JILPTリサーチアイ 第33回
研究双書『企業組織再編の実像─労使関係の最前線』

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労使関係部門 副統括研究員 呉 学殊

2019年9月3日(火曜)掲載

1.研究の背景と進め方

今月下旬に上記のタイトルで研究双書を刊行する。1991年に韓国から日本へ留学、また、1997年にJILPTに就職して今日に至るまで多様なテーマについての調査・研究を進めてきた。いずれも大変意義深いと思うが、今回の研究双書は特にそうだと思っている。

研究者として最も大変なのは研究テーマを決めることであろう。調査・研究への情熱が湧かないと良い研究につながらない。どうすれば情熱が湧くのか。まず、研究の意義を自ら確認することである。私の場合、少しでも現状の問題を解決する上で必要なインプリケーションを示すことによって意義を感じる。バブル崩壊以降、日本の労働を取り巻く最も重要な動きの1つが企業組織再編であったと考えた。2007年から個別労働紛争解決研究で多くの労働者に個別に会い、解雇や労働条件の引下げ等の問題の発生や解決過程についてインタビュー調査をしたが、その中には企業組織再編に伴う事例も含まれており、本格的に企業組織再編の実態を調査したいと思った。1999年度から企業グループ労使関係についても研究する機会があった。2000年3月期からの連結会計制度の導入に伴い、企業はグループ経営を強めているが、それに伴い中核企業の主導で子会社・孫会社の再編を積極的に行っていた。その再編が企業の労使関係にどのような影響を及ぼしているのか気になり、もっと深く研究したいとの思いが湧いた。企業組織再編の1つとして純粋持株会社の導入も挙げられるが、幸いに厚生労働省からの依頼で4つの事例を研究したことがある[注1]

以上の研究から、企業組織再編の実態を垣間見たものの、もっと本格的に調査・研究する必要があると思っていた。ただ、なかなかそういう機会を掴むことができなかった。2015年度になって厚生労働省から「組織の変動に伴う労働関係に関する対応方策検討会」に資する調査(約10事例)を緊急にしてほしいとの依頼が飛び込み、ようやく研究の機会が回ってきたのである。ところが、機会が与えられたものの、どこを対象にすればよいのか、自らが調査先を探し、調査への協力を取り付けなければならない。いままでの人脈を総動員して22事例を確保し、調査することができた。分割、合併、譲渡等の企業組織再編のプロセスについては、実は当事者が調査に協力したくない事柄でもあるが、快くご協力頂いた皆さんにはこの場を借りて心より感謝申し上げる。

話を伺った22事例全部について調査内容を取りまとめたかったが、こちらのマンパワーや時間的制約、また、協力先の事情などにより、最終的に7事例の実像について執筆した。それ以外にもう1つの事例も執筆したものの、協力先から公にしないでほしいとの要請があり、今回、研究双書に一緒に載せることができなかった。実は、その事例は他の労使にとって最も参考になる良い内容だったので大変残念である。

7つの事例については、労使の生の声および提供資料に基づいて執筆したが、今までにない試みであり、多分、今後もなかなかできない研究だったのではないかと思い、情熱が湧いた研究であった。情熱は私だけではなく協力して頂いた労使もそうだったと感じた。

2.研究の内容

今回、企業組織再編7事例の中で、分割が6事例、合併1事例(分割と併行)、譲渡1事例であった。正直、再編の実像は調査をしてみないとわからないとの思いである。事例ごとに再編の環境やプロセス、また、労使関係においてそれぞれ特徴があった。例えば、再編の主要背景・形態についてみてみると、次のように6つのタイプに分けられる。

第1に、分割部門の業績悪化により、分割会社がそれを抱えることが難しく、他社同事業部門との合併を通じて、分割部門の維持・発展を図るタイプである(「分割部門業績悪化・他社同業部門との統合再編」)。一番典型的にはG事例である。2003年、電機大手2社が半導体部門を分割して新設会社に統合したのである。また、2010年、同新設会社の他社半導体子会社との合併も同じ背景といえる。

第2に、分割部門がより成長していくために、他社との統合を通じて規模の経済性を高める分割・統合である(「分割部門専業化・他社同業部門との統合再編」)。典型的なのはD事例である。世界の強豪と伍していくためには、2つの会社が火力発電部門を持ち続けるよりは、それを分割して新設会社に統合したほうがよいと判断した結果である。C事例のA事業、C事業の分割もこのタイプに当たるが、いずれも政府関連機関からの支援を得て、更なる成長を目指すために分割したのである。

第3に、分割部門の収益性が高いが、選択と集中の経営戦略を進めていくために、同部門の分割益を活用するために行う分割である(「分割益活用・選択事業集中戦略再編」)。F事例とC事例のB事業がこれに当たる。分割売却益は、前者の場合、経営の負担となってきた有利子負債の返済とともに集中事業への更なる投資に有効に活用された。

第4に、分割部門と他の異種部門子会社との統合を通じて、統合のシナジー効果を図るための分割である(「分割部門と異種部門子会社との統合シナジー効果再編」)。A事例がこれに当たる。A事例では、営業部門を分割して、エンジニアリングや保守サービスの子会社との統合により、顧客へのソリューション・サービスを効果・効率的に行うために再編が行われた。

第5に、分割部門と同種部門子会社との統合を通じて、統合のシナジー効果を図るための分割である(「分割部門と同種部門子会社との統合シナジー効果再編」)。E事例がこれに当たる。E事例では、4つの製造部門(工場)を分割し製造専門子会社に統合させて、高い品質・高い生産性を実現しようしたのである。

第6に、不採算部門を切り離して同業他社に譲渡するタイプ(「不採算部門切り離し同業他社への譲渡再編」)であるが、これにはB事例が当たる。半導体後工程を担当するJI社は、経営が厳しくいくつかの工場を閉鎖する等の対策を講じても改善せず、S工場を同業他社のB社に譲渡した。

こうした企業組織再編は、企業グループ内での再編とグループ外のものに分かれる。再編元も先も特定の企業グループ(親会社が子会社株の100%保有)に属しているのは、A事例、B事例とE事例である。再編先の資本金50%以上を持ち、再編元が再編先企業の主導権を持ち、当該企業の連結会計対象としているのはD事例である。分割会社が、分割当初、分割統合会社株の50%以上を保有していたが、その持ち分が低下して連結会計対象外となっているのがG事例である。その他の事例は、再編当初より再編先企業の株を50%未満保有するかまったく保有しない形であり、企業グループ外の再編に当たる。

各事例に特徴があるのは再編の背景・形態だけではなく、労使関係もしかりである。具体的な内容は研究双書をご覧頂きたい。

3.研究のインプリケーション

今回の調査・研究は、労使関係にスポットライトを当てた。再編における労使関係の手続きを具体的に示しているのは「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」(会社分割・労働契約承継法)であり、同法では、その手続きとして、第1に分割・労働契約承継について労働者からの理解と協力を得ること(いわゆる、「7条措置」)、第2に、承継内容等について労働者個人との協議(いわゆる「5条協議」)、そして第3に承継内容等の通知(いわゆる「2条通知」)等について定めている。主に、7条措置と5条協議を集中的に調べたが、その調査結果を中心に政策的インプリケーションを示すと次のとおりである。

第1に、「7条措置」の内容を「理解と協力」から「事実上の同意」に格上げすべきである。7条措置のために、企業は労働組合と協議・交渉するが、労働組合は文書、口頭などで事実上の同意を示しているからである。それに「5条協議」は、労働者が会社と「対等な立場での話し合いで自分の意見を自由に言えてそれを反映すること」を協議とするのであれば、実態は協議になっておらず、業務命令となっているからである。分割・労働契約承継は、労働者にとって雇い主の変更となるので、極めて重要な事柄であり、自分たちの代表である労働組合が対等な立場で会社と話し合い、事実上の合意をすることが労働者の保護、再編の円滑化につながると考える。

第2に、労使関係の実態・信頼度に応じた法令の柔軟な適用・運用である。労使関係は、過半数組合がある企業とそうではない企業とは全く異なるといって過言ではなく、再編においても同様である。それなのに、同じ法律を適用させるのは実効性が伴わない可能性がある。例えば、「7条措置」の場合、過半数組合があれば、会社と何回も話し合い、その内容を組合機関紙としてとりまとめ、組合員に説明し、その反応を次の話し合いに反映しながら、最終的に事実上の同意をする。しかし、過半数組合がないところではそれが期待できない。

労使関係は、対等が原則であれば、対等になる環境をつくることが肝要であり、それに向けた政策的対応(例えば、ドイツのような事業所委員会制度の法制化)が求められる。

また、会社分割・労働契約承継法は、労使が同法を悪用しないことが前提となっていると考えられる。すなわち、労使の信頼関係を前提にしている。過半数組合があるところと、ないところでは労使の信頼関係の基盤が全く異なる。それなのに同じ法的規制をすることはそれほど意味がないのではないかと思わざるを得ない。労使関係の信頼度を測り、信頼度が一定以上であれば現行の制度、未満であれば行政の関与・チェックを通じて法規制をきちっと守るように措置をとるべきではないか。要するに、労使関係の信頼度が高ければ規制緩和、低ければ規制強化という法令の柔軟な適用・運用に向けた政策的対応が求められる。

以上の政策的インプリケーションのほかに、個別企業の労使が再編に当たりどのような関係を重視すべきかについて、信頼に基づく良好な労使関係の姿を「車の両輪」という観点から考察した。多くの日本企業で自社の労使関係を「車の両輪」と言い表しているが、その意味を考察しながら、再編の際に労使が注視すべき点を示した。

この研究双書をお読みいただくと、企業組織再編の実像がわかり、また、政策的なインプリケーション、さらには再編における労使関係の望ましい姿を確認できるのではないかと思う。企業も再編を生かす経営のあり方を考える上でよい示唆を得られると期待している。是非ともご一読をおすすめしたい。

脚注

注1 以上の研究内容は呉学殊(2012)『労使関係のフロンティア─労働組合の羅針盤─【増補版】』労働政策研究・研修機構研究双書に掲載されている。また、連合の研究プロジェクトの一環として基幹労連、運輸労連、UAゼンセン加盟の労働組合を調査したことがあり、その成果は呉学殊(2015)「企業組織再編への労働組合の対応と課題」仁田道夫・連合編著『これからの集団的労使関係を問う─現場と研究者の対話─』エイデル研究所に取りまとめられたが、今回の研究双書には補論として掲載されている。