労働政策研究報告書 No.179
スウェーデンの労使関係―賃金・労働移動のルールを中心に―
(「規範設定に係る集団的労使関係のあり方研究プロジェクト」スウェーデン編)

平成 27年5月29日

概要

研究の目的

現代日本においては、労働法制上労働協約が就業規則に優越する法規範として位置づけられているにもかかわらず、企業別組合中心の中でその存在感は希薄であり、使用者が定める就業規則が法規範の中心的存在となっている。これに対し、欧州諸国では全国や産業レベルで締結される労働協約が国家法と企業レベルを媒介する重要な法規範として労働社会を規制している。ただし、近年事業所協定や企業協約への分権化が指摘されている。

そこで、産業レベル労働協約が中心である欧州諸国を中心に、現代先進諸国における規範設定に係る集団的労使関係の在り方(国、産業レベルの団体交渉、労働協約とその拡張適用、企業レベルの協議交渉等)について実証的かつ包括的に研究し、これからの日本の労働社会の在り方に関するマクロ的議論の素材とする。

かかるプロジェクト研究の中で、本調査研究では、特に、下記の事柄に注目し、調査を実施した。

  1. 労働力の集団的取引が今なお維持されている国における労使関係の実態の解明
  2. 中でも特に、スウェーデン・モデルにおけるコアとなる賃金決定・労働移動のルールの解明(図表1参照)

図表1 着目すべきルールと具体的な調査項目について

図表1画像

研究の方法

現地調査、文献サーベイ、研究会の開催

主な事実発見

  1. 企業レベルにおける交渉アクターは、事業所がクラブ(企業レベルにおける組合)によって組織されている場合は、クラブと使用者側の代表が主たるアクターとなる。一方で、クラブがない場合、産業別組合の地域支部(Local Branch)の「交渉人」が、使用者側の代表とそこで働いている組合員のために、交渉を行う。
  2. 職種別賃金表のようなものが産業別協約内において規定されているわけではない。IF-Metall(機械・金属産業組合)も産業別協約において詳細な規定は必要ないと考えている。
  3. そのため、企業は独自の賃金制度を構築し、その制度に基づいて労働者の賃金が決まる。クラブがあり、かつ、資格等級制度があるようなV社T事業所の場合、月例給のうち、全員に一律に支払われる給与項目に関する賃上げは、クラブと使用者側の代表との間で行われる交渉を通して、決定されている。
  4. ブルーカラーの月例給にも査定が導入されている。査定の運用において、組合はモニタリングに加えて、交渉主体としての機能も維持している。例えば、V社T事業所のメンテナンスワーカーにおいては、組合員の評価点や評価点に応じて決定される昇給額は、各部門毎に作られる組合員の評価グループと部門の上司の間で決定されている。また、昇給額の決定の際には、組合員間の賃金格差の是正も念頭に置きつつ交渉が実施されている。
  5. 総じてこの査定部分は、組合員にとっては賃上げのための貴重な要素となっている。V社T事業所のプロダクションワーカーにおいては、ほぼ全員が得られる最大限の昇給を受け取っている。A社B事業所の組合代表の言葉を借りれば、こうした査定部分の昇給要素は「賃金を上げるブースター」となっている。
  6. クラブがない場合、その地域を管轄している地域支部(Local Branch)の「交渉人」が、職場まで赴き交渉を行う。こうした交渉が行われるのは数人から数十人の規模の企業が多いという。
  7. クラブがない場合、次の3つのパターンで賃金が決定される場合が多い。1つは、個人の賃金に、合意した賃上げ率をかける方法である。2つは、全員に同じ昇給額を適用する方法である。3つは、上司と部下の面談で具体的な昇給額が決定する場合である。この場合、そこで働く組合員個人が上司と合意できなければ、「交渉人」がその決定過程に参加し、昇給額を決定する。その際、地域支部は使用者側、組合員側双方の言い分を聞きつつ、お互いが納得できる賃金を提案するように努めている。
  8. 近年、賃金に関する具体的な規定を設けないFigureless協約の導入が進みつつある。機械・金属産業においても、大卒エンジニア組合と機械工業経営者連盟との間でそうした協約が締結されている。この協約の下では、基本的には、企業内の労使が合意できれば、どのような賃上げ率で合意しても問題はない。ただし、協約の文言には具体的には記されていないが、個別企業内において労使が合意できなかった場合の賃上げ率の下限が、設定されていた。また、その下限の設定において、産業横断的なレベルが一定の役割を果たしていた。
  9. 経済的理由による整理解雇の人選については、クラブがある場合、ない場合、すなわち、企業規模によらず、いずれのケースにおいても雇用保護法における先任権が自動的に適用されているわけではなく、交渉を通じて人選が行われている。その際には、組合も事業の操業を維持することができるような形で、合意することに努める一方で、使用者側も無理に自らの主張を押し通すわけではない。
  10. 使用者側がそうした交渉に応じるのは、雇用保護法にある先任権規定を逸脱するためには、組合と整理解雇の人数や人選について合意する必要があるためだと考えられる。
  11. 経済的理由による整理解雇の対象者は、労使が自主的に取り組んでいるTSL制度を利用し、次の職場を探している。したがって、現在スウェーデンでは、公共サービスと労使によって提供されるサービスのミックスによって、失業者支援が実施されていると言える(図表2)。

    図表2 失業者支援制度の概要(TSL制度と公共職業紹介所)

    図表2画像

    注)Wは労働者。 ACは民間人材サービス企業

  12. TSL制度の特徴を指摘すると、大きく3つある。1つは、民間人材サービス企業を活用していることである。それらの企業を利用するのは、彼らの持つネットワークは広大で、多くの求人企業に対する情報を持っているからである。彼らのネットワークを利用することで、失業者と求人企業の早期のマッチングを試みている。2つは、とはいえ、民間に任せっぱなしにしているわけではないことである。制度の運用において、組合がかなりの程度関与している。例えば組合は、サービスへの参入業者に対する評価の主体となることで、良好なサービスを提供する業者のみを残そうとしている。また、3つは、このサービスが、実際に失業となる以前から提供されていることである。通常、整理解雇の実施までに、予告期間として一定の期間が与えられる。公的サービスはその期間は利用できない。一方、TSL制度は、その期間内からサービスを開始することができる。こうした取り組みは、実際に整理解雇の対象となったとしても、失業を経験することなく次の職場に移ることを可能にしている面がある。

政策的インプリケーション

  1. 産業別協約に基づいた集団的労使関係システムを維持する上で、企業レベル(主に事業所もしくは職場)の労働組合が果たしている役割は小さくない。この点は、集団的労使関係システムを構築したとしても、企業レベルにおいて組合の役割が小さくなるわけではないことを示唆していると思われる。
  2. 経済的な理由による整理解雇時の労使交渉の分析から、先任権規定が、実は、事業所内の真摯な労使交渉を促していることが明らかとなった。法律における具体的な規定が、その逸脱規定と合わさって、企業内において労使の真摯な交渉を促すことに寄与しているという事実は、企業内に形成された発言機構の実効性の担保を考える上で、興味深い知見だと思われる。
  3. 個別企業における雇用と、公的な失業者支援サービスの間に、労使自らが運営するセーフティーネットが存在していた。この点は、仮に、セーフティーネットにおける1層目を企業における雇用、2層目を公的サービスとすると、労使当事者によって講じられる1.5層目のセーフティーネットと見なすこともできよう(図表2)。その際、1.5層目は、民間人材サービス企業を利用することで支援が展開されていたのであるが、その運営において、労使が深く関与していた。この点は、労働政策を考える上で、興味深い知見であると考えられる。

政策への貢献

雇用システムや集団的労使関係システムの在り方といったマクロ的政策課題について、政府、労働組合、使用者団体といったILO三者構成原則に基づく各政策主体が構想を検討する上での基礎資料としての活用が期待される。

本文

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研究の区分

プロジェクト研究「労使関係を中心とした労働条件決定システムに関する調査研究

サブテーマ「規範設定に係る集団的労使関係のあり方研究プロジェクト」

研究期間

平成24年~平成27年度

執筆担当者

西村 純
労働政策研究・研修機構 研究員

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