公共サービスの再建、就労促進など
―新政権、秋季予算公表
政府は10月末、秋季予算を公表した。前政権下で劣化した長期的な経済成長の基盤を修復するとの方針から、医療や教育などの公共サービスの再建や、インフラなどへの投資促進等が盛り込まれているほか、労働分野では、より良質な雇用の拡大に向けた新たな就労支援や教育訓練などの実施が盛り込まれている。
医療サービスの再建に重点
労働党の政権復帰後初となる予算(注1)は、前政権下での生産性の低迷や政府債務の増加、公共サービスのパフォーマンス低下への対応として、経済と財政の安定化、投資の促進、公共サービスへの支出拡大などを通じて長期的な経済成長の基盤を修復するとの方針を掲げている。このため、雇用主向け社会保険料率の引き上げ(注2)を中心とする増税などを財源に、医療や教育、運輸などの分野への公的支出を拡大するプランを提示している(注3)。
とりわけ重点が置かれているのは、公的医療サービスの修復だ。コロナ禍以降特に顕著となった診療待ちの患者の増加が危機的な状況にあるとの認識(注4)から、週当たりの診療件数の拡大や、医療機器の導入拡大、業務のデジタル化、医療機器の病院設備の修繕等への投資により、生産性の改善に取り組むとしている。このほか、地方自治体が担う介護サービスの予算拡大などを含め、2025年度までの2年度で約256億ポンド(注5)の追加予算を投じる予定だ。
教育分野では、公的学校に対する補助金の増額(23億ポンド)により、教育水準の向上や教員6500人の増員、無償保育の提供拡大などを図るほか、義務教育修了後の継続教育についても補助金を増額(3億ポンド)して若年層の技能習得を促進する。加えて、従来のアプレンティスシップに関する積立金制度を改編して成長・技能積立金制度を導入、改革の一環として、一部業種において従来より短期的・基礎的なアプレンティスシップを補助対象とすることが計画されている。また、学校等の設備の維持修繕などにも、67億ポンドを投じる予定だ。
予算にはこのほか、鉄道・道路の整備、住宅供給等への公共投資や、クリーンエネルギー、成長産業への投資促進策などが盛り込まれている。
医療、雇用、技能サービスを集約した支援
財政・経済の安定や投資などと並ぶ成長の基盤の柱として、政府は技能と労働力を挙げている。より良質な雇用の拡大により、就業率80%を達成するという長期的な目標に向けて、コロナ禍以降に拡大した健康問題を理由とする非労働力層に対する医療サービス等を通じた支援や、子供を持つ親が仕事を継続あるいは復帰するための保育補助、また10月に議会に提出した雇用権利法案を通じた権利保護などを進めるとしている。
今回の予算において示された(注6)、就労支援に関する具体的な施策の一つは、2.4億ポンドを投じる新たな就労復帰施策のトライアルだ。健康問題による非就労への取り組みや、無業の若者の支援、人々のキャリア発展の支援について、地域の医療・雇用・技能サービスを集約して支援の改善を図る新たなアプローチのプログラムを、イングランドとウェールズの8地域で試行するとしている。非就労が顕著となる健康問題に的を絞った対策の効果について、エビデンスの蓄積を図るものだ。
また、障害者や健康問題のある層と求人のマッチングを図る支援雇用プログラム(Connect to Work)に、2025年度に1.15億ポンドを投じ、26年度以降に年間10万人を支援するとしている。一方で、2025年の早い時期に障害者向け給付制度を改革し、就労可能な層に就労継続または開始を促す、公正で持続可能な制度とする意向だ。
一方、就労支援とともに成長鈍化の要因となっている技能不足については、新たに設置されるSkills Englandが取り組むとしている。Skills Englandは、統計データや企業等からの情報により国内の技能需要の現状分析と将来予測を行い、全国及び地域レベルで技能需要に対応したアプレンティスシップ等の訓練や資格の提供を確保する役割を担う(注7)。これには、新たに導入される成長・技能積立金制度(上述)が補助対象とすべき訓練の決定を含む。積立金制度の詳細については、雇用主、訓練プロバイダ、受講者の協力も得て、今後検討が進められるとみられる。
注
- HM Treasury 'Autumn Budget 2024'。2025年度予算と併せて、2024年度に関する歳出見直しとして追加的予算(公共サービスへの投資など)の方針を示している。(本文へ)
- 国民保険の雇用主向け料率を、現行の13.8%から15.0%に引き上げるとともに、拠出を要する給与下限額を現行の年9100ポンドから5000ポンドに引き下げる。一方で、還付制度(employment allowance)による還付額を年5000ポンドから10500ポンドに増額する(政府の試算では、86万5000社の拠出免除に相当)。想定される増税額は、5年後の2028年度に年間411.7億ポンドとされる。なお、2025年度に実施される雇用主向け社会保険料率の引き上げでは、同年度に237.7億ポンド、2029年度には257.1億ポンドの税収増が想定されている。労働党は、7月の総選挙における公約で、歳出削減や「働く人々」向けの増税(所得税、社会保険料、付加価値税の引き上げ)の可能性を否定していたため、財源確保の手法が注目されていた。(本文へ)
- 2025年度で635.5億ポンド、以降も2029年度まで700億ポンド超の追加的支出を想定。(本文へ)
- 政府の諮問を受けて専門家が作成した報告書は、公的医療サービスの現状について、専門医による二次医療の待機期間が18週を超える患者が760万人に達すること、家庭医や歯科の予約にも長期間を要すること、救急患者の1割が12時間以上待ちとなっていることなどを挙げ、国民全体の健康状態の劣化や保健・介護に関する格差といったサービス以外の要因も影響していることから、サービスの修復には時間を要する、と分析している(Lord Darzi "Independent investigation of the NHS in England")。(本文へ)
- 経常的支出(day-to-day spending)に226億ポンド、設備等への資本投資に31億ポンド。(本文へ)
- 近日中の公表が予定される白書("Get Britain Working")において、より詳細な内容が示される見込み。(本文へ)
- Department for Education "Skills England: Driving growth and widening opportunities"(本文へ)
参考レート
- 1英ポンド(GBP)=193.15円(2024年11月26日現在 みずほ銀行ウェブサイト)
2024年11月 イギリスの記事一覧
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- 労働条件の引き下げを目的とした解雇・再雇用に差止命令
- 最低賃金、2025年4月より時給12.21ポンドに引き上げ
- 公共サービスの再建、就労促進など ―新政権、秋季予算公表
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