特集5
フランスにおけるWelfare to Work政策

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

カテゴリー:労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2003年9月

フランスにおいても、すでに見てきたように、EU全体の政策方針に沿って、1990年代終盤あたりからWelfare to Workともいうべき方向に政策の舵取りがなされている。その代表的存在は、失業者に対するPARE制度であり、失業に滞留して長期失業となることを防止することに施策の重点が置かれている。しかしながら、これらの取り組みは英国のニューディール政策などと比較すると多少遅くスタートとしたといえよう。

フランスの労働市場の特徴の1つとして、厳しい解雇規制があるが、そのためか、雇用主の新規雇用に当たっての態度は比較的慎重であり、職業経験の浅い者、特に若年者雇用には非常に厳しいものがある。このため、すでに見てきたように、無資格者、低資格者、および若年者を対象とした職業訓練施策や社会(再)参入支援措置には、様々なものが用意されてきている。

フランスでは、無資格者、低資格者、および若年者は、常に潜在的な社会的疎外者予備軍であると見なされてきた。社会的疎外の防止を国の政策の根幹に据えているフランスにおいては、ここ10-20年来、連帯制度、RMIなどの創設に見られるように、社会的疎外者対策が非常に重きを占めてきていた。しかしながら、それらの者の生活維持にはこれらの施策は多大な貢献をしたと考えられるが、連帯制度やRMIが本来予定している社会再参入効果については、十分な成果が上がってきたとはいいがたい。21世紀を迎え、これらに加えて、失業者が滞留・長期化して社会的に疎外されていくというもう1つのルートについても、疎外防止・再就職促進のためのPARE制度がスタートしたことによって、フランスのWelfare to Work政策はようやく本格的に始動したと考えてよい。

しかしながら、PARE等の施策の評価を現時点で下すのは困難である。スタートして2年足らずしか経過していないということもあるが、まず、失業手当を「権利」としてとらえていた失業者の発想を、その「権利」享受のためには、「義務」=「積極的求職活動」が伴う、という認識に改めなければならず、それには相当な時間を要するものと考えられるからである。そのため、PAREは、失業者と公的機関との間の「契約」、すなわち契約上の義務を明確にする、という形をとることとなる。

PARE導入により、その中心的役割を果たすANPEでは、1998年以降大増員がなされ、現在、それらの職員に対して順次研修を施しているとの説明をしている。しかし、同時期に、週35時間労働制が導入されたこともあり、その増員分の相当割合が時短の穴埋めに使われてしまっているとの指摘をする向きもあり、職員の習熟に要する期間も勘案し、一定の評価を下すには、もう2年程度要しよう。

2002年春に発足した保守派・ラファラン政権では、所得再配分型の社会政策から、より自由主義的色彩の強い施策体系へと転換している。一般に、左派は、低所得者層・貧困層への給付増対策を基本とし、消費性向の高いこれらの層の可処分所得を上げることにより個人消費を刺激し、経済全体を浮揚させることが雇用増につながると主張する。この観点から、ジョスパン政権下では、低所得者層へのテコ入れとして、SMICの上乗せ改定、雇用手当の創設などが行われた。

一方、保守派は、消費性向が相対的に低い富裕層の購買力拡大による消費拡大が経済の下支えに資するととらえており、所得税減税などを公約としてきた。逆にSMICの改定は法定スライド制の義務的引き上げのみにとどめるなど、社会的貧困層への対策については極めて抑制的である。また、保守派は、労働コストの削減こそがグローバリゼーション下で生き残る唯一の方法であり、海外からの直接投資を維持、促進するうえで不可欠な課題であるとして、社会保障負担の減免の拡大を模索している。雇用対策においても社会保障費の雇用主負担減免が、現在の最も典型的な政策手段である。具体的には、若年者雇用対策について、ジョスパン政権下の「若年者雇用」に対抗するかのように「若年契約」施策の導入などに、その姿勢は表れている。

社会保障の雇用主負担減免に対して、左派は、その結果として低所得者層への社会保障給付水準が低下するとすれば、一種の逆所得再配分となりかねないという観点から強く反発する。また、1990年代後半の好況期は、80年代後半の好況期に比べ労働分配率の低下幅が大きかった点も、これらの主張の背景にある。「若年契約」にしても、主に批判の矛先は強制的な職業訓練付与が付随していない点に集中しているが、企業に雇われる若年は本当の社会的弱者ではなく、その結果、最貧困層へ与えられるべき分がこれらの若年層へ移転してしまうという危惧を述べる者もいる。

現在、ラファラン政権は、単に、無資格者、低資格者、若年者のエンプロイアビリティーを高めても肝心の雇用創出が十分でなければ、それらが画餅に帰するという点を認識し、かなり大胆な起業家支援策のパッケージの取りまとめを進めている。起業家精神を刺激して、雇用創出を図り、社会的疎外者対策をこれ以上拡充することはないにせよ維持し、自発的な労働市場(再)参入へのバックアップを労使対話にできるかぎり任せて進めていくというのが、ラファラン政権の基本的な政策デザインであると考えられる。むろん、この背景には、国家財政、社会保障財政それぞれの厳しい財政事情があることはいうまでもない。

社会的連帯による社会的疎外者保護を重視するフランスにおいて、ある意味で、アングロサクソン流の政策ともいえるWelfare to Work政策が、ラファラン政権下で今後どのように発展、展開し、どのような成果を収めるか、今後数年が大きな岐路であると思われる。

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