高齢者の退職と雇用:イギリス
変わり行く高齢者雇用

英国は、他のEU諸国と比べ高齢者の労働力率が若干高いとはいえ、早期退職の傾向が強いという点では共通していた。英国の高齢者に対する公共政策がこれまで、早期引退に歯止めをかける大きな役割を果たしてきたとは必ずしも言えない。ところがEUが2000年11月「EU一般雇用機会均等指令」を採択したことに伴い、必然的にこの圧力を受けることになる。英国でも、指令の期限である2006年12月までに新しい立法を行うという方針が明確化された。以降、指令に対応するため、年齢差別禁止規則の制定に向けた様々な協議が重ねられている。

高齢者に対する政策の転換

英国の公的年金制度では男性は65歳、女性は60歳になるまで年金が支給されない。英国で早期退職の傾向が進んだ主な要因は、むしろ企業年金制度に負うところが大きいと言われる。この傾向は社会経済的な地位の高い人々においてより顕著であり、こうした人たちの間では自主的な早期退職がごく普通の慣行だ。企業年金の加入者増は明らかに早期退職者の増加に繋がっている。英国の公共政策は、ごく最近まで早期退職傾向の振り子を戻して、高齢者を就業継続あるいは再雇用する試みに寄与してこなかった。これは、政府が労働市場へ過度に介入することを嫌った前保守政権の方針の影響とも言える。しかし、英国においても、他のEU諸国に比べると緩やかではあるが、人口の高齢化が進んでいる。引退年齢と平均寿命の差が広がることは、公的年金への依存期間を増加させ、社会保障負担が上昇する。高齢者を労働市場に参加させる必要性の認識は英国においても高く、1977年から実施されていた「高年齢者早期退職勧奨制度(Job Release Scheme)」は1988年に廃止された。また、1993年には長期失業者に対する職業訓練の上限を59歳から63歳に引き上げるとともに、高等教育への奨学金の対象者を50歳代前半まで広げた。さらに、2年以上の失業者を対象とする就職促進プログラム「ニューディール25プラス」の高齢者版「ニューディール50プラス」が1999年実験施行され、2000年4月から全国展開されている。

ニューディール50プラス(New Deal 50+)

仕事を探している50歳以上の者に対し、パーソナル・アドヴァイザーが1対1で相談に応じ、履歴書の書き方を教えたり、採用面接のための交通費や、訓練・試用の機会を提供するなど、実践的な援助を行うというプログラム。このプログラムには、50歳以上の者が、1.求職者手当、2.所得補助(いわゆる生活保護)、3.労働不能給付、4.重度障害手当のいずれかを6カ月以上受けている場合、自由に参加できる。また、受給本人だけでなく、配偶者にも参加資格がある。このプログラムを通じて就業すると、「労働税クレジット」 を受けることができるほか、就業しながら訓練を行うための「訓練補助金(Training Grant)」も利用できる。また、このほか起業のためのアドヴァイスなども行っている。プログラムの開始から2002年10月までの間に、約86,000人の高齢者がこのプログラムを通じて就職している。

定年制の廃止

年齢差別禁止への取り組みのひとつが定年制の廃止だ。英国では、使用者によって定年年齢が設定されるのが一般的。これを見直し使用者が退職年齢を設定することは違法であるとの方針を打ち出した。英国貿易産業省(DTI)はEU指令の履行に向け、英国産業連盟(CBI)、公認人事開発協会、 中小事業サービス、イギリス労働組合会議(TUC)、年齢を考える会、年齢に関する使用者フォーラム(EFA)などの代表者からなる定年に関する諮問会議「年齢諮問会議(Age Advisory Group-AAG)」を設置した。同会議は2003年7月に、使用者が70歳以下の退職年齢を設定することや、適切な理由がない限り高齢を理由として研修の機会を損なわせることを禁止することなどを内容とした協議文書を発表した。

DTIは当初、この協議文書について、広く意見を求めた上で立法化に向けて動き出す予定であった。しかしCBIをはじめとする経営者団体は、使用者が従業員の退職すべき年齢を、「客観的に正当」と認められない限り規定することを違法とする新法が成立した場合、著しく訴訟が増えるとして反発。また200四年四月2四日付のフィナンシャルタイムスの報道によれば、DTIと雇用年金省(DWP)両省間の見解の相違の調整がついておらず、立法化の行方は袋小路に入り込んでいるとしている。一方TUC(英国労働組合会議)は、使用者による定年年齢の設定の廃止を歓迎しつつも、これによって年金給付の引き下げに結びつくようなことがあってはならないとコメントしている。

景気後退時には職場から占め出され、人手不足のときは働き続けるよう求められてきた高齢者たち。EU指令への対応という動機付けがあることは否めないが、これまでの雇用慣行が大きく変わろうとしている。2006年を目指した年齢差別禁止への取り組みは確かに始まっているようだ。


2004年10月 フォーカス: 高齢者の退職と雇用

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