市民手当、完全停止はごくわずか
 ―IAB分析

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  • 国別労働トピック:2025年10月

ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)は9月、失業扶助である「市民手当(Bürgergeld)」に関する新たな制裁規定の導入後の状況について、分析結果を発表した。それによると、紹介された就労や協力義務を拒否し続ける「完全拒否者(Totalverweigerer)」に対して、市民手当の「基準給付(Regelbedarf)」を最長2か月間停止できるという新たな制裁規定が、昨年3月に施行されたものの、その適用件数はごくわずかにとどまっていた。IABは、法案提出時に想定されていた年間1億7000万ユーロの支出削減の達成は難しく、新規定による政策効果は極めて限定的であると指摘している。

「市民手当」に対する批判と新たな制裁規定の導入

厳しすぎるとの批判を受けて刷新された旧来の「求職者基礎保障制度(ハルツⅣ)」に代わり、2023年に導入された「市民手当(Bürgergeld)」は、受給者と就労支援担当者との関係を、これまで以上に「相互信頼」と「対等な立場」に基づくものとすることを目的としていた。

しかし一方で、制度発足当初から「寛容すぎる」との声も上がっており、これを受けてフベルトゥース・ハイル労働・社会相(当時)の主導のもと、就労や協力を拒否する受給者に対して給付停止を可能とする新たな制裁規定 ― 社会法典第2編第31a条第7項(注1) ― が、2024年3月に施行された。

ドイツの社会保障制度の根幹には、「支援」と「義務」(Fordern und Fördern)という二本柱があるが、市民手当の導入によって、必要以上に弱まった「義務」の原則を、この新規定によって再び強化することが狙いとされている。

同条項では、就労可能な受給者が正当な理由なく、就労支援や義務への協力を一切拒否し続けた場合に、最大2か月間、基準給付の全額を停止できると定めている(ただし、住宅費補助は除外)。法案提出時には、この制裁により年間で約1億7000万ユーロの支出削減が見込まれていた。

規定適用の厳格な要件と憲法裁判所の判例

新たな制裁規定に基づいて「基準給付」を停止するには、以下すべての要件を満たす必要がある。さらに、過去の憲法裁判所の判例に照らした判断基準を踏まえると、完全な給付停止措置に至るハードルは非常に高いとされている。

  • 正当な理由なく、受け入れ可能な職業を拒否していること。
  • 過去1年以内に、義務違反によって市民手当の減額措置を受けた経歴があること。
  • 法律上「現実的かつ即時に就業可能な状況」にあったにもかかわらず、それを意図的に拒否したこと。

さらに、これらの前提条件をすべて満たしていたとしても、以下のいずれかに該当する場合には、給付停止措置を解除しなければならないと定められている(社会法典第2編第31b条第3項):

  • 対象者に労働能力がなくなった場合
  • 制裁開始から2か月が経過した場合。

また、「基準給付」の完全停止については、2019年11月5日にドイツ連邦憲法裁判所が下した判決が、現在も重要な判断基準となっている。この判決では、「受給者が提示された就労機会に従事することで、自力で収入を得て、人間としての尊厳ある生活を現実的かつ直接的に維持し得る場合に限り、給付削減は憲法に適合する」とされており、給付の削減が基本的人権を侵害せず、かつ比例原則にかなうためには、極めて厳格な条件が必要であると明記されている。さらに、「基準給付」の完全停止が「特別な困難(außergewöhnliche Härte)」をもたらすと判断される場合には、給付停止そのものが許されないと解釈されている。

新規定による制裁適用はごく稀

IABの分析によれば、新たな制裁規定が実際に適用されたケースは、現時点では極めて稀である。

2024年の時点で、少なくとも一時的に就労可能と判断された市民手当の受給者は約500万人に上るが、2024年4月から2025年6月までの調査期間中に「基準給付の完全停止」が実施された事例は、わずか十数件程度にとどまったと推計されている。

また、同期間中に制裁の前提となる「法的結果の告知(Rechtsfolgenbelehrung)」を受けた455人のデータを分析したIABは、新たな制裁規定が就労促進につながった可能性は低いとしており、制度導入当初に見込まれていた年間1億7000万ユーロの財政削減目標についても、実現は困難であるとの見解を示している。

告知を受けた市民手当受給者の特徴

IABが「法的結果の告知(Rechtsfolgenbelehrung)」を受けた受給者の属性を分析したところ、以下のような傾向が明らかになった。

  • 職業訓練を修了していない者が約70%
  • 男性の割合が77%(全受給者に占める女性は48%だが、告知対象者では女性は23%にとどまる)
  • 単身世帯の割合が高く、受給者全体の47%に対し、告知対象者では61%
  • 若年層(18〜24歳)の割合が高く、全体の9%に対し、告知対象者では20%
  • ドイツ国籍者の比率が高く、全体の51%に対し、告知対象者では65%
  • 旧東ドイツ地域に在住し、学歴水準は比較的低め。大学卒業者はほとんど見られない

また、2024年には、「仕事・職業訓練・支援付き雇用の受け入れや継続を拒否したこと」により、市民手当の給付が10〜30%削減される制裁が約2万件に達したとされている。

IABの結論と提言

IABは、新たな制裁規定の導入とその運用を通じて、「義務原則の強化」や「財政支出の削減」といった当初の政策目標を、現実的に達成することは困難であると評価している。

そのうえで、現メルツ政権が今後さらなる「義務原則の強化」を進めようとするのであれば、基準給付を30%以上削減するような厳格な措置ではなく、給付削減期間の延長など制度全体の見直しによる対応が望ましいとの提言を行っている。

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