法定最賃(SMIC)を下回る産別最賃の引き上げ労使交渉

カテゴリー:労働条件・就業環境労使関係

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  • 国別労働トピック:2022年6月

フランスの法定最低賃金(SMIC)(注1)は、定例の1月1日の改定のほか、前回改定から物価上昇が2%を超えた翌月に、自動的に引き上げられる。21年以降、物価の高騰が続き、21年10月と22年5月にSMICが引き上げられた(国別労働トピック:2021年12月『法定最低賃金(SMIC)の引き上げ ―物価上昇分を引き上げて時給10.48ユーロへ』および2022年5月『物価上昇によるSMIC(法定最低賃金) 、引き上げ ―5月1日に時給10.85ユーロへ』参照)。この引き上げに伴い協約最賃がSMICを下回る産業が増加し、協約改定に向けた労使交渉がすすめられているが、難航したり交渉自体が機能していない産業も見受けられる。エネルギー産業では労使交渉が決裂し、22年6月に大規模なストライキに発展した。

SMICを下回る産別最賃の改定交渉

SMICは、物価上昇が2%を超えると、指数公表の翌月に物価上昇分が自動的に引き上げられる。13年以降、毎年1月1日に引き上げられてきたが、21年以降は物価が高騰し、年の途中で引き上げられている。21年10月には時給10.25ユーロから10.48ユーロ(2.2%)へ引き上げられたが、これに伴い、産業別の労使合意に基づく協約で規定される最低賃金が、SMICを下回る産業や職種が続出した。

労働省が調査対象とする適用労働者5000人以上の産業別ないし職種別労働協約(以下、産業別協約)(注2)は171あるが、そのうちSMICを下回ったのは108産業部門(協約が適用する従業員数:660万人)であり、上回ったのは63産業部門(同:470万人)のみであった(注3)。21年11月のSMIC専門家委員会のレポートによれば、この108産業部門(63%)というのは、歴史的な多さである(注4)。12年以降で1月1日の改定前後にSMICを下回った協約賃金の割合を示したのが図表1だが、63%が歴史的な多さだということがわかる。

また、22年1月には10.57ユーロへと引き上げられた際には、新たに22産業がSMICを下回った(注3および(注5))。さらに、22年5月1日にも物価上昇にあわせて10.85(2.65%増)ユーロとなったが、これに伴い171産業部門のうち144(84%)の下回ることになった(注6)

図表1:SMICを下回る協約最賃の割合
画像:図表1

労使合意に至った産業は3分の1のみ

そもそも21年10月の引き上げ前の時点で、当時のSMIC(時給10.25ユーロ)を下回る産業が40あった。ボルヌ労働大臣(当時)は10月1日の引き上げに際して、この40産業に対して労使交渉を行うように強く求めた。産業別最賃がSMICを下回ったとしても、実際にはSMIC以上の賃金が支払われるが、下回る水準が規定されていることによって、賃金体系全体に悪影響を及ぼす可能性があるためである(注7)

8万人が就労するDIY業では、21年10月から労使交渉が開始され、11月19日に産別最賃を月額1,600ユーロ(当時の法定最賃月額1,589.47ユーロ)にすることで合意した(注8)。清掃業では21年12月まで産別最賃が時給10.56ユーロであったが、労使合意により22年1月1日から10.73ユーロへ引き上げられた(注9)。だが、10.25ユーロを下回る40産業のうち、労使合意が成立したのは2021年12月の時点で3分1にとどまった(注8参照)。22年1月以降になって労使合意が成立したのは、運送業や理髪業、卸売業である。

難航しつつ妥結したトラック運送業

全国で約40万人が就労するトラック輸送業では、21年10月のSMIC引き上げにより産業別最賃がSMICを下回る状態となった(注10)。同産業は国内で6.6万人ほどの人手不足に陥っているとされ(注11)、低賃金などの劣悪な労働条件の改善が急務である。22年1月4日に労使交渉が開始され、経営者側は職位毎の最低賃金を5%引き上げる提案したが、管理職組合総連盟(CFE-CGC)、労働総同盟(CGT)、労働者の力(FO)は受け入れず、妥結に至らなかった。FOは少なくとも10%の引き上げまたは1カ月分のボーナス支給を要求し、経営者側の提案と大きな隔たりがあった。フランス民主労働同盟(CFDT)とフランスキリスト教労働同盟(CFTC)は交渉の余地はあるとして、ストは予定しないものの、次回の労使交渉で経営者側の譲歩を得られるか、その行方は不透明だった。交渉を重ねた結果、2月10日にようやく経営者団体とCFTC、CFDT、CFE-CGCの間で合意が成立し、2月1日の5%引き上げ、さらに5月1日に1%引き上げということになった(注12)

4年ぶりの労使合意となった理髪業

理髪業では、18年以降、賃上げ交渉は妥結に至っていない。約1万人の人手不足に直面しており、その要因である低賃金や週末就労といった低い労働条件を改善するため、労働協約の改定が急務であった(注9参照)。交渉当初の経営者側の提案は0.5%から0.8%の引き上げというものだったが、インフレが亢進する中、FOなど労組側は受け入れ難い水準であった。同産業はコロナ禍の緊急対策として政府から、20年に3億3700万ユーロ、21年に5800万ユーロの支援を受けたこともあり、政府から特に労使合意による賃上げが強く求められた。

22年2月14日に出された経営者側の提案は、全職位の賃金を引き上げる内容で、新人美容師はSMICより月額10ユーロ高い水準、平均的な美容師は月額27ユーロ強の引き上げ、ベテラン美容師は月額44ユーロ、有資格美容師は月額68ユーロの引き上げというものだった(注13)。この案に対して、CFDTとCGTはさらに高い水準の引き上げを要求して署名を拒否したが、FOは最近4年間に合意ができなかったことを重く受け止め、署名に応じた(注14)

このほか、卸売業では経営者団体とCFDTの間で1月17日に労使交渉が行われ、協約賃金の最低水準で4.14%の引き上げ、最高水準で1.50%の引き上げとともに、深夜就労手当を3%引き上げることで合意に至った(注15)

ストライキに発展したエネルギー産業

約13.5万人が就労する電力、ガスなどエネルギー産業の賃上げ交渉は難航し、ストライキに発展した。CGTは、ここ10年間にわたる生活費の高騰が、協約が定める職位毎の最低賃金が見合わなくなっているため、少なくとも10%の賃上げとともに年金額の引き上げを求めた(注16)。CGTは、電力・ガス供給、原子力産業など各社の労働者に22年1月25日のストライキ実施を呼び掛けた。このストライキでは電力供給量が削減されたものの停電することはなく、市民生活に影響は出なかった。なお、この翌日には政府のエネルギー政策に抗議する全国規模のストライキが実施され、フランス全土で170近くの集会が開催され、15万人以上(CGT発表)が参加した(注17)

5月13日には改めて労使が会合を開き、労組側は物価上昇により従業員の購買力が低下している中、5月1日のSMIC引上げで協約最賃がSMICを下回っていることを問題視し、賃金の引上げを強く求めた(注18)。エネルギー産業では、22年1月に0.3%の協約賃金引上げが実施されたが、直近1年のインフレ率は4.8%に達しており、労組は物価上昇に見合う賃金引上げを改めて訴えた。CGTは、送電網の全国事業者の21年の純利益が、前年比で27%増加したことを踏まえて、株主利益のためだけではなく、従業員に還元し、賃金の5%引き上げ(協約最賃がSMICをかろうじて上回る水準)を要求した(注19)

5月の労使交渉では、6月2日に電力およびガス業界の150社超で無期限ストの計画が伝えられたが、経営側から納得できる回答を得られず、従業員の26.7%(労組側発表では最大40%)が参加するストライキが実施された(注20)。フランス西部アンジェでは、6月2日午前11時から午後2時まで停電となり、最大17.5万戸の住宅の電力に影響が出た。フランス北部ベテューヌでは、午後11時30分から午前1時40分までの間に8.5万戸に影響が出た。このまま労使合意に至らなければ、ストライキは6月13日まで行われる可能性がある。

その他の産業や職種でも労使交渉が難航しており、特に窯業や都市公共交通業などでは労使の合意が得られないままである(注8参照)。百貨店業、木材取引業に至っては、労使交渉が機能していないようだとの見解がボルヌ労働大臣(当時)によって示されている(注21)

(ウェブサイト最終閲覧:2022年6月6日)

参考資料

参考レート

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