ドイツの労働基準監督官制度(注1)

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1. 概要

労働監督業務は、主に州レベルで実施され、職場の労働安全衛生を管轄対象としている。監査には、企業内の労働安全衛生組織の管理、職業関連の事故と疾病の調査も含まれる。さらに労働監督官(注2)は、労働時間、妊婦保護、児童労働・若年労働の保護、家内工業労働に関する法律の範囲内における監査も行う。

労働監督官はまた、機械の技術的安全管理、新設工場の安全衛生関連についても、許認可プロセスの範囲内で確認を行う。

なお、労働監督官は、労働協約の条項には立ち入らない。また賃金支払いや解雇など、社会保障と雇用契約に関連する法律にも立ち入らない(注3)

2. 監督制度

(1)関連法

  • 社会法典第7編(SGB VII)-労災保険(法定労災保険)(注4)
  • 労働安全衛生法(注5)(Arbeitsschutzgesetz)
  • 連邦公務員法 (Bundesbeamtengesetz)
  • 地方公務員法 (Landesbeamtengesetze)

その他、労働時間、妊婦保護、児童労働・若年労働の保護および家内工業労働に関する法律など。

(2)労働監査の範囲

鉄道、原子力発電所、軍事施設、沖合(海上)設備の作業現場は、一般的な労働監査の対象とはならない。

(3)労災保険組合の労働監督官

ドイツでは、州の労働監督官のほか、同業者でつくる労災保険組合の労働監督官(詳細は後述)いるため、いわゆる“二元的な”労働監督制度が構築されている。彼らは、事故の防止に重要な役割を果たす。ただし、さらなる権限が州政府から彼らに移譲されない限り、労働安全衛生法とおよび労災保険組合が作成した事故防止規則に関する事項を執行するだけである。

3. 組織

連邦政府は、立法と政策立案を担当し、施行と実施は、国内に16ある州(Länder)が主に担当する。

(1)連邦政府

連邦労働社会省(BMAS)は、労使関係、社会保障、雇用・職業訓練、労働安全衛生、労働基準などの労働問題全般を管轄する。

特に、省内の労働法・安全衛生部門(第III部門)が、労働安全衛生関連の立法と政策立案の責任を負う。さらに当該部門では、関連情報の収集と統計資料の発表を行う。

(2)州政府

州は、関連法の実施に責任を負い、執行制度については、自由に管理体制を選択することができる。従って労働監査のために設立される組織は、州ごとに異なる。

現在、労働監査業務は「州」の一般的な管理構造の一部として実施するか、独立した機関を設立して実施されている。

(3)労災保険組合の概要

労災保険組合の監督官も、企業内の労働安全衛生状況を監視する。

労災保険組合は、州の監督下にある財政的、行政的に独立した法定保険機関であり、自律的な運営(自治運営)をしている。社会法典第7編(SGB VII)に基づき、労災保険組合は、事故と職業疾病の防止に責任を負っている。この責任には、事業主が順守しなければならない安全衛生に関する予防のために、規則を制定する権利も含まれる。事業主は、法律の定めによりこの組織に入会し、負担金を支払う。

(4)連邦政府、州政府、労災保険組合との関係(注6)

労災保険は、政府ではなく、原則として同一業種の事業主を強制加入とする「同業者労災保険組合(BG)」、農業従事者が対象の「農業労災保険組合(LSV)」、公的部門の「労災保険金庫(Unfallkasse)」という主に3つの団体によって運営されている(注7)。各団体とも調整や支援機能を持つ上部団体(「ドイツ法定災害保険(DGUV:Deutsche Gesetzliche Unfallversicherung新しいウィンドウ)(注8)」)とつながっている。

保険団体には、前述の通り、事故災害防止のための活動と規則を施行・実施するための監督官が存在する。彼らは事業主と従業員に助言を与え、企業内の労働監査を行う。保険団体の労働監督官は、州の労働監督官とほぼ同じ権利、義務、機能を持つ。

場合により、州政府は、州労働監督官の執行権限を労災保険組合の監督官に移譲し、特定分野において労働安全衛生法の執行を委託する。このような執行権限の委任は、例えば農業現場などで行われている。

また、連邦労働社会省は、連邦レベルで労災保険組合とその上部組織を監督している。

州の労働主務省は、実際の労働監督業務に関する監督を行い、また、必要に応じて重複部分の調整も行う。

(5)本部と地方組織

州は、自州の労働監督官に対する資金提供と管理を行い、彼らを別個の現場組織を持つ独立した機関として、または地域事務所や地方事務所を含めた州行政の一部として運営する。ここ数年の間に、以前は独立した組織として運営されていた多くの州労働監督官が一般的な行政組織のなかに再統合された。

(6)年間計画および進捗、事務所間コミュニケーション

労働監査の目標と目的は、連邦レベルでは「ドイツ労働安全衛生戦略(gemeinsame deutsche Arbeitsschutzstrategie)」の範囲内で、また各州レベルでも設定される。近年は、労災保険組合との協力も増加し、監査の優先順位が調整されている。

(7)ドイツ労働安全衛生戦略(gemeinsame deutsche Arbeitsschutzstrategie)

連邦労働社会省、州の労働主務省、労災保険組合の代表者、労使代表者は、毎年、全国労働安全衛生会議に出席し、労働安全衛生に関する調整を行う。

2007年には、政府、州、労災保険組合、労使の協力関係と調整を全国レベルで強化するために「ドイツ労働安全衛生戦略」が策定された。この戦略には、共通の安全衛生目標の定義、執行すべき分野の優先度、5年間の共通プログラムの一貫性ある実施、共通プログラムに対する訓練(教育)、州の労働監督官と労災保険組合との間での執行戦略の調整合意などが含まれる。労使、研究機関および職能団体の代表で構成された諮問機関において「ドイツ労働安全衛生戦略」の進捗管理や評価が行われている。

(8)各州の労働安全衛生及び安全技術に関する委員会(LASI)内の調整

社会政策のさまざまな分野における日々の活動を各州の間で調整するため、「各州の労働安全衛生及び安全技術に関する委員会(LASI)」など、特定の委員会が設立されている。

LASIは、州の労働監査政策を調整し、労働安全衛生、職業医学、労働法に関する全ての問題を議論する。この委員会は3分の2以上の参加で成立し、州レベルで行う労働監査の目標について意見交換や情報収集が行われる。共通の監査目的を持つことで、その目的をともに支え調和を図ることになり、LASIの指針はより精緻なものになる。LASIは、ドイツ労働安全衛生戦略で設定された目標の達成に関する調整役も果たしている。

州レベルで設定された監査目標には、州固有なもの、またはドイツ労働安全衛生戦略に関したものがあるが、それらの目標を達成するために、覚書や実績合意書を州のそれぞれの労働主務省と、達成すべき目標と目的をもっている下部の労働監査組織との間で交わすことができる。これは報告義務があるため、覚書の達成度をフォローすることができる。

(9)州と労災保険組合の連携

「州」レベルで設定された監査目標を達成するため、「州」の担当省は、労災保険組合と特定の監査目標と監査目的の達成に関して契約を結び、その達成度をフォローする。その結果は、全国労働安全衛生会議に提出される。

さらにこれらの契約では、企業データ、監査の予定日と実施日、共通のコンピューターシステムを介して得られたそれらの結果について、相互にデータと情報を交換する義務が課せられる。死亡事故や重大事故が起きた場合は、直ちに情報を提供し合わなければならない。

(10)最近の改定の動き

この数年間、人件費を節約するため、ほとんどの州で行政改革が行われ、以前は独立していた労働監督官が州の一般行政組織に統合されてきた。

4. 労働監督官の身分

(1)監督官の処遇

労働監督官は、「州」の公務員として任命される。彼らの雇用形態はドイツの公務員であり安定している。契約社員はいない。労災保険組合の監督官も同様に正規雇用である。

5. 労働監督官の採用試験・研修制度

キャリアプランや人材戦略は、州の権限の一部であるため、州ごとに異なる可能性がある。しかしながら、LASIの中では、労働監督官候補生に対する理論的教育について大枠の訓練計画が、州の間で合意されている。ここに含まれるのは、訓練時間数と訓練項目、例えばEU法、行政法、憲法、労働安全衛生法、危険物質、立場の弱い労働者層の保護、労働時間、新技術、交渉能力向上訓練、などである。こうしたLASIの枠組み合意には、法的な拘束力はないが、実際はそれに従って実施される。

旧東ドイツ地域の州は、労働監督官のための教育訓練をより詳細な方法で調整しており、将来の労働監督官に対する州をこえた共同訓練も行われている。

(1)採用の選考過程

それぞれの「州」は、自らの人事戦略に従って独自に監督官を募集し、「州」の公務員として監督官のポストに任命する。最初の2年間の教育訓練期間中、将来の労働監督官は雇用されるか、あるいは試用期間中の公務員として任命される。

この2年の教育訓練期間中、新たに任命された監督官は、LASIの枠組み協定に示された課題について理論訓練を受け、実際の訓練に参加し、監査時には、先輩監督官に同行する。1年後には、新人監督官は1人で労働監査を行う。

訓練の実施と最終試験は、各州で自由に構成されており、この問題に関する経験は各州で共有される。同様に、選考委員は、選考過程における客観性を保証するため交代する。

一般的には、2年の教育訓練後、見習い労働監督官は、筆記試験、選考委員の前で口頭試験を受け、さらに最終試験の実務要素として労働監査を行わなければならない。試験に合格したら、見習い労働監督官は公務員として労働監督官に任命される。

新人労働監督官は監査事務所でキャリアをスタートし、労働監査事務所長、又は監査支所か部署の管理職に昇進する可能性がある。

また、州の労働監査組織と労災保険組合との間では、相互のインターンシップが行われる。さらに時には、両組織の監督官のために、共同の職業訓練セッションが行われることもある。

(2)求められる経歴

州の労働監督官は、彼らが受けた教育水準に応じて、中位職(A10/11)(職業訓練校卒、初等専門教育修了)か、又はより高位の職(A13)(技術・工学分野の大学学位、初等専門教育修了)の公務員に任命される。

6. 労働監督官の人数

16州で、約3,600名の労働監督官がいる(注9)

労災保険組合の監督官数は、同保険組合の上部団体である「DGUV」の年報によると、2015年時点で1,836人である(注10)

7. 労働監督官の業務と活動(年間の監督件数や日々の業務の流れ等)

(1)監査の種類

労働監督官は定期的に監査を行うほか、労災や職業病が発生した時も訪問し、調査を行う。苦情が寄せられた場合も監査を行う。

死亡事故または重大事故が発生した場合は、労働監督官と労災保険組合の監督官が共に現地を訪問し、共同で監査を行う。

監査報告書は監査ごと毎回作成し、職場の健康と安全の状況を詳細に説明し改善点を提案する。

(2)予防対策の役割

新設の工場など、新規の設備と用地計画が出され、当局に通知された場合、労働監督官は、その許認可プロセスに関与する。

州監査当局と労災保険組合は、両方とも助言と指導のための資料を作成する。そのため両者は作業の重複を避けるため協力し合う。

労災保険組合は、特定の加工装置と危険要素に関する事故予防規則を作成し、ホームページにもその資料を載せる。また事業主のために、例えばリスク評価に関する訓練を提供する。さらに州の保険団体には、法律に基づいて、安全担当者や安全技術者など、企業内で労働安全衛生機能を委託する人材への訓練義務が課せられている。

(3)計画

定期的監査訪問は、施設の規模、事故履歴および予想されるリスクの種類を基に、日程が定められる。大規模施設への監査は年一度、小規模施設への監査はより長期の間隔で実施される。

(4)職場における事故と疾病報告

ドイツでは、ほとんどの州が、いわゆる「産業安全のための情報システム(IFAS)」を使用している。これは、企業の場所と数、従業員の数に関する情報を含む登録データベースである。さらにこのデータベースには、該当する法律分野の機能で表示され、施設、発行された承認と労働監査通知に関するデータが含まれる。このシステムは、監査活動の支援、年間監査報告書のための統計資料作成、企業関連統計資料などの活用のために利用される。

このシステムには、さらに家内工業、市場調査および消費者保護について特殊化したモジュールレジストリも含まれている。

パイロットシステムでは、州レベルの労働監査当局と地域の州保険団体が協力して、企業と監査結果について、電子化された共同データの交換を行うことが計画されている。実際には、データ保護ルールによって、大まかなデータ(企業の詳細および監査訪問日時)の交換しかできない。しかしながら、2011年か2012年には、データ保護規則に適合しドイツ内のどこからでもデータ(特定企業に関するテータおよび監査結果に関するデータ)の問い合わせが可能になる新しいデータ保存システムが稼働を開始する予定で、これによって監査の重複が避けられる。

事故と職業病が発生した場合、企業は、州レベルの管轄労災保険組合と、州レベルの管轄の労働監督組織の両方に報告しなければならない。

(5)制裁措置と管理過程

労働監督官は、助言を与え、口頭による執行命令又は文書警告を出すことができる。

労働安全衛生関連で、法律違反が発見された場合、労働監督官は改善通知を発行し、対応するための合理的な時間的余裕を与える。労働者の健康や安全に差し迫った危険がある場合、労働監督官は直ちに執行力を行使し、対策を講じることができる。これらの対策は直ちに実施しなければならない。抗議しても延期されることはない。

監督官は、事業主に対し罰金を課すことができる。これらの罰金は、事業主に自発的対策を促すためのもので、罰則的性質はない。さらに労働監督官は、命令した対策が順守されず放置された場合、業務停止、又は職場の機器の運転停止を命じることができる(労働安全衛生法22条)。

労働監査当局の命令や通知は行政行為であり、行政上の内部審判手続が尽きた場合、行政裁判所に上訴することができる。

同様に、労災保険組合の監督官も同じような対策を講ずることができる(社会法典第7編19条):彼らは、労働者の安全と健康に差し迫った危機が認められた場合、直ちに執行力を行使して対策を命ずることができる(同上)。

労働監督官は、直ちに執行するよう命じた対策が順守されない場合、事業主および従業員に対し罰則を課すことができる(5,000ユーロから25,000ユーロの範囲)(労働安全衛生法 25条)。例えば、命じられた通知内容に繰り返し違反した場合、あるいは労働者の生命および健康に対し切迫した危機を故意にもたらした場合など。課せられる刑事罰には懲役刑も含まれる(労働安全衛生法26条)。この制裁措置は、刑事裁判所で審議し宣告されなければならない。

まれな事例として、特に刑事犯罪が疑われる場合、その事例は検察に引き渡される。但しこの場合、労働監査当局にその後の経緯が通知されることはほとんどない。

一部の州では、検察と労働監督官との間で情報交換の会議がもたれている。

(6)労働監査と労使

州の監督官と労災保険組合の保険監督官は、従業員代表委員会と協働し、その委員を監査に同行させるとともに、執行通知と監査結果を記載した監査報告書のコピーを彼らに送付する。事業主は、安全担当者を任命する義務を負う。この安全担当者は労働監督官および労災保険監督官との交渉窓口としての役割も果たす。

上述の通り、毎年の労働安全衛生会議には労使の代表が参加し、労働安全衛生戦略の目標について言及している。さらに労使は、労災保険組合の自律的(自治的)な管理組織に代表を送っている。労働安全衛生の分野に関して、連邦労働社会省に対する諮問委員会がいくつかあり、その中にも労使が代表を送っている。

さらに、労災保険組合の下に、保険監督官、連邦労働社会省、および労使の代表者からなる専門委員会が設立されている。これらの委員会は、事故予防のための規則案を作成し、それを連邦労働社会省に提出して承認を求める。

(7)批准されたILO条約

ドイツは、ILO条約第81号(労働監督条約、1955年6月14日)、第129条(労働監督(農業)条約、1979年9月27日)を批准している。同様にILO条約第150号(労働行政条約、1981年2月26日)も批准している。

参考レート

2018年4月 フォーカス:諸外国の労働基準監督制度

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