デジタル化とドイツ労働市場の発展

ヨアヒム・メラ―氏

ヨアヒム・メラー(Prof. em. Dr. Dr. h.c. Joachim Möller)
レーゲンスブルク大学経済学部教授/
ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)前所長

労働政策研究・研修機構(JILPT)は2019年4月16日、レーゲンスブルク大学のヨアヒム・メラー教授を講師に迎え、「デジタル化とドイツ労働市場の発展」と題する研究会を開催した。メラー教授は2007年から2018年まで、労働市場分析を行う公共研究機関であるドイツ労働市場・職業研究所(IAB)の所長を務めていた。

本研究会では、豊富な労働市場のデータ分析等をもとに、デジタル化がもたらし得る雇用への影響や今後の政策課題に関する幅広い講演を行った。以下にその概要を紹介する。

配布資料(英語) Unemployment through digitization?(PDF:2.46MB)

失業率の推移 ―2005年以降、好調

1950年から長期にわたる失業率の推移をみると、東西ドイツ統一(1990年)後、13%近くまで失業率が上昇し、「欧州の病人」と呼ばれるほど悪化した。しかし、2005年以降、失業率は改善し、現在の労働市場は非常に好調である。2009年の世界金融危機の時は、GDPに対するの影響は大きかったものの、労働市場はさほど影響を受けなかった。これは、主に「操業短縮手当」と「労働時間口座制度」の効用によるものだと考えられている。

また、2000年代前半に実施された労働市場改革の評価については様々な意見があるが、私個人としては、失業率に良い効果があったと考えている。

直近の2012年~2019年にかけての労働市場は、就業率の上昇とともに失業率が減少し、失業者数も200万人を下回るなど、とても良い状況が続いている。ただし、東西統一の影響は未だ残っており、旧東ドイツ地域の方が高失業率であるといった地域格差はある。また、ビジネスサイクル(景気)と失業率との関連は弱くなってきている。

このほかドイツの失業の特徴を見ると、他国と比較して若年失業率が低いことが言える。これは、主に若年層向けの初期職業訓練制度が影響していると考えられている(類似制度があるオーストリアやスイスも同じような状況にある)。

格差の拡大が課題

労働市場全体の状況は良いが、他方で格差が広がっているというマイナス面が課題になっている。1990年代半ば以降、賃金格差が拡大し続けており、特に旧東ドイツ地域の女性労働者の賃金格差が広がっている。

労働組合の賃金協約適用率は、こうした格差拡大の現象と並行して、下がり続けている。 1996年は旧西ドイツ地域で70%、旧東ドイツ地域で56%だった賃金協約適用率は、2017年にそれぞれ49%、34%にまで落ち込んでいる。このような問題を改善するために、2015年には史上初の法定最低賃金時給が導入された。導入前は大量の失業が発生すると言われたが、これまでのところ失業率への影響は見られない。2019年時点で、最低賃金時給は、9.19ユーロである

このほかのドイツ労働市場の特徴として、高技能労働者の失業率が低く、低技能労働者の失業率が高いこと、都市に高技能労働者が集中していること、これにより都市と地方の格差が広がっていること、人口の高齢化が進む中で、多数の移民・難民を受入れていること、等が挙げられる。予測では、現在のペースで移民・難民を受入れても、2050年時点で労働人口は3割以上減少するとされる。

デジタル化は「脅威」か「好機」か

例えば、大学や企業では、自宅や他の場所にいながらオンラインで受講できる大規模な公開講座(MOOC)の活用可能性が話し合われている。また、デジタル化は、企業内の生産プロセスにおけるデジタル化のみならず、企業と顧客との関係も変容させている。

雇用に目を向けると、デジタル化によって多くの雇用が失われるのではないかという脅威論をよく耳にする。雇用喪失というのは、その時の企業の収益性、法律や規制、社会的文化によって、大きく変わるが、すでに同様の脅威論は、1964年と2016年の雑誌シュピーゲルの表紙を見ても分かるように、過去において何度も同じ議論が繰り返されてきた。

雇用の代替率に関する試算(フレイ & オズボーン、ZEW、IAB)

イギリス・オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授とカール・ベネディクト・フレイ博士は、デジタル化によって、アメリカでは10年~20年以内に労働人口の47%の職業が機械に代替可能であると試算した。一方、ドイツの民間調査会社である欧州経済研究センター(ZEW)が、同じデータで異なる定義(同一職業に対する異なるスキル要求の変化など)を用いて再計算をしたところ、同代替可能性は10%となった。具体例を挙げると、「秘書」という職業は、30年前と現在とでは、仕事の内容(タスク)は変化したが、職業自体は存在している。こうした点を考慮に入れた。つまり、「デジタル化は仕事の内容を変化させるかもしれないが、雇用そのものを喪失させることはない」のである。

私が所長を務めていたドイツ労働市場・職業研究所(IAB)でも同様の試算を行った。その結果、雇用への代替可能性は2013年の時点で15%だった。しかし、この時点では「自動運転」の急速な発展を予期していなかった。そのため、数年後に改めて自動運転技術の進展による運転職種の代替可能性等を考慮に入れた試算を行った結果、2016年時点で、雇用代替可能性は、10ポイント上昇し、25%となった。

技術的失業(ジョン・メイナード・ケインズ、1930年)

1930年にイギリスの経済学者、ケインズが説明した技術的失業のメカニズムの理論は、今でも有効である。

新しい技術(テクノロジー)の発達によって生産性が上がると、人手が不要になり、労働力が過剰になる。これにより、いったん職を失う人が増えるが、低価格・高品質の製品が市場に出て需要が上がることで、再び人手が必要になり、労働需要が高まる。このような時間的なズレの正体が「技術的失業」だとする説明である。

テクノロジーの発展速度、生産性、本当の脅威とは

ケインズの時代と違うのは、テクノロジーの開発速度である。例えば「自動運転」に関する技術の発展速度は、2013年と2016年のわずか3年でIABの試算で雇用代替率が10%上昇するほどの早さと影響があった。

また、ケインズが唱えたように、テクノロジーの発達によって、本当に生産性が上昇するのか、という点について、ドイツでは時間あたりの生産性が実際は下がってきている。生産性は複雑なパズルのようなもので、一概に要因は特定できないが、デジタル化の進展と生産性の上昇に今のところ相関関係は見出だせない。

最後に、デジタル化による、一番の問題は「失業」ではなく、「分配」にあると私は考えている。現状を見ると、デジタル化によって、グーグルのようなIT企業が市場利益を総取り(独占)している。同様の現象が他の市場でも急速に拡大している。1960年~70年代には、「資本を労働者の手に」というスローガンで労働運動が活発になり、分配の在り方が盛んに議論された。

一部の企業による市場の独占が今後も続くのであれば、その利益を社会や労働者に再分配・還元させる仕組み作りが重要になってくるだろう。

講師プロフィール

写真:ヨアヒム・メラ―氏

ヨアヒム・メラー(Prof. em. Dr. Dr. h.c. Joachim Möller)
レーゲンスブルク大学経済学部教授/IAB前所長

1953年生まれ。テュービンゲン大学、ストラスブール大学、コンスタンツ大学卒業(哲学、経済学)。2007年~2018年まで、連邦労働社会省所管の連邦雇用エージェンシー(BA)付属機関である「ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)」の所長を務めた。現在は、レーゲンスブルク大学経済学部教授。

参考レート

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