労働政策研究報告書No.215
ミドルエイジ層の転職と能力開発・キャリア形成
概要
研究の目的
「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2019」では、「全世代型社会保障」に向けた改革の一環として、中途採用・経験者採用の促進が謳われた。実態としてもフルタイム労働者の転職が増加傾向にあり、大企業への転職や、若年層・シニア層に比べて定着的とみられてきた「ミドルエイジ」層の転職が増加している。
ミドルエイジ層の転職の増加は、日本企業におけるいわゆる「長期安定雇用」の体制や対象に少しずつ変化が生じつつあることを示唆している可能性がある。今後の雇用体制のあり方を展望する上でも、また「骨太の方針」で掲げられた中途採用・経験者採用の促進を図っていく上でも、ミドルエイジ層の転職に関する実態把握が必要であると考え、調査研究を企画・実施した。本書では、転職全体やミドルエイジ層の転職の動向、および日本における転職についての先行研究を念頭に置いたうえで分析課題を設定し、2020年12月に労働政策研究・研修機構が実施した「ミドルエイジ層の転職と能力開発・キャリア形成に関するアンケート調査」の再分析を行った。
研究の方法
アンケート調査の再分析
主な事実発見
- 転職活動や能力開発・キャリア形成活動と、賃金・役職・スキルや知識の活用度といった転職結果との関連についての分析では、転職活動にあたって「仕事上の友人・知人」との接触頻度がより高いほど、役職レベルが上がる可能性が有意に高くなるという結果が示された。また、転職後のスキル・知識の活用度においても、転職時の「仕事上の友人・知人」との接触頻度が上がるほど高くなるという関係が見られた(図表1)。
- 職業上の資格・免許の保有は、賃金上昇、役職レベルの向上、スキル・知識の活用度とのいずれとも、統計的に有意な正の相関あるいは正の相関の傾向が認められた。過去3年間に仕事に関わるスキルや能力向上のための取組みを行うことは、自身のスキル・知識の活用度に関する転職者のより高い評価と結びついていた(図表1)。
図表1 転職先におけるスキル・知識の活用度と転職活動・能力開発/キャリア形成に向けた活動
(順序ロジスティック回帰分析) - 転職先の取組みや、転職者個人の変化に対する姿勢が転職後の組織再適応にもたらす影響についての分析では、① 新人の適応を促進するために組織が実施する「オンボーディング施策」を受けた者ほど組織社会化成果が高く、組織への愛着や定着意欲が高いこと、② よりアンラーニング志向(新たな環境・変化に対して前向きな姿勢を持つこと)の強い転職者は、より高い組織社会化成果が認められ、組織への愛着的コミットメントや定着意思もより高いことが示された(図表2)。
図表2 組織社会化成果を従属変数とする重回帰分析結果
- 転居を伴う転職を行ったミドルエイジ転職者についての分析からは、① 転居を伴う転職を行う転職者に占める女性の割合は、転居なしの転職を行った転職者に占める女性の割合の半分程度であること、② 転居を伴う転職を行った転職者のうち、東京圏外から東京圏へと移動してきた「上京型」の転職者は、自分のキャリアを伸ばせる環境を求めて、転居を伴う転職を実行していると考えられること、③ 東京圏から東京圏外への転居を伴う転職を実施した「UIJターン型」の転職者は、ミドルエイジ層の中でも比較的高齢で、管理職に移行するなど新たな活躍の場を地方の中小企業に求めている傾向が見られることが明らかとなった。
- 転職者と勤続者の比較分析によると、転職者の方がワーク・エンゲージメントの平均値が高く、仕事成果に対する自己評価もより高いこと、また、自身のキャリアを自分の責任によって決定している意識や、組織の枠にとらわれずに働くことに意義を感じるといった、いわゆる「自律的キャリア観」を持つ傾向がより強い。
政策的インプリケーション
- 「仕事上の友人・知人」との接触頻度がより高いと、役職レベルの上昇や、転職先におけるより高いスキル・経験の活用度につながる可能性が高まることから、例えば「仕事上の友人・知人」とのつながりを活用した「リファラル採用」の手法を促進するための企業・業界・同職種従事者間における環境・体制の整備は、これまでの経験やキャリアを活かすことができるミドルエイジ層の転職を増やしていくことに貢献すると考えられる。
- スキルや能力向上のための取組みは、転職者が自ら培ってきたスキルや経験の有用性を実感する上で大きな役割を果たしており、転職を考える労働者、あるいは転職をした労働者が、自分が効果的だと考えるタイミングで必要な能力開発を実施するための社会的・政策的な支援が求められる。
- 職業上の資格・免許の保有は、賃金上昇、役職レベルの向上、より高いスキル・知識の活用度のいずれにも結び付きやすい。この分析結果を踏まえると、例えばハローワークに寄せられた求人、あるいは民間の職業紹介機関に寄せられた求人から、業種毎・職種毎にニーズの高い職業上の資格・免許をデータベースとして整理することなどは、ミドルエイジ層の転職において有効な支援になると考えられる。
- 転職先における取組みと、転職者の意欲や組織に対するコミットメントとの関連の分析からは、わが国においてその重要性が十分に周知されているとは言い難いオンボーディング施策について、周知することの必要性が示唆される。さらに周知が進んだ段階で、オンボーディング施策導入への政策的支援を検討することも必要だろう。
政策への貢献
能力開発およびキャリア形成の支援に資する政策を検討するための基礎資料として用いられる。
本文
研究の区分
プロジェクト研究「多様なニーズに対応した職業能力開発に関する研究」
サブテーマ「職業能力開発インフラと生産性向上に向けた人材の育成に関する研究」
研究期間
平成29~令和3年度
執筆担当者
- 藤本 真
- 労働政策研究・研修機構 主任研究員
- 田中 秀樹
- 同志社大学政策学部 准教授
- 清原 悠
- 立教大学観光学部 兼任講師
データ・アーカイブ
本調査のデータが収録されています(アーカイブNo.150)。
関連の研究成果
- 労働政策研究報告書No.175『転職市場における人材ビジネスの展開』(2015年)
- 調査シリーズNo.149『中高年齢者の転職・再就職調査』(2016年)
- 資料シリーズNo.168『マクロの労働移動、転職市場の実態-既存統計とヒアリング調査より―』(2016年)
- 調査シリーズNo.215『ミドルエイジ層の転職と能力開発・キャリア形成~転職者アンケート調査結果~』(2021年)
- 資料シリーズNo.252『ミドルエイジ層の転職と能力開発・キャリア形成―ミドルエイジ層の転職に関わる人々のインタビュー調査記録―』(2022年)
- ディスカッションペーパー22-05『転職行動の男女差:転職前後のタスク距離と賃金変化に着目して』(2022年)