調査シリーズNo.210
新しいデジタル技術導入と労使コミュニケーションに関する研究
概要
研究の目的
労働政策基本部会の報告書(令和元年9月労働政策審議会了承)において、「AI等の新技術の導入に伴う労使間のコミュニケーションの充実」が今後の検討課題として整理されたことを踏まえ、「AI等の新技術の導入に伴う労使間のコミュニケーションの充実」について調査検討を行う検討会を、新たに立ち上げることとなった。
同検討会においては、ICTの活用など、従来から実装が進んでいるデジタル関連技術や、AI、IoT、ロボット、RPA、ビッグデータ等の新技術について、各職場に実装するに当たり、労使にとってより良い導入・活用方策や実装に伴い生じうる労働条件の変更等への対応について協議するために行われる労使コミュニケーション(集団的に行われるものを中心にして)がテーマとなっており、実態や課題の把握を行うため、ICT、AI等の技術導入の際の労使コミュニケーションについて、全体的な傾向を調査する。
研究の方法
アンケート調査結果の分析
【調査概要】
- 期間:
- 令和2年3月9日~4月17日
- 対象:
- 全国30人以上規模の事業所
- 配布数:
- 20,000票
- 不達票数:
- 165票
- 回収数・率:
- 3,670票、18.5%
主な事実発見
1 新しいデジタル技術導入に関する全体的な結果概要
- 全体としてみれば、新しいデジタル技術を導入する目的は、「定型的な業務の効率化、生産性の向上」にあった。
- そのため、導入の「効果」も、そうした点に着目している。
- 新技術導入に際して、従業員側との協議が必須だとは考えていない。
過半数は事前協議を「行っていない」。 - それは、基本的には、新技術導入が「経営判断であり、必要がなかった」から。
- 協議した場合でも、その後のプロセスをみれば、協議のタイミングはあまり大きな問題ではない。
- それでも、さまざまな面で、企業規模、事業所規模、業種、創業年による差異が見られる。
それらをさらに検討していく必要がある。
2 協議手段の種類が、新しいデジタル技術を導入するにあたって、協議手段の種類がいかなる効果を及ぼし、いかなるコストを要したのか
- 企業はSNSなどのツールを用いてコミュニケーションを図ろうとしていた可能性がある。
- 事前協議と事後協議ではその性質が異なっていることが確認された。特に事前協議ではSNSなどを活用している事業所で多い傾向にある一方で、事後協議ではアンケートや専門組織を活用するアフターケアのような活動が多い傾向にある。
- 導入に際して協議を行うのは半年前が最も多いが、それ以上に長い事業所もある。
- 導入には協議による時間もコストとして負担することが確認され、このコスト負担軽減がDX導入を促進するのに重要である。
- 協議の種類と導入する技術にミスマッチが生じ、それによって導入するためのコストが高くなっている可能性がある。円滑な導入を促すための支援が必要だろう。
3 技術の種類による導入状況の差異
技術の種類によって、それぞれが導入されている企業属性やプロセスにおいて、たしかに様々な差異があることが確認されたものの、その差異が非常に大きいともいえない状況も明らかとなった。そうした中にあって、他の技術と相当程度異なる状況が明らかになったのが「AI」であった。
それらは、以下のとおりである。
- 導入されている規模と業種に関しては、大規模企業、卸売、小売業、製造業で導入されている比率が高い。
- 導入前の協議比率が、相対的に高い。その一方で、協議の時期は、存外、1年ほどという「導入のかなり前」であった比率は低い。
- 組合や従業員側の対応姿勢としては、「積極性」が低くなっている。
- 導入決定と協議の時期では、これも他と相当傾向が異なり、「わからない」が4割を占めている。
- 協議方法では、「従業員への説明会」がきわめて高い比率に上るのと同時に、「労使協議機関での協議」、「労働組合との団体交渉」のフォーマルな協議ルートによる協議比率が、きわめて高い。
- 協議の効果は、他と同様「あり」が大多数を占めるが、その効果の内容は「導入・運用が計画どおり進んだ」ことが高い比率となっていた。
- 導入に関する「課題なし」比率が、もっとも高く、課題の内容では、特記すべき事項はない。また、協議なしの理由でも、特別な傾向は見られなかった。
政策的インプリケーション
- 継続的調査の必要性
今回の調査は、新型コロナウイルス感染症の拡大の直前に行われたこともあり、感染症の流行以前の、いわば平時の導入状況を調査したものである。新型コロナウイルス感染症は等しくどの産業に対しても生じたマクロショックであり、まさにその対応策として、こうしたデジタル技術を用いた新しい働き方が可能となってきた側面がある。そうであればなおさら、再調査をし、本調査とコロナ拡大期とを比較することで、より豊富な知見が得られることが予想される。
- さらなる導入を進める際の支援策の検討
これからの社会にとって、新しいデジタル技術がきわめて重要であることは疑いない。そのためには、企業が導入を促進させられるような支援の仕組みを検討することが必要となろう。
新しいデジタル技術導入には、当然のことながら、大なり小なり、様々なコストがかかってくる。その際、現段階でも、たとえば、設備投資減税などの促進政策が念頭に浮かぶが、コストとは、そうした直接的な費用のみではない。協議に費やす時間や人的なコストといった付随的な支出も、実は、相当重要なコストと考えられよう。そうした点まで射程に含めた支援策を考える必要があるように思われる。
- 労使コミュニケーションのあり方再考
過去の調査結果と今回の調査結果をみると、新しい技術導入に伴い、労使間で積極的に協議すること、中でも、伝統的なルートによる協議や交渉が相対的に少なかったということが明らかとなってきた。むろん、「それぞれの時代における最先端の技術」の内容、それを協議・検討するコミュニケーション方法も、異なってきている。ただ、そうした一連の結果は、労使コミュニケーションとは何であるのかということを、あらためて問い直す契機も提供しているように思われる。
それでもなお、「協議を行わなかった」という比率がほぼ過半数となった結果をみると、たとえば、「単なる情報伝達と労使双方の協議」は、どの部分がどの程度同じであるのか、異なっているのか、その境界が相当程度曖昧になっていることを想起させる。労使コミュニケーションとは何であるのかを、それを支える技術と、労使双方の考え方の変容や、働き方や職場、組織のあり方に及ぼす影響まで含めて、その全体像を捉え直すことが必要になっているように思われる。現在のDX技術が影響を及ぼす領域の外延は、きわめて広大である。それらを丹念に一つずつ検討していくことが求められている。
政策への貢献
- 労政審・基本部会「技術革新(AI等)が進展する中での労使コミュニケーションに関する検討会」(第4回、2020年10月20日)における報告。
- 労政審・基本部会「技術革新(AI等)が進展する中での労使コミュニケーションに関する検討会」(第9回、2021年3月18日)への資料提供。
本文
全文がスムーズに表示しない場合は下記からご参照をお願いします。
- 表紙・まえがき・執筆担当者・目次(PDF:399KB)
- 第1章 はじめに
第2章 調査結果概要−単純集計結果を中心に−
第3章 協議等の手段の種類がDX導入に与えた効果と導入に際してのコスト
第4章 技術の種類による導入状況の差異
第5章 むすびにかえて(PDF:1.9MB) - 【付属資料】(PDF:14.1MB)
研究の区分
緊急調査
研究期間
令和元年11月~令和3年4月
担当者
- 中村 良二
- 労働政策研究・研修機構 特任研究員
- 石川 貴幸
- 立正大学経済学部 特任講師