研修研究の取り組み―「これまで」と「これから」

本コラムは、当機構の研究員等が普段の調査研究業務の中で考えていることを自由に書いたものです。
コラムの内容は執筆者個人の意見を表すものであり、当機構の見解を示すものではありません。

主任研究員 榧野 潤 

ハローワーク等における職業相談は、職業相談の担当者(以下「職員」という。)と求職 者の間のコミュニケーションが大きな比重を占める仕事である。より効果的かつ効率的に、 このコミュニケーションを進めるには、職員に対し、どのような研修プログラムを実施す ればよいだろうか?これが私の研究テーマである。この研究へのアプローチについて、「これまで」と「これから」に分けて説明する。

これまで

キャリア支援部門では、労働大学校との連携のもと、平成 15 年度から継続して、職業相談の研修研究を進めて来た。研修研究とは、労働行政運営の中核となる行政職員を対象 とした研修において、研究員による研究成果を反映させ、研修内容の充実を図り、その結果を、さらに研究に活用していくことである。

研修プログラムの開発に当たり、その基本的な考え方として、職員が自らの職業相談のプロセスを意識できるようになることを目標としてきた(独立行政法人労働政策研究・研修機構,2009;労働政策研究報告書No.107『職業相談におけるアクションリサーチ プロジェクト研究「労働市場における需給調整機能・キャリア支援機能の強化に関する研究開発』)。職業相談のプロセスの意識化により、求職者との言葉のやりとりにおいて、自分自身の応答をどのように変えれば、よりよくなるかを検討できるようになり、この実践を通して、相談の窓口を改善できるようになると考える。

職業相談のプロセスの意識化として、これまで次の2つのアプローチを採用してきた。

第一に、平成 15 年度から取り組んで来た、職業相談のやりとりを文字に起こした逐語記録(ちくごきろく)を活用した研修プログラムの開発である。手や腕、体全体を使う技能労働は、その動作をビデオに録画して、無駄な動きがないかを検討できる。逐語記録は、このコミュニケーション版である。研修プログラムでは、職員は、実際の職業相談の逐語記録を作成し、 その逐語記録を活用して、求職者の言動に対し、どのような応答を、どういうタイミングでしていたのかをふり返り、応答上の改善点を検討する(独立行政法人労働政策研究・研修機構,2007;労働政策研究報告書No.91『職業相談におけるカウンセリング技法の研究』, 独立行政法人労働政策研究・研修機構,2009;労働政策研究報告書No.107『職業相談におけるアクションリサーチ プロジェクト研究「労働市場における需給調整機能・キャリア支援機能の強化に関する研究開発』)。

第二に、職業相談における職員の応答の背景にある重要な判断や言動の選択を言葉にし て、職員同士で共有し、職場の相談力を向上させる研修プログラムの開発である(独立行政法人労働政策研究・研修機構,2015;ディスカッションペーパー15-02『職業相談の研修研究と実践―認知的タスク分析の手法を取り入れたグループワークの開発―』)。そのため、平成 24 年度から、認知的タスク分析(cognitive task analysis)を取り入れたグルー プワークの開発に取り組んできた。認知的タスク分析とは、仕事における働く人の判断や 選択などの「心の働き(working minds)」に焦点を当てた分析手法である。 職員は、グループワークを通じて、①自分自身の職業相談における判断や選択を意識し、 言葉で表現し、②それらのなかから、重要な判断と選択を図に整理して、職員同士で共有する体験をする。③①と②から、職場で職業相談における重要な判断や選択を共有するノウハウを体験学習する。

これから

「これから」も「これまで」と同様、研修研究の方法論を採用し、職員の職業相談プロセスの意識化を支援する研修プログラムを開発することに変わりはない。「これまで」との違いは、多様な求職者に対し、彼ら1人1人の抱える問題に応じて、職員がより複眼的に、そして、より深く職業相談のプロセスを意識化できる研修プログラムの開発にある。そのため、次の3つの視点を重視する。

①キャリア・コンサルティングの6分野

職員が、求職者への支援を、より幅広い視野から意識できるようにする。その際、キャリア・コンサルティングの6分野である「自己理解」、「職業理解」、「啓発的経験」、「カウンセリング」、「方策の実行」、「追指導・職場適応」の枠組み(木村,2013)を利用する。

②問題解決アプローチ

職員が、求職者の抱える問題を把握し、求職者と問題を共有し、目標を設定して、問題への適切な対処方法を選択する問題解決のプロセスを、より強く意識できるようにする。ここでのポイントは求職者の抱える問題の把握になる。職員が自分自身の視点を意識するとともに、求職者の視点をからも問題を、より強く意識できるようにする。

③キャリア・ストーリー・アプローチ

職員が求職者のキャリアの方向性を、より明確に意識できるようにする。キャリア・ストーリー・アプローチでは、求職者は、過去の職業経験をふり返り、未来の仕事を探す方針を立てると考える。こういった過去、現在、未来をつなぐ仕事のストーリーをキャリア・ストーリーと呼ぶ。このアプローチでは、求職者は、キャリア・ストーリーを、つくっては壊し、壊してはつくりをくり返し、現実の就職環境に合った仕事探しの方針を立てると考える。職員が、このプロセスを意識することにより、より効果的かつ効率的に、求職者のキャリア・ストーリーづくりの支援ができるようになると考えられる。(榧野,2014;『ビジネス・レーバー・トレンド2014年5月号』<スペシャルトピック>激動の時代のキャリアカウンセリング(PDF:311KB))。

「これから」の研修研究では、職業相談のプロセスの意識化から一歩進め、「キャリア・コンサルティングの6分野」、「問題解決アプローチ」、「キャリア・ストーリー・アプローチ」の複数の視点から、職員が職業相談の経験をふり返り、より複眼的に、そして、より深く職業相談のプロセスを意識できるようになることを重視する。それは職員が、自分自身の職業相談のスタイルや傾向を、より相対的に理解できるようになることである。その結果、多様な求職者に対し、彼ら1人1人の抱える問題に応じて、より柔軟で、より適切な就職支援ができるようになると考えられる。

(参考文献)

  • 木村周(2013)『キャリア・コンサルティング─理論と実際 3 訂版』雇用問題研究会.

( 2015年6月3日掲載)