労働政策研究報告書 No.211
70歳就業時代の展望と課題
―企業の継続雇用体制と個人のキャリアに関する実証分析―

2021年6月18日

概要

研究の目的

65歳までの雇用・労働が社会的に普及し、70歳までの就業機会の確保が求められる中で、企業はどのような人事管理施策を行い、またそれが個人の働き方にどう影響しているかに注目した計量分析と議論を展開した。次の2点が本報告書全体の特徴である。

  1. 60代前半の継続雇用に関する調査・研究を踏まえて、65歳以降の雇用・就業に向けた現状と課題を体系的に明らかにした点。
  2. 上記課題に対して、企業視点(第2章~第5章)と労働者視点(第6章、第7章)の双方からアプローチした点。

研究の方法

以下の個票データを用いた二次分析。

  • 第2章 厚生労働省「高年齢者の雇用状況」
  • 第3章~第5章 「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」
  • 第6章、第7章 「60代の雇用・生活調査」

主な事実発見

  1. 2013年施行の改正高年齢者雇用安定法の影響(企業分析)

    65歳までの継続雇用の対象を原則希望者全員とした2013年施行の法改正の影響を受けた企業の傾向として、情報通信業や金融・保険業、学術研究、専門・技術サービス業、卸売・小売業、常用労働者数が多い企業、組合のある企業という特徴が挙げられた。そして、2013年法改正の影響を受けた企業群では、2012年からの7年間で60~64歳の常用労働者数、比率ともに増加していた(図表1)。厳密に分析すると、法改正が行われなかったと仮定した場合に比べて、60~64歳の常用労働者数が7年間で1企業あたり約2.7人、64歳までの全常用労働者に占める比率が約0.8%増加していた。

    図表1 2013年法改正の影響の有無別、60~64歳の常用労働者数と比率の推移

    図表1画像

    出典:「高年齢者の雇用状況」より集計。

  2. 2010年代における65歳以上の常用労働者比率の増加(企業分析)

    2010年代は60代前半層よりも65歳以上の労働者の増加が顕著だった。特に、運輸業や郵便業、飲食サービスなどの対人サービス業、組合が組織されていない企業、そして中小企業で、65歳以上の常用労働者比率の増加率が高かった。

  3. 60代前半層の賃金と雇用確保措置、賃金配分に対する考え方、就業継続体制との関係(企業分析)

    企業の60代前半層の平均賃金は、定年延長を採用している企業が継続雇用を採用している企業よりも12.8%高かった。また、定年延長採用企業のほうが、高年齢者の賃金引き下げに批判的であり、全体としての賃金・評価制度に基づく賃金決定を志向する傾向があった。他方、過去の賃金や現在の職務・人的資本を重視する企業は、60代前半の平均賃金が相対的に高いのに対して、在職老齢年金や高年齢者雇用継続給付の受給状況を最も重視する企業は平均賃金が低かった。

  4. 企業における継続雇用体制のタイプと60代前半層の雇用面の課題(企業分析)

    60代前半の継続雇用体制を、以下の3タイプに整理した。

    ①「60歳定年制+変化」タイプ:60歳定年を境に仕事上の責任や仕事内容が変わる

    ②「60歳定年制+無変化」タイプ:60歳定年を境とした仕事上の責任や仕事内容の変化はない

    ③「65歳定年制」タイプ

    60代前半層の雇用面の課題等に関して、①に比べて、②や③は60代以上の従業員の労働意欲の低下という課題が、③は若・壮年層のモラール低下という課題が指摘されにくかった(図表2)。また、①は「技能やノウハウの継承」に配慮している企業が多いのに対して、②、③は配慮していない企業が多かった。さらに賃金との関係については、仕事の責任が軽くなる場合は4.2%、異なる仕事に従事する場合は6.6%、60代前半層の平均賃金が低かった。

    図表2 65歳までの雇用継続体制と60代前半層の雇用における諸課題(二項ロジスティック分析)

    図表2画像
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    出典:「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」より集計。

    注:(1)*** p<.001, ** p<.01, * p<.05。

    (2)統制変数:従業員規模、業種。

  5. 継続雇用体制のタイプ、人事管理施策と65歳以上の受け入れ体制との関係(企業分析)

    65歳以降も働くことができる体制がとられているかを上記3タイプで比較したところ、①はそのような体制がとられにくかった。それに対して、③はとられやすく、希望者全員が働ける企業も多く、実際の雇用確率も高かった。さらに、個別面接や評価等の人事管理施策が、65歳以降の雇用の際に従業員の選抜につながっていることが示唆された他、高年齢雇用継続給付を受給する従業員の賃金の調整度合いが高い企業ほど、65歳以降も働くことができる確率が高かった。

  6. 60歳(定年)前後における仕事内容や責任の変化と仕事満足度、就業継続意向との関係(個人分析)

    60歳前後で仕事内容に変化が生じた人は、変わらない人よりも、仕事に対する満足度が高かった(図表3)。他方、責任の変化の有無と仕事満足度との間、並びに仕事内容や責任の変化と明確な就業継続意向を持つこととの間には、有意な関連がなかった。

    図表3 60歳又は定年到達を挟んでの仕事の継続・変化と仕事に対する満足度との関係(OLS)

    図表3画像

    出典:「60代の雇用・生活調査」より集計。

    注:(1)* p<.05。

    (2)統制変数:性別、年齢、就業理由、仕事内容、雇用形態、月収、従業員の体力等に関する会社側の配慮の有無、従業員規模、業種。

  7. 60代前半の労働者における就業理由の多様性とキャリア(個人分析)

    60~64歳男性の就業理由は、4タイプに分けられた((ⅰ)「生活維持」のみ、(ⅱ)「生活維持」+「いきがい」、(ⅲ)「頼まれた」、(ⅳ)「健康に良い」+「時間余裕」+「いきがい」)。そして、55歳時に所属していた企業の規模が小さいほど、(ⅰ)のみになりやすいのに対して、55歳時に大企業、官公庁の正社員だった男性や貯蓄額に余裕がある男性は(ⅱ)になりやすいことがわかった。他方、55歳以降のキャリアの違いは、それぞれのタイプへの所属とあまり関係がなかった。

政策的インプリケーション

  1. 70歳までの就業機会確保の義務化が促進された際の企業の対応

    70歳までの就業機会の確保が促進された場合、企業は65歳の雇用義務化時と同様の行動を採ると予想される。65歳以上の就業は、需要に対して労働力の供給が不足している産業を中心に既にある程度伸びている。その上で就業確保を義務化すれば、金融業等や中堅・大企業、組合が組織化されている企業が、何らかの方法で65歳以降の継続雇用を図る体制を整備することもあるだろう。ただし、市場全体の影響を測る際は、世代効果と影響を受ける企業の数に留意しなければならない。

  2. 65歳以降の雇用・就業機会の拡大に向けた人事労務管理

    継続雇用が促進されると、各企業は人件費負担を考慮し、高年齢従業員の賃金や仕事内容等を工夫するなどの対応を迫られることになる。仮に65歳以降の就業機会の更なる拡大を目標とするなら、60歳前後で仕事内容や責任を変化させる体制から、変化を伴わない雇用継続のあり方へと変えていくことが重要である。そのためには、高年齢者に対して「技能やノウハウの継承」という役割を強調しすぎないことや、年齢に関わらず評価等に即して賃金を決定していく制度の導入が効果的だと考えられる。

  3. 公的給付

    高年齢者の賃金水準決定において公的給付を重視する企業は、他の企業に比べて平均賃金が低いものの、高年齢者の雇用率が高く、65歳以降も働ける体制を採る傾向がある。したがって、65歳以降の雇用・就業機会を拡大するという観点からすると、高年齢雇用継続給付は、負担能力が低い企業の高年齢従業員に対する所得保障を充実させるため、今後も必要である。

  4. 60歳(定年)前後で仕事等を変えることは是か非か(企業、個人双方の視点から)

    60歳(定年)前後で仕事等を変えることが是か非かという問いへの回答は、何を目標とするかによって異なる。65歳以降の雇用機会を拡大するという社会的課題の解決を重視する観点からすると、60歳前後で仕事内容を変えずに従業員を雇用し続けることは望ましい。反対に、高年齢者個人の仕事満足度に注目すると、60歳前後の仕事内容に変化がないことと満足度には負の関連があり、被雇用者の立場からは必ずしも望ましいとは言えない。

  5. 高年齢期の格差

    高年齢期の就業・キャリアの格差が、現役期のキャリアに強く規定されることを示した研究は散見されるが、本報告書の分析結果から、現役期のキャリアが高年齢期の就業理由や定年前後の移行を含む高年齢期キャリアにも影響していることがわかった。一方で、高年齢期の就業理由と60歳以降のキャリアとは関連が見られないことから、高年齢期のキャリアの変遷は、格差に大きく影響するものではないとも言える。

政策への貢献

高年齢者雇用や就業機会の確保に関する政策の企画立案、実施等にあたっての基礎資料となることが期待される。

本文

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研究の区分

研究期間

令和2年度

研究担当者(執筆順)

久保 雅裕
労働政策研究・研修機構 統括研究員
森山 智彦
労働政策研究・研修機構 研究員
藤本 真
労働政策研究・研修機構 主任研究員
福井 康貴
名古屋大学大学院環境学研究科准教授
吉岡 洋介
千葉大学大学院人文科学研究院准教授

関連の研究成果

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