韓国の労働基準監督官制度

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1. 労働監督官(注1)制度の概要

労働監督官制度は「勤労基準法」をはじめ「賃金債権保障法」「最低賃金法」「産業安全保険法」「男女雇用平等法」等の個別労働関係法と「労使協議会法」「労働組合及び労働関係調整法」等の集団的労使関係法の執行を通じ、労働者の基本的な労働条件の確保等労働者の権益保護と向上のための労働行政の中枢的な機能を遂行している。雇用労働部長官はこのような労働監督の権限を行使し、法律の定めるところにより労働官署と労働監督官にこれを委任している。労働監督制度を具体的に見ると、「勤労基準法」においては労働契約、賃金、労働時間、休憩時間等勤労基準法上の全般的な分野に対し監督を行い、また「最低賃金法」においては最低賃金支給の有無の事項と周知義務に対する監督を行い、「男女雇用平等法」においては募集と採用等に対する差別、性差別による退職及び解雇、育児休業等の遵守事項に対し監督を行っている。更に、「勤労者参加及び協力増進に関する法律」においては労使協議会の設置と運営、履行事項、苦情処理に対する監督を、「社内勤労福祉基金法」においては基金の用途、会計・管理等に対する監督を、「職業安定法」及び「派遣勤労者保護等に関する法律」等においては労働者の募集、派遣等に関する法律の遵守の可否を監督している。併せて「産業安全保健法」においては労働災害を予防し、労働者の安全な労働条件維持のため管理監督義務を負っている。「労働組合及び労働関係調整法」においては労働組合の設立手続きと維持に関して監督を行っている。〔国家記録院HPより〕

2. 労働監督官の権限

勤労基準法をはじめ、産業安全保健法、男女平等及び仕事・家庭両立支援に関する法律、最低賃金法等の個別的労働関係法と、労働組合及び労働関係調整法、労使協議等集団的労使関係法を含む16種の法令が規律する業務を扱う。

労働監督官の最も基本的な業務は勤労基準法等の法定労働条件を保障することである。具体的には、

  • 事業所、寮その他付属建物の臨検
  • 帳簿、書類の提出の要求
  • 使用者及び労働者に対する尋問

を行うことができる。また、医師である労働監督官または労働監督官から委嘱を受けた医師は、就業を禁止させるべき病気に罹患していると疑われる労働者の検診を行うことができる。

この他、労働監督官は、労働関係法令違反の罪に関して司法警察官の職務を遂行する。すなわち、刑事訴訟法に定められた取締り、逮捕、押収、検証など強制処分を含む全ての職務を執行する。

3. 監督組織

本部と47の地方官署から成る。

本部(1) 地方官署(47)
雇用労働庁(6) 支庁(41)
雇用労働部 ソウル庁 6支庁
中部庁 14支庁
釜山庁 7支庁
大邱庁 5支庁
光州庁 5支庁
大田庁 4支庁

4. 労働監督官の身分

(1)監査官の身分・処遇

国家公務員(特別司法警察官吏)。

(2)採用、選考プロセス、求められる経歴等

国家公務員試験に合格した者で、〈当然職労働監督官〉と〈任命職労働監督官〉の2とおりの任命方法により労働監督官に就く〔大統領令第22465号〕。

〈当然職労働監督官〉

次の①~③のいずれかに該当する一般職の国家公務員は、その職位に任用された日から労働監督官に任命されたものとみなされる。

  • ① 雇用労働部の3級から7級までの公務員のうち、「雇用平等」「女性労働者の保護」「労働組合」「労使紛争」「労働基準」「賃金」「産業保健」「産業安全」の各業務を担当する者。ただし、6級または7級の公務員のうち、雇用労働部及びそれに所属する機関での勤務経歴が1年未満の者は、勤務経歴が1年を経過した日から労働監督官に任命されたものとみなされる。
  • ② 地方雇用労働庁の4級から7級までの公務員のうち勤労改善指導や労働安全保健に関する業務を担当する者。
  • ③ 地方雇用労働庁の支庁及び出張所の長と、それに所属する4級から7級までの公務員のうち勤労改善指導や労働安全保健に関する業務を担当する者。

〈任命職労働監督官〉

当然職労働監督官に該当する公務員だけでは労働監督官を増員することが困難と認められた場合、雇用労働部長官または地方雇用労働庁の長は、一般職6級または7級の公務員で、雇用労働部及びその所属機関での勤務経歴が1年未満の者のでも、「雇用労働部長官が定める教育を履修した者」であれば、労働監督官に任命できる。また、一般職8級または9級の公務員でも、「司法警察官吏の職務を遂行する人に指名を受け、労働監督官の補助業務を行った経験が6カ月以上ある者」であれば労働監督官に任命できる等の規定もある。

(3)研修

「勤労監督官職務規定」によれば、以下の規定がある(第5条)。

  • ① 地方官署の長は、所属監督官の業務遂行能力と資質を向上させるために、毎年初めに職務教育計画を樹立、施行しなければならない。
  • ② 地方官署の長または勤労改善指導課長は、所属監督官に対して毎月6時間以上職務関係法令・訓令・判例・行政解釈と服務姿勢など業務遂行に関する事項を教育し、その結果を常時学習システムに登録しなければならない。
  • ③ 労働監督官は「教育訓練時間の昇進反映制度(常時学習)運営指針」に沿った年間履修しなければならない教育訓練の時間のうち、労働監督に関する教育を100分の40以上履修しなければならない。

また、同第6条には「初任監督官教育」について、以下の規定がある。

  • ① 地方官署の長は初任給監督について任用日から最初の1週間まで1日4時間以上の現場職務教育(OJT)を実施しなければならない。
  • ② 勤労改善指導課長は監督官任命を前後して労働監督に関する教育を4週間以上受けない初任監督官に第3章に基づく申告事件を処理するようにしてはならない。ただし、教育課程が開設されていないなどやむを得ない事由で教育を履修できなかった場合には、4週間以上の現場職務教育(OJT)を実施した後、申告事件を処理するようにすることができる。
  • ③ 地方官署の長は、第2項端緒による事由が解消された場合、初任監督官が所定の教育機関での4週間以上の勤労監督関連の教育を受けるように措置しなければならない。
  • ④ 地方官署の長は初任給監督が所定の教育機関で監督官の職務と関連される教育を受けられるように優先的に配慮しなければならない。

5. 監督対象の労働者数、監督対象の事業所数

監督対象の事業所は労働者が1人以上の事業所で、2014年現在、約169万事業所である。対象労働者総数は約1,474万人である。

6. 労働監督官の人数、年間の監督件数

2015年現在、労働監督官数は1,696人。内訳は、労働労改善指導官1,256人、産業災害予防指導官392人、雇用労働部本部勤務48人である。

2014年の処理業務量は、申告事件数336,308件、監督事業所数24,281カ所、許認可及び承認件数18,071件、未払い賃金清算支援人数112,870人であった。

2010年以降、労働監督官が監督しなければならない勤労基準法適用対象事業所及び労働者数は継続して増加しているものの、労働監督官数はほとんど増えていない。2014年時点で労働監督官1人当りの担当事業所数は1,571カ所、担当労働者数は13,727人、申告事件処理数は353件である。特に近年、増加した業務のひとつが未払い賃金の処理業務で、2014年の未払い賃金件数は195,783件で、2007年より44,000件増加した。

7. 労働監督官の業務と活動

労働監督官の主たる業務は法定労働条件を保障するための職務と、勤労基準法及びその他の労働関係法令違反の罪に対する捜査等司法警察官としての職務である。労働者の基本的な労働条件保護のための権利救済業務として重要な業務である事業所監督には「定期」「特別」「随時」の3つの区分がある。

  • 定期監督:事業所労働監督総合計画により実施する。
  • 特別監督:労働関係法令違反事実を捜査するため実施する。
  • 随時監督:法令の制定・改正、社会的要求により随時実施する。

また、違反事項に対してはこれを摘発し、是正または制裁することが主な職務である。その他、「申告事件の処理」「法令に関する質問の回答」「許認可及び承認」「就業規則の審査」「労働動向の把握」なども労働監督官の業務に含まれる。

2000年以降、多様な関係法令の適用により、労働監督官の業務が拡大されてきた。また、労働組合の組織率の低下により、労働者の力が弱まったこともあり、賃金未払いや最低賃金違反等の処理業務等の業務の増加の他、高学歴化、インターネットの普及による労働者の要求の多様化・専門化、更には、違法派遣、社内請負、差別是正といった新たな問題の出現により、監督官業務は量の増加に加え、質的な面でも高度化する傾向にある。

〔ILO条約の状況〕

  • 工業及び商業における労働監督に関する条約(ILO条約第81号):1992年批准
  • 農業における労働監督に関する条約(ILO条約第129号):未批准

参考資料

  • 「労働監督官の業務改善方策研究(2015.12)」(雇用労働部)
  • 「共につくる職場365日 政策資料集②2008.2~2013.2」(雇用労働部)
  • 「個別労働紛争の和解制度活性化方策研究(2011.9)」(韓国労働研究院)
  • 「未払い賃金の実態と政策課題」(韓国労働研究院)

2018年4月 フォーカス:諸外国の労働基準監督制度

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