労働政策研究報告書 No.156
東日本大震災と雇用・労働の記録
―震災記録プロジェクト第1次取りまとめ報告書―
(JILPT東日本大震災記録プロジェクト取りまとめ No.3)

平成25年3月29日

概要

研究の目的

「震災記録プロジェクト」の主要な目的は、震災に伴う事跡を「記録すること」と、そこから今後に向けた課題と教訓とを摘出することに重点を置いている。すなわち、大規模な震災が発生した場合に、雇用・労働面を中心にどのような政策対応が必要となるのか、また、その効果的実施のためには、現場の取組も含めてどのような配慮が必要なのか等に関して、政策研究の面から知見を蓄積しつつ課題の摘出を行おうとするものである。この報告書は、こうして取り組んだ「記録」について、現時点(平成24年度)までの分をとりまとめたものである。

研究の方法

「震災記録プロジェクト」は、JILPTを挙げての取り組みとして、調査研究機関として各研究員や調査員の持つ関心や方法的専門性を最大限活かしつつ、次の7つのサブ・グループによって「記録」の作業に取り組むこととした。

  1. 「各種公表資料整理」グループ(各種の公表資料等の整理)
  2. 「全国企業アンケート」グループ(被災地に限らず全国の企業を対象としたアンケート調査の実施及び回答企業へのヒアリング調査)
  3. 「労働行政機関記録」グループ(被災3県の労働行政関連機関等へのヒアリング調査など)
  4. 「能力開発施設記録」グループ(被災3県を含む東北及び茨城県所在の公的能力開発施設へのヒアリング調査など…労働政策研究報告書No.155で詳細報告)
  5. 「労使及び団体記録」グループ(企業やその団体、労働組合等へのヒアリング調査など)
  6. 「人材派遣会社、NPOの活動記録」グループ(人材派遣会社やNPOなどへのヒアリング調査)
  7. 「復興フォロー」グループ(地域の地方自治体、企業等へのヒアリング調査など…今回の報告書には未収)

    (報告書では、上記1.~6.による「記録」(及び考察)をそれぞれ第1章~第6章に収録。)

主な事実発見

1)雇用・労働面での対策の概要

東日本大震災に関連した雇用・労働面の施策は、被災者への住宅支援(雇用促進住宅の活用)、職業紹介・求職者支援(避難所等への出張相談、被災者対象求人情報の整備、休業に係る雇用保険の特例給付措置や延長給付、新規学卒者・若年者就職支援など)、求人者・雇用主支援(特別相談窓口の設置、被災者の雇用助成、雇用調整助成金の特別措置、人材育成支援事業の拡充など)、職業能力開発支援(施設の早期復旧、被災地ニーズに対応した公共訓練の拡大、事業主の行う訓練助成の拡充など)、労働安全衛生関連(復旧事業での労災予防、原発事故への対応など)、労災給付の特例措置等多様なものが実施された。

2)全国企業アンケート調査結果から

全国の企業を対象としたアンケート調査から、多くの企業において、被災事業所に対しては、救援物資の送付や人員の応援派遣などをはじめ企業内支援が行われたこと、被災によって廃止には至らなかったものの一時的に事業規模の縮小を余儀なくされた事業所における事業活動の推移をみると、被災後数ヶ月後には大きな回復をみせ始め、1年程度経過した時点ではほぼ元の水準に戻っているところが多いこと、被災事業所における事業活動の縮小に伴い、半数程度の事業所で余剰人員が発生し、広範な雇用調整が実施されたが、一時的な休業を実施したところが多くを占め(図表)、その際には雇用調整助成金が広範に活用されたこと、平成23年夏季の電力使用制限令の発動を中心とする「節電の夏」の影響は、大企業を中心として少なくない企業でみられ、操業・営業時間(帯)や曜日の変更といった対応がとられたところが多かったこと、今回の震災に際しては、義援金の提供や支援物資の送付、災害ボランティア派遣等企業としても広範な支援が実施されたこと、などの結果が得られた。

図表 余剰人員の対応状況(事業所廃止の場合及び事業活動の一時的停止・縮小に伴い余剰人員が発生した場合)

図表画像

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資料:JILPT「東日本大震災と企業行動に関する調査」(平成24年5月実施)

3)被災地の労働行政ニーズと労働行政機関の対応

被災地における労働行政機関の対応をみると、発災時の緊急対応としては、その時点の来所者を含めて人身の安全を第一に行動をしたが、行政機関施設自体が被災した場合に救援を早期に受けられなかったところもあり、また、施設に被災者を臨時応急的に収容することとなる場合もあった。その後、震災関係の行政ニーズ(雇用保険、労災保険、雇用調整助成金、不払い賃金の立て替え払いの各申請など)の高まりとともに、臨時の相談窓口の設置や土日対応も行われ、ピーク時には行政現場は繁忙を極めた。また、監督署やハローワークでの対応のほか、避難所や仮設住宅等に出向いての相談等も実施された。その際、全国展開機関の特性を活かして、全国から職員の応援派遣が行われ、また、避難先の遠隔地においても申請受理や就職支援などが実施された。また、復旧・復興事業に伴う労災予防に向けた防塵マスクの配布や安全パトロールなども実施された。

4)職業能力開発施設における被災対応

被災地における能力開発施設の対応をみると、発災直後は、能力開発施設は通所あるいは施設によっては宿泊する訓練生を抱えているという特性があり、災害発生時にはその安全を確保することも大きな使命となるが、それぞれに施設では最善が尽くされた。また、被災した施設でも別の場所での立ち上げを含め、早期の事業再開を果たすとともに、復旧・復興過程に入ってからは被災地のニーズにあった職業訓練コースを新設・拡充も行われた。訓練修了後の就職状況は、震災前の高水準を維持している。

5)労使の対応

震災直後から、労使は被災した社員・家族への救援、職場・住宅などの復旧支援などに力を注ぎ、連合や日本経団連はその組織力を生かして、かつてない規模で物資・義捐金を通じた被災地支援やボランティア派遣を展開した。

6)人材派遣会社やNPOの取組―復興を支える被災者雇用

緊急雇用創出基金事業による被災者雇用の創出、たとえば仮設住宅支援員としての雇用が県や市町村で実施されたが、その過程でNPOや人材派遣会社等も大きな役割を担っていた。

政策的インプリケーション

1)発災直後の緊急対応の時期(被災者の避難所への収容)

現場機関において、上述のような発災時の緊急対応を行うとともに、関連する施策やその手続きに関する周知を行う。中央においては、情勢把握を行いつつ、当該災害の特性を整理し、一定のシミュレーションの下で、既存の政策手段を総動員しながら必要となる政策対応を検討・準備することが重要である。

2)被災者の生活の仮の安定をめざす時期(避難所から仮設住宅・仮住居へ)

現場機関において、関連する行政ニーズへの対応を行うが、ピーク時には行政現場は繁忙を極めるため、早期・円滑に所要の応援態勢を構築することが重要である。また、中央では、政策・制度について状況に的確に対応した要件緩和をはじめとする政策対応を実施することが重要である。

3)長期的な視点からも被災者の生活の安定をめざす時期(住宅再建、復興住宅など)

今回の震災においてこの時期は始まったばかりであり、「記録」は今後の課題であるが、現段階においては、各復興計画を注視し、それとの連携を図りながら地域の雇用開発に取り組むこと、被災者からのキャリアに関する相談を親身になって受ける体制を整備すること、長期的な視点から安定した雇用の場を得るためには職業能力開発の果たす役割が大きく、求職者支援制度の活用等が重要となること、などが指摘できる。

政策への貢献

今回の東日本大震災に関連してとられた対応等を記録しておくこと自体が政策貢献になりえると考える。関連する業務に携わる担当者が少なくとも1度はこの「記録」を読まれて、それぞれの立場で教訓を導き出すこと、また、部署が変わるごとに新たな部署で今回のような大震災が生起したときに「なすべきこと」を再整理しておく習慣を身につけられることがもっとも重要なことではないかと考えられる。

本文

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研究の区分

プロジェクト研究「非正規労働者施策等戦略的労働・雇用政策のあり方に関する調査研究」

サブテーマ「東日本大震災からの復旧・復興と雇用・労働に関するJILPT調査研究プロジェクト (震災記録プロジェクト)」

研究期間

平成24年度(一部は平成23年度から開始)

執筆担当者

浅尾 裕
労働政策研究・研修機構 研究所長
梅澤 眞一
労働政策研究・研修機構 統括研究員
松本 安彦
労働政策研究・研修機構 統括研究員
奥津 眞里
労働政策研究・研修機構 特任研究員
古俣 誠司
労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員
荻野 登
労働政策研究・研修機構 調査・解析部部長
遠藤 彰
労働政策研究・研修機構 調査・解析部主任調査員補佐
米島 康雄
労働政策研究・研修機構 調査・解析部主任調査員補佐
小野 晶子
労働政策研究・研修機構 副主任研究員

関連の研究成果

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