AI Now Institute:AIと働き方の研究の最先端

カテゴリー:労働法・働くルール労使関係

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  • 国別労働トピック:2019年12月

AI Now Instituteは、私立ニューヨーク大学の研究機関として2017年に設立された。ニューヨーク市の地下鉄Cライン、Spring Station駅を降りてすぐのソーホー地区に位置するビルの4階の一角に、オフィスを構えている。

スタッフは、法律、科学技術、労働など学際的な分野から25人が所属している。設立者は、私立ニューヨーク大学教授ケイト・クロフォード氏と元Google従業員で、Google内の女性差別、軍事協力、経営陣のセクハラ等に対する抗議アクションGoogle Walkout運動を全世界で展開したメレディス・ウィッタカー氏である。

訪問したのは、2019年10月29日。インタビューの応対者は、そのウィッタカー氏とグローバル戦略プログラム(Global Strategy and Programs)部門長のアンバー・カク氏の二人。カク氏はインドで大学を卒業したのち、オックスフォード大学でローズ奨学金を獲得して、弁護士および科学技術関連の専門家として、インド政府、グーグル、インターネット情報サイトWired等にかかわってきた。

オフィスは、アントレプレナーが集まるソーホー地区の雰囲気そのままに、オープンスペースが多く、年齢の若いスタッフを中心に自由闊達な雰囲気がある。

AI と働き方:4つの課題

AI Now Instituteが扱うのは次の4つの分野である。

①法令による規制(Rights & Liberties)

カリフォルニア州ではウーバー等のプラットフォーム企業が個人事業主としてきた労働者を雇用へと区分変更を行う州法を2019年に可決した。同様の取り組みとして、テクノロジーを活用したビジネスモデルが刑事司法(criminal justice)、法の執行(law enforcement)、住宅政策(housing)、雇用(hiring)教育(education)といった分野において、どのような影響があるのか、またどのような保護が必要なのかについて、調査および予測を行う。そのためにアメリカ自由人権協会(ACLU)と連携。

②労働とオートメーション(Labor & Automation)

AIの初歩的段階であるオート―メーションが労働現場においてどのような影響を与えるのか、その含意について、社会科学者(social scientists)、経済学者(economists)、労働組織化担当者(labor organizers)、その他の専門家とともに、どのようなコストがあり、そしてどのような利益があるのかを調査する。

③偏見と統合(Bias & Inclusion)

AIには判断の基準となる大量のデータが必要である。こうしたデータは、社会(the social)、歴史および政治状況(historical and political conditions)から逃れることができない。これらは、偏見、不正確さ、不公正さを伴う。AI Now Instituteは、この状況を寄与のものとして、「誰によってそうしたことが起こるのか」「偏見はどのゆうに定義されるのか」、そして公正さを追求するためには何が必要なのか、ということを追求する。

④安全と重要な経済基盤(Safety & Critical Infrastructure)

AIは社会基盤として、インフラの隅々までいきわたるようになり、人間の行動や感情を読み取り、それをシステムのなかで活用するという段階にまで到達しようとしている。

こうした状況のなかで、安全さを保った社会を維持できるのかを追求している。強調するべきことの一つはEmotional Protectionである。たとえば、倉庫で仕分け作業を行う労働者の手首にセンサーをつけて、どのような生産性か勤務態度かをモニターし、その成績で評価や解雇を行うということがすでにはじまっている。また、AIの期間プログラムであるアルゴリズムが従業員の評価、採用、解雇を判断するようになっている。これらにどのように対応するのか、どうやって公正さを保つのかは喫緊の課題である。

規制と運動

AI Now Instituteの主たる予算基盤はフォード財団といったような寄付金財団である。それ以外は企業、個人からの寄付であり、労働組合からの資金は入っていない。

活動は、連邦政府、州政府等への委員会への情報提供や政策提言などを行っているほか、AIを社会的インフラとして実装しているプラットフォーマー企業に対して、労働者の発言力を構築するための方策を模索することである。

掲げている4つの分野の課題を実現するためにもっとも重要なことは、法規制や人的資源管理施策等といったことではなく、労働者、そして社会がプラットフォーマー企業に対してPowerを持つことだとする。そのためにはプラットフォーマー企業で働く労働者の組織化が重要だとウィッタカー氏は強調する。だからといって、その組織化は従来型の労働組合のような組合員利益を追求するようなものや、官僚型組織ではないとする。労働組合側は現在のところAI Now Instituteに対して、資金提供や組織的なアプローチ、提携関係はない。

国際的な連携と調査の必要性

AIや初歩的なオートメーションは、まさにインフラとして世界的なサプライチェーンのなかにある。このサプライチェーンは国境を超えているために国内だけでは問題を解決することができない。そのためにこそ、グローバルな調査と連携関係、組織化の在り方の構築が必要であると、カク氏は強調し、ウィッタカー氏も同調した。

カク氏によれば、なによりも国際的連携がなければ、プラットフォームエコノミーやギグエコノミー下で低い労働条件にあえぐ労働者の状況を改善することはできないとのことであった。

広範な社会運動の必要性

現在、アメリカではカリフォルニア州が発信源となり、ギグエコノミー下で健康保険や年金などの社会保障や低い労働条件におかれる労働者を独立請負から雇用へと区分変更を促すようになっている。この背景には、広範な社会運動があった。プラットフォーム企業は、単純労働は個人請負を活用している。同様に、企業にとって重要ではないとみなされる部門はコスト削減を目的として、アウトソースを請け負うシェアードサービス企業の活用が拡大している。個人請負や下請け企業に雇用される労働者の労働条件は低下の一歩をたどっている。

これらの問題を解決する一つの手段は「最低賃金の引き上げ」にあると考えている。そのためにこそ広範な社会運動が必要であり、国境を超えてつながらなければならない。

アメリカでは、2018年の中間選挙以降、民主党が下院議会で優勢になることにより、状況はAI Now Instituteが事業を展開するうえで良い方向にあり、連邦政府や州・市政府との連携関係も拡大している。国際機関との連携もすすめている。

ITエンジニアをはじめ、各部門のエキスパートが集う研究所が、法規制よりも、労働者が企業組織のなかでどのようなPowerを持つことがなにより重要だとする主張が印象的であった。

(調査部海外情報担当 山崎 憲)

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