「ビジネスと人権」 ―米、英、独、仏、国際機関(EU、ILO、OECD)の取り組みについて
【フランス】「注意義務法」に基づく訴訟・催告による救済、それを対話により紛争を解決する連絡窓口が補完

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フランスにおいてビジネスと人権に関する法制度は、2017年3月に成立した「親会社および発注会社の注意義務に関する法律」(以下、注意義務法)である(注1)。この法律の実効性はついては、成立当初から問題が指摘されていた。実際、2023年1月の時点でのNGOのCCFD-Terre Solidaire et Sherpaの調査によると、法律の対象となる263社のうち38社は法律によって義務づけられている注意義務に関する計画書の作成を過去3年間しておらず、その計画の実施も行っていない(注2)。この企業数は、2020年版では265社中72社(注3)、2021年版では263社中44社となっており(注4)、減ってはいるものの直近でも14%強の企業が法律の定める義務を果たしていない。しかも、この法律の対象企業についてはあくまでもCCFD-Terre Solidaire et Sherpaが抽出した企業数であり、公式な企業数ではない。同NGOは政府が公式に対象となる企業をリスト化し、法律を遵守していない企業名を公表すべきとしているが、関係省庁は企業のリスト化を行っておらず、公式に対象となる企業は明らかになっていないのが現状である(注5)

国会で法律が成立した時点の条文では罰則に関する規定があったが、憲法評議会の判断によりその条文が憲法違反に該当するために削除された。その結果、法律の実効性が弱められたという指摘もある(注6)

しかも、欧州委員会は企業の持続可能性デューデリジェンスに関する指令(CSDD指令)の審議が議会で進んでおり、この指令が成立すれば、フランス政府も国内法の整備の必要性がでてくる。欧州委員会の推計によれば、この指令の対象となる企業数は、フランス企業1,582社を含む約11,900社の欧州企業と、EU内で事業展開する非欧州企業6,000社が対象となる(注7)

フランスの法律の現行法が対象としている人権侵害は、具体的な類型としては明記されていないが、注意義務に関する計画には、「人権、基本的自由、人々の健康及び安全並びに環境」に対するリスクを特定し、これらリスクによる重大な侵害を防止するための合理的措置を記載することを義務づけている(注8)。このように対象範囲が幅広いため、実際、法律に基づく訴訟は、労働分野以外を対象とする場合が多い。例えば、資源開発による強制移住や環境破壊に伴う人権問題、あるいは気候変動に関する企業の積極的な行動を促すNGOからの訴えといった案件が多い傾向が見られる。

フランスにおけるビジネスと人権に関する救済措置は、注意義務法に基づく司法の場での救済よりも、OECDの多国籍企業行動指針に基づいて設置された連絡窓口(Points de contact nationaux (PCN))に届け出られたケースの方が件数としては多い。この連絡窓口は、紛争当事者の対話を促し、改善勧告するという役割を担っており、届け出られた案件のうち約6割が労働関係の案件である。

フランスにおける人権問題に関する政策実施や注意義務に関する法律成立までの経緯、同法の趣旨・目的や2021年6月までの企業の取り組み事例については、当機構『ビジネス・レーバー・トレンド』2021年8・9月号(注9)に詳述した。本稿ではそれ以降の動きを振り返る。2017年3月に成立した法律によって、ビジネスと人権についてどのような取り組みが行われてきたのか、その進捗状況を労働・雇用分野の案件を中心に概観する。

まず、ビジネスと人権に関する救済措置として挙げられる注意義務法に基づく催告および司法訴訟の事例について紹介する。注意義務法の規定を遵守していない企業は、NGOや労組などから何等かの対応をとるように催告を受ける。その催告に対して十分な対応をしなかった企業は裁判所に訴えられることになる。以下では催告や司法訴訟の事例のうち労働関連のものに着目して紹介する。次に、そうした司法の場での救済措置とは別に、対話を促し紛争を解決するPCNに届け出られた事例のうち、労働関連の事例を取り上げて紹介する。

注意義務法に基づく催告および司法訴訟の事例

同法に基づく催告・司法訴訟の対象となった企業は2023年3月1日の時点で18社であり、案件数は13である(図表1および図表2参照)(注10)。そのうち労働関連の案件は4件であり、「結社の自由の侵害」「不法就労者の雇用」「労働者の健康と安全の不遵守」「不当解雇」が確認されたため、裁判所に提訴された事例である。以下、訴訟となり23年2月に初めて判決が下されたトタル・エネルジーの判例とともに、労働に関する代表的な事案を紹介する。

図表1:注意義務法による司法訴訟の事例(*:労働関連案件)
画像:図表1

出所:社会経済分野に関するデジタル専門報道サイトである「AEF info」ウェブサイト等参照して作成。

図表2:注意義務法による催告の事例(*:労働関連案件)
画像:図表2

出所:図表1と同じ。

同法に基づく代表的で最初の訴訟は、トタル・エネルジーのアフリカにおける原油パイプライン建設プロジェクトに関する事例である。同社によるウガンダのアルバート湖油田とタンザニア海岸を結ぶパイプライン建設は、10万人以上の人々から土地を強制収用し、絶滅危惧種の保護地域を開発するプロジェクトであるとされている。そのため、人権侵害と環境破壊、気候に対する壊滅的な影響が懸念されるにもかかわらず、それを防止する法的義務を果たさなかったとして、2019年6月に警告を受けた。同社は3カ月以内にこの警告に対する返答として、法律を遵守するための対策をとらなければ、司法に送致されることになるにもかかわらず、何ら対応をしなかったため、2019 年10月にフランスの環境保護団体レ・ザミ・ドゥ・ラ・テールLes Amis de la Terre(地球の友)とNGOのSurvie、ウガンダの4つのNGOから提訴された(原告はプロジェクトを即刻停止する必要があるため、緊急性を考慮して急速審理により提訴)(注11)。2023年2月28日に、注意義務法に基づく裁判の判決がパリ司法裁判所によって下された。同社は提訴を受けて注意義務に関する計画書が作成したが、その計画書が対応に不十分かどうかを判断するには詳細な検討が必要であり、急速審理では時間的に判断はできないため、裁判所が判断する範囲を超えているとして、NGOの訴えを却下した(注12)

労働関連の訴訟および催告のケースは以下の通りである。

フランス郵政公社(郵便・国内外)(訴訟事例)

労働関連の案件のうち、訴訟になっているのは、フランス郵政公社とイヴ・ロッシェである。

フランス郵政公社のグループ会社において、下請け契約というかたちで数百人の不法滞在者の就業が常態化しており、グループ内の企業における労働者の健康と安全の遵守、特に安全衛生の観点から、複数の問題が確認されたため提訴された(注13)

フランス郵政公社グループの子会社でフランス国内外の国際宅配便を担うクロノポスト社のアルフォールヴィル(パリ南方になるイル=ド=フランス地域圏、ヴァル=ド=マルヌ県のコミューン)の事業所において、2019年6月、不法労働者のグループが労働組合SUD PTTと連帯労組連合(Union syndicale Solidaires)の支援を受けてストライキを行った。このストライキによって、同グループの子会社において約100人の不法就労者の雇用が常態化していることが明らかとなり、半年後、ヴァル=ド=マルヌ県はこの労働者の滞在を正規化した。

2021年11月にも同様のストライキが、同グループの別の子会社・宅配便ネットワークDPDグループのクードレー社(イル=ド=フランス地域圏、エソンヌ県のコミューン)の事業所において起こり、2021年11月にはクロノポスト社のアルフォートヴィルで再発した。同様の紛争は22年6月初旬にも起こっている。

SUD PTTによると、フランス郵政公社は、同社購買部門が「サプライヤー自己評価」手順を作成して下請企業に対して実施する対応を決定した。その上でリスク管理を国際基準の認証機関であるAfnorに委任し、その結果に基づき、下請企業の注意義務を果たすとしているものの、同労組は不法滞在者による紛争が繰り返し起こっているため、これらの手続きが何の効果もないとしている。

イヴ・ロシェ(化粧品・トルコ)(訴訟事例)

ロシェ・グループとそのトルコ子会社であるコサン・コズメティックでは、2018年3月から9月の間に労働者132人が解雇されたが、そのうち34人とその労働組合が労働者の結社の自由と基本的権利が侵害されたとして、パリの裁判所に補償を求めている(注14)。原告の労働者のほとんどはトルコ北西部のゲブゼ工場で働いていた女性たちである(注15)

同社工場は、低賃金で残業が日常的にあり、有害な製品を扱うために必要な保護具が不足し、女性に対する差別が横行していたため、従業員は自分の権利を主張するために労働組合を結成した。それに対して工場の経営者は、労働組合に加入した労働者を何ら補償なく解雇した。

解雇後約1年間、企業に異議を唱え、工場の前でデモを行ったが、同社経営陣は他の従業員がデモに加担しないようにするために様々な対応をとった。抗議デモに協力した従業員には賃金を支払わないなど、脅迫まがいの行為も見られた。ある従業員は抗議デモが行われている中でも勤務を続けていたが、抵抗する同僚に挨拶したというだけの理由で解雇されたとしている。この地域において同社は有力企業であるため、同社に解雇された女性は、他の企業で採用されることが難しくなる。同社を訴えるシェルパ協会、アクションエイド・フランス、ペトロール・イシュ組合は、イヴ・ロシェ・グループが注意義務を守っていれば、これらの違反は避けられたはずだと主張している。

テレパフォーマンス(コールセンター・コロンビア等)(催告事例)

労働関連の案件のうち、催告事例になっているのはテレパフォーマンスとフランス・マクドナルドの事例である。

テレパフォーマンス社は、78カ国にコールセンターを設置しており、約30万人の従業員を雇用する企業である。同社は従業員の人権を擁護する法的義務を怠ったとしてNGOのシェルパとUNIグローバルユニオンから訴えられた(注16)。コロンビア、メキシコ、フィリピンにおける同社の子会社において、労働者の権利の重大な侵害が確認されたとして告発された。特に、コロンビアの同社子会社では、結社の自由が認められておらず、従業員に妊娠検査を課すなど、基本的権利の侵害が確認された(注17)。しかし、同社の注意義務計画には何ら対策が盛り込まれていない。

フランス・マクドナルド(飲食)(催告事例)

CGTなどフランスの主要労働組合とブラジルの労組は、NGOのReporter Brasilによる調査に基づき、マクドナルドのコーヒー供給業者が人権と環境に対する重大な違反を犯したと告発した(注18)。下請け業者のマッシモ・ザネッティ社は、農薬の不正使用で告発された上に、労働時間と休憩時間に関する規定に違反したため罰金を科された。従業員からの多くの不満が上がっており、労使紛争に発展した。また、オレンジジュースの供給業者についても、従業員は劣悪で不安定な労働条件の下で就労しており、妊娠中の従業員の差別的解雇、個人用保護具の不備、トイレと飲料水の不完備などの問題が指摘されている。フランス国内における問題も指摘されており、店舗内でのセクハラに対して何ら対応をしていないとして労働組合から非難されている。さらに、労組は、2019年にフランスの店舗において労働時間と休憩時間に関する違反のために罰金が科されたことを問題視し、結社の自由への度重なる妨害についても改善すべきであると指摘している。

OECD指針に基づく連絡窓口への届出事例

OECDの多国籍企業行動指針に基づいて設置されている連絡窓口(PCN)は、経済・財務・産業及びデジタル主権省内に設置されている。入手できた2012年から2021年までの活動報告書によると、これまでに届け出られた案件は事例番号によると43件確認できる。この届出案件のうち、対象企業、人権問題が確認された国、届出内容等が確認できたのは25件で、そのうち労働関連の案件は15件である。労働関連の案件の分野別では、結社の自由が5件、労使紛争が6件、労働条件が1件、労働者の基本的人権が3件、事業所閉鎖に伴う解雇が1件、児童労働と強制労働が1件、労災事故の補償問題が1件である(なお、1案件で複数の問題に関して届け出られている場合が含まれる)。労働以外では、人権全般に関する事案のほか、資源開発による環境への影響、発電所建設に関わる土地強制収用、移転価格税制、健康保険の適用、情報公開・消費者利益・課税に関する案件がある(図表3参照)。

図表3:OECD指針に基づく連絡窓口に対する届出事例(抜粋)(*:労働関連案件)
画像:図表3

出所:Rapports d’activité du PCN français新しいウィンドウ等参照して作成。

届出の内容は主にフランス企業の海外での活動に関するものであるが、フランス国内の事業所に関する案件も含まれる。PCNは、対話により紛争を解決する特徴があり、「注意義務法」に基づく裁判による救済を補完する方法と位置づけられている。

ウズベキスタンにおいて綿花供給に関する繊維分野で事業を行DEVCOT社は、綿花栽培において児童労働と強制労働が確認されたとして審査請求が届け出られた(2010年10月)(注19)。届出たのはNGOシェルパ(フランス)と欧州憲法・人権センター(ECCHR、ドイツ)である。DEVCOT社は過去数年間ウズベキスタン綿を購入しておらず、児童労働がなくなったことが確認できるまでウズベキスタンから綿を購入する予定はないと主張した(注20)

ホテルグループ・アコーは、ベナンとカナダ(オンタリオ州)におけるホテルにおいて、労働組合の結社の自由を尊重せず、労働者との建設的な交渉を行わなかったとして国際食品関連産業労働組合連合会から届け出られている(2010年11月)(注21)。カナダとフランスのPCNは協議の上、同社に改善の働きかけを行った。その結果、オンタリオ州労働関係委員会から、同社は緊迫した労使関係の解決に尽力したと判断された(注22)

フードサービスの提供・施設の管理を行うソデクソは、アメリカ、コロンビア、モロッコ、ドミニカ共和国において、労働における基本的権利が尊重されていなく、結社および団体交渉の権利は保障されていないとして、PCNに届け出られた(注23)

フィンランドの製紙製材メーカーのUPMグループが、フランス北東部ヴォージュ県ドセルの事業所の閉鎖を決定したが、その際の事業譲渡手続きについて従業員との協議が十分に行われなかった(注24)。同社は有望な事業譲渡先を探す約束をしたが、同社が従業員に対して最小限の情報しか開示していなかった。事業閉鎖が及ぼす悪影響を可能な限り軽減すべきとするOECDが推奨する指針に即していないために是正勧告を受けた。

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