資料シリーズNo.253
金融業におけるAI 技術の活用が職場に与える影響
―OECD共同研究―

2022年3月31日

概要

研究の目的

本研究の目的は、金融業4社の事例を通して、職場におけるAI技術の活用実態を明らかにすることである。

主な研究課題として、AI技術の機能とは何か、AI技術の開発・運用をめぐる労使間の話し合いはどのようになされたのか、AI技術は従業員のタスクをどのように変化させたのか、AI技術は仕事を代替しているのか、それとも補完しているのかを追究した。

研究の方法

ヒアリング調査

主な事実発見

  1. 労使協議ではなく部門内説明会

    AI技術の開発、導入、運用をめぐる従業員との相談は、労働組合の有無にかかわらず、労使協議ではなく、AI技術の活用関連部門内での説明会を通じてなされていた。なぜなら、第一に、AI技術は全従業員に活用されるものではなく、特定の部門の限られた従業員の業務に活用されるからである。第二に、AI技術の活用は、現時点においては、従業員の雇用、賃金や労働条件に影響を及ぼしてはいないからである。

    A社におけるAI技術をめぐる従業員との相談は、AI技術の活用関連部門内における説明会や研修を通じて実施されていた。B社においても、AI技術の開発段階および運用段階において、AI技術の活用関連部門の担当者たちは、労使協議を通じてではなく、AI技術の関連部門内での説明会や研修を通じて意見交換を行っている。C社のAI技術全般の開発と運用をめぐる従業員との相談についても、AI技術全般が現在のところ、C社従業員の賃金や労働条件に影響を与えるものではないので、労使協議は実施されていない。従業員への相談は、部門内における話し合いを通じて実施されているのが現状である。D社においても、AI技術が従業員の賃金・労働条件に影響を与える技術ではないので、開発や運用をめぐる労使協議は行われていない。主に活用部門内での会議を通して従業員への相談がなされていた。

  2. 説明会での議論

    AI技術の活用部門内における説明会での議論の中身は、主にAI技術の機能や使用方法の説明と従業員の懸念の処理にあった。

    A社の審査担当者には、部門内での説明会や研修を通じて、AI技術の機能、使用方法が伝えられ、不明点についての意見交換が行われていた。B社においては、当初、BA社アジャスターからは、AI技術の活用に対して自身の仕事が奪われるのではないかとの否定的な意見が出されていたが、説明会を通して、アジャスターからの合意が得られた。C社においても、CA社アドバイザーはAI技術によって自身の仕事が奪われるかもしれないとの懸念を有していたが、活用部門内での説明会を通して、懸念が緩和されている。D社については、部門内において、主に精度向上の方策が話し合われている。

  3. 業務効率化への貢献と不透明さ

    AI技術は、業務効率化に一定程度貢献してはいるものの、その業務効率化の程度についてはなお不透明である。

    A社におけるAI技術は、住宅ローン仮審査業務の効率化、審査基準の均一化、審査時間の短縮による顧客利便性の向上といった効果を一定程度有している。ただし、AI技術の効果の程度については正確には分からない。B社においても、事故車両画像からの修理費見積へのAI技術の活用は、業務効率化に貢献しているとはいえ、B社の事業全体へ大きな影響を与えたわけではない。C社においても、AI技術が将来的なアドバイザーの人材確保難への対応、多様化する顧客ニーズへの対応、業務効率化、対応品質の向上に対して、一定の役割を果たしているものの、やはり、その程度は明らかではない。D社においても、AI技術による一定程度の業務効率化が進んでいるとはいえ、そのAI技術による貢献の詳細については分からない。

  4. タスクの一部代替

    AI技術は従業員のタスクの一部を代替していた。

    A社においては、従来、審査担当者は住宅ローン仮審査段階において、「可決」「否決」「保留」を判断するタスクを行っていたが、AI技術の導入後、このタスクはAI技術が代替することとなった。B社においては、AI技術を実際に活用しているのは、B社従業員ではなく、B社子会社のBA社で働くアジャスターと呼ばれる専門員であった。従来、アジャスターは工場から送られてくる事故車両画像と修理費見積を一から確認し、その後、最終的な修理費見積書を作成していた。しかし、AI技術の導入後、事故車両の外板の損傷に限っては、AI技術が事故車両画像から修理費見積を算出するので、アジャスターはAI技術が算出した修理費見積額を参考にしながら、最終的な修理費見積書を作成するようになった。このように、AI技術は、従来アジャスターが担っていた、外板を損傷した事故車両の修理費見積というタスクを代替した。ただし、車両内部の故障や車両が大破した場合の修理費見積については、アジャスターが従来同様に処理している。C社においては、AI技術を実際に活用しているのは、C社従業員ではなく、C社関連会社のCA社で働くアドバイザーと呼ばれる顧客対応担当者であった。AI技術は、従来、アドバイザーが行っていた、顧客の問い合わせに対する紙ベースのマニュアルを確認するタスクを代替した。しかし、現状としては、アドバイザーの多くは、AI技術の精度に課題が残っているので、適宜、紙ベースのマニュアル確認を行っている。D社のAI技術については、一部の営業担当者がすでに使用しており、顧客対応の際には、事前に必要な情報を手早く調べることが可能になった。AI技術は、従来、営業担当者が行っていた、顧客対応に必要な情報収集というタスクの一部を代替している。

  5. 代替か補完か

    AI技術は従業員のタスクを一部代替しているものの、多様なタスクから構成される従業員の仕事そのものを代替するものではなかった。すなわち、AI技術は人を代替しているのではなく人の仕事を補完しているのが現状である。

    A社においては、AI技術が導入されたことにより、住宅ローン仮審査において、AI技術が明確な「可決」および「否決」を判断するので、審査担当者は、「保留」の処理と本審査業務に特化することが可能となった。しかし、この住宅ローン仮審査段階での「保留」の処理と本審査の完遂という仕事は、人による判断が必要となる。B社におけるAI技術は、アジャスターのタスクの一部を支援するものであっが、事故車両画像からの修理費見積の最終判断は、従来通り、アジャスターが担っている。C社においても、AI技術がCA社アドバイザーの顧客対応の支援を担っているが、AI技術の精度に課題があり、現状のところAI技術はアドバイザーの仕事を支援している段階にある。顧客対応を完結させているのは人である。D社においても、AI技術は営業担当者の情報収集を支援しているが、取引成約に向けた営業担当者を代替するものではない。

  6. 新たなスキルと知識

    AI技術の導入によって、実際に活用する従業員には、AI技術の機能や使用方法に関する新たなスキルと知識が必要となった。しかし、AI技術を活用する従業員にとっては、AI技術の導入による新たなスキルと知識は高度なものではなく、彼らは活用部門内での説明会や研修を通じて身に付けている。

政策への貢献

今後の労使関係を中心とした雇用制度の構築および雇用社会の変化に対応する労働政策のあり方に資する基礎素材になりうる。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「労使関係を中心とした労働条件決定システムに関する研究」
サブテーマ「雇用社会の変化に対応する労働法政策に関する研究」

研究期間

令和3年度

執筆担当者

岩月 真也
労働政策研究・研修機構 研究員

研究担当者

天瀬 光二
労働政策研究・研修機構 副所長
新井 栄三
労働政策研究・研修機構 調査部長
岩月 真也
労働政策研究・研修機構 研究員
荻野 登
労働政策研究・研修機構 リサーチフェロー
呉 学殊
労働政策研究・研修機構 統括研究員
松上 隆明
労働政策研究・研修機構 リサーチアソシエイト
森山 智彦
労働政策研究・研修機構 研究員

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