2025年の年次団体交渉による賃上げ率を2.1~3.5%と推計
 ―フランス銀行や民間調査機関による調査結果

カテゴリー:労使関係労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2025年6月

インフレ率の鈍化は、賃上げを決定する義務的年次団体交渉(NAO:des négociations annuelles obligatoires(注1)の争点に変化をもたらしたようだ(注2)。ほとんどの産業や企業においてNAOは例年12月から3月にかけて行われる。その動向について、フランス銀行や民間調査会社等が行った調査によると平均2.1~3.5%の賃上げを予測しており、いずれの結果も2025年の賃上げは2024年の上げ幅を下回る(図表1参照)。2022年以降、物価高騰の中、労働組合は団体交渉で購買力の維持のための賃上げを最優先の要求項目として掲げてきたが、2025年の団体交渉では、業績の分配問題が顕在化して、労使の緊張が高まっている企業が少なくない。

図表1:2023年から2025年賃上げ率に関する調査機関等の調査結果 (単位:%)
画像:図表1

出所:各組織発表資料より作成。

フランス銀行調査の集計では2.1%の賃上げ

毎年、義務的団体年次交渉(NAO)が産業レベルと企業および事業所レベルで行われる。産業レベルでは、社会的パートナーである代表的な労働組合が従業員に支払うべき協約最低賃金を使用者と交渉し、事業所レベルでは当該企業で支持される労働組合が代表して賃上げ交渉を行う。ほとんどの団体交渉は毎年12月から翌年3月の間に行われ、その年の第1四半期(1月~3月)に賃上げ調整が行われる。つまり、この期間に締結された労働協約に規定された賃金水準を分析することにより、その年の賃金動向に関する信頼性の高い見込みを把握できる(注3)

フランス銀行は毎年、12月から翌年3月までの期間、各企業で行われる団体交渉で締結された労働協約を調査し、賃上げ率の平均値を集計した結果を発表している。2025年の団交の結果、産業別および企業別の労働協約では平均2.1%の引き上げ、事業所別の労働協約の最低賃金は平均1.8%の引き上げとなった(注4)。この産業別・企業別賃上げ率について、フランス銀行ミクロ経済分析部門責任者のゴーティエ氏は、2023年の4.2%、2024年の3.3%に続いて低下しているが、2025年のインフレ率の予測値である、1.5%を上回る率だと強調している(注5)。なお、2017年第4四半期以降の賃上げ率の推移を図表2に示した(注6)。また、事業所レベルの協約最低賃金の平均上昇率は、2025年第1四半期1.8%増となり、前年同期の3.6%から低下する見込みである。

図表2:労使合意協約に基づく産別・企業別賃上げ率(フランス銀行調べ) (単位:%)
画像:図表2

出所: Banque de France, Les hausses de salaire négociées pour 2025 : où en est-on ?より作成。

また、同氏は「実際のインフレ率とそれに先だって発表されるインフレの年間予測値との間には、常にタイムラグがある。例えば、2021年末時点では、企業各社は2022年の物価高騰の影響を正確に予測することができなかったため、後追いする形で、賃上げしてインフレショックの回復に努めた。その結果、2023年の賃上げ率は著しく高水準となった。だが、2025年の賃金交渉は、2024年度の購買力の低下を反映しつつ、インフレ鈍化の影響も受けている」と指摘している(注7)

賃金以外に支払われる諸手当に関しても減額される傾向がみられ、価値共有ボーナス(VSP)(注8)の支給を規定する協約は20%未満であり、2024年の約30%、2023年の約40%と比較して減少している(注9)

フランス銀行の調査では、四半期ごとに1,700人の企業経営者に対してインフレと基本給の上昇率の見込みに関する質問を行っている。2025年第1四半期の時点で今後12カ月間の基本給の上昇率は平均2%の見込みであり、上記の2025年の各企業の協約で合意された賃上げ率とほぼ一致している。また、同調査の2023年第四半期時点では3.4%の見込みだったので、この結果からも賃上げ率が下落していることがわかる。

賃上げ以外の措置で従業員の購買力維持もーLHH調査

民間調査会社等による2025年の賃上げ動向に関する調査結果は、対象となる企業数や業種等の違いがあるため、賃上げ率の見込みは2.5%から3.5%までの開きがある(図表1参照)。

人材紹介会社のLHHによる調査でも、2025年の賃金上昇率は小幅になり、賃上げ率は2.5%となる見込みである(注10)。この数値は、企業の2025年の賃金予算枠の増加の見込みを調査したものであり、全従業員に適用される賃上げ(augmentations générales:AG=ベースアップ)と個々の従業員の業務成績や職務遂行能力に基づいた昇給(augmentations individuelles:AI)を合わせた賃上げ率の中央値(median)を示したものである(注11)

同調査では2023年の賃上げ率は4.75%だったが、2024年には3.5%へと低下し、2025年も低下傾向が続いていることが確認された。LHHの賃金制度(賃金体系)の専門家であるランドロワン氏は、「2025年の見込みは、不透明な政治経済環境に置かれた企業の慎重な姿勢を反映しており、2023年以降続く低下傾向が2025年も続くものと考えられる。つまり、企業が例外的な賃上げ予算を組むシナリオは考えにくい」と述べている(注12)

2025年の賃上げでベースアップの恩恵を受けることになるのは、一般事務職(employés)や現場労働者(ouvriers)の従業員である。7割以上の企業が、ベースアップを優先すると回答している。逆に、管理職については、97%の企業が個々の従業員の業務成績や職務遂行能力に基づいた昇給に重きを置くとしている。

調査が実施された2025年1月時点で、2025年の賃上げのための予算を組んでいると回答した企業は78%であり、2024年の86%から減少している。逆に、5%は、NAOで議題に取り上げるための賃上げ予算を確保していないと回答している。なお、18%の企業は無回答だった。

賃上げ率は低下しているが、一部の企業では、賃上げ以外の措置で、従業員の購買力を維持するかたちをとっている(注13)。例えば、調査対象となった企業の10%が800ユーロから900ユーロの特別ボーナス(prime de partage de la valeur、いわゆる「マクロン・ボーナス(prime Macron))(注14)を支給する予定である。また、23%の企業では、低賃金従業員を支援する措置の導入を予定している。回答企業の4~5%が勤続年数の少ない従業員と高年齢の従業員の賃金を底上げする対策を検討している。さらに、従業員の日常生活を向上(改善)させるために、食事代補助(62%)や交通費(26%)といった手当の増額を予定している企業もある(注15)

インフレ鈍化で実質賃金の押し上げもーWTWグループによる調査

保険・再保険仲介業を専門とするWTWグループ(groupe WTW)が行った調査によると、2025年の賃上げ率見込みの中央値は3.5%の引き上げである(注16)。2024年の3.8%の引き上げ実績に比べて低調となる。また、調査対象企業の46%が、実際の賃上げ率が前年を下回っていると回答している。2025年の賃金予算を3.9%以上増額する計画の企業は25%程度であり、逆に3.0%未満の増額を計画する企業も約25%で、ほとんどの企業が3.0%から3.8%の増額を計画していることになる(注17)。このような低率の増額となる要因として挙げられるのは、企業活動コストの一部の高騰や、決算(業績)が予測や期待を下回っていることなどである。

経済状況の変化により、前年と比較して昇給予算を下方修正したと回答した企業がほぼ半数(47%)ある。その経済状況の変化の具体例として「2024年のインフレ予測が2023年よりも低いこと(40%)」「厳しい経済環境におけるコスト管理に関する懸念(36%)」「予想される景気後退または予想を下回る業績(33%)」などが挙げられている。

ただ、WTWフランスのアイト・ムルド氏は、これらの賃上げ率見込みの中央値は低いながらも、名目物価上昇率よりも高い水準を維持しているため、雇用労働者にとって、実質賃金が押し上げられることになると指摘している。また「2025年の賃上げ率の中央値は、2024年の物価上昇率や2025年に予想されている物価上昇率を上回ると見込まれており、逼迫している労働市場で競争力を維持したい企業の意向を反映したものになっている」と指摘している(注18)

その一方で、人材の確保の困難度合いが賃上げに影響しているという見方もある。調査対象となった企業の37%は「今後も必要な人材の確保が困難であると思う」と回答している。この数値は2023年42%、2022年44%であったのに比べれば低くなっているが、人材確保が困難だとする企業が依然として4割程度あるため、一定数の企業は人材を惹きつけ続けるために、賃金を見直す動きをとることが見込まれる。また、賃上げ率を引き下げたものの、企業競争力を維持するための対策を併せて講じている企業が4割程度あるという点も注目に値する。39%の企業が全従業員の報酬体系を見直し、38%の企業がより高い給与水準で人材を採用した。

なお、賃金体系を見直すと回答した企業の66%は、見直し対象を一部の従業員のみに限定した変更ではなく、従業員全体を対象とする見直しを行うとしている(注19)

医薬品業では引き上げ率が上昇―アリクシオによる調査

人事コンサルタント会社のアリクシオ(Alixio)の調査結果によると、2025年の賃上げ率の見込みは、平均2.47%の引き上げであり、2024年の3.5%引き上げ、2023年の4.9%引き上げからは、2年連続で低下する見込みとなった(注20)

同調査では、10社中8社以上が、2025年の賃上げについて「悲観的」で賃金交渉について「様子見(待機)」の姿勢をとり、「他社の動向を見ながら慎重に対応する」と回答しており、その要因として懸念される事項のトップに「経済状況」が挙げられている。こうした要因が重なり、2025年1月の時点で、調査対象となった企業の93%が、2024年の傾向を引き継ぎ、人件費総額の伸びが鈍化する見込みである。

ただ、業種によって違いもみられる。医薬品業の賃上げ見込みは例外で、2024年の2.8%引き上げから3.2%引き上げに上昇している。産業別の賃上げ率で医薬品業は、それまで首位だった高級品(ブランド品)関連業(同3.3%引き上げから2.7%引き上げに低下)を抜いて首位に立った。なお、最下位は商業(小売業)の2.1%引き上げだった。

また、賃金以外の購買力向上策として、特別ボーナス(マクロン・ボーナス)は、調査対象企業の4%でしか検討されていない。

2025年の賃上げ率を管理職、非管理職別に見た場合、管理職の全従業員の賃上げ(ベースアップ分)が0.2%増、個々の従業員の業務成績や職務遂行能力に基づいた賃上げ率が1.9%増、昇進による賃上げ率が0.3%増であった。非管理職では、それぞれ、1.0%増、1.3%増、0.2%増となっている(図表3参照)。

図表3:管理職・非管理職別の賃上げの内訳(2025年) (単位:%)
画像:図表3

出所:Alixio Group, Inflation, salaires et NAO 2025 : ce que révèle notre enquête.より作成。

非管理職の77.4%にベア適用―Groupe Alphaによる調査

人事や労働条件に関するコンサルティング・ファームであるアルファ・グループ(Groupe Alpha)のリサーチ&データセンターの調査によると、2025年に賃上げを実施する企業の賃上げ率(ベースアップ)と個々の従業員の業務成績や職務遂行能力に基づいた昇給の合計)は平均2.33%で、前年と比べて1.15ポイントの低下である(注21)。賃上げ率を職階別にみると、カードル層とエンジニア層は2.24%(前年3.37%)、中間管理層は2.36%(同、3.55%)、労働者・従業員層は2.41%(同、3.58%)である(注22)

非管理職、管理職別に従業員全体の引き上げ(ベースアップ)によるものか、個別の業績に基づく引き上げかを見てみると、非管理職の77.4%がベースアップを適用し、そのうち30%の企業は個々の従業員の業務成績や職務遂行能力に基づいた賃上げとベースアップを組み合わせて実施する予定である。個々の従業員の業務成績や職務遂行能力に基づいた昇給のみで、ベースアップはない企業は22.6%だった。一方、管理職の場合、66.1%の企業がベースアップを適用し、そのうち27%の企業がベースアップと個々の従業員の業務成績や職務遂行能力に基づいた昇給を組み合わせて実施する。個々の従業員の業務成績や職務遂行能力に基づいた昇給のみで、ベースアップはない企業は33.9%だった(図表4参照)。

図表4:管理職・非管理職別の賃上げの内訳(2025年) (単位:%)
画像:図表4

出所:CSE Matinウェブサイトを参照して作成。

調査対象の108社のうち42.6%では、労使で合意された労働協約に賃上げが盛り込まれていないが、ボーナスなどの支給で合意した企業もある(注23)。19%の企業が特別ボーナス支給を盛り込んでいる。ただ、2024年に特別ボーナスを盛り込んだ協約は30%だったので少なくなっている。また、2025年の協約の特別ボーナスの平均支給額は714ユーロ(中央値は514ユーロ)であり、これも2024年の862ユーロより低くなっている。さらに、調査対象の企業のうち56%で、年功ボーナスや業績ボーナスなど特別ボーナス以外の各種ボーナスを支給することとしている。

賃上げが低調になった理由について「経済情勢の悪化」「雇用の脆弱性」「インフレ率の低下」のほか、一部の企業では「財務体質の弱体化」が要因であると分析している。

2025年の団体交渉の初期段階について、アルファ・グループのリサーチ・データセンターのルスティク研究員は、団体交渉の進捗状況を観察した結果、2024年の団体交渉の同時期と比較して、進捗が遅くなっていると指摘している。さらに、企業側は政治、財政、経済の不確実性を踏まえ、様子見の姿勢をとっており、2025年の予算の確定が遅れたことにより、労使ともに明確な結論を得るために交渉の延期を選択した可能性が高いと分析している。

(ウェブサイト最終閲覧日:2025年6月23日)

参考レート

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