資料シリーズNo.234
過重負荷による労災認定事案の研究 その2

2020年11月30日

概要

研究の目的

本研究は、過労死・過労自殺等過重負荷を通じた業務上災害の発生機序を、労働や職場の視点から明らかにすることを目的に行われるものである。具体的には、労働時間の長さを中心としつつ、その背景には様々な業務の事情や負荷、心理的負荷が複雑に絡み合って業務上災害が生じていると考えられるところ、定量的に傾向を把握し、また、個別事案の主な要因を解明し類型化などを試みるものである。

研究の方法

独立行政法人 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 過労死等防止調査研究センターが保有する行政資料を基に調査研究を行った。下記研究担当者は、① 裁量労働制適用者に係る労災認定事案の傾向や特徴などを把握する事案研究、② 精神障害の労災認定事案のうち長時間労働が心理的負荷に大きく関わるケースを対象に、a) その事案特性に関する定量的把握、b) 調査復命書等の記述内容の分析を行った。(なお、以下では、脳・心臓疾患事案を「脳心事案」と、精神障害事案を「精神事案」と、また、各認定基準の表記に従い、脳心事案については「発症」と、精神事案については「発病」と表記する。)

主な事実発見

「第1章 裁量労働制適用者の労災認定事案の分析」は、上記 ① の調査研究を行ったものである。その結果、裁量労働制適用者に係る脳・心臓疾患の発症並びに精神障害の発病の機序は、長期にわたる長時間労働及びその背景としての、業務の専門性あるいは業務区分の明確性ゆえに他者との協働が困難であることではないかということ、また特に精神事案については、被災者の性格も相俟って業務に過重な負荷がかかっていることであると考えられる。精神事案については、さらに、上記業務負荷の問題とともに、職場における人間関係を契機として業務上の心理的負荷が生じ、労働災害が発生しているものと考えられる。

図表1 事案概要(第1章図表1-1, 1-2)

表1「裁量労働制適用者 脳・心臓疾患事案」概要(PDF:505KB)

表2「裁量労働制適用者 精神障害事案 概要」概要(PDF:809KB)

「第2章 精神障害・長時間労働関連事案の特徴及び負荷認識に関する分析」は、上記 ② の調査研究を行ったものである。そのうち、上記 ②a) については、全体に占める長時間労働関連事案の割合は、生存事案において40.0%、自殺事案において66.3%であった。内訳について、生存・自殺事案を比較すると、生存事案では、自殺事案と比べ、勤続年数の短い事案、勤め先経験数の多い事案の割合が高い。業種や職種においても、生存事案と自殺事案では分布の特徴が異なるなど、被災者属性に相違がみられた。次に、上記 ②b) について、長時間労働関連事案のうち生存事案について、長時間労働の環境下で、当事者におけるどのような認識・社会関係の下で精神障害発病がもたらされるのか、業務負荷に関する当事者の認識と事案経過に着目することで検討し、事案を類型的に把握しようと試みた。発病時年齢50代の長時間労働関連・生存事案43件をみると、「ムリが限界に」「業務・環境への適応」「厳しすぎる指導」「過度の追及」「不当な扱い」という類型が浮かび上がる。長時間労働下での精神障害発病プロセスにおいては、被災者の負荷認識に関していくつかの特徴的な形があることが窺える。

図表2 被災者の負荷認識をもとにした事案類型(50代、精神障害(生存)・長時間労働関連事案)

図表2画像

政策的インプリケーション

「第1章 裁量労働制適用者の労災認定事案の分析」における上記 ① の調査研究について、適切に対処しうるのは第一次的には職場の管理職であろうと思われるところ、事業場・企業としては、業務の采配などとともに、管理職の職責として、職場で生じる諸問題について適切に対応しうるよう権限を与え職責を課すこと、またそうした管理職人材を配置・育成するなどの方策が求められるということを提起した。事業場・企業としても、労働者の業務負荷を軽減することにつなげていくために、裁量労働制のみなし時間を適正なものとすること、出退勤管理の方法に万全を期し、裁量労働制適用者の実労働時間管理を適切に行ったうえで、健康福祉確保措置や苦情処理措置を適正に運用していくことが必要である。その一方で、裁量労働制適用者にあっても、制度を適切に理解し、自ら働き過ぎとならないよう律しつつ勤務することも必要である。

「第2章 精神障害・長時間労働関連事案の特徴および負荷認識に関する分析」における上記②の調査研究について、長時間労働それ自体が精神障害発病の要因として被災者に認識されているとは限らない。むしろ、環境変化、対人関係、職場での出来事等に焦点があたっている場合も少なくない。長時間労働は、発病の重要な背景を成しているが、労働時間が機械的に精神障害発病をもたらすというより、被災者の認識過程、職場での社会関係が、発病プロセスの検討の際に重要な要素であることがわかる。ただ、長時間労働が、こうした精神障害発病のきっかけとなる事象・認識を生む「土壌」となっていることも見逃してはならない。長時間労働は、様々な過程を経て労働者の精神的健康を著しく阻害しうる。企業における法令順守、行政による監督指導強化等によって、長時間労働の是正が強く求められる。

政策への貢献

過労死・過労自殺防止対策のほか、長時間労働抑制など過重労働に関連する諸問題にかかる政策の企画・立案に貢献するものである。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「働き方改革の中の労働者と企業の行動戦略に関する研究」
サブテーマ「労働時間・賃金等の人事管理に関する調査研究」

研究期間

令和元年度

研究担当者

池添 弘邦
副統括研究員
高見 具広
副主任研究員
藤本 隆史
リサーチアソシエイト

関連の研究成果

入手方法等

入手方法

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