残業代支給対象拡大の差し止め命令に対する控訴を取り下げ
―連邦労働省
ホワイトカラー・エグゼンプション(WE)の俸給水準要件引き上げに伴う残業代支給者の拡大を定めた連邦規則の施行をめぐる裁判で、連邦労働省は5月5日、同規則を無効とし、施行を差し止めた連邦地裁判決に対する控訴を取り下げる判断を示した。これによりバイデン政権時代に定めた同規則の無効化が確定し、俸給水準引き上げや自動改定は実施されないこととなった。同規則はWEの俸給水準要件を二段階(2024年7月1日及び2025年1月1日)で引き上げることなどを定めたもので、新たに約400万人が残業代の支給対象に追加されると見込まれていた。
ホワイトカラー・エグゼンプションの俸給水準要件
FLSA(連邦公正労働基準法)は使用者に対して、週40時間を超えて働く労働者に残業代として1.5倍の時間外割増賃金を支払うことを義務付けている。ただし、「管理職」「運営職」「専門職」「外勤営業職」「コンピュータ関連職」のホワイトカラー労働者については、それぞれの「俸給基準要件、俸給水準要件」及び「職務要件」(注1)という条件を満たせば、「ホワイトカラー・エグゼンプション」として、残業代の適用対象から外れる。
連邦労働省は前バイデン政権時代の2024年4月23日、「俸給水準要件」を当時の「週給684ドル以上(年収3万5,568ドル以上に相当)」から、同年7月1日に「週給844ドル以上(年収4万3,888ドル以上に相当)」としたうえで、2025年1月1日に「週給1,128ドル以上(年収5万8,656ドル以上に相当)」へと二段階で引き上げる「最終規則(以下「新規則」)」を公表した(図表1)。この中では、俸給水準要件を2027年7月1日以降3年おきに、最新の賃金データ等に基づき、定期的に見直すことも定めた。連邦労働省は当時、新規則の施行により、約400万人の労働者が、新たに残業代の支給対象になるとの試算を示していた。新規則は2024年7月1日に施行された。
| 年月 | 内容 |
| 2024年4月23日 | 連邦労働省が俸給水準要件引き上げなどを内容とする「新規則」を公表 |
| 5月22日 | 業界団体などが、「新規則」の無効化を求めて、テキサス州東部地区連邦地方裁判所(連邦地裁)に提訴 |
| 6月3日 | テキサス州当局が、「新規則」の無効化を求めて、テキサス州東部地区連邦地裁に提訴 |
| 同上 | フリント・アベニュー社が、「新規則」の無効化を求めて、テキサス州北部地区連邦地裁に提訴 |
| 6月28日 | テキサス州当局を原告とする訴訟で、テキサス州東部地区連邦地裁が、同州の訴訟当事者を対象とする「新規則」の施行を一時差し止め |
| 7月1日 | 連邦労働省が「新規則」を施行 |
| 同上 | フリント・アベニュー社を原告とする訴訟で、テキサス州北部地区連邦地裁が、原告による一時差し止め命令の要求を却下。 |
| 11月15日 | テキサス州当局及び業界団体などを原告とする訴訟(両訴訟を統合)で、テキサス州東部地区連邦地裁が、原告の主張を認め、全米における「新規則」の施行を差し止め |
| 11月26日 | テキサス州当局や業界団体などを原告とする訴訟の差し止め命令に対して、連邦労働省が連邦第5巡回控訴裁判所に控訴 |
| 12月30日 | フリント・アベニュー社を原告とする訴訟で、テキサス州北部地区連邦地裁が原告の主張を認め、「新規則」の施行を差し止め |
| 2025年1月20日 | 第二次トランプ政権発足 |
| 2月28日 | フリント・アベニュー社を原告とする訴訟の差し止め命令に対して、連邦労働省が連邦第5巡回控訴裁判所に控訴 |
| 2026年5月5日 | 連邦労働省が両訴訟における第5巡回控訴裁判所への控訴を取り下げ |
出所:現地報道などをもとに筆者作成
新規則の制定は「省の権限を超す」と提訴
俸給水準要件の引き上げに対して、人件費の上昇を懸念する多くの企業や業界団体、経営者団体が反発した(注2)。FLSAは民間企業だけでなく、連邦政府や州政府等公共部門の職員にも原則として適用される。このため、テキサス州では、業界団体・使用者団体のほか州政府当局(法務長官)らが同規則の差し止めを求め、連邦地方裁判所に相次いで提訴した(注3)。
裁判で原告側は「新規則は残業代の支給対象を職務でなく、主に賃金に基づいて決めるという誤った法解釈で判断したもの」だと主張。また、2027年7月以降、賃金データに基づいて自動的に俸給水準要件を引き上げる規定も、パブリックコメントの募集など行政手続上の要件を回避するものだと批判した。そして、連邦労働省による新規則の施行は「省の権限を不当に超えたもの」だと訴え、新規則の差し止めを求めた(注4)。
テキサス州当局を原告とした裁判で、テキサス州東部地区連邦地裁は2024年6月28日、「原告の主張が認められる可能性が高い」との判断を示し、同州政府を雇用主とする州職員に限って、新規則の適用を一時差し止める命令を出した。その後、業界団体・使用者団体らを原告とする訴訟が統合された。統合後の裁判で、同連邦地裁は2024年11月15日に原告の主張を認め、新規則を無効化し、全米での施行差し止めを命じた。
一方、マーケティング・テクノロジー企業のフリント・アベニュー社を原告とする訴訟も別途行われ、テキサス州北部地区連邦地裁は同年7月1日に、新規則が原告に回復不能な損害をもたらすことを証明できないとして、一時差し止め請求を却下した。だが、同年12月30日、この判断を覆し、上述のテキサス州当局や業界団体などを原告とする裁判と同様の見解を示して、新規則の施行を差し止めた。
連邦労働省による控訴と取り下げ
これに対し、連邦労働省は差し止め命令の撤回を求めて、2024年11月26日(テキサス州や業界団体などを原告とする訴訟)及び2025年2月28日(フリント・アベニュー社を原告とする訴訟)、それぞれ連邦第5巡回控訴裁判所に控訴した。だが、2025年1月20日に発足した第二次トランプ政権がすべての政策を再検討するよう関連省庁に指示したことから、控訴審での裁判は先延ばしされていた。
連邦労働省は2026年5月5日、上述の控訴を取り下げる判断を示した。取り下げの理由については、明らかになっていない。トランプ大統領は第一次政権時(2017年1月20日~21年1月20日)に、前オバマ政権が定めた俸給水準要件引き上げの規則を撤回した経緯がある。ただし、引き上げ幅を縮小した現行規則を2019年に定めて施行した。このため今回の連邦労働省による控訴取り下げ(規則撤回)は予想されたが、前政権時と同様に、引き上げ幅を縮小した規則をあらためて定めるかどうかは明らかではない。なお、第二次トランプ政権発足後にフリント・アベニュー社を原告とする訴訟での差し止め命令に控訴した経緯も定かではない。
今回の控訴取り下げに伴い新規則の無効化が確定し、WEの俸給水準要件は「週給684ドル以上(年収3万5,568ドル以上に相当)」に据え置かれることが確定した。2027年7月以降に実施するとしていた、賃金データに基づく自動的な水準改定も見送られたことになる。
注
- 「俸給基準要件、俸給水準要件」は「賃金の支払い方が時間給ではなく、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ決めた一定水準以上の俸給額が支払われている」、「職務要件」は「管理、経営、または専門知識を必要とする職務に就いている」ことを条件とする。それぞれの具体的な内容は、連邦行政規則で詳細に定めている。(本文へ)
- 労働政策研究・研修機構(2024)「残業代支給対象拡大の新規則施行 ―ホワイトカラー・エグゼンプション俸給要件引き上げ」JILPT海外労働情報2024年7月参照。(本文へ)
- 業界団体・使用者団体による訴訟の原告は、テキサス州プレイノ商工会議所やテキサスレストラン協会、国際フランチャイズ協会、全国コンビニエンスストア協会、全米卸売流通協会、全米小売業協会など。(本文へ)
- 原告のテキサス州当局は「新規定の施行により、州政府職員の給与コストが上昇し、雇用や州のサービスの削減を招く」ことも問題点として強調した。(本文へ)
参考資料
- 労働政策研究・研修機構(2022)『諸外国の労働時間法制とホワイトカラー労働者への適用に関する調査―アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス』JILPT資料シリーズ No.248
- アクシオス、ウォールストリート・ジャーナル、ブルームバーグ通信、連邦労働省、ロイター通信、各ウェブサイト
参考レート
- 1米ドル(USD)=157.80円(2026年5月13日現在 みずほ銀行ウェブサイト
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