カ年計画(2016~2020年)」では、「調和のとれた労働関係の構築」のため「労働紛争処理メカニズムの完備、調停・仲裁、労働保障監察・法執行力の強化により、労働者の権益を確実に保護する」との考えが示された。紛争の増加に対応する必要性から、より迅速で有効な紛争解決システムの構築に向けて、検討が続くとみられる。
注
- 仲裁委員会は各地の労働行政部門、工会(中国の労働組合にあたる)、使用者の代表で構成される。仲裁委員会で調停が成立した場合は調停書が、成立しない場合は裁決書が出され、それぞれ法的拘束力を持つ。仲裁裁決書は人民法院に強制執行を申し立てることができる。(本文へ)
- 企業内の調停委員会は従業員大会、工会、企業の代表で構成される。この調停書に法的拘束力はない。(本文へ)
- 使用者側でも、適用された法律・法規に誤りがあったり、裁決の根拠となった証拠が偽造されたりしていたことが証明できる場合などは、裁決から30日以内に仲裁委員会所在地の中級人民法院に裁決の取消しを求めることができる。(本文へ)
- 会社都合で労働者が退職する際に企業が支払う補償金。勤務年数などに応じた額の支払義務が、労働契約法に定められている。(本文へ)
- 中国の紛争処理システムは個別労働紛争を想定したものである。調停仲裁法では「発生した労働紛争に関係する労働者が10人以上でかつ共同で申立をする場合、その中から代表者を選定して調停、仲裁あるいは訴訟活動に参加させることができる」(第7条)との規定を設けている。これは10人以上の集団の労働紛争を個別労働紛争の集合体として捉え、その代表者を通じて解決を図ろうとしているもの(山下昇(2012)「中国における農民工の集団的労働紛争への対応(PDF:533.47KB)」『日本労働研究雑誌No623』)とされる。(本文へ)
- 実態が業務請負や労務派遣であるなど、労働契約に基づく「労働関係」であるかどうかが疑われる案件。(本文へ)
参考資料
-
中国最高人民法院ウェブサイト、中国政府網、中国法院網、北京市人力資源・社会保障局ウェブサイト、北京青年報
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