コロナ禍の雇用維持策「操短手当」
 ―金融危機との比較分析

カテゴリー:雇用・失業問題労働法・働くルール労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2021年9月

ハンスベックラー財団のマクロ経済・景気動向研究所(IMK)は、雇用維持策である「操業短縮手当(操短手当)」の効果について、コロナ危機と金融危機の比較分析を行った。その結果、コロナ危機は、金融危機よりも経済に深刻な打撃を与えたが、操短手当によって雇用への影響は比較的小さく済んだことが明らかになった。また、政府が前回の経験を生かして、迅速に手当の要件緩和等を行い、コロナ危機のピーク時には金融危機の6倍を超える雇用が守られたことも判明した。以下にその概要を紹介する。

経験を生かし、迅速な要件緩和

今回のコロナ危機において、政府は金融危機の経験を生かし、操短手当の要件緩和等を迅速に導入して高い効果を上げたとIMKは分析している。政府はパンデミック初期の2020年3月に、新型コロナウイルスにより操業短縮を余儀なくされた企業や労働者を支援するため、操短手当の支給要件である収入が10%以上減少した従業員の比率を「事業所内の3分の1以上の従業員」から「事業所内の10%以上の従業員」へ大幅に引下げ、対象を派遣社員にも拡大した。また、操業短縮分の社会保険料を連邦雇用エージェンシーが全額肩代わりする支援策も新たに導入した。さらに、2カ月後の5月には、手当の補填率の引上げを決定。労働時間が通常の50%以上減少した受給者に対し、賃金減少分の60%(子がいる場合は67%) を補填する従来の率を、4カ月目から70%(同77%)、7カ月目から80%(同87%)に引き上げた(図表1図表2)。

図表1:操短手当制度(従来・コロナ特例の比較)
画像:図表1

図表2:操短手当の特例措置の時系列の変遷(金融危機とコロナ危機の比較)
画像:図表2

  • 出所:IMK(2021)をもとに作成。

金融危機の6倍超の雇用を保護

コロナ危機に起因して、ドイツの国内総生産(GDP)は、2020年春に、金融危機時よりも激しく落ち込んだ。また、パンデミックは、労働集約型のサービス業部門を、金融危機時よりもはるかに激しく揺さぶり、その雇用への影響は一段と厳しかった。特に初期段階で明らかにより多くの人が仕事を失った。同時に、事態のさらなる悪化を避けるため、操短手当を申請する事業所が大幅に増加した。各事業所は、操業短縮を行う場合、事前に管轄の雇用エージェンシーに届け出ることになっている。最新のデータによると、2021年8月1日から25日までの操短届出人数は6.8万人であった。手当の受給者数は、連邦雇用エージェンシーの暫定推計によると、2021年6月は159万人で、ピーク時以降、減少が続いている。なお、受給者が最も多かったのは2020年4月で、その数は600万人近くに上った。2009年5月の金融危機のピーク時の受給者が144万人であったことと比較すると、その違いは明白である(図表3)。

図表3:操短手当の推移(申請ベース)2008年~2021年(単位:千人)
画像:図表3

  • 出所:BA(2021)。
  • 注:SGBIII96条に基づく操短手当申請。申請された全ての労働者に操短手当が適用されるわけではない。点線、薄線は推計であり、実績値ではない。

また、IMKの労働時間の増減に関する比較分析によると、コロナ危機のピーク時には計算上、金融危機のピーク時の6倍を超える雇用が守られた。操業短縮が広く普及する中で、2020年第2四半期には労働者1人当たりの平均労働時間数が、2019年第4四半期と比べて17.6時間減少したが、2009年の対応する3カ月間の減少幅は、平均3.1時間だった。従って計算上では、11年前の金融危機で約33万の雇用が守られたのに対し、2020年のコロナ危機のピーク時には220万弱の雇用が守られたことになる。このことは、今回の危機が労働市場に与えた打撃が金融危機よりはるかに大きく、これを食い止める必要があったことを反映しており、概ね食い止められたとIMKは分析している。

コロナ危機は特に低所得層に打撃

どちらの危機でも雇用の落ち込みは、経済パフォーマンスの悪化と比べれば、はるかに小規模だった。これは危機の間、一時的に思い切った操業短縮を行い、多くの雇用を守ることに成功したためである。つまり、“経済政策上の危機管理手段としての操短手当の活用”という面では、2009年と比較すると一層の改善が図られたことを意味する。しかし同時に、今回の危機は、労働市場の構造的な問題をはるかに顕著に表す結果となった。その背景には、コロナ危機の経済的影響がより深刻でより長引いていること、そして緩和措置でも保護されにくい就業形態が、前回危機よりもはるかに激しく影響を受けていることがある。

IMKの分析によれば、法定の操短手当は、パンデミック中の雇用確保に対して圧倒的な重要性をもつ。政府はこれを考慮し、2009年よりも迅速かつ寛大に申請要件を緩和した。さらに、操短手当の受給後4カ月目以降の補填率の引上げ(上乗せ措置)も、明らかな改善である。ただし、当該労働者の生活保障という面では不十分な点がある。前回危機との大きな違いは、「労働時間の短縮幅が明らかに大きいこと」、「多くの手当受給者の通常収入がより低いこと」がある。これは、今回のコロナ危機は、比較的賃金の低いサービス業労働者が操短の中心であるのに対し、前回の金融危機では、比較的高所得な業種の労働者が中心であったことを反映している。図表4の通り、単身者の比較で、操短前の平均月収は、2009年は2,125ユーロだったのに対し、2020年は1,677ユーロにとどまる。また、操短期間中の2009年5月に平均月収が183ユーロ減少したのに対し、2020年4月には308ユーロ減少していることから、差し引くとそれぞれ1,942ユーロ、1,369ユーロとなる。従って相対的な所得減少はコロナ危機の経済的なピーク時には18.4%となり、2009年の8.6%と比較すると2倍強の差がある。経済社会研究所(WSI)が行った独自調査もこうした状況を裏付けており、コロナ危機では、特に低所得層が打撃を受けて、所得格差が拡大する傾向が強まったことが示されている。図表5は、ハンスベックラー財団の経済社会研究所(WSI)が行った独自の雇用調査による分析で、2020年のコロナ危機では、特に低所得層が打撃を受け、所得格差が拡大する傾向が強まったことを示している。今回の危機では中位所得グループの「下位」層の世帯も、高所得世帯と比べて状況が悪化した。コロナ危機では、より貧しい者が相対的により多くのものを失ったのである。

図表4:操短労働者の平均モデル―収入と損失(金融危機とコロナ危機)
画像:図表4

  • 出所:BA,SOEP,WSI独自計算。

図表5:コロナによって所得が減少した世帯の割合(月額所得別、減少率別)
画像:図表5
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  • 出所::WSI(2020)

世帯所得が「月額900ユーロ未満」、「月額1,500ユーロ未満」の2つの低所得層を見ると、所得が減少した世帯の割合は40%を上回っていた。また、中位所得の「最下位」層(危機前の月額所得が1,500~2,000ユーロ未満)では、37%弱が所得を下げた。一方、世帯所得が月額2,000~4,500ユーロ未満のグループでは、所得が減少した世帯の割合は31%強だった。さらに、世帯所得が月額4,500ユーロ以上の高所得層で所得が減少したと答えたのは約26%にすぎなかった。

所得が特に減少した者の職業上の特徴や社会的特徴を見ると、自営業者のほか、ミニジョブ労働者(注1)などの不安定労働者が多かった。また、移民の背景を持つ人や子を持つ人にも、より広範囲な所得減少が認められた。

顕著な所得減少の原因としてWSIが指摘するのは、「自営業者の売上減少」や、「失業(これまでのところ、特に不安定労働者がこれに該当する)」に加えて、「操業短縮」がある。操業短縮中に減少した賃金の一部が補填される「操業短縮手当(KuG)」は、コロナ危機において多くの職を守るものでもあるが、当該労働者にとっては手痛い所得減少を意味しかねない。特に低所得労働者が、この影響を大きく受けている。

また、操短手当は、社会保険加入義務のない労働者の保護について、さらに大きく不足している。

失業保険料を支払っていないミニジョブ労働者は操業短縮の対象に含まれず、その理由からも、特に多くの人が職を失っている。

分析を行ったWSIの研究員は「データを詳しく見ると、この極めて困難な危機においても、社会保険加入義務のある正規労働者は、労働協約の適用と事業所レベルの共同決定との組み合わせによって所得減少をかなり抑えることができている」と説明する。労働協約に基づく賃金を受け取る労働者は操業短縮時、平均で58%が企業独自の上乗せを受けていたが、労働協約が適用されない企業では、その割合は34%に留まる。従業員代表委員会がある企業でも、同様の大きな恩恵が確認された。「低所得者は、労働協約が適用され、共同決定権のある企業で働くケースが稀で、上乗せを得る機会も低くなる。さらに、法定の操短手当だけでは、低所得者はすぐに最低生活水準を割り込んでしまう」と説明する。

今後の課題 ―二極化をいかに防ぐか

上述の調査や比較分析に基づき、IMKはさらなる政策的な改善の必要性があるとする。特に、「コロナ危機中に労働市場で観察される低所得層への打撃と格差の拡大(二極化)は、操短手当の今後の設計に対する重要な教訓となる」と結論付けている。重要な取り組みの一つと考えられるのは、低所得者に対する操短手当の補填率の引上げである。さらに、操短手当の対象外とされるミニジョブ労働者や自営業者を法定の失業保険に含めることも今後検討すべきだとしている。

いずれにしても、この分析が行われた時点で、ドイツでは新型コロナウイルス感染拡大の第3波の中にあり、それがいつまで続くかも定かではなく、従って、今回の結論も予備的なものと見なす必要がある。

参考資料

  • IMK Working Paper Nr. 209, BA,BMAS ほか。

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