国家安全保障に係わる連邦政府職員を団体交渉権の適用外に
―大統領令
トランプ大統領は3月27日、「国家安全保障」に係わる連邦政府職員について、団結権・団体交渉権の適用除外とする大統領令(注1)を出した。対象となる職員数は100万人以上にのぼるとみられる。同大統領令の「ファクトシート」(注2)は、こうした職員に対する団結権や団体交渉権の付与は「国家安全保障の責任を持つ機関にとって危険」として異を唱えた。これに対して、連邦政府職員を組織する米政府職員総同盟(AFGE)は、「団体交渉は、紛争の早期解決、費用のかかる訴訟の削減、(職員の)定着率の向上、士気の向上に役立ち、公共サービスの向上をサポートするものだ」と反発。他の労組とともに、同大統領令の撤回を求めて4月3日、訴訟を起こした。このほか連邦政府職員の人員削減をめぐって、労使間で複数の訴訟が係争中であり、今回の団体交渉権をめぐる争いが、両者の対立をさらに激化させる可能性がある。
連邦政府職員の団体交渉権
米連邦政府職員の労働組合に関する権利については、争議(ストライキ)権が禁じられているものの、団結権及び団体交渉権(協約締結権)は1978年公務員改革法(Civil Service Reform Act of 1978)第7編に基づく「連邦サービス労使関係法(The Federal Service Labor-Management Relations Statute)」(注3)により認められている。ただし、法律や議会で定める給与改定等に関する団体交渉はできない。
そして、同法は(1)諜報、防諜、捜査、及び国家安全保障に関する業務を主な機能とする機関、(2)国家安全保障上の要件・条件を満たす機関、については、団結権や団体交渉権の適用を除外できると規定している。ただし、これまで適用除外はきわめて限られていた(注4)。トランプ大統領が3月27日に出した大統領令は、「国家安全保障に係わる機関」の解釈を大幅に拡大し、100万人以上の連邦政府職員を団体交渉権の適用除外とするものとみられる。
多岐にわたる対象
今回の大統領令で団結権・団体交渉権の適用を除外した政府機関は、以下のとおり多岐にわたる。
- 国防関係(国防総省、退役軍人省、全米科学財団、沿岸警備隊)
- 国境警備関係(国土安全保障省市民権・移民サービス局、司法省移民審査事務局、保健社会福祉省難民再定住局等)、
- 外交関係(国務省、国際開発庁、商務省国際貿易局、国際貿易委員会)
- エネルギー安全保障関係(エネルギー省、原子力規制委員会、環境保護局等)
- パンデミック予防関係(保健社会福祉省食品医薬品局、疾病対策センター、国立アレルギー感染症研究所、農務省食品安全検査サービス、同動植物衛生検査サービス等)
- サイバーセキュリティ関係(各機関の最高情報責任者室、国土安全保障省サイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁、連邦通信委員会、一般調達局)
- 経済防衛関係(財務省)
- 公安関係(司法省、連邦緊急事態管理庁)
なお、法執行機関(警察・消防)については、引き続き団結権・団体交渉権を認めている。
大統領令の「ファクトシート」は、上述の1978年公務員改革法について、「敵対的な労働組合が政府機関の運営を妨害することを可能にする」もので、「国家安全保障の責任を持つ機関にとって危険」と指摘し、こうした機関を団結権・団体交渉権の適用除外とする理由を説明している。
100万人以上が団体交渉権の適用外に
連邦政府職員を組織する米政府職員総同盟(AFGE)は今回の大統領令に対して、「団体交渉は、紛争の早期解決、費用のかかる訴訟の削減、(職員の)定着率の向上、士気の向上に役立ち、公共サービスの向上をサポートするものだ」と反発している(注5)。AFGEや現地メディアの報道によると、大統領令の影響を受ける連邦政府機関の職員は100万人以上にのぼるとみられる。
AFGEなどは4月3日、同大統領令の撤回を求めて、北カリフォルニア地区連邦地方裁判所に訴訟を起こした(注6)。AFGEも加盟する米労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)のリズ・シューラー会長は4月4日、「トランプ政権による労働組合破壊を目的とした大統領令は、連邦法に違反するものであり、私たちの最も基本的な自由に対する攻撃が憂慮すべき危険な段階までエスカレートしている」とのコメントを出し、AFGEを支援する姿勢を強調している。
政府効率化省による人員削減方針と労組の反発
ホワイトハウスによると、2025年2月時点の連邦政府機関の職員数(郵政公社職員、軍人除く)は240万人を超える(注7)。トランプ大統領は就任直後に出した大統領令などにより、こうした連邦政府機関とその職員の大幅な削減・効率化を進める方針を示した。新設した政府効率化省(DOGE)による「労働力最適化イニシアチブ」に基づき、(1)早期退職者の募集、(2)勤続年数が主に1年未満の試用期間職員の解雇、(3)連邦機関ごとに非義務的な職務を担う部門と職員のリストを作成し、運営の効率化を推進、といった政策を遂行している。人員削減の具体例として、移民・法執行・公共の安全に関する部門を除き、新規採用1人に対して4人の退職者が必要との考えを示している。
ブルームバーグ通信によると、18の連邦政府機関が3月17日までに、約2万5,000人の試用期間中の職員を解雇した。財務省が約7,600人と最も多く、農務省が約5,700人、保健社会福祉省が約3,200人と続いている。
これに対して、19州とコロンビア特別区の各司法長官(民主党出身)が主導して3月6日、解雇無効を求めてメリーランド地区連邦地方裁判所に提訴した(図表1)。その理由として、上述した職員の大量解雇は人員削減に関する法律等に違反していること、解雇者の大量発生は州政府による失業保険手当の支給(注8)、職業訓練の提供などの財政に損害を与えること、などをあげている。同地裁は3月13日、被告が解雇前の事前通告を行わなかったなどとする原告側の主張を一部認め、提訴した州等に居住または勤務する職員を復職させる仮処分を命じた。だが、被告側の控訴を受けた第4巡回区控訴裁判所は4月9日、「原告は訴訟当事者としての適格性を欠く」ことなどを理由に地裁判決を覆し、復職命令を停止している。
原告 | 被告 | 経過 |
---|---|---|
19州とコロンビア特別区 | 各連邦政府機関の代表者ら |
|
AFGEなど | 連邦人事管理局(OPM)など |
|
出所:ホワイトハウス、AFGE、ブルームバーグ通信など米メディアの情報をもとに作成
一方、カリフォルニア州でも労働組合AFGEなどが、(1)連邦人事管理局(OPM)が連邦政府機関に試用期間中の職員を一斉に解雇するよう命じたのは法的権限を越えている、(2)政府による公共サービスの縮小が州職員の職務に損害を与える可能性がある、などと主張し、解雇無効を求めて、北カリフォルニア地区連邦地方裁判所に提訴した。同地裁は3月13日、連邦政府機関は自らの職員を解雇できるものの、OPMには他の機関の職員を解雇する権限はない」として、OPMと6機関(退役軍人省、農務省、国防総省、エネルギー省、内務省、財務省)に対し、1万6,000人を復職させる仮処分を命じた。だが、その後、第9巡回区控訴裁判所で控訴審中の4月8日、連邦最高裁判所は「原告の訴訟提起権を裏付けるには不十分だ」などとして、本件の訴訟終結まで、上述の仮処分命令を差し止める命令を出している。
このように人員削減計画に対して、連邦政府職員を組織する労組などが反発を強めている。多くの職員を団結権・団体交渉権の適用除外とする今回の大統領令は、労使対立をさらに激しくさせる恐れがある。
注
- ホワイトハウス・ウェブサイト
参照(本文へ)
- ホワイトハウス・ウェブサイト
参照(本文へ)
- 連邦政府ウェブサイト
参照(本文へ)
- 1979年11月にカーター大統領(当時)が財務省情報支援局を、1986年9月にレーガン大統領(同)が司法省麻薬取締局を、それぞれ大統領令により、団結権・団体交渉権の適用除外にした例がある。
トランプ氏も第一次政権時(2017~21年)の2020年1月、国防総省の職員を団結権・団体交渉権の適用除外にしようと試みたが、議会の超党派の反対を受けて断念している。(本文へ) - 米国政府職員総同盟(AFGE)ウェブサイト
参照(本文へ)
- 米国政府職員総同盟(AFGE)ウェブサイト
参照
AFGEと共同で次の労組が訴訟を起こした。米国州・郡・市職員連盟(AFSCME)、全米政府職員協会(NAGE-SEIU)、全米連邦職員連盟(NFFE-IAM)、全米看護師連合(NNU)、サービス従業員国際労組(SEIU)(本文へ) - ホワイトハウス・ウェブサイト
参照(本文へ)
- 米連邦政府職員は、連邦職員向け失業給付(Unemployment Compensation for Federal Employee、UCFE)の対象になる。受給資格は最後に勤務した州の制度に基づく。受給額は直近52週間の収入の一定割合にしたがって算出され、最高給付額は州によって異なる。財源は連邦政府が負担する。給付手続き等の運営は各州が担い、連邦政府は給付された全額を後に各州に払い戻す。本訴訟における各州の「損害」には、こうした手続きの発生に伴う業務上の負担増なども含まれるとみられる。連邦労働省ウェブサイト
参照(本文へ)
参考資料
- 前田和馬(2025)「DOGEの連邦職員カットによる雇用市場への影響
」第一生命経済研究所US Trends
- 米国政府職員総同盟(AFGE)、米労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)、CBS、人事院(日本)、ブルームバーグ通信、ホワイトハウス、ロイター通信、各ウェブサイト
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