高齢者の退職と雇用
アメリカの高齢化対策の行方
—ブッシュの目指す「オーナーシップ社会」vs ケリー氏の国家主導型改革案

1946年から1964年生まれの米国ベビーブーマー世代は、2003年時点で約7,700万人を数え、全米人口の37%を占める。この世代の高齢化が、アメリカの各種政策や公共サービス、民間サービス、あるいは文化・社会全体に及ぼすインパクトは巨大だ。民族・文化のみならず、家族構成やライフスタイル、ライフサイクル、収入、雇用の継続などあらゆる面で、高齢者層の多様性が噴出し、保険・医療・福祉政策やサービスなどについて、高齢者層全体をひとくくりにした従来型の画一的な対応に大転換が強いられる。

長命化による高齢者保障、医療、福祉、介護の長期化が招くコスト増大も深刻だ。1990年代から、従来社会的弱者として捉えられてきた高齢者像が徐々に変容。政治的圧力団体の結成などにより各種高齢化施策に関するロビー活動を行い、政治的・経済的利害を声高に主張しはじめるといった動きもある。このため、高齢者を若い世代が支えるという世代間協力やサポートの仕組み自体が徐々に崩壊しはじめ、世代間の利害対立が社会問題化する危険性をも孕んでいる。

こうした文脈のなか、佳境に入った今回の大統領選でも、大規模な高齢社会の到来を控えた社会保障・医療保険制度の改革は、国内政策に関する主要テーマだ。ブッシュ大統領とジョン・ケリー民主党候補の高齢化対策へのビジョンは、極めて対照的。ブッシュ大統領が国内政策の柱として掲げる「オーナーシップ社会」とは、政府や公的サービスを側面支援に限定し、各自の選択による資金の貯蓄・運用で民間サービスを購入し、個々人が独自の選択で未来を築く構想だ。この枠組みでの高齢化対策では、国が主導する社会保障制度が補完的な位置付けとなり、個々人のリスク管理に重点がシフトする。具体的な提案としては、1)公的年金の一部個人勘定化(一括してアメリカ国債で運用されている公的年金の一部を確定拠出型年金などの投資基金に振り分けて民営化し、各人の株式市場等での資金運用を可能とする)、2)医療貯蓄口座創設(自己負担分の医療費に免税措置を講じるための新制度)と雇用主提供保険以外の商品の充実による民間の医療保険プランの普及、3)退職貯蓄口座・生涯貯蓄口座創設(個人退職勘定など既存の貯蓄優遇税制を再編し、拠出限度額の大幅引き上げや適格条件緩和を緩和する新制度)――等。アメリカ社会で株式の個人保有が進む点に着目したこの改革案は、「恩恵を受けるのは高額所得者だけだ」(民主党)「減税対象を広げることで、ベビーブーマー世代の退職を支えなければならない時に、歳入源を台無しにする」(ビジネスウィーク誌)いった批判の声もあがる。逆に、「社会保障問題を投資利回りに関する議論に摩り替えることで、若者層の支持を取り返せるかもしれない」(ビジネスウィーク誌)、との見方もあるようだ。

一方、対抗馬の民主党ケリー氏は、従来型の政府主導のサービスを維持・強化し、労働者への手厚い保護を前面に押し出している。具体的には、1)現行の社会保障制度の維持・強化による労働者へのセーフティネットワークの拡充、2)補助金拠出による企業主体の医療保険制度の強化、3)低所得層向けの政府系公的医療制度の充実、4)高額医療再保険導入(雇用主提供保険について、加入者の医療費が年間五万ドルを超えた場合に政府がその75%を負担)、5)高所得者への増税――等。既存の枠組みをベースとするのが特徴だ。

みずほ総研が、現在、議論が白熱化している医療保険制度の改革案を試算したところ、ケリー案はブッシュ案の10倍のコストが必要だという。改革にかかる費用は、高額所得者への増税や年金給付削減などで対処するため、所得移転の効果は大きいが、ブッシュ案のようなコスト抑制策は講じていないことから全体的なコスト増は否めないようだ。

両者の相違は、今後アメリカが迎える深刻な高齢化社会での経済資源配分を、個人に委ねるか、政府が主導権を握るかという極めて対照的なビジョンを浮き彫りにするもの。その手法も、増税か減税かという極端な選択となる。

こうした最中、ブッシュ政権は、高齢者を対象とする医療保険メディケア・パートB(任意加入部分)の保険料を2005年に17.5%もの大幅引き上げする見込みを発表した。パートB保険料は過去10年間で84%増、この2年だけでも30%増と上昇。1999年以降の凄まじい医療費の高騰を背景に、公的医療保険制度が悲鳴をあげている。また、雇用主提供による企業年金も、航空業界を中心として、特に確定給付型プランの給付不全が相次ぎ、揺れ動いている。これに対し、政府側は、労働者に対する年金制度の強化、約束給付の保障を目的とした年金関連規制の強化に関する法案提出を来期中に検討する見込みだ。この他アメリカは、社会保障・医療負担の軽減を目的とする退職年齢引き上げによる高齢者の労働市場への継続的参加の促進、高齢者施策の地方分権化による州レベルのサービス向上や雇用職業訓練制度の導入などにも本腰を入れて取り組みつつある。

ベビーブーマーの高齢化を控え、アメリカはあらゆる側面で転換を余儀なくされている。改革は必然。だが、その将来像は、大統領選の結果如何に大きく左右されそうだ。


参考資料:

  1. みずほ米州インサイト「2004年米選挙の注目点・6」安井明彦(2004年)みずほ総合研究所
  2. “Selling the Ownership Society” BusinessWeek, September 6 2004.
  3. “Medicare Premiums to Rise By 17.5%” Washingtonpost, September 4 2004.
  4. “Congressman to Push for Tougher Pension Rules” Washingtonpost, September 14.
  5. 40 companies sitting on pension time bombs (MSN).
  6. 「諸外国における高齢者の就業形態の実情に関する調査研究報告書」高齢者雇用開発協会(2003年)

2004年10月 フォーカス: 高齢者の退職と雇用

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