EU拡大と域内労働力移動:ドイツ
労働力流入の最前線

今年5月のEU拡大後、EU域内で予想される新規加盟国からの労働力の最大の移動先はドイツである。ベルリンのドイツ経済研究所(DIW)が4月に発表した推計によると、域内自由移動実現後およそ20年を経た2030年の段階で、東欧の新規加盟8カ国に加盟交渉が進んでいるブルガリア、ルーマニアを加えた10カ国の移住者は、現在の60万人から、200万~280万人の水準へと増加するという。移住者の約半数が就業者と見られている。ただしドイツにおける「外国人労働問題」の観点からは、現在トルコ出身者が約188万人存在している(2003年末時点)現状を見ても、関心は、現在のEU領域のさらに東側に向けられている。


今回のEU拡大に際して、ドイツが当面講じる新規加盟国からの労働力移動制限措置は、EU加盟条約の取り決めに準じている。具体的には、

  1. 加盟から2年間はドイツの外国人に対する滞在・就労等の規定を適用する
  2. 次の3年間、ドイツ連邦政府は国内労働市場の状況を勘案して、労働力の流入制限を行うことができる
  3. 移行措置の期間は原則1年だが、労働市場への影響が深刻な場合はさらに2年間延長できる

となっている。

一方、新規加盟国の企業や自営業者は原則として自由に営業できる。ただし、建設業とビル清掃など若干の職種については、労働力移動の制限措置同様、最長7年間の移行期間が設けられている。

新規加盟国のうち、労働力の送り出し国としては、とくに東欧8カ国(ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロヴェニア、エストニア、リトアニア、ラトヴィア)の比重が高い。これに加え、ブルガリアとルーマニアは、01年にEU加盟条約を締結する予定で、準備が整えば07年1月にも加盟するスケジュールだ。DIWは、以上の東欧10カ国から、いわゆる「鉄のカーテン」崩壊後11年間にEU(旧加盟)11カ国に移り住んだ人が100万人にのぼるとし、そのうち6割がドイツに住んでいると指摘している。

DIWはこの東欧10カ国から予想される移住者数について、標準シナリオに加え、高位、低位の3つの推計を示した。それによると、現在60万人いる対象各国出身者は、2010年には211万1000人(高位)、184万2000人(標準)、161万6000人(低位)となる。この時点では、年間14万人~9万2000人の水準で純増していくが、2011年には年間4万8000人~2万6000人と、徐々に数は減っていく。そして2030年に、標準シナリオで233万2000人(高位278万4000人、低位201万1000人)が東欧各国出身者で占められるという。

DIWはこのような推計に基づき、東欧諸国からの労働力移動について、「賃金および雇用面ではわずかな影響しか及ぼさない」とコメントしている。現在の労働市場と雇用情勢という視点ではなく、今後数十年間の高齢化・人口減少の視点から見たとき、ドイツでは毎年20万人の移民受け入れが必要であるとされ、予想される東欧各国からの移住者はその一部を構成するに過ぎない。DIWは同時に、東欧からの労働力移動はEU域内の賃金・福祉面の向上によい影響を及ぼすと見ている。

ドイツの労働市場については、同様の見解が専門家から出ている。ドイツ銀行チーフエコノミストのN・ヴァルター氏は、今回のEU拡大後、当面東欧諸国からドイツに流入する労働力は1年当たりドイツの就労人口の0.5%に過ぎないとし、ドイツが若く職業資格を持った労働者を受け入れる必要があると指摘。「移動制限措置の期間を短縮し、労働市場を速やかに開放すべきだ」と主張している(4月30日付ディ・ヴェルト紙)。

ドイツでは6月17日、外国からの移民受け入れに関する新法の内容について、3年以上の議論の末、与野党で合意に達した。新法は、高度な職業資格・能力を持つ労働力の受け入れを容易にする一方、移民の受入・制限に関する条件を整備し、外国人労働力のコントロールを強める内容となっている。併せてテロ対策も強化されている。

このような外国人労働者問題の論議に際しては、ドイツの現状が常に意識されている。ドイツ連邦統計局が示す2003年末の国別外国人数は、トルコが約188万人、次いでイタリア約60万人、ユーゴ(セルビア-モンテネグロ市民)約57万人と続いており、上位12カ国のうち新規加盟国はポーランド1国のみ(約33万人)である(別図)。EU拡大との関連では、トルコのEU加盟交渉(今年12月の欧州理事会で加盟交渉を開始するかどうか決定)が日程に上った段階以降に、再度議論が高まると思われる。

ドイツに居住する外国人(2003年末)

図

*セルビア・モンテネグロ市民
出所:ドイツ連邦統計庁


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