「ビジネスと人権」 ―米、英、独、仏、国際機関(EU、ILO、OECD)の取り組みについて
【EU】EUにおけるビジネスと人権に関する法整備の状況

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EUは、持続可能な成長という観点から、域内で活動する一定規模以上の企業に対して、環境や社会・従業員の待遇、人権等に関する取り組みの方針やその成果等の開示を義務付けており、対象範囲の拡大や開示内容の厳格化を進めている。さらに現在、新たな法制度として、人権や環境に関するデューディリジェンスの義務化が議論されており、バリューチェーンまでを含む事業活動の負の影響の確認や、是正等の取り組みが義務付けられる見込みだ。以下では、こうした法整備の状況について概略を紹介する。

1.非財務情報の開示義務とその強化(非財務情報開示指令と企業持続可能性報告指令による改正)

(1)非財務情報開示指令

2014年に成立した非財務情報開示指令(注1)により、従業員500人超規模の上場企業や銀行、保険会社等を対象に、社会や環境に関する毎年の情報開示を義務付ける法改正(注2)が行われた(加盟各国の法整備の期限は2016年まで、対象企業の初回報告は2018年)。単一市場における公正な競争や、企業の社会的責任の一環として、情報開示を通じた企業の透明性の向上について域内共通のルールを設定すべきとの考え方を起点にしている。企業規模については、開示情報の作成に係る事務的コストが中小企業には負担となり、適用による利益を上回るとの考え方から、特に規模の大きい企業に限定された(注3)

対象企業には、毎年の経営報告書において、環境、社会及び従業員、人権の尊重、腐敗・贈収賄対策の各分野に関するポリシーや取り組みの成果など、以下の情報を開示することが求められている(注4)

  • ビジネスモデルの概要
  • 各分野に関するポリシー(デューディリジェンスのプロセスを含む)
  • ポリシーの成果
  • 各分野に関する主要なリスク(場合によって、負の影響をもたらしがちな取引関係(製品供給・サービス)やこれに関する対応を含む)
  • 主要業績評価指標

このほか、経営・管理・監督機関の多様性(年齢、性別、学歴・職歴など)に関するポリシーやその目的、実施手法やその結果に関する情報についても、開示が求められる。

開示内容の詳細について基準は設けられていないが、欧州委員会によるガイドライン(注5)は、社会及び従業員に関する開示内容の例として、以下を挙げている。

  • 基本的なILO条約の実施
  • 多様性問題(ジェンダー多様性、雇用・職業における均等待遇-年齢、性、性的志向、障害、人種など)
  • 雇用問題(従業員との協議・参加、雇用・労働条件)
  • 労働組合との関係(労組の権利の尊重を含む)
  • 人的資本管理(事業再編における管理、キャリア管理、エンプロイアビリティ、報酬制度、訓練)
  • 仕事における安全衛生
  • 消費者対応(消費者の満足度、アクセシビリティ、消費者の健康や安全に影響する可能性のある製品)
  • 立場の弱い消費者への影響
  • 責任のあるマーケティング・調査
  • コミュニティ対応(地域コミュニティの社会的・経済的発展を含む)

また、人権の尊重に関しては、基本的なポリシー、具体的な取り組みやその成果を記載することを推奨するとともに、以下のような指標が例示されている。

  • 事業活動や決定に関連した人権に関する著しい影響の発生
  • 人権侵害に関する不服申し立ての受理・対応、緩和・是正に関する手続き
  • 人権侵害の重大なリスクにかかわる事業運営や供給者
  • あらゆる形態の搾取、強制労働、児童労働、不安定労働、安全ではない労働条件など、人身取引の防止のためのプロセス・手段
  • 障害者の施設、文書、ウェブサイトの障害者向けアクセシビリティの度合い
  • 結社の自由の尊重
  • 利害関係者との関わり

(2)企業持続可能性報告指令

非財務情報開示指令は、実施状況を評価のうえ、適用範囲や内容などの変更を含め、必要に応じて法改正を行うことが予定されていたが、この間、「欧州グリーンディール」(注6)を中心に、持続可能性を重視する成長方針がより強く打ち出されることとなり、持続可能性に配慮した事業への資金供給の方向づけの手段として、開示義務の強化が求められた。

また、欧州委が指令改正に関連して、2020年に実施したコンサルテーションの結果をまとめた文書(注7)によれば、多くの回答者が、開示内容の比較可能性や信頼性、関連性が不十分であると回答しているほか、企業の側でも追加の情報請求への対応が重大な問題となっているとして、回答者の大半が共通基準の設定を支持しているとの結果が報告された。情報開示が義務付けられる対象範囲の拡大についても、多くが支持しており、これには欧州域外の企業や、非上場の大規模企業などが含まれる。

こうした議論を背景に、2023年1月に施行された企業持続可能性報告指令(注8)には、各種の制度改正が盛り込まれた。その一つは、非財務情報の開示を義務付ける企業の範囲拡大だ。対象となる企業の範囲は、従来の従業員500人超の上場企業等から、以下の通り変更された。

  • 大規模企業(①総資産残高2000万ユーロ超、②純売上高4000万ユーロ超、③従業員数250人超のうち、2つ以上の条件を満たす企業)、
  • その他上場企業(零細企業(注9)を除く)、
  • 条件を満たすEU域外企業(EU域内での純売上高が1億5000万ユーロ以上あり、EU域内に少なくとも1つ以上の子会社、支店を有する企業)

欧州委によれば、対象企業は約1万1700社から5万社に増加する。適用は段階的に拡大される予定で、従来から非財務情報開示義務の対象となっている500人超規模の上場企業(及び企業グループの親会社)については2024年から、250人超規模の上場企業が2025年から、中小企業その他が2026年から、さらにEU域外企業については2028年からとなっている。

また、開示内容についても、より詳細な規定が設けられた。各情報は、確認に用いたプロセスを併せて報告することが求められるほか、必要に応じて短期的、中期的、長期的に予測される状況を含めることとされる。

  • ビジネスモデルの概要(持続可能性に関するリスクに対するビジネスモデルや戦略のレジリエンス、持続可能性に関連した機会、持続可能な経済への移行に適合するためのプラン、ステークホルダーの利益や持続可能性に関連した影響への配慮、持続可能性に関する戦略の実施状況)
  • 期限を設定した持続可能性に関する目標(温室効果ガスの排出量削減目標等)
  • 持続可能性に関する取締役会の役割とこれを充足するための専門性・スキル
  • 持続可能性に関するポリシー
  • 持続可能性に関して取締役会メンバーに提供されるインセンティブスキームの有無
  • 以下に関する説明
  • ―持続可能性に関するデューディリジェンスプロセス(適切な場合は、EUにおける実施義務との対応)
  • ―自社の事業やバリューチェーンによる主要な現実のまたは潜在的な負の影響、その確認と監視のための活動、その他確認が義務付けられた負の影響(EUにおけるデューディリジェンスプロセスの実施義務による)
  • ―現実のまたは潜在的な負の影響に関する、防止、緩和、是正または終息のための取り組みと、その結果
  • 持続可能性に関連した自社の事業に対する主要なリスク(そうした分野への主要な依存状況とリスク管理の方法)
  • 上記諸点に関する指標

さらに、開示内容のより詳細な基準(Sustainability reporting standards)が設定される(欧州委が2023年7月末に採択(注10)、官報への掲載を待って施行予定)。基準は、全般的な要件のほか、環境、社会、ガバナンスの各分野(図表1)について、下位項目となるトピックが設定され(図表2)、それぞれに影響・リスク・機会の管理や、評価指標・目標などが記載されている。

図表1:持続可能性報告基準の構成
画像:図表1

出所:European Commission "ANNEX to the Commission Delegated Regulation (EU) .../... supplementing Directive 2013/34/EU of the European Parliament and of the Council as regards sustainability reporting standards"

図表2:持続可能性報告基準における社会分野、ガバナンス分野のトピック
画像:図表2

出所:同上

なお、持続可能性に関する報告は、監査役または監査機関による監査を受けることとなる。監査者は、報告が上記の基準に沿った内容となっているか、また情報の確認に用いられたプロセス等について、限定的保証による意見を表明する。これについても、持続可能性報告の監査に関する基準の設定に向けて、欧州委が2026年に委任法令案を提示する予定だ。

2.人権・環境への負の影響の確認や予防、是正などの取り組みを義務化―企業持続可能性デューディリジェンス指令案(注11)

企業の持続可能性報告指令の審議と並行して、企業持続可能性デューディリジェンス指令案が2022年2月に欧州委により公表された。情報開示を主眼とする従来の法制度から進んで、企業に自社や子会社、バリューチェーンにおける活動が及ぼす(または及ぼし得る)人権や環境への負の影響を確認し、予防や緩和、是正などに取り組むことを求める内容だ。欧州委は、新たなルールの導入が企業にとっての法的な確実性を高め、平等な競争環境をもたらし、また消費者や投資家には透明性を提供し、欧州および世界のグリーン経済への移行や、人権保護を進展させる、としている(注12)
指令の対象範囲は、以下のとおりだ。

  • EU域内の企業
  • ―グループ1:EU域内の有限会社で、従業員規模が500人超、かつ全世界での純売上高が年1億5000万ユーロ超の企業
  • ―グループ2(注13):グループ1に該当しない有限会社で、影響が大きい業種として指定された業種(繊維・皮革等製品の製造や卸売、農林漁業、鉱物資源の採取等)(注14)で事業を行い、従業員規模が250人超かつ全世界での純売上高が年4000万ユーロ超で、純売上高の50%以上を指定業種から得ている企業
  • EU域外の企業
  • 域内での事業による純売上高がグループ1または2に相当する企業

なお、従業員数の算定にあたっては、パートタイム労働者についてはフルタイム換算を行い、また派遣労働者も従業員数に含む。

対象企業には、自社の事業のほか、子会社やバリューチェーンが対象となる。デューディリジェンスの義務の順守には、以下の実施を要する。

  • 企業ポリシーにデューディリジェンスを盛り込む
  • 実際上のまたは潜在的な人権および環境への負の影響の確認
  • 潜在的な影響の予防または緩和を行う
  • 実際の影響の解消または最小化を行う
  • 苦情処理手続きを設置、維持する
  • デューディリジェンス・ポリシーや施策が効果的か観察する
  • デューディリジェンスについて外部に発信する

デューディリジェンス・ポリシーに盛り込むべき内容は、(a)デューディリジェンスに関するアプローチ(長期的なものを含む)、(b)従業員や子会社が従うべき規則や原則を説明した実施準則、(c)デューディリジェンスの実施のために設置された手続きの説明(実施準則の順守の確認と取引先への適用の手段)、とされる。なお、デューディリジェンスに関するポリシーは毎年の更新を要する。

企業には、自社および子会社の事業や、バリューチェーンによる現実のまたは潜在的な人権・環境への負の影響を確認する義務が課され、特定された負の影響について、適切な防止策や緩和策の実施、あるいは終息に向けた施策を講じなければならない。必要に応じて、防止アクションプランの策定・実施や、バリューチェーンにおける直接間接の取引先が、自社の実施準則や防止アクションプランを順守するような契約(注15)の締結の努力、あるいは管理・生産過程やインフラについて必要な投資を行うなどの措置を講じることが求められる。また、既に個人やコミュニティに損害が生じている場合、賠償を含めた負の影響の相殺や最小化、是正などを図る必要がある。企業がこうした取り組み義務に違反したと判断される場合、制裁措置や賠償責任が科され得る。企業の取締役には、持続可能性の問題への配慮義務や、デューディリジェンスに関するポリシーの設定、施策の実施、進捗の監視の責任が課される。

加盟各国には、監督機関の設置(指名)が求められる。監督機関は、職務の遂行にあたり、a)違反行為の停止、反復禁止、相応の是正措置の実施に関する命令、b)過料、c)重大かつ回復不可能な害のリスクを回避するための経過的措置の実施の権限を有することとされる。検査は原則として事前通告を要し、また検査の結果として違反が確認された場合には、是正のための適切な猶予を企業に与えなければならない。

なお、指令案はその付則で、国際条約に規定された人権及び環境に関して順守すべき事項をリスト化しており、このうち人権については、国連の世界人権宣言や、市民的・政治的権利に関する国際規約、ILO条約などを根拠とする21の事項(図表3)が列挙されている。

図表3:デューディリジェンス指令案付則で列挙されている権利・禁止事項等

付則(国際的な人権協定における権利・禁止事項)
第1部-1 国際的な人権に関する協定における権利・禁止事項の侵害

  1. 自らの土地の天然の資源を処分し、生存のための手段を奪われない権利の侵害(市民的・政治的権利に関する国際規約第1条)
  2. 生命と安全に関する権利の侵害(世界人権宣言第3条)
  3. 拷問、残虐・非人間的・屈辱的な扱いの禁止の侵害(世界人権宣言第5条)
  4. 自由と安全に関する権利の侵害(世界人権宣言第9条)
  5. プライバシー、家族、家庭または通信への恣なまたは違法な干渉、および名誉・信用への攻撃の禁止の侵害(世界人権宣言第12条)
  6. 思想、良心及び宗教の自由への干渉の禁止の侵害(世界人権宣言第18条)
  7. 公正な賃金、ディーセントな生活、安全で健康的な労働条件、労働時間の合理的な制限を含め、公正かつ良好な労働条件を享受する権利の侵害(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約第7条)
  8. 企業が住居を提供する場合の適切な住居のアクセスの制限、職場における十分な食料、衣服、水、衛生へのアクセスの制限の禁止の侵害(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約第11条)
  9. 児童について、最善の利益の考慮を受ける権利、最大限の発達の権利、到達可能な最高水準の健康を享受する権利、社会保障・生活水準に関する権利、教育を受ける権利、性的搾取・性的虐待や誘拐・売買・取引の禁止の侵害(児童の権利に関する条約第3条、第6条、第24条、第26-27条、第28条、第34-35条)
  10. 義務教育年齢(15歳未満)の児童の雇用の禁止の侵害(ILO条約138号(最低年齢)第2条(4)、4-8条)
  11. 児童労働におけるa)奴隷労働、b)売春等、c)麻薬の製造・取引等、d)健康・安全・道徳を脅かす性質または環境の労働-の禁止の侵害(児童の権利に関する条約第32条、ILO条約182号(最悪の児童労働))
  12. 強制労働の禁止の侵害(ILO条約29号(強制労働)第2条(2)、市民的・政治的権利に関する国際規約第8条)
  13. 職場における奴隷、隷従、支配、抑圧の禁止の侵害(世界人権宣言第4条、市民的・政治的権利に関する国際規約8条)
  14. 人身売買の禁止の侵害(国境を越えた組織犯罪に対する条約付属パレルモプロトコル第3条)
  15. 結社、集会、団体交渉の自由の侵害-a)労組の設立・加入、b)労組の設立、加入、組合員であることに基づく差別・報復の禁止、c)活動について当局から干渉を受けない、d)スト・団体交渉(世界人権宣言21-22条、市民的・政治的権利に関する国際規約8条、ILO条約87号(結社の自由及び団結権保護)、98号(団結権及び団体交渉権))
  16. 雇用における不平等取り扱いの禁止の侵害(ILO条約100号(同一報酬)、111号(差別待遇(雇用及び職業))、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)
  17. 適切な生活賃金を支払わないことの禁止の侵害(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約第7条)
  18. 環境への計測可能な悪影響(有害な土壌の変化、水・大気汚染、有害な排気、過剰な水の消費、その他天然資源への影響)により、a)食糧の保存・生産の基盤を損なう、b)安全で清潔な飲料水へのアクセスを奪う、c)衛生施設へのアクセスを困難にするまたは奪う、d)衛生・安全、建物・土地の使用、経済活動に害を及ぼす、e)環境の品質を損なう(森林破壊など)ことの禁止の侵害(世界人権宣言第3条、市民的・政治的権利に関する国際規約第5条、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約第12条)
  19. 人の生活を支えている土地・森林・水の取得・開発その他の使用における違法な強制退去、奪取(森林破壊含む)の禁止の侵害(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約第11条)
  20. 先住民が伝統的に所有・占有その他使用または取得してきた土地、地域、資源に関する権利の侵害(先住民の権利宣言)
  21. 上記以外に、2項で列挙する人権に関する協定が定める禁止、権利の侵害

3.その他

なお、欧州委は昨年9月、強制労働を用いた全ての製造物のEU市場での流通を禁止する規則案(注16)を公表している。域内市場への持ち込みのほか、域外への輸出も禁止するもの。執行は、加盟各国で任命される執行機関が、関税当局との協力によりこれを担い、加盟国間の協調をはかるネットワーク(EU Forced Labour Product Network)がこれを支援するプランだ。強制労働が証明された製品については、執行機関が速やかにEU市場での流通及びEUからの輸出を禁じる措置を講じるとともに、既に市場で流通可能な状態にある製品については回収を求め、そうした製品を各国法に基づいて、破壊あるいは操作不可能な状態にする、またはその他の方法により廃棄することとされる。

欧州委は、企業や執行機関向けの支援として、強制労働を用いた製品の発見や、デューディリジェンスの実施方法を含むガイドラインの提供を予定している。

参考レート

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