JILPTリサーチアイ 第6回
初期キャリア形成の現状と課題
─「就業構造基本調査」(総務省統計局)の2次分析から

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特任フェロー 小杉 礼子

2014年9月17日(水曜)掲載

世界的な若年雇用状況悪化の中での日本の移行

わが国では若年者の雇用状況にも改善が見られているが、世界的には厳しい状況が続いており、2013年の世界の若者(15-24歳)の失業率は13.1%と壮年層の3倍の水準となっている(ILO,2014)。特に、就業も就学もしていない若者(NEET[注1])の場合、その後の長期にわたるキャリアに残される傷(scarring effect)が懸念されている(OECD,2012)。

もともと日本の若年失業率や若年人口に占めるニート比率は、国際的にみれば悪い水準ではなく、この問題にうまく対処してきた国の一つだといえる。その背景として指摘されてきたのが、新規学卒採用と企業内育成の雇用慣行であり、また同時に発達してきた学校も関与する就職斡旋システムである。学校卒業から就業までに時間がかかることが多い多くの国々に対して、わが国では、卒業と同時に雇用期限に定めのない「正社員」になることが一般化していた。

そうした「間断のない移行」が揺らぎ始めたのが1990年代半ばである。新卒採用枠が狭まり、一方で若年非正規雇用者が急増した。

ここでは、それ以降に学校を卒業した人たちのその後の職業キャリアを実態調査から明らかにしたい。用いるのは、総務省統計局が5年毎に行なっている「就業構造基本調査」である。直近の2012年調査の場合、対象数は全国から抽出した約47万世帯・約100万人で、さまざまな分析に耐えうる標本調査である。JILPTでは総務省統計局から許可をいただき、15歳から44歳までの約37万人の個票データを独自に分析した。この分析結果が今回公表した資料シリーズ『若年者の就業状況・キャリア・職業能力開発の現状②─平成24年版「就業構造基本調査」より』である[注2]

「間断のない移行」の変化と非典型雇用から正社員への移行

2007年調査から、新たに「学校卒業後の最初の仕事」が調査項目に入った。まず、これに注目する。図1は、高卒者と大卒者について、初職が非典型雇用であった人の比率を卒業年代グループごとにみたものである。高卒者では、その比率は、男女とも「'86~'90年卒」では低かったが「'01~'05年卒」で最も高くなり、その後は低下している。「'01~'05年」は高卒求人倍率が近年で最も低かった時期であり、個人の側から初職を把握すれば、非典型雇用で職業キャリアを始めた人は、男性の3割女性の4割強と非常に多かった[注3]。一方大卒の場合は、高卒ほどは非典型雇用に就いた人は多くないものの、やはり増加傾向にあり、男性の場合は直近まで上昇し続けている。「間断のない移行」は正社員への移行という意味では、大きく変化している。新卒就職システムは変容した。

図1 初職が非典型雇用*1であった者の割合

(卒業年*2別/分母は卒業者でかつ予備校などに通学していない者)

図1グラフ画像クリックで拡大表示(新しいウィンドウ)

*1 非典型雇用は、勤め先での呼称が「パート」、「アルバイト」、「労働者派遣事業所の派遣社員」、「契約社員」、「嘱託」、「その他」であって、「正規の職員・従業員」ではない者。

*2 卒業年は学歴と年齢から推定したものであり、ずれがある場合を含んでいる。

出所:JILPT(2014)から筆者作成。

では、その後はどうか。調査では、現職の就業形態と、前職がある場合はその就業形態が把握されている。初職、前職、現職の3つ時点の働き方に注目して、初期キャリアを類型化した。2007年調査でのそれと2012年調査でのそれを、年代グループごとにまとめて示したのが、図2である。紙幅の関係もありここでは高卒男性のみを示す。初職が非典型雇用だった人が最も多かった「'01~'05年卒」に注目すると、不安定な市場に居続ける「非典型一貫」型は20代前半頃には20%、20代後半になっても15%を占める一方、途中で正社員に変わる「他形態から正社員」型も20代後半には1割近くになっており、この世代の高卒男性・初職非典型雇用者の3分の1程度は正社員に移行していると考えられる。それでも、非典型雇用や無業の者の比率は、「'86~'90年卒」(2012年に40歳代前半)の2倍を超え、この世代が卒業時の就職環境の悪さを引きずっていることがわかる。この世代がこのまま壮年層になれば、団塊ジュニア世代の非正規問題より深刻な課題となろう。

図2 高卒男性の初期キャリアの経年変化(卒業年*別)

図2グラフ画像クリックで拡大表示(新しいウィンドウ)

* 卒業年は学歴と年齢から推定したものであり、ずれがある場合を含んでいる。

* 10代後半は、'06~'07年卒のみ。

出所:JILPT(2009)およびJILPT(2014)から筆者作成。

この非典型雇用に長期にとどまる人の自立や家族形成を促進するためには、非典型雇用のままでの諸条件の向上、新たな雇用区分(限定正社員など)の導入による諸条件の向上、あるいは、非典型雇用から正社員への移行支援などの対応が考えられるが、JILPT(2014)では、非典型雇用から正社員に移行したケースの分析を行なった。ここから、非典型雇用離職者を正社員として雇用する企業は多くがその時点で旺盛な需要がある産業に属しており景気の影響が大きいこと、あるいは、個人の側は女性より男性、年齢は20代で多く、学歴は高いほうが有利で、また、2007年に比べて2012年には30歳代での正社員への移行が難しくなっていることなどを明らかにした。

さらに、過去1年間に非典型雇用を離職した人のうち、次の仕事が正社員であった人とそれ以外の人との比較を通じて、正社員への移行を規定する要因を探った。分析の詳細は資料シリーズを参照いただきたいが、年齢や性別、結婚などの個人の諸条件を統制したうえで検討すると、前職である非典型雇用での一定の就業期間や過去1年間の自己啓発、初職が正社員であったという条件はそれぞれ有意な影響をもった。ここからは前職期間の能力開発が正社員への移行を促進することを指摘している。

ニート状態とキャリア

この調査からは、ニート状態[注4]の若者のキャリアについても若干の情報が得られる。90年代初めには、ニート状況に至る前に就業経験がある人は少なかったが、90年代末から2000年代初めにかけては就業経験のあるニートが増えた。就業経験があるニートが増加するのは景気が悪い時期であり、労働市場の悪化がニート増加の要因の一つであったと考えられる。さらに、最近5年は、就業経験のあるニートが減少するとともに、就業経験のある場合も離職からの期間の長い人が増えた。すなわち、ニート状態に長くとどまる人が増えているということで、景気の回復があっても労働市場に参入しにくい人が滞留している可能性がある。ニート状態が長期的に傷を残す事態は日本でも起こっている。

学卒時点での景気の悪さがその後のキャリアに影響することや景気回復下でのニート状態への滞留といった事態は、一方で、新卒就職システムに乗った「間断のない移行」が継続されているからこそ重い課題となっている。日本の現状も、世界的な若者雇用問題の深刻化とは無縁ではない。

注1 Neither in Employment, nor in Education or Training: 就業も在学も訓練も受けていない状態をさす。日本の「ニート」は、これに「求職活動をしていない、主に家事をしている者ではない」という条件を加えて定義している。国際的な定義ではこの条件をつけないので、失業者も含まれる。

注2 これ以前の2002年調査、2007年調査についても同様に個票の特別集計を行っており、結果はJILPT(2005)同(2009)として公表している。

注3 学校・ハローワーク経由で把握している就職状況とは隔たりが大きいが、学校・ハローワークによる斡旋を受けない者や当初は進学予定で卒業した者などが多く存在するということで、これまでの斡旋システムからはみ出す存在が増えたことを示唆する。

注4 ここでは、日本型の定義によるニートである。