ソニーのオーディオ生産撤退に伴い、政府使用者ともに危機感

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年2月

2002年11月26日ソニーは、2003年末までにインドネシアにおけるオーディオ生産を中止し、生産撤退することを明らかにした。

この決断を受けインドネシア政府と使用者団体は、今後ソニーに続いて外資が撤退し始めるのではないかと危機感を募らせている。特に経営者団体は、政府の労働関連法の遅れや未整備が、撤退を引き起こしていると政府を非難している。ソニーの決断を巡る各分野の対応をまとめた。

ソニーのオーディオ生産撤退の経緯

2003年3月に閉鎖が決定したのは、ソニー全額出資の生産子会社PTソニー・エレクトロニクス・インドネシア。この決定はインドネシア国内に大きな波紋を呼んだ。

同社は、1992年にオーディオ生産、1995年にテレビの生産を開始し、1999年に両者が統合されたもので、毎年150億円の売上を誇ってきた。

オーディオ生産の中止は、1999年以降同社が進めている世界的なリストラ政策の一環であり、世界で70カ所ある生産拠点を54カ所に縮小する政策の一部であると説明されている。東南アジアでのオーディオ生産は、同社最大の工場があるマレーシアに集約する方針だという。同社は2000年の大規模なストライキ以来、徐々に生産量を削減させ、マレーシアにシフトしていたといわれている(ストライキの詳細は、本誌2000年8月号参照)。オーディオの販売、メンテナンス業務は続行するが、この生産中止によって従業員約1000人が職を失うと見られている。

ソニーの撤退の背景には、世界市場の競争の激化が挙げられる。特に中国との価格競争は激しく、中国製品との競争に備え、生産性の向上や、効率化を図るという狙いがあるようだ。また、ASEAN自由貿易地域(AFTA)での域内関税の引き下げ・撤廃を見越した工場の再編とも見られている。

経営者の反応

インドネシア商工会議所(Kadin)のソイ代表は、「海外の投資家は、生産コストが低く、労使関係が良好で、金融システムがしっかりしている国を好むものであり、今や好ましい投資国としてインドネシアよりも中国が選ばれているのだ」と述べている。

また、地元では2000年に起きた同社での大規模ストから、社内の労働問題が複雑化し、生産撤退の決定要因となったとも見られているが、同社から発表された生産中止の正式な理由には労働問題は含まれていない。

政府の対応

ハムザ・ハズ副首相は、ソニーの決定があった翌日11月27日、同社の役員と会合を開き、国内経済安定と失業率の悪化に大きく関わる同社の生産中止を変更するよう求めたが、不可能であるとの返答を受けたと説明した。副首相は、すでに史上最悪ともいわれる高い失業率に直面している現状と、同社の撤退が他社の外資系企業に及ぼす影響を強く懸念している。

一方リニ商工相は、同社の撤退の理由について経営サイドから説明を受け、インドネシアの不透明な税制と労働問題が外資系企業に悪影響を及ぼしていることを認めながらも、今回のソニーの決断は、生産規模がそれほど大きなものではなく、工場閉鎖の理由も世界的な経営戦略の一部であるため、投資の減少には繋がらないだろうと楽観的なコメントを述べている。

ヤコブ労働・移住省大臣は、11月28日ソニーの労組代表と面会し、従業員の解雇の問題などについて話し合ったが、12月3日になって同大臣は、ソニーがインドネシアでの生産中止の理由を明らかにしない限り、ソニー製品の非買運動を行うと発言、経営者団体(Apindo)やその他の経営者から同発言に非難の声が挙がっている。

「投資危機(investment crisis)」に危惧

ソニーのオーディオ生産撤退のニュースが、国内では外資系企業の撤退、つまり「投資危機」の引き金になるのではないかと懸念されている。テオ投資調整局(BKPM)長は、「投資危機」の不安に対して、「現状の外資系企業からの苦情を受け付け、早期解決に努力することでの現状維持を図る」と述べている。同局長によると、政府はメガワティ大統領を代表とした「国家投資チーム」を近く発足し、問題に対処する予定だ。このチームが発足された後は、外資系企業の直面する問題に速やかに効率的に対応できると期待されている。

BKPMの統計によると、2002年の海外直接投資額(FDI)は、前年同期比11%の減少となっている(注1)。国内投資額は更に落ち込みが激しく、前年同期比70%減となっている。

不透明な税制を改革する声も

インドネシア電気生産連合のリー代表は、「政府の税制は電気・機械産業に対して有利なものではない。電気・機械産業では、現在のデジタル製品に代表されるように常に新しく、洗練された製品を作り出していかなくてはならないにもかかわらず、インドネシア在住の企業家たちは、税制の免除などがないために、新製品の開発を避ける傾向がある」という。リー代表が所属するPTサムソン・インドネシアでも、政府の新製品の開発や最先端技術に対する税制の優遇がないことが問題となっているという。具体的に同氏は、電気製品への奢侈税と付加価値税(VAT)をそれぞれ5~10%に減らすべきだと提案している。

一方このような外資系企業からの批判を受けて、ハディ財務大臣は、「インドネシアの税制は、他の多くの国と比較しても競争力のある制度である。特に外資系企業に対しては、進出した年から2年間は、収支が赤字であった場合、10~20%の免税を行っている。更に様々な特典を付与している」と説明している。

労賃の上昇と労働関連の法律の未整備

更なる懸念材料として、労働賃金の上昇が挙げられる。インドネシアの最低賃金は、ここ数年急激に上昇しており、特にジャカルタ特別州の最低賃金は、1994年から2003年の10年間で6倍以上になっている(注2)(詳細は本誌2003年1月号参照)。労働者の立場からすると、これらの最低賃金は、いまだ十分ではないとされているが、経営者の立場からは急激な最低賃金の上昇による労働コストの上昇が、中国やベトナムへの生産シフトを引き起こしているという意見が挙がっている。

また労働関連の法律が未整備であるとの指摘は、繰り返しなされており、混乱が続いている(詳細は本誌2002年10、 12月号参照)。

日系企業と政府との会談

ソニーのオーディオ生産撤退が決定した11月26日、政府とジャカルタ・ジャパン・クラブ(JJC)、JICA、JETROの各メンバーが集まり、同国の外国直接投資環境の問題に関して議論を行った。この会合において、ドロジャン経済担当調整大臣は、「インドネシアの問題を明らかにし、日本の企業と解決方法を共に探ることにより、インドネシアの投資環境が改善されるだろう」と語った。インドネシアにとっての日本からの直接投資は長い間大きな位置を占めてきた。しかし、1997年の経済危機以降及び1998年のスハルト政権崩壊後、投資環境が悪化し、投資先がインドネシアから他国へシフトしていく傾向が見られる。国内のマクロ経済状況は安定しつつあるが、法律の未整備や政治不安、治安の悪化などの懸念材料が、海外投資を遠ざけている。

今回のような、政府高官とJCCとの会合は2002年1月から3カ月ごとに行われているという。

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