手工業分野における雇用構造の変化と女性マイスターの台頭
技能人材確保支援センター(KOFA)(注1)の分析によると、深刻な技能人材不足が続く手工業分野では、ゲゼレ(職人)の減少とマイスター(親方)の増加という雇用構造の変化が生じている。ゲゼレの減少には、少子高齢化の進行や若年層の大学進学志向の高まりが影響しているとされる。一方、マイスターの増加は、起業時のマイスター資格を再び必須とした12職種における「マイスター義務の復活(Rückvermeisterung)」や、企業によるマイスター取得支援の強化が背景にあると考えられる。中でも特に注目されるのは、女性マイスターの顕著な増加である。これまで男性が多かった建設業などの分野にも女性の進出が見られ、慢性的な人手不足に直面する職種における女性の参入が今後の人材確保の鍵となる可能性がある。
手工業におけるゲゼレとマイスター
手工業分野では、通常15〜18歳頃に「職業訓練(見習い訓練)」を開始する。訓練は「デュアルシステム」と呼ばれる仕組みに基づき、週の数日は職場(工房など)で実務に従事し、残りの日は職業学校(Berufsschule)で学ぶという形で進められる。およそ3年間をかけて、必要な知識と技能の習得を目指す。
訓練を修了すると「ゲゼレ試験(Gesellenprüfung)」を受験し、合格すればゲゼレ(職人)の資格を取得し、正式に職人として働くことができる。さらに上位資格を目指す場合は、数年間ゲゼレとしての職務経験を積んだ後、マイスター学校(Meisterschule)に1〜2年程度通学し(夜間コースも存在する)、マイスター(親方)の資格取得に向けた準備を行う。そして、「マイスター試験(Meisterprüfung)」に合格すれば、マイスターとして働くことが可能となる。なお、マイスターは単なる高度技能人材にとどまらず、教育者(指導者)、経営者、さらには地域文化の担い手としても、ドイツ社会において非常に重要な役割を果たす存在とされている。
ゲゼレ(職人)の減少とマイスター(親方)の増加
ドイツの労働市場全体では、2024年に約48万7千人の技能労働者が不足しており、そのうち約2割が手工業分野に集中していた。景気の低迷にもかかわらず、2024年の手工業分野(注2)の有資格者に対する求人件数はわずかに増加し、ゲゼレ(職人)が約9万人、マイスター(親方)が約8,700人、マイスターと同等レベルの上級資格取得者が約9,500人と、計10万7千人が未充足のままで、深刻な人手不足が続いている。
2023年7月〜2024年6月の1年間に、手工業分野では約260万人の有資格労働者が従事しており、その内訳は、ゲゼレが約230万人、マイスターが約16.7万人、その他の上級資格取得者が約10.2万人であった。2013年と比較すると、この10年間で従事者数は約2.7%減少している。この減少の主な要因は、2018年以降に続いているゲゼレの数の減少である。一方、マイスターの数は増加傾向にある。
ドイツ連邦職業教育研究機構(BIBB)の調査(2025)(注3)によれば、若年人口の減少や高学歴志向の影響により、大学進学を選ぶ若者が増加し、手工業分野の職業訓練希望者は減少傾向にあるとされている。さらに、KOFAの分析によれば、企業によるマイスター資格取得支援の拡充や、2020年にマイスター資格が起業に再び必須となった12職種での「マイスター義務の復活(Rückvermeisterung)」(注4)が背景となり、ゲゼレからマイスターへの移行が進んだことも、マイスター数増加の一因と考えられる。
図表1によれば、2013年から2024年にかけて、ゲゼレは3.3ポイント減少したのに対し、マイスターは3.5ポイント、マイスターと同等レベルの上級資格取得者は1.1ポイント増加している。
図表1:資格別に見た手工業職種における社会保険加入義務のある労働者数の推移(2013年基準、%表示)
注:企業に雇用されているマイスターは社会保険加入義務がある。他方、独立している手工業マイスターは、医療・介護・年金保険は加入義務があり、失業保険加入は任意。
出所:KOFA(2025).
また、手工業分野に従事する女性の数はわずかに減少しているものの、マイスターにおける女性の割合は、2013年の13.3%から2023/2024年には17.1%に上昇しており、マイスターの増加は、主に女性の資格取得によって支えられているとKOFAは分析している。
女性マイスターの台頭
マイスターにおける女性比率の上昇は、特に人手不足が深刻な職種で顕著であり、これまで男性が多数を占めていた土木・建築分野においても、女性マイスターの数が増加している。
図表2は、2013年から2023/2024年にかけて女性マイスターの増加が特に目立った手工業職種のうち、上位3職種を示している。
絶対数ベースで最も増加が大きかったのは、「医療技術・整形外科・リハビリ技術(Medizin-, Orthopädie- und Rehatechnik)」(注5)である。この職種では、2013年時点で女性マイスターは4,250人だったが、2023/2024年までに3,576人が新たに加わり、計7,826人に達した(増加率は84.1%)。次いで、「清掃業(Reinigung)」(注6)や「美容・身体ケア(Körperpflege)」(注7)の分野でも、同様に女性マイスターの大幅な増加が見られた。
このほか、増加率の面で最も大きな伸びが見られたのは、土木・建築など、従来は男性中心とされてきた典型的な手工業職種である。2013年から2023/2024年にかけて、女性マイスターの増加率は、土木職種(Tiefbau)で134%(+126人)、建築職種(Hochbau)で114.8%(+241人)と、それぞれ2倍以上に達している(図表2)。
女性数の増加が最も大きかった職種(絶対数ベース・上位3職種) | |||
職種 | 増加数 | 増加率 | 女性比率(2023/2024) |
医療技術・整形外科・リハビリ技術 | +3,576人 | +84.1% | 54.5% |
清掃業 | +1,363人 | 27.7% | 51.5% |
美容・身体ケア | +1,253人 | 16.7% | 84.0% |
女性数の増加率が最も大きかった職種(割合ベース・上位3職種) | |||
職種 | 増加数 | 増加率 | 女性比率(2023/2024) |
土木 | +126人 | 134.0% | 2.0% |
建築 | +241人 | 114.8% | 1.9% |
金属加工・溶接技術 | +61人 | 96.8% | 1.4% |
出所:KOFA(2025).
なお、ここで取り上げた女性マイスターの増加が特に顕著であった手工業職種は、いずれも2020年に実施された「マイスター義務の復活(Rückvermeisterung)」の対象職種ではない。当該の12職種では、2013年から2023/2024年にかけて、女性マイスターの増加数はわずか229人にとどまり、全体の増加数に対する割合は約3%程度となっている。
女性職人は、慢性的な人手不足職種で増加
興味深い点として、ゲゼレやマイスターとして手工業分野で働く女性職人が、「慢性的な人手不足職種(Engpassberufe)」に積極的に進出していることを、KOFAは指摘している。実際、人手が足りている職種では女性職人の数が14.6%減少しているのに対し、慢性的な人手不足職種では18.0%増加している(図表3)。この傾向は、人手不足が深刻な手工業職種において、女性が技能人材の確保において相対的に大きく貢献していることを示している。
図表3:社会保険加入義務のある女性職人の人数の変化(基準年2013年からの変化率、移動平均、単位:%)
出所:KOFA(2025).
女性職人獲得に向けたKOFAの提言
KOFAは、手工業分野における人材不足が、少子高齢化や若者の高学歴志向の影響により、今後も継続すると予測している。実際、景気が低迷している現在においても、手工業職種における求人件数および未充足件数は依然として高水準で推移している。
今後、高齢化社会の進展に伴い、医療関連の手工業分野の重要性はさらに高まると見られている。実際、補聴器や義肢などの補助具に頼る人は今後増加すると予測されており、その意味でも、これらの人手不足職種において女性マイスターが増加していることは明るい兆しといえる。また、建築・土木といった従来は男性が中心だった分野でも、女性の進出が見られ、手工業分野における人材確保に大きく貢献している。
こうした状況を踏まえ、今後より多くの女性を—特に深刻な人手不足職種に—惹きつけるためには、デュアルシステムの段階から女性の参加を促すことが不可欠だとKOFAは指摘している。その際、特に重視すべきなのは、「男性の仕事」とされがちな職種において、性別によるステレオタイプを打破する進路指導や職業相談を行うことである。また、女性のロールモデルの可視化や、工業系・技術系分野における前向きな体験機会を女子生徒に提供することも重要だとされている(注8)。
一方で、手工業分野における女性差別の報告は依然として後を絶たない。特に、デュアルシステムの訓練期間中に問題が発生した場合には、職業学校の相談窓口が最初の対応先として、丁寧かつ迅速に対応することが求められる。
さらに、就業後の妊娠・出産に関する保障制度を改善することは、女性がマイスター試験に挑戦する意欲を高めるだけでなく、手工業分野での企業設立や事業承継といった経営面への進出を後押しする可能性がある。
以上の点を踏まえ、KOFAは、手工業における女性の活躍を促進するには、制度的な支援の改善と強化が不可欠であると結論づけている。
注
- 技能人材確保支援センター(Kompetenzzentrum Fachkräftesicherung, KOFA)は、ドイツ経済・エネルギー省(BMWE)の委託を受け、中小企業による技能労働者の確保・定着・育成を支援している。(本文へ)
- 本調査における手工業職種(Handwerksberufe)とは、手工業規則(HwO)の附則A、B1、B2に記載された職種であり、主に手工業会議所(Handwerkskammer)において試験が実施される職種、または、食料品手工業におけるごく一部の商業職種(手工業分野においてのみ人材育成が行われるもの)を指す。一部の上級資格職種においては、職業教育による取得経路に加えて、高等教育を経た取得経路(例:販売分野におけるマネジメント・管理職層)も存在する。こうした職種については、従事者の大多数が「継続(上級)職業教育修了資格(Fortbildungsabschluss)」を有している場合に限り、手工業職種として分類する。(本文へ)
- Christian Gerhards(2025)Wie es dem Handwerk gelingt, genügend Nachwuchs zu gewinnen, BIBB(PDF:711.10KB)
(本文へ)
- 手工業規則(HwO)の2020年2月14日施行の改正(HwO-Novelle 2020)により、マイスター義務が復活したのは、①タイル・板・スラブ、モザイク施工業、②コンクリート石材・人造石製造業、③床仕上げ業、④容器(タンク)・装置製造業、⑤フローリング施工(寄木張り/パーケット)業、⑥シャッター・日除け施工技術者、⑦旋盤工・木製玩具職人、⑧樽製造業、⑨ガラス加工(装飾・研磨等)業、⑩看板・ネオンサイン製造業、⑪室内装飾(カーテン・壁紙等)業、⑫オルガン・ハルモニウム製造業、の計12職種である。この改正により、マイスター資格が起業に必要な職種は、現在53職種となっている(https://www.hwk-rhein-main.de/de/hwo-novelle-rueckvermeisterung-von-zwoelf-handwerken-in-kraft-1461
)。(本文へ)
- 医療技術マイスター(Medizintechnik-Meister)は、CT、MRI、人工心臓などの医療機器の設計・整備・保守や、病院内機器の安全管理を担う専門家である。整形外科技術マイスター(Orthopädietechnik-Meister)は、義足・義手・コルセット・サポーターなどの装具を、患者一人ひとりに合わせて設計・製作・調整する専門家である。また、リハビリ技術マイスター(Rehatechnik-Meister)は、車いすや歩行補助器具、介護ベッドや昇降装置などの福祉用具をカスタム設計・調整する専門家である。これらのマイスターは、医療機器および身体サポート器具の製作・調整・技術提供に特化した高度な職人技術と、医学的な専門知識を兼ね備えた経営者・指導者クラスとして位置付けられる。さらに、見習い(Azubi)の採用と育成を行う資格も有している。(本文へ)
- 清掃業マイスター(Reinigung-Meister)は、建物清掃の専門家であり、経営者・指導者クラスとして位置付けられる。医療施設や食品工場における特殊清掃、高所ガラス清掃に関する安全基準、化学薬剤の適正使用、建材に応じたメンテナンス方法などに関する高度な専門知識を有している。また、見習い(Azubi)の採用および育成を行う資格も有している。(本文へ)
- 美容・身体ケアマイスター(Körperpflege-Meister)は、経営者・指導者クラスとして位置付けられ、皮膚に関する知識や化粧品化学などの専門知識を有している。医療エステや高級ホテルなどで従事する者が多い。また、見習い(Azubi)の採用および育成を行う資格も有している。(本文へ)
- BIBB調査(2025年)によると、手工業分野における後継者確保には、学校における職業フェア、工房のオープンデー、地域新聞への求人広告、知人の子どもへの声がけ、地域のネットワークや口コミなどが大きな役割を果たしている。職人が若者に直接声をかけるケースも見られる。一方で、オンライン求人サイトや連邦労働局が提供するサービスは、手工業分野ではあまり活用されていない。事業主の多くは、空きポストの情報をオンライン上に掲載するのではなく、手工業会議所(HWK)や職能団体に報告し、これらの団体が運営する独自の求人プラットフォームを通じて人材を募っている。このような業界団体との密接な連携には一定のメリットがあるものの、広範な若年層への情報到達という点では限界がある。このため、工房体験やワークショップ、短期インターンシップといった体験型プログラムを通じて、実際に手を動かし、職業に触れる機会を提供することが、若年層の関心を引くうえで効果的であると、調査担当者は提言している。さらに、交通費支給やクリスマス手当など、事業主が提供可能な付加的福利厚生を積極的に求人情報に明記することで、研修職の魅力を高めることが可能であるとしている。加えて、現在の人手不足に対応するためには、募集条件のハードルを引き下げ、従来十分に活用されてこなかった層――例えば、成績不振、学歴の不足、数学やドイツ語など基礎科目に弱点のある学生層――も対象とすることで、応募者層を拡大し、人手不足の部分的な解消が可能であると述べている。さらに、女性や外国人の積極的な登用も、有効な活路であるとされている。とりわけ女性の関心を引くためには、職業選択段階における女性ロールモデルの提示や、家庭との両立が可能な勤務時間の設定など、女性のニーズに応じた措置が求められるとしている。(本文へ)
参考資料
- KOFA(2025)Fachkräftemangel in Handwerksberufen:Frauen sind ein wichtiger Teil der Lösung, Lydia Malin, Helen Hickmann(PDF:239.39KB)
- Christian Gerhards(2025)Wie es dem Handwerk gelingt, genügend Nachwuchs zu gewinnen, BIBB(PDF:711.10KB)
- Änderung der Handwerksordnung - „Rückvermeisterung“ von 12 Berufen, IHK
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