JILPTリサーチアイ 第12回
法政策による労使対話促進の可能性と課題
─フランスの経験から

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労使関係部門 研究員(労働法専攻) 細川 良

2015年12月4日(金曜)掲載

JILPTでは、2012年より「規範設定に係る集団的労使関係のあり方研究プロジェクト」を実施しており、そのなかで、ドイツ、フランス、およびスウェーデンにおける労働協約システムに関する調査研究を行っている。同研究の成果に関しては、下記の【関連研究成果】に掲げられた各労働政策研究報告書を参照いただければ幸いであるが、ここではフランスにおけるこの30年間の集団的労使関係法政策の基軸の1つであった、労使対話促進のための法政策とその帰結について、フォーカスを当てることとしたい。

Ⅰ.脆弱な労使関係と国家のイニシアティヴ

フランスにおいて、労使対話促進のための法政策がとられてきた背景の1つには、フランスにおける労使関係の脆弱性がある。

協約自治の伝統が強く存在してきたドイツなどとは異なり、フランスにおいては、労働組合の組織率が低く、最盛期においてすら、25%を超えたことがないとされている。加えて、組合活動に係る個人の自由が強調されてきたこともあり、伝統的に複数組合主義がとられてきた結果、個々の労働組合の組織率はさらに低下し、ドイツのような国家の介入を排した労使自治(協約自治)を実現するための基盤を欠く状況にあった。

そこで、フランスにおいては「代表的労働組合」という概念を法制度によって作り出すことにより、代表的労働組合が、労働協約の締結を通じて(非組合員を含めた)労働者全体についての労働条件規範を設定する権限が付与された。さらに、産業別労働協約(以下、産別協約)の拡張適用制度により、代表的労働組合が締結した産別協約が、労働者の組合加入および使用者の使用者団体への加入の有無を問わずに、当該産業におけるすべての労働者に適用されるものとされている。

このように、フランスにおいては、労使関係、とりわけ労働組合の基盤の脆弱性を、代表的労働組合制度や産別協約の拡張適用制度が補足をすることによって維持されてきた。いうなれば、国家のサポートによって集団的労使関係における規範設定システムが維持されてきたと評価することができる。

以上のように、フランスにおける集団的労使関係においては、代表的労働組合制度および産別協約の拡張適用制度を通じて、産別協約が強い規範設定権限を有してきた。

その一方で、フランスの使用者が伝統的に企業内に組合が入り込むことを忌避してきたという事情もあり、企業レベルでの労使関係は、ルノーなどのごく一部の企業を除き、極めて希薄な状況にあった。同時に、産別レベルの労使関係についても、零細企業が多くを占めるサービス産業を中心に、労使対話が機能しない分野も少なからず存在していた。

これらの背景もあり、フランスにおいては、労使対話の促進による自律的な労使関係の形成が、1980年代以降の重要な政策課題の1つとなってきたのである。

Ⅱ.フランスにおける労使対話推進政策

Ⅰで述べたような背景から、1980年代以降、フランスの集団的労使関係法政策は、企業レベルを中心とした、労使対話の促進に、そのエネルギーの多くを割いてきている。

その中でももっとも重要な施策の1つは、1980年代初頭のいわゆるオルー改革を嚆矢とする、義務的交渉事項の法定であろう。すなわち、オルー改革の一環である1982年11月13日の法律は、産別および企業レベルのそれぞれについて、代表的労働組合との団体交渉義務を定め、とりわけ企業レベルにおいては、基本的な労働条件である実質賃金および労働時間制度について、毎年団体交渉を実施することを義務付けた。以降、このような義務的交渉事項は、度重なる法改正によってその範囲が拡大されてきている。さらに、近年においては、一定の政策立法を定める際に、その実施方法について労働協約を締結するか、あるいはこれに代わって使用者が行動計画を作成することを義務付け、これに違反した場合には社会保障負担の減免の全部または一部を停止する等の経済的制裁を課すという手法も取られている。こうした政策も、労使対話を促す効果を期待するものと評価されている。

もっとも、上記のような義務的交渉事項の法定は、企業内において代表的労働組合が既に存在することを前提とする制度である。他方で、Ⅰで述べたように、フランスにおいては、企業内における労働組合支部の不存在とそれに伴う企業内労使対話の不存在という、企業内労使関係の脆弱性が問題となってきた。

そこで、フランスにおける労使対話促進政策の第二の柱として、企業内に労働組合支部が存在しない企業における労使対話の促進が図られてきた。具体的には、企業内に代表的労働組合の組合支部が存在しない場合、従業員の選挙によって選ばれた代表者、あるいは産別の代表的労働組合に交渉を委任された従業員が、(企業内組合支部に代わって)交渉を行い、協約を締結するという制度が形成されてきたのである。これによって、企業内に組合支部が存在しない企業においても、企業内労使対話を実現することが期待されたのである。

Ⅲ.法政策による労使対話促進の可能性と課題

それでは、以上のような促進政策の結果、フランスにおける企業レベルの労使対話は、十分に機能することとなっているのであろうか。

このことを判断する1つの指標は、フランスにおける企業別協約の締結状況の推移であろう。

そこで、フランスにおける企業別協約の締結件数を見ると、1980年代においては、年間4,000件程度にとどまっていたのに対し、現在では年間35,000件から40,000件の企業別協約が締結されるようになっている。この事実は、同時に産業別労働協約の締結件数に減少が見られず、むしろ増加傾向にあることとあわせ、オルー改革に始まる一連の義務的交渉事項の法定化が、労使対話の促進について一定の成果をもたらしたとする1つの証左と評価することができよう。

しかし、企業別協約の締結主体について見ると、課題も浮き彫りとなる。すなわち、従業員代表により(労働組合に代わって)締結された企業別労働協約の件数自体は、2012年の企業別協約の総計38,799件のうち、7,489件と約2割を占めるに至っている。しかし、その内容は、社内預金制度の一種である企業内賃金貯蓄、あるいは企業年金積立といった、福利厚生に関する協約が大半を占めている。他方で、賃金および労働時間といった、基本的な労働条件の決定については、従業員代表が労働組合に代わって交渉を行い、協約を締結するというレベルにまでにはほとんど至っていないというのが実情のようである。

このように、フランスにおける1980年代以降の労使対話促進政策は、企業内に労働組合支部が存在する企業における労使対話の推進という観点からは、一定の成果を挙げていると評価できる。その一方で、企業内に組合支部が存在しない企業における労使対話の促進という観点からは、今なお多くの課題を抱えているものと評価できよう。

それでは、こうしたフランスの経験から、われわれは何を学ぶことができるのであろうか。

近年における労働組合の組織率の低下、そしてそれにともなう従来からの集団的労使関係システムの動揺は、本連載の第9回において山本陽大研究員が紹介したように、ドイツをはじめとする世界各国でみられる課題であり、わが国もその例外とはいえない状況にあろう。

この点、フランスにおいては、伝統的に労働組合の組織的基盤が脆弱であったこともあり、古くから集団的労使関係における規範設定システムの形成に国家が関与し、さらには国家が法政策を通じて労使対話を促す政策に取り組んできている。むろん、フランスにおける集団的労使関係システムと、我が国におけるそれは、その歴史的経緯、また前提とする憲法的規範、そして現状における労使関係の実態においても異なる点が少なからず存在し、その差を無視するべきではない。さらに、集団的労使関係に国家が関与することそれ自体の是非、また関与することが許容されるとして、いかなる範囲で許容されるかという根本的な問題が存在することも、また事実である(第9回参照)。

とはいえ、従来からの集団的労使関係システムが動揺する事態にあって、法政策が労使対話の促進、ひいてはあるべき集団的労使関係の形成にむけて、何をなしうるのか、その課題は何かということを考えるにあたり、フランスの集団的労使関係法政策の経験は、日本にとっても学ぶべき点があるように思われる。