若者のキャリア形成と就職:フランス
「大学と雇用の関係」のあり方を見直す動き

「大学と雇用の関係」のあり方を見直す動き

フランスでは、労働協約や企業協定を通じて資格取得者に一定の賃金水準の保障が図られており、学校体系に応じて段階的な資格の体系が整備されている(表1)。各職業教育訓練を通して取得した資格に応じて、就業可能な職業の範囲が明瞭に区分されており、最低でも職業適格証(CAP)、職業教育免状(BEP)を取得しなければ職に就くことはできないとされる。取得した資格や学位水準が就職、そして将来の社会的地位の大部分を決定すると言っても過言ではない。フランスは学歴社会であると同時に資格社会なのである。

表1:学校教育と職業能力
職業能力、技能度の水準 学校教育の水準と資格
職業能力ⅠまたはⅡ
グランゼコール免状等を所有しているもの
大学の第2期課程(学士、修士)、第3課程(博士)
の免状等を所有しているもの
第3課程博士(DEA)
高等教育専門研究免状(DESS)
修士(Maitrise)
学士(Licencie)
職業能力Ⅲ
バカロレア取得後、2年間高等教育をおさめ、所要の免状等を所有しているもの
大学1期免状(DUEG)
上級技術者免状(BTS)
技術短大免状(DUT)
職業能力Ⅳ
バカロレア取得、または大学か短大に在学したが資格を得ていないもの
普通バカロレア(BacGe)
技術バカロレア(BacT)
職業バカロレア(BacP)
職業能力Ⅴ
職業リセを修了し所要の免状等を所有しているもの
職業適格証(CAP)
職業教育免状(BEP)
初等教育修了証(CEP)と同等な免状
中等教育前期課程修了免状(BEPC)

(『フランスの労働事情』1990年p208/2001年p187および『専門高校の国際比較-日欧米-の比較-』P38を参考に作成)

教育資格と職業資格の融合

学校教育機関を中心とした職業教育が行われてきたフランスでは、従来大学入学を目指すリセ(後期中等教育機関)と職業教育機関とがそれぞれの教育・訓練を行ってきた。しかし最近では、より多くの者が「バカロレア(大学入学資格)」を取得できるように、教育資格と職業資格の共通化を図る施策を進めている。また、全ての生徒が何らかの資格を取得できるよう、留年率が高く学業不振が深刻な問題となっているコレージュ(前期中等教育機関)における教育課程の多様化や、個人の適性にあった教育の提供、さらに、若者の能力向上と就職促進を目的として学校での教育と企業での実習を交互に行うという「交互教育」の充実に力を注いでいる。コレージュや職業リセは、商工会議所や地方自治体、民間団体と共同して職業情報の提供に努めるとともに、「交互教育」の体系的整備を進め、関係各機関のネットワークの構築に力を入れている。

産学連携で大学における職業教育の充実を図る

また、大学における技術・職業教育の充実も進められている。いわゆる「エリート」と呼ばれる者のみが進学を許されるグランゼコールに比肩する水準の専門教育の実現を目指し、大学付設職業教育センター(IUP)が、全国の主要大学に1991年度から設置された。同センターでは、企業の要求に即した人材の育成を目指し、工学、商学、一般行政、財務管理、情報・コミュニケーションの5専攻を設置し、いずれも全教育期間の3分の1を企業実習にあてている。修了者は「高度技術者マスター」の免状が授与される。これは大学4年修了で取得できる免状と同格であり、より実務の修得を重視した免状である。また、中級技術者養成を目的とした2年制の大学付設課程であるIUT技術短期大学部)やSTS(中級技術者養成課程)に、第3学年の課程が新設され、従来よりも高い水準の資格を授与することが可能となった。

インターンシップは学生自らの力で

一方、企業の採用方法にも最近変化が出ている。これまでのような職業安定所(ANPE)や各種の人材バンクなどに求人を出すという採用方法よりも、インターンシップを重視する企業が増加している。しかし、このインターンシップについて、大学や大学院などが特別なアドバイスをするようなことはあまりない。ほとんどの場合、学生自らが企業のウェブサイトや経済誌などが掲載する高等教育修了(予定)者向けのリクルート特集などから情報を収集、応募する。通常、インターンの期間中は、毎月「手当」が支給される。期間は3~6カ月というケースが多いが、1年という長期の場合もある。しかし、インターン期間終了後、企業が必ず正式採用を決定するというわけではない。正式に採用されたとしても、期限付きの雇用契約(CDD)であることが多い。

大学と雇用との関係の見直し

こうしたなか、ド・ヴィルパン首相は、2006年4月、これまであまり取り上げられてこなかった「大学と雇用」という問題に真剣に取り組む意向を示し、国民教育・高等教育・研究省下に「大学と雇用に関する全国討論委員会」を設置した。労働市場への参入という観点からみた大学における教育の質、資格(免状)の価値、職業と免状との関連性を現在の高等教育制度が抱える大きな課題ととられ、多くの学生が抱いている不安や問題への具体的な対応策を検討することが目的。同委員会は、大学関係者だけでなく企業側からも選出された15名の委員で構成され、4月から10月までに120回以上もの会合が開かれた。さらに、インターネットを利用し広く一般の意見も集められ、10月24日、最終報告が発表された。同報告で示された「大学と雇用を結びつける」ための今後の方針の主な内容は以下の通り。

  1. 大学でのドロップアウト対策として、各大学での雇用・研修・キャリアに関するサービスを実施する
  2. リセにおける進路指導活動を強化する
  3. 一般教養過程(大学1~2年)の全ての学生に対して「職業関連単位」の履修を義務化し、大学教育における「職業重視」を促進する
  4. 一般教養学士レベル(大学2年で取得可能)の者のために、企業、特に中小企業における大学資格保持者の採用の奨励や、学業とパートタイム労働が両立できる体制を整備により、大学と労働との密接な関係を構築する
  5. 企業や大学が共同で、職業指導及び就職に関するデータベース(求職状況、企業が求める職業資格や能力指標)を構築・設置し、産学連携体制を強化する
  6. 学生の職業能力の取得に必要な教育を担当する教員に対する評価を見直すなど、大学教育制度全体の進展を図る

こうした新たな動きの背景には、2006年1月からおよそ3カ月にわたりにフランス全土を揺り動かした、若者(26歳未満)を対象とする新たな雇用契約(CPE)の創設をめぐる議論がある。従業員20人以上の企業が26歳未満の若者を採用した場合、2年間の試用期間中は理由なく解雇することを可能とするCPEに対し、若者は猛反発を示した。抗議運動が活発化し社会の混乱が拡大する中、たとえ高等教育を受けて資格を得ても、就職することは非常に困難であるという現実が浮き彫りにされた。特に、IUTなどで技術教育は受けずに、一般の大学で2年間の一般教養課程しか修了しない者に与えられる「一般教養学士」という資格は、就職の際に何の意味ももたないような状況にある。

フランスの大学と雇用との関係のあり方は、ようやく動き出したばかりである。大学は、これまでのように「資格は付与するが、学生の就職に対しては無関心」ではいられない状況にあるという認識が広がりつつある。今後、こうした方針が、どのように具体化されていくのかが注目されるところである。

フランスの教育制度

フランスで学位として認められるのは、後期中等教育課程終了後に受験するバカロレア試験に合格した後に取得した学位のみである。バカロレア試験に合格して初めて、バシュリエ(バカロレア保持者)——「Bac」となる。バカロレア試験に合格したが、大学に進学しなかった者は「Bac+0」とされるなど、この「Bac」が、学歴社会フランスの一大基準となっている。ちなみにバカロレアには、普通バカロレア(1808年創設)、技術バカロレア(1968年創設)、職業バカロレア(1985年創設)の3種類がある。1990年代に「教育の大衆化」を経験したフランスでは、1900年には1%であったバカロレアの取得率(同年代人口に対する割合)は、今日では約62%に達している。

フランスの高等教育機関は、一般大学(UNIVERSITES)、グランゼコール(GRANDES ECOLES)、その他専門学校に大別される。日本のように大学ごとの入学試験という制度はない。一般大学は全て国立大学で、普通バカロレアを取得すれば、誰でも希望する大学に入学できる。学生は、2年間で「DEUG一般教養学士(Bac+2)」という大卒の資格を得て、そのまま社会にできることができる。それ以上の資格を希望するものは、DEUG取得後、さらに1年学び「Licence大卒(Bac+3)」の免状を、さらに1年間大学院で学び「Maitrise修士号(Bac+4)」を取得する。パカロレア取得者のほとんどが一般大学へ進学するものの、進学後の資格取得はかなり厳しく、ドロップアウトする学生も多い。

こうした一般大学に対し、グランゼコールとは、大学と平行しながらも独立した制度であり、いわゆる「エリート」と呼ばれる者のみが進学を許される。その割合は、バカロレア取得者のおよそ4.5%。グランゼコールを目指す者は、バカロレア取得後、一般大学には進学せずに、高校に併設されたグランゼコール準備学級に進む。そこで2年間(最長3年間)、グランゼコール入試に向けた勉強に没頭し、競争率が数倍から数十倍とされる超難関の入試を乗り越えてようやくグランゼコールに進学できる。グランゼコールは、理系(ECOLES D’INGENIEURS)と文系(ECOLES DE COMMERCE ET DE GESTION)に大別され、国内の主要都市に約400校ある。1学年の定員は約350名という狭き門である。学業期間は3年間で、運営には地元の商工会議所が深く関与している。卒業後に即企業の戦力となる優秀な人材の育成が最大の目的であり、企業研修を必修とするなど、実務を重視したカリキュラムが組まれている。なお、政治、行政の道を希望する者は、グランゼコールを卒業後、さらに国立行政学院(ENA)を卒業しなければ、重要ポストにつくことは難しいとされる。

なお、教育制度の詳細については、当機構HP掲載の「フランスの学校教育と職業教育新しいウィンドウへ」を参照されたい。

参考

  • 『成熟社会の教育・家族・雇用システム日仏比較の視点から』浅野清 編NTT出版、2005年
  • 「現代フランス学生の就職事情—インターンシップを中心にして—」中川辰洋青山経済論集第55巻第1号青山学院大学経済学会2003年
  • 『フランスの労働事情』日本労働研究機構編日本労働研究機構2000年
  • フランス政府「大学と雇用に関する全国討論委員会」HP新しいウィンドウへ

2006年12月 フォーカス: 若者のキャリア形成と就職

関連情報