「ビジネスと人権」 ―米、英、独、仏、国際機関(EU、ILO、OECD)の取り組みについて
【アメリカ】通商上の規制で対応

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 アメリカでは2016年12月にビジネスと人権に関する「国家行動計画(National Action Plan、NAP)」を策定し、「責任ある企業行動(Responsible Business Conduct、RBC)」を支援している。その概要については、労働政策研究・研修機構「「責任ある企業行動」を支援 (フォーカス:ビジネスと人権 ―アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの取り組みの状況)」(JILPT海外労働情報2021年7月)(注1)で紹介したところである。本稿ではその後の状況について、中国・新疆ウイグル自治区産品などを対象にした「強制労働防止」や、自由貿易協定USMCA(アメリカ・メキシコ・カナダ協定)で定めた「早期対応労働メカニズム(RRLM)」による「労働者の権利(結社の自由・団結権)の確保」の取り組み、及びOECD「多国籍企業行動指針(OECDガイドライン)」に基づく米国連絡窓口(USNCP)の活用状況を中心に報告する。

「強制労働」による製品の輸入を禁止

アメリカでは通商上の規制を設けることで、サプライチェーン(供給網)等における強制労働防止などの人権確保に取り組んでいる。まず、1930年関税法(Tariff Act of 1930)第307条に基づき、刑事罰での囚人労働、児童労働を含む強制労働、年季奉公(indentured labor)により採掘、生産、製造された商品、物品の輸入を禁じている(注2)。米税関・国境警備局(CBP)は同条項に違反する情報を得た場合、「違反産品保留命令(Withhold Release Orders、WRO)」を出し、該当産品の輸入を差し止める。輸入業者には3カ月以内に、当該産品が強制労働等によるものではないことを示す証拠書類を提出するか、米国外に輸出(積み戻し)する機会を与えられる。いずれも行わない場合は没収される。CBPが調査の結果、当該産品を強制労働等によるものと判断した場合、連邦官報(Federal Register)に公表し、輸入を禁じる。

また、連邦輸出管理規則(Export Administration Regulations, EAR)に基づき、米連邦商務省産業安全保障局(Bureau of Industry and Security, BIS)が米国の安全保障および外交政策上の利益に反する外国の事業体(企業、研究機関、政府、民間組織、個人等)を「エンティティリスト」としてリスト化し、貿易上の取引を制限する(注3)。リストに掲載された事業体等に特定品目を輸出、再輸出、国内移転する場合は、BISの許可を得なければならない。

さらに、グローバル・マグニツキー人権問責法(Global Magnitsky Human Rights Accountability Act)が、人権侵害や汚職に関与していると判断される外国人・組織に対して、米国への入国禁止や米国内の資産凍結を行う権限を大統領に与えている。連邦財務省外国資産管理局(Office of Foreign Assets Control, OFAC)が対象者を「SDN(Specially Designated Nationals and Blocked Persons)リスト」として公表する(注4)

なお、人身取引被害者保護法(Trafficking Victims Protection Act、TVPA)(注5)が人身売買の防止(Prevention)、加害者の訴追(Prosecution)、被害者の保護(Protection)について定めている。強制労働等の事実を知りつつ、あるいは無視して当該事業に参加し、利益を得る行為を違法だと規定。違反した企業には最高50万ドルの罰金、関係した役員や従業員には最長20年の禁固刑などを科す可能性がある。

このほか、2005年人身取引被害者保護再承認法(Trafficking Victims Protection Reauthorization Act、TVPRA)が、連邦労働長官に対して、外国における強制労働及び児童労働を監視・撲滅するための活動を実施するよう規定している。連邦労働省国際労働関係局(ILAB)は同法に基づき、児童労働及び強制労働によって生産された商品とその原産国のリストを公表。2022年9月28日時点で、78カ国・地域の159品目を指定している(注6)

「ウイグル強制労働防止法」の施行

特定の国や地域を対象にした規制については、「制裁による米国の敵対者への対抗法(Countering America’s Adversaries Through Sanctions Act、CAATSA)」(注7)を2018年3月5日に施行し、北朝鮮国民によって全体的、部分的に採掘、生産、製造された商品、物品の輸入について、強制労働等によるものではないという「明確かつ説得力ある証拠(clear and convincing evidence)」がない限り、強制労働等によるものとみなして禁じる措置をとった。

2022年6月21日には、中国新疆ウイグル自治区で強制労働によって生産された製品の輸入を原則として禁じる「ウイグル強制労働防止法(Uyghur Forced Labor Prevention Act、UFLPA)」(注8)を施行した。同自治区産の製品は強制労働によるものではないことの証明がないかぎり、CBPが輸入を差し止めることとした。

米国ではそれまで綿製品、トマト、ポリシリコン(太陽光パネルの部材)という特定の物品、製品を対象に、中国新疆ウイグル自治区からの輸入を禁じる措置をとっていた(注9)。UFLPAはこれをすべての物品等に拡大。同自治区において、全体または一部が採掘、生産、製造されたすべての物品、製品、商品を強制労働によって作られたものと推定し、米国への輸入を禁じることとした。

強制労働によらない「明確で説得力のある証拠」が必要に

UFLPAは同自治区で製造された部品を含むものであれば、中国内外で製造された、または中国を経由して出荷された商品に適用する。後述の「UFLPAエンティティリスト」で米国政府が特定した事業体により生産された商品等も対象になる。「例外適用」により強制労働の推定を覆すこともできるが、輸入者が、(1)UFLPA及びそのガイダンスに定めた規則を遵守し、(2)CBP局長からの問い合わせに完全かつ実質的に回答し、(3)「明確かつ説得力ある証拠」をもって、強制労働で製造されたものではないことを証明する、という要件を満たさなければならない。

UFLPAに基づくCBPの輸入業者向け運用ガイダンス(Operational Guidance for Importers)(注10)によると、CBPは「例外適用」を申請した輸入者に対して、以下の情報の提供を求める可能性がある。

  • (1)デュー・デリジェンス(注意義務)のシステムやプロセスを示す文書
  • (2)原材料から輸入品までのサプライチェーンの追跡情報
  • (3)サプライチェーンの管理措置に関する情報
  • (4)商品の全部または一部が新疆ウイグル自治区で採掘、生産、製造されていないことを示す証拠
  • (5)中国原産の商品の全部または一部が強制労働によって採掘、生産、製造されていないことを示す証拠

上記(2)サプライチェーンの追跡情報に該当する証拠書類等としては、具体的に以下を列記している。

①サプライチェーン全体に関する証拠

  • 採掘、生産、または製造のすべての段階を含む、輸入品およびその構成品を含むサプライチェーンの詳細な説明。
  • 荷送人や輸出業者を含む、サプライチェーンにおける事業体の役割。たとえば、CBPは、供給業者(サプライヤー)が製造業者でもあるかどうかを判断する必要がある。
  • サプライチェーン内の各事業体について、あらゆる関係を特定する。
  • 生産工程の各段階に関連するサプライヤーのリスト。名称および連絡先情報 (住所、電子メールアドレス、電話番号)。
  • 生産工程に関与する各企業または事業体からの宣誓供述書。

②商品またはその構成部品に関する証拠

  • 発注書
  • すべてのサプライヤーとサブサプライヤーの請求書(インボイス)
  • 梱包明細書
  • 材料明細書
  • 原産地証明書
  • 支払い記録
  • 売り手の在庫記録(ドック・倉庫の領収書を含む)
  • マニフェスト(積荷目録)、船荷証券(航空路・船舶・トラック輸送)を含む出荷記録
  • ドック・倉庫の領収書を含む買い手の在庫記録
  • すべてのサプライヤーとサブサプライヤーの請求書と領収書
  • 輸入と輸出の記録

③採掘業者、生産者、または製造業者に関する証拠

  • 商品またはその構成要素の原材料に関する上記の証拠(綿花、ポリシリコン、トマトという「高リスクの商品」については、同ガイダンスの「付録」で、より具体的な情報を例示している)。
  • 採掘、生産、または製造の記録(CBPが原材料から採掘、生産、製造までを追跡できるようにするための書類。生産指示書。商品の工場生産能力に関する報告書。輸入業者、該当工場から調達する川下サプライヤー、または第三者による工場現場視察の報告書。構成材料の投入量と生産された商品の産出量が一致していることの証拠)
  • 商品の全部または一部が強制労働によって採掘、生産、または製造されていないことを証明するその他の証拠。

「UFLPAエンティティリスト」による特定

連邦国土安全保障省や連邦労働省など7部門でつくる「強制労働取り締まりタスクフォース(Forced Labor Enforcement Task Force、FLETF)」(注11)の議長を務める連邦国土安全保障省は2022年6月17日、「中国における強制労働によって採掘、生産、製造された物品の輸入を防止するための戦略」(注12)を発表した。この戦略はUFLPAに基づき、以下の内容を盛り込んでいる。

  • (1)全部又は一部が中国国内で強制労働によって採掘、生産、製造された商品輸入のリスクに関する包括的な評価
  • (2)中国の強制労働スキームに関する評価と説明、UFLPAが求めるリスト(「UFLPAエンティティリスト」を含む)、UFLPAが求める計画、優先度の高い執行対象のセクター(アパレル製品、綿・綿製品、トマト、ポリシリコンなどのシリカ製品を指定)
  • (3)法律の影響を受ける商品を特定、追跡するための取り組み、戦略、ツール、技術に関する推奨事項
  • (4)CBPが1930年関税法第307条(19 U.S.C. §1307)に基づき、商品の輸入を防止するための法的権限やツールの使用を強化する計画の説明
  • (5)強制労働で製造された商品の輸入を防ぐために必要な追加リソース
  • (6)輸入業者向けガイダンス
  • (7)適切な非政府組織(NGO)及び民間部門の団体との調整及び協力計画(戦略の効果的な執行や貿易の円滑化を議論するため、FLETFとNGO、民間部門の合同会議及び実務協議の開催)

上述の「UFLPAエンティティリスト」は、以下の4種類の事業体が対象になる。これらの事業体により生産された商品等は、生産された場所にかかわらずUFLPAによる規制の対象になる。

  • (1)強制労働を伴う商品、製品、物品および商品の全部または一部を採掘、生産、または製造する新疆ウイグル自治区の事業体
  • (2)新疆ウイグル自治区政府と協力して強制労働者、ウイグル人、カザフ人、キルギス人、またはその他迫害されたグループのメンバーを同自治区から募集、輸送、移送、収容、または受け入れる事業体
  • (3)上記(1)または(2)のリストに記載された事業体により全部または一部を製造等された製品を中国から米国に輸出する事業体
  • (4)「貧困緩和」プログラムまたは「ペアリング支援」(注13)プログラム、あるいは強制労働を実施するその他の政府労働計画のため、新疆ウイグル自治区から、または同自治区政府あるいは新疆生産建設兵団(XPCC)と協働する者から原材料を調達する施設及び事業体

2023年8月2日現在、(1)に10、(2)に13、(4)に12の事業体をそれぞれ指定している(重複あり。(3)は指定していないが、(1)または(2)で指定した事業体が兼ねている場合があるとしている)(注14)

FLETFのメンバーである連邦政府の各機関は、エンティティリストへの事業体の追加を提案できる。FLETFはUFLPAに基づき検討のうえ、参加機関の多数決で追加の可否を決定する。

CBPはUFLPAに基づき、2022年6月~2023年7月に5,059件(総額17億4,600万ドル相当)の輸入を停止(保留)した。このうち1,733件が調査のうえで輸入を拒否、2,070件が保留を解除(輸入を許可)、残りが保留中となっている(注15)。輸入を停止した品目を産業別に見ると、「電子」が2,247件と最も多く、「産業用・製造用材料」が929件、「アパレル・履物・繊維」が877件、と続く。

なお、米証券取引委員会(SEC)は2023年7月17日、中国企業(中国に拠点を置く企業、または事業の大部分を中国で行う企業)に対して、UFLPA関連の情報開示を求めるガイダンスを発表した(注16)。それによると、UFLPAの規定が自社のビジネスに及ぼす重大な影響(新疆ウイグル自治区で事業を行っている、あるいは同自治区で事業を行う取引先に依存している場合に直面する問題)について、投資家に情報を開示する必要があるとしている。

自由貿易協定に基づく「労働条項」の履行

アメリカ、カナダ、メキシコの各国政府は2020年7月1日に三カ国間の自由貿易協定「アメリカ・メキシコ・カナダ協定(USMCA、カナダではCUSMA、メキシコではT-MECと呼称)」を発効させた。USMCAは「労働条項」を設けており、締結国が順守すべき事項として、国際労働機関(ILO)が認める労働者の権利を確保することや、労働法の効果的な施行をはかることを明記している。具体的には、①強制労働で生産された商品の輸入の禁止、②労働者の権利を行使する者に対する暴力への対処、③職場での性別による差別への対処、④移民労働者を保護する措置の実施、などをあげている。

また、メキシコにおける結社の自由や団結権の確保についても付属書で定め、その実効性を確保する仕組みとして「早期対応労働メカニズム(Rapid Response Labor Mechanism、RRLM)」を導入した(注17)。RRLMは「米国・メキシコ間」および「カナダ・メキシコ間」という枠組みで設けており、締約国の領土内、あるいは両国間で取引される商品の製造、サービスの提供を行う施設を対象とする。米国とカナダで対象になるのは、全国労働関係局(NLRB)、カナダ労使関係局(CIRB)から救済命令を出された特定の事業所に限られ、事実上、メキシコ労働者の権利を確保するための制度となっている。

RRLMによる救済の手続きは、①労組からの申立てを受け、事務局で事前調査の結果、相手国の工場や施設で労働者の権利を侵害する事案があると判断した国は、相手国政府に調査や是正を要請する。この時点で、該当施設からの製品等の輸入決済を停止することができる、②調査による事実確認や是正措置について両国間の合意が得られない場合、専門家で構成する独立委員会(パネル)が検証を行う、③調査の結果、権利の侵害が認められた場合、申立国は相手国に通知のうえ、該当する施設で製造された商品等の関税優遇措置の停止といった救済策を講じる、というものである。

これまでの実施状況を見ると、2020年7月の制度開始から2023年8月までの間に、アメリカ政府からメキシコ政府に対して12回、調査を要請している(図表1)。

図表1:メキシコにおける結社の自由・団結確保に向けたUSMCA早期対応労働メカニズムの実施状況(2020年7月~2023年8月)
  対象企業(括弧内は該当工場の所在地) 業種 相手国政府への調査要請日 結果
1 General Motors(Silao) 自動車製造 2021年5月12日 米墨両政府が解決策を発表(2021年7月8日)。米政府が問題解決と発表(2021年9月22日)
2 Tridonex S. de R.L. de C.V. (Matamoros) 自動車部品製造 2021年6月9日 会社側が労働者の権利保護に合意(2021年8月10日)
3 Panasonic Automotive Systems de Mexico S.A. de C.V. (Reynosa) 自動車部品製造 2022年5月18日 会社側が労働者の権利保護に合意、米墨両政府が問題解決と発表(2022年7月14日)
4 Teksid Hierro de Mexico, S.A. de C.V. (Frontera) 自動車部品製造 2022年6月6日 会社側が労働者の権利保護に合意、米墨両政府が問題解決と発表(2022年8月16日)
5 Manufacturas VU(Piedras Negras) 自動車部品製造 2022年7月21日 米墨両政府が問題解決と発表(2022年9月14日)
※a Saint Gobain (Cuautla) 自動車部品(ガラス製造) 2022年9月27日(労組による申立日) 米政府が墨政府への調査要請前に問題解決と発表(2022年10月27日)
6 Manufacturas VU(Piedras Negras) 自動車部品製造 2023年1月30日
※再調査要請
米墨両政府が解決策の実施に合意(2023年3月31日)
7 Unique Fabricating (Santiago de Querétaro) 自動車部品製造 2023年3月6日 米政府が問題解決と発表(2023年4月24日)
※b Fränkische Industrial Pipes México S.A. De C.V. (Silao) 自動車部品製造 2023年3月13日(カナダ政府が労組からの申立てを受理) (左記以降の情勢は不明)
8 Goodyear SLP, S. de R.L. de C.V.(San Luis Potosí) 自動車部品(タイヤ等)製造 2023年5月22日 米墨両政府が解決策の実施に合意(2023年7月19日)
9 Draxton facility(Irapuato) 自動車部品製造 2023年5月31日 米墨両政府が解決策の実施に合意(2023年7月31日)
10 Industrias del Interior, S. de R.L. de C.V. 2000(Aguascalientes) 衣料品製造(縫製工場) 2023年6月12日 米墨両政府が解決策の実施に合意(2023年8月9日)
11 The San Martín mine(owned by Industrial Minera México S.A. de C.V.)(Zacatecas) 鉱業 2023年6月16日 米墨間で合意に達せず、米政府が独立委員会の設置を要請(2023年8月22日)
12 Grupo Yazaki SA de CV(Leon) 自動車部品製造 2023年8月7日 墨政府が「権利侵害の証拠なし」と回答(2023年8月18日)

注:2023年8月22日現在。工場の所在地はいずれもメキシコ国内。※aはメキシコ政府への調査要請前に解決。※bはカナダ・メキシコ間の事案。

出所:日本貿易振興機構、連邦労働省、通商代表部新しいウィンドウ、各ウェブサイトより作成

USNCPへの問題提起と対応

OECD(経済協力開発機構)の「多国籍企業行動指針(OECD Guidelines for Multinational Enterprises、以下:「OECDガイドライン」)」は加盟各国に、ビジネスと人権に関する問題に対処するため、連絡窓口(National Contact Point)の設置を求めている。「OECDガイドライン」は「定義と原則」「一般方針」「情報開示」「人権」「雇用・労使関係」「環境」「贈賄、贈賄要求、金品の強要の防止」「消費者利益」「科学・技術」「競争」「納税」の各分野について、原則と基準を定めている(本特集「OECD」の記事を参照)。

米国の連絡窓口(USNCP)は、米国で運営または本社を置く企業のOECDガイドライン上の問題に対処する。労組などからの問題提起を受け、調停の場を提供したり、関係当事者間の対話を促す。USNCPが、申立てのあった企業の行為について、OECDガイドライン違反に該当するかどうかを判断する機能はない。

USNCPの事務局は国務省経済商務局とする。事務局は米政府の専門家による作業部会と協議し、商務省、労働省、財務省、通商代表部、輸出入銀行、国際開発金融公社、環境保護庁が参加する。必要に応じて、国務省の法律顧問室、民主主義・人権・労働局、海洋局、国際環境・科学局、地方事務所や在外米国公館の職員らが加わる。他国のNCPとも会合を持ち、情報を共有する(注18)

問題を提起する者は、企業側が「OECDガイドライン」のどの章に違反しているのかを示す。USNCPは問題提起を受けた際、検討を行うべき案件かどうかを審査(初期評価)する。審査にあたっては、①問題に関する当事者及びその利益、②問題が実体的で実証的か、③企業の活動と提起された問題との関連性、④裁判所の判決を含む、適用される法律および手続きとの関連性、⑤他の国内または国際的な手続きにおける同様の問題の取り扱い、⑥ガイドラインの目的と有効性、に基づき判断する。対象案件と判断した場合、USNCPは調停の場を提供し、第三者機関等を活用して紛争当事者間の合意を促す。

USNCPは調停の結果(紛争当事者が調停の実施に同意しない場合はその理由等)を「最終声明」として発表する。問題提起から1年以内に最終声明を公表することを目標とする。上述の初期評価には1~3カ月、調停を行う場合は3~6カ月、最終声明の作成には1カ月程度の期間を要する。調停が成功した場合、当事者は1年後、調停で合意した内容の履行状況などを報告する義務がある。

国務省ウェブサイトによると、USNCPは2017~22年に合計10件の「最終声明」を公表している(図表2)(注19)。この間、企業側が調停を受入れ、当事者間での合意に至ったケースは2022年(アルジェリア案件)の1件にとどまる。ただし、2018年(インドネシア案件)と2020年(トルコ案件)の案件では企業側が調停の実施に合意し、問題提起した労組側が評価した。

図表2:USNCPによる「最終声明」(2017~22年)
  対象企業名(括弧内は問題提起のあった施設等の所在国名) 問題提起者 問題提起の内容 NCP最終声明の内容(括弧内は発表日)
1 A社(企業名非公表)(旧チェコスロバキア) 個人 米A社が買収した工場の第二次世界大戦時におけるOECDガイドライン違反(人権等) 最初に「OECDガイドライン」を制定した1976年より前の案件は対象外と判断(2017年9月20日)
2 B社(企業名不明)(ケニア) 人権保護団体(Jamaa Resources Initiatives) 米B社のケニアにおけるOECDガイドライン違反(人権、雇用・労使関係等、環境等) 企業側が調停への参加を拒否。当事者に継続的な対話を要求(2017年11月24日)
3 Coca-Cola Amatil Indonesia(インドネシア) 国際食品労連(IUF) 米コカ・コーラ社及び左記現地企業のOECDガイドライン違反(人権、雇用・労使関係等) 調停実施も合意に至らず、当事者に継続的な対話を要求(2018年5月25日)
4 Cargill(トルコ) 国際食品労連(IUF) 米カーギル社のトルコでの事業におけるOECDガイドライン違反(人権、雇用・労使関係) 調停の実施に事前合意も実現に至らず、当事者に継続的な対話を要求(2020年3月20日)
5 Credit Suisse Group(米国) 先住民族の権利保護団体等 米エナジー・トランスファー社に融資するクレディ・スイスグループのOECDガイドライン違反(人権、環境等) スイスNCPが関連案件で調停の場を提供したことなどを考慮し、さらなる調停の有効性を否定(2021年8月31日)
6 McDonald’s Corporation(世界的事業) 国際食品労連(IUF)等 米マクドナルド社のOECDガイドライン違反(人権、雇用・労使関係等) 企業側が調停への参加を拒否。各当事者に対して左記違反関連の最新情報の提供を求める(2022年3月14日)
7 Bralima SA(コンゴ民主共和国) 左記企業の従元業員ら 米コカ・コーラ社と関係ある左記現地企業のOECDガイドライン違反(人権、雇用労使関係等) 「より広範な側面や影響がない限り個別労使紛争は対象外」とするオランダNCPの判断に同意し、調停の場を提供せず(2022年4月28日)
8 General Electric Company (GE)(アルジェリア) 国際産別労組組織(インダストリオール等) 米GE社のアルジェリアでの事業におけるOECDガイドライン違反(人権等) 両当事者が調停を受入れ。その後、当事者間で問題解消に合意(2022年5月22日)
9 Trust Merchant Bank S.A.(コンゴ民主共和国) 左記企業の元従業員ら 米シティバンク社と関係ある左記現地企業のOECDガイドライン違反(人権、雇用・労使関係等) 「より広範な側面や影響がない限り個別労使紛争は対象外」だとして調停の場を提供せず(2022年12月21日)
10 Pharmakina SA(コンゴ民主共和国) 左記企業の元従業員ら 米コカ・コーラ社と関係ある左記現地企業のOECDガイドライン違反(人権、雇用・労使関係、環境、汚職等) 当該企業間のビジネス関係を実証できないとして調停の場を提供せず。ただし、コンゴ民主共和国当局が問題提起者に報復として懲役刑などの刑罰を科したことに重大な懸念を表明(2022年12月21日)

出所:国務省ウェブサイト新しいウィンドウから作成

参考資料

  • 中川かおり(2022)「アメリカの人身取引対策に関する法整備の現状―被害者の保護を中心に」『外国の立法294』
  • 日本貿易振興機構、米連邦政府機関(国土安全保障省、国務省、証券取引委員会、税関・国境警備局、通商代表部、労働省)、各ウェブサイト

参考レート

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