セクハラ関連の「紛争前強制仲裁合意」を無効に

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  • 国別労働トピック:2022年4月

バイデン大統領は3月3日、「性的暴行及び性的嫌がらせ(セクハラ)に関する強制仲裁撤廃法(Ending Forced Arbitration of Sexual Assault and Sexual Harassment Act of 2021、以下「強制仲裁撤廃法」)」に署名し、同法が成立した。多くの米国企業は雇用契約に、従業員と紛争が生じた際に訴訟ではなく、会社の指定する仲裁人を通じて解決をはかるとする条項を設けている。強制仲裁撤廃法は性的暴行及びセクハラに関する紛争が生じた際に同条項を無効化し、被害者が訴訟を起こす権利を保障する。

#MeToo運動が支援

連邦議会の審議に際し、この法案は「#MeToo法案」との通称でも報じられていた。#MeToo運動は、2017年にハリウッドの女優らが自身の性的暴行やセクハラの被害を告白し、多くの人がツイッターなどのSNS上で「私も被害者だ(#MeToo)」と書き込んだことに始まる。被害者と連帯して社会の関心を高めるとともに、訴訟を支援する運動になっている。

米国の多くの企業は雇用契約を結ぶ際、会社との間で紛争が生じた際に民事訴訟ではなく、裁判外の紛争解決手続きにより、会社が選ぶ第三者の仲裁人を通して解決をはからなければならないとの条項を設けている。これにより性的暴行やセクハラの問題が生じても法廷の場で明らかにならず、企業内で秘密裏に対処することが可能になっている(注1)。#Me Too運動では同条項の存在が加害者を保護し、企業でセクハラ問題が生じる温床になっているとの批判が高まっていた。ホワイトハウス(米大統領府)によると、全米で6,000万人以上がこうした「紛争前の強制仲裁」への合意を含む雇用契約の下で働いている。

1925年施行の連邦仲裁法(Federal Arbitration Act、FAA)は「船員、鉄道労働者、その他、外国又は州際通商に従事する、あらゆる種類の労働者の雇用契約」を強制仲裁の適用除外としている。連邦最高裁判所は2001年のCircuit City事件の判決で、適用除外の対象を「船員や鉄道労働者のように直接に通商に従事する運輸労働者のみとする」と極端に限定した解釈を示したことで、こうした強制仲裁条項の設定が雇用契約一般に広がっていった(注2)

連邦仲裁法の改正で訴訟も可能に

強制仲裁撤廃法案は超党派の議員らで作成された。2月7日に下院、同10日に上院でそれぞれ可決され、3月3日に大統領が署名して成立した。同法はFAAを改正し、雇用契約における「紛争前の強制仲裁」に合意した後で性的暴行またはセクハラの被害を訴える場合、当該仲裁合意は無効となり、連邦や州などの裁判所で訴訟を起こすことも選択できるようにした。集団訴訟への不参加に事前合意していた場合も同様に無効となる(注3)

#Me Too運動が展開される中で、大手企業の一部はすでに対策を講じている。ウェルズファーゴ(金融機関)、マイクロソフト、アルファベット(グーグルの持株会社)、フェイスブック(現メタ)などが自社でのセクハラ問題への批判を受け、雇用契約における性的暴行やセクハラに関する「紛争前の強制仲裁」の条項を撤廃した。

対象は「性的暴行・セクハラ」に限定

改正連邦仲裁法(強制仲裁撤廃法に基づく改正)は性的暴行及びセクハラについてのみ適用され、その他の差別や賃金などをめぐる紛争は対象にならない。今回の改正が実現したのは、#Me Too運動による社会的関心が高まり、性的暴行・セクハラに関する紛争に関する「紛争前の強制仲裁」への合意を無効化することで超党派の議員が合意したためだ。

労働者の権利の強化をめざすバイデン政権の与党民主党議員らは、すべての紛争について事前の強制仲裁への合意を禁じることを目指している。こうした内容を含む「団結権保護法案(Protecting the Right to Organize Act of 2021、PRO法)」が2021年3月9日、「強制仲裁による不公平撤廃法案(Forced Arbitration Injustice Repeal Act of 2022、FAIR法)」が22年3月17日に、それぞれ下院を通過した。だが、与野党の議席が拮抗する上院での法案の可決は困難な見通しとなっている。

参考資料

(ウェブサイト最終閲覧:2022年4月6日)

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